風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

トランプ現象

2016-04-03 14:10:04 | 時事放談
 アメリカ大統領選挙の共和党指名候補争いで、トランプ氏がしぶとく支持を集め、衰える気配がない。彼の発言は政治家としておよそ公共の電波に乗ることが憚られるような暴言の類いなのだが、必ずしも理不尽ではなく、一片の真理があるからこそ、一定の支持を得ているのだろう。むしろ、普段は底流に流れるアメリカ人の心理の一つが、あるきっかけで一時的に表出した現象で、そのきっかけを作ったのがトランプ氏なのだろうと思う。難民や移民や中絶する女性、さらに日本や中国に向かっても容赦がない。
 この言わばトランプ現象について、ある人は、「口先だけの『政治的正しさ(Politically correct)』の横行する『綺麗ごと政治』に人々がうんざりしたのだということ」だろうと指摘する。日本でも、収賄疑惑を追及するのはまだしも、与党・政治家のちょっとした失言を捉えて執拗に足を引っ張ろうとしたり、産休の適正使用を主張した政治家の私的問題である不倫の方に焦点が移ったりして、「収賄や不倫はどうでもいいから保育園増やせ」という呟きが、品がない言い方ではあっても(まさか注目されるとは思わないと油断したのだろう)、瞬く間に支持を獲得してしまった。また、ある人は、トランプ現象とは「米国独自のものではなく、欧州で渦巻いている醜く不健全な大衆迎合主義的ナショナリズムの『米国版』にすぎない」と指摘する。確かにトランプ氏も氏なら、ヒラリー氏もかつての主張と違うじゃないかと、大衆迎合合戦という質の低い選挙戦を展開するのを、私のようにちょっと白けた目で眺める人も多いのではないか。そうは言っても、再び最初の人は、「大衆の溜飲を下げる『暴言芸』と一国の元首としての資質は全く異なる」と断言する。確かに、アメリカ大統領という、民主制国家にありながら、今後4年間、(現時点では地球上最大の)権力を付与することになる人物を、時間をかけてじっくり選ぶ過程では、さまざまな思惑が交錯する場面があるのは仕方ない。最後は大統領としての品格を選ぶアメリカ人の理性を信じたい。
 しかし、トランプ氏の外交安保政策を拾っていくと、極端ではあるものの、オバマ大統領の路線を延長したところにあることに気が付く。例えば日本に対しては、こんな調子だ。「米国が攻撃されても日本はその防衛のために何もする必要がない。だが、日本が攻撃されれば米国は全力をあげてその防衛にあたる。これはきわめて一方的な取り決めだ」「米国は基本的に日本を保護している。北朝鮮が危険な行動に出るたびに、日本は米国になんとかしてくれと頼んでくる。だがもうそんな支援はできなくなる。米国は世界の警察官ではない。資金もない」
 かつてアーサー・シュレシンジャー氏は、アメリカ史の周期性に着目した。政治思想的に社会的目的と個人的利益の周期的サイクルが見られ、現実の政治の担い手として保守・革新の両勢力が交互に力を持つとするもので、二大政党制のアメリカの一種の自浄作用と見ることも出来る。対外的に見ると、外に向かって自由民主主義を流布し世界を平和と安定に導く国際主義と、アメリカの国益を重視する孤立主義との間を、振り子のように揺れ動くことになる。
 オバマ大統領が登場したときのアメリカは、軍事的に長引くテロとの戦争に疲弊し、経済的にもその戦争とリーマンショックによって疲弊して、2013年4月には歳出強制削減措置として10年間で5000億ドルの軍事費を削減することに署名せざるを得なくなった。それが「アメリカは世界の警察官ではない」という発言にも繋がって行く。世界中どこにでも出かけて行き、イラクで典型的に見られたように民主的な国家建設を推し進めるのではなく、地域毎に基軸となる同盟国の自助努力を促しながら、アメリカはオフショア・バランシングを行い、選択的に関与して行く方針へと転換を鮮明にしているのだ。その結果、世界各地に力の空白が生まれて状況が混沌とすることも、アメリカの国益を損なわない限りは、厭わない。ちょうどベトナム戦争で疲弊した後のアメリカのように、淡々と国益に集中し、国力を蓄え、いずれ再び覇権を目指す雌伏のとき、つまり孤立主義に回帰しているのである。
 アメリカは、度重なるお節介によって傷ついているのは確かだし、中国の台頭で、相対的に弱体化しているように見えるが、アメリカの絶対的な国力が必ずしも衰えているわけではない。トランプ現象は、暴言というちょっと極端な形で、アメリカの現在の(どちらかと言うとやや中・低層の)大衆の雰囲気を表出してくれているのである。そんなアメリカの空気の流れを、日本としても見逃すべきではないのだろう。
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