風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

地政学的圧力

2016-07-25 23:14:05 | 日々の生活
 前回に引き続き、「地政学」という言葉が安易に使われる悪しき例について書き留めておきたい。安易に使われても、言葉がもつ魔力によって、それだけでもっともらしく説得力をもつから気を付けた方がいい。
 世界反ドーピング機関(WADA)が設置した独立委員会は18日、検体をすり替えるなどロシアが国家ぐるみでドーピングを隠蔽していたとする報告書を発表した。不正はロシアのスポーツ省が監督し、ロシア連邦保安局(FSB)や国内の反ドーピング機関も関与していたと認定し、リオ五輪でロシア選手団の全面的出場禁止を検討するよう国際オリンピック委員会(IOC)に勧告した。これに対し、FSB長官を歴任したプーチン大統領は、「スポーツへの政治介入だ」と反発、東西冷戦期と同様に、スポーツが「“地政学的圧力”の道具」とされており、「五輪運動は再び分裂の瀬戸際に立つかもしれない」などと脅しともとれる発言をしたというものだ(産経Web)。反ドーピング機関の調査報告の背後にアメリカなどの特定国の陰謀があるかのように非難したわけだが、どうひっくり返して眺めてみても、ドーピング問題は社会主義国・ソ連の体質を引き継ぐ権威主義国・ロシアの宿痾であり、政治利用しているのは、スポーツや五輪を国威発揚の場とみなすプーチン大統領の方であろう。「地政学的圧力」呼ばわりするのは、「大国復活」をアピールするプーチン自らの威信を傷つけられることを避けるための方便であり一種の世論戦である。
 リオ五輪まで二週間を切った昨日、IOCはこの期に及んで、ロシア選手団をリオ五輪から全面的に除外することは見送ることを決め、各国際競技団体に、その条件を満たしているかどうかを判断することを委ねたのはご存知の通りである。英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は、プーチン氏がドーピング問題を欧米による陰謀と主張したことに触れ、「IOCの決定はロシア政府の大きな勝利だ」と自虐的に解説した。
 以下は余談ながら・・・五輪は世界のアマチュア・スポーツの頂点に立つ祭典として憧れの的であり、史上最悪とも言うべきロシアの国家ぐるみのドーピング問題を放置すれば五輪を貶めることになる一方、スポーツ界で存在感あるロシアを除外すれば五輪金メダルの権威を貶めることにもなり、それはとりもなおさず真の世界一とは言えないという意味でアスリートたちの落胆を誘うのは必定、また個々の選手の不正が明確でない状況で国全体を罰して連帯責任を負わせるのは心苦しく、アスリート個人の権利を尊重すべきという主張にも理があるというジレンマの中で、厳しい判断をIOCは迫られ、政治的に決着せざるを得なかったものと見られる。ロシアに厳しい判断を下していたとしても、どちらにしても恨まれたであろう。
 実際に、うっちー(内村航平)は、「違反していない選手が出られないのは絶対におかしい。(今回の決定に)なってよかった」と歓迎した。一方で、「ドーピングした選手は何年間かの禁止でなく、永久に出られなくなっても文句は言えないはず」と厳格な処罰を求めており、アスリートの立場から、ドーピングを絶対的に排除する(逆にドーピングと無縁であれば絶対的に守る)点で一貫している。アスリートの立場から、メダルを目指すのは個人なり団体であって国家そのものではないという点では、その通りであり、うっちーの言い分はよく分かる。スポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定によってリオ五輪出場への道を閉ざされたロシアのイシンバエワ(陸上女子棒高跳びの世界記録保持者)は、「私たちが欠場する中、外国選手らは安心して(リオ五輪に)出場し、偽の金メダルを取ればいい」と揶揄したが、歪んだ気持ちになるのもよく分かる。
 しかし、五輪は、その影響力が大きいほど、コマーシャリズム(商業主義)やナショナリズム(国威発揚)に利用されやすいのは周知の通りだ。これは注意しても注意し過ぎることはない。長年ドーピング問題に取り組んできたWADAには積年の思いもあっただろう。とりわけ五輪は四年に一度の代理“戦争”だと喝破する人もいる。なるほど、高校野球と同じで郷土愛(敢えてナショナリズムとは言わない)に燃え、国別対抗で国家の威信を賭けて戦う姿を応援し、国旗掲揚・国歌斉唱に涙すれば、四年に一度の恰好のガス抜きになる。そうであればなおのこと、そこにスポーツ大国ロシアの存在があるのが望ましいのだが、フェアに戦うべきであり、国家ぐるみで不正を働いたロシアがのさばるとすれば、それはそれで許せないと私は思ってしまうのである。
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