なんて話は、アマゾンが日本に進出した10年前から言われてることであるが、
最近、書籍のEコマースなんて話より、電子書籍の普及で問題が本格化しているので、私なりにまとめておくです。
要は、出版社が電子書籍ビジネスに本格的にコミットできないジレンマのことだ。
私の感覚では、今後5-10年のうちに電子書籍がかなりの書籍出版を塗り替えると予測しており、
日本の出版社ビジネスは数年もしないうち、かなり侵食されて縮小するんじゃないか、と思っている。
(一方アメリカでは時間かかると思ってる。日本が一番早い。理由はそのうち)
書籍、そして雑誌がやばい。
「え、電子書籍もうやってるじゃん、電子コミックとか。」とか言うなかれ。
確かに一部の売れない書籍や二次コンテンツの電子化を行ってる出版社は多いけれど、あんなの子供だましメインのビジネスとして始めてる大手の出版社は無いでしょ?
電子書籍ビジネスは、既存のビジネスと完全にカニバって、市場を侵食してしまう。
だから、どんなに電子書籍がいずれメインになるって分かっていても、本格的に進出できないのだ。
典型的なイノベーションのジレンマだ。
イノベーションのジレンマである、と言える理由は以下の通り。
- 現顧客(書店や取次)の要望に答えるため、がんじがらめになり、新たな顧客へのビジネス(消費者向け電子書籍直販)に参入できない
- 要は、出版社が電子書籍プラットフォームなんか始めたら、現在の顧客である取次や書店の売上をどんどん奪ってしまう。顧客の利益を真剣に考えたら、電子書籍なんかに参入できないのだ。
- そうこうしてるうち、14インチドライブの対象だったメインフレーム然り、顧客の市場(書店で本を売る、という市場)自体が縮小してしまうので、自分も縮小せざるを得ないジレンマ。
- 新ビジネス(電子書籍)が現状ビジネスに対して破壊的なのに、規模が小さいため、完全移行できない。そうこうしてるうちに、他のプレーヤー(例:アマゾン、アップルなど)がどんどん拡大し、取り返しのつかないことになってしまう。
- もし電子書籍が現ビジネスを置き換えられるくらい大きな市場なら、すぐにでも参入できるのだ。出版社だってバカじゃない。けれど、実際には新ビジネスに参入すると、現ビジネスを破壊してしまうにも関わらず、今の市場規模では現状の従業員を養う売上は上がらないのだ。
- こうしてぐずぐずするうち、他の新規参入者に食い荒らされるのである
- 現状の組織が現顧客・現ビジネスに最適化しており、全く異なるスキルやプロセスが求められる新ビジネス(電子書籍)に対応できない
- 例えば出版社には書店・取次営業の人がいて、彼等がいるから出版社は売上を上げられるのだが、電子書籍になるとこういう人は必要なくなり、別の販売スキル(Webマーケティングなど)が必要になる。
- 全社的に電子書籍に移行すると、こういう人をリストラして、Webマーケを雇うのか。それとも再教育するのか。いずれにしても簡単には出来ない
- 出版のスピードやプロセスも、現在は書籍出版に最適化されたプロトコル・組織編制になってるが、電子書籍ではこれは必要なくなる、などなど・・・
こういう状態をいわゆるイノベーションのジレンマと言う。
では、イノベーションのジレンマに陥ってる出版社たちは一体どうすればいいのだろう?
そもそも、電子書籍の成功要件は何か考えると、次の二つである。
a) ユーザープラットフォームを押さえる
b) 優良コンテンツの量を確保する(優秀な編集能力含む)
最近話題の、アマゾンKindleやアップルのiPhone電子書籍、あるいは携帯電話会社などは、
a)のプラットフォームは押さえてるが、b)はまだまだ。
一方、出版社はb)を押さえているが、a) が出来てない、という状況である。
池田信夫氏のブログによると、アマゾンが自費出版に乗り出す、という話があるそうだけれど、
これはアマゾンらしいロングテールで儲けるという話に加え、
実際には単に優良コンテンツの確保が難しいから、とりあえずやってるだけじゃないか。
いくらロングテールと言ったって、トップ100の優良コンテンツがなければ儲けるのは難しいはずだ。
優良コンテンツを確保するには、単に優秀なコンテンツプロバイダー(作家など)との関係が深い、と言うだけでは不十分だ。
作品が売れるかどうかを見極める目利き力、更に作品をより売れるものに改変できる編集力といったものは侮れない。
これは池田氏も指摘してるけど、自費出版を仮に進めるとしても重要なスキルだ。
アマゾンやアップルが、出版社を塗り替える単独の電子書籍プロバイダーとして成功するにはこういったスキルも必要になってくる。
私が日本の大手出版社にレコメンするなら、簡単に書くと次の二つ。
1) 出版社からスピンオフした人に、電子書籍事業を本格化させ、かげながらサポートする。
あとで程よく大きくなってきたところで完全にこちらに乗り換える
クリステンセンの著書「イノベーションのジレンマ」の中で、ディスクドライブの成功事例として取り上げられてる話をもじった。
出版社そのものは、上述のジレンマでがんじがらめで新規事業に参入できないから、まずスピンオフ。
新規ビジネスに熱意がある人が、勝手に独立して電子書籍事業を始めた、という形にするのがよい。
スピンオフした人は、少なくとも上のb)の編集・目利きスキルを持ってる必要があり、a)を展開。
既存の出版業に遠慮せず、事業を拡大できる。
出版社としては、このスピンオフに目をかけてあげて、関係をしっかり保っておく。
それで、電子書籍市場自体がある程度大きくなってきた時点で、買収するのだ。
こうすれば、「自社が自社の儲けを食う」というカニバリ状態を避けつつ、市場の縮小に伴って潰れずに済む。
2) アマゾンかアップル、またはドコモなど携帯電話キャリアとJVを作り、電子出版をすぐに本格化させる
このパターンは、どちらが主導権をとるか問題で難しくなる。
さらに、アマゾンやアップルに日本の出版社の強みが分かってるひとが少なすぎて交渉決裂し、失敗するような気がしている。
実は上記二つの成功要件のうち、b)の編集・目利きスキルの方が、a) のユーザプラットフォームより得がたい。
だから、アマゾンやアップルは最初は自分の利益配分がゼロでも大手出版社と一緒に提携したい、
というくらいの心積りで進めないと成功しない。
が、実際にはそういう日本の大手出版社の強みをはっきり理解してる人が少ないような気がする。
出版社の方も、既存ビジネスにこだわって出し惜しみすると失敗する。
プラットフォームとしては弱いが、携帯電話キャリアと提携した方がうまく行くかもしれない。
ともかくやり方としては、JVと言う形で自社とは独立させ、勝手に電子書籍をどんどん進めさせる、という方法だ。
今考えた限りでは、以上二つ。他にもあるかも。
どちらもむずかしいけれど、日本の出版社は、このような類のアクションを早めに取らないと、電子書籍市場に数年のうちにやられてしまう。
個人的には、日本の大手出版社って他の国には無いスキル(だから目利きとか編集とか)を持ってると思うんで、頑張って欲しいですけどね。
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)
クレイトン・クリステンセン,玉田 俊平太
翔泳社
ただ、電子ブックリーダーは携帯のようにガラパゴス化してしまうんじゃないかと心配です。流れとしては、
版権を持った出版社がAmazonとかに変な対抗心を燃やして独自のへんてこ規格作成→日本独自の閉鎖的な市場形成→高機能化・・・
杞憂だといいのですが。
早速コメントどうもです。
>日本ほど本を読む(買う)国というのはおそらくないんじゃないでしょうかね。電子書籍市場としてはかなりおいしい市場だと思います。
人口当たり市場規模の大きな国ですからね。
加えて、私は日本人の代替技術への適応能力の速さを評価してます。
ただ、現状のプラットフォームだとまだキャズムを越えられる気がしないんですけどね。(そしてそれが大手出版社がまだ本気になってない理由のひとつとも思います)
皆がKindleを持つようになるか?と言われると微妙。
コンテンツとして新聞・雑誌を押さえるようになれば、Suicaがきっかけで電子マネーが普及したような感じで起爆剤になりうるとは思いますが。
>電子ブックリーダーは携帯のようにガラパゴス化してしまうんじゃないかと心配
そうですね。
ただ、今の日本の出版社が独自にデバイスを立ち上げる力があるようには見えないので(家電に進出するのはそんなに簡単じゃない)、そのシナリオは無いかな、とも思うのでが・・・
でも、ケータイがプラットフォームになる場合は起こりえますよね。
既にガラパゴスかしてるデバイスですから。
紙書籍の流通を効率化するために、郊外に機械化、効率化を高めた大規模な建物を作り機能を徐々に移しています。紙書籍の流通については合理化を進めています。
しかし、電子書籍についてはわかっていながら、無視しているようにも見えます。
組織は柔軟性がなく、管理職ばかり増え、皆さん日々飲みニケーションに励んでいます。
一方で、日本の出版業界と云うのは、そもそもこれまでも既得権益下にて繁栄していただけの単に旧い企業の集まりと云うだけなのでは?
きっとそれでも十分に儲かってきたから旧態依然でいられるのでしょうね。
しかしその時代ももうすぐ終わってしまうのかもしれません。
取次は出版社よりきびしいでしょうね。
>組織は柔軟性がなく、管理職ばかり増え、皆さん日々飲みニケーションに励んでいます
組織に柔軟性がなくなり管理職が増えるのは、成熟産業ではどの業界にも見られることです。これについて研究された論文も80-90年代に何本も出ています。
「飲みニケーションに励んでいる」というのは、これまではそれで仕事が取れたからでしょう。
これからはそうはいかないでしょうから、きびしいですね。
>junaさま
何をもって優良企業と判断するかは難しいと思います。
本にもあるように、
・現在の顧客に対応しようと努力すること
・現状の経営規模に最適な事業を選択する「正しい」経営判断をしていること
・現状のビジネスに最適化するような組織・システムを有していること
(それぞれ私が書いた3点に対応します)
など、全体としては正しいと思われる戦略をとればとるほど、窮地に陥る、というのがジレンマの内容です。
「既得権益」というのはものの言いようですが、
優良企業はしばしば「Complementary Asset」によって戦います。
それはAppleの持つ圧倒的な顧客のプルであったり、IBMの持つ圧倒的なネームバリューであったり、
Toyotaが持つ圧倒的なサプライヤーに対する購買力であったりします。
それを「既得権益」と呼ぶなら、そう呼べるでしょう。
あなたのおっしゃる「既得権益」が、出版社の持つ圧倒的な業界影響力のことであれば、それは出版社の強みだったのだと思います。
時代が変わって、その強みが脆さにつながっているのでしょう。
また、これは勘違いされる方が多いのでついでにコメントですが、クリステンセン自身も釈明しているように「イノベーションのジレンマ」は「破壊的技術」よりも広義で使われます。
例えば本書にものっているデパートに対するディスカウントショップの事例は、所謂「破壊的技術」ではないわけですが、イノベーションのジレンマです。
本書の続編で金融サービスから教育分野に至るまで、あらゆる分野で「イノベーションのジレンマ」に当たる事例を分析していますが、これも「破壊的技術」にはあたらないものも多々あります。
いわゆるハイテク分野のことばかりがイノベーションのジレンマだと思われがちですが、どんな分野にもある話なんです。
それから「既得権益」についてですが、自分が念頭に置いているのは再販制や雑誌コードと云った、ある種の競争を阻害する仕組みの事です。これが業界全体のぬるま湯体質を作ったのではないかと。
自分も読書好きなのですが、Amazonが年々便利になるのに対して、一向に代わり映えする素振りの無い書店を見るたび、出版業界の先行きに不安を感じます。
寝る前にブログにアクセスしたら、コメントが・・・
早速有難うございます。
何が「イノベーションのジレンマ」なのか、という定義はクリステンセン自身もよくやっていて、私もこだわるんですが、業界で苦しんでるひとからみるとそんな学術的な議論はどうでもよかったりしますよね。
>当件においては優良か凡庸かに関わらずメーカー/流通/小売と云った業界全体がAmazonやGoogleに呑まれると云う点で、イノベーションのジレンマとは少し違うのかな、と思った次第です
なるほど、確かにひとつ加え忘れたのですが、クリステンセンはValue network、つまり業界構造自体が変化することも条件に挙げてますよね。
自分たちが新規参入に追われるだけでなく、顧客、サプライヤーなどの取引先、そしてその取引のプロセスや方法も異なってくる。
今回の例で言うと、顧客は直接読者に。
サプライヤーは作家さんだけでなく、もっと広がりを見せ、ロングテール的要素も大きくなる。当然「本を作る」作業プロトコルも変わってくる。
そういう意味でも、イノベーションのジレンマにあたるのかな、と思いました。
おっしゃっているような垂直統合、と言う意味では、実際にはGoogleやAmazonがこの業界全体を統合するのはムリで、せいぜい編集機能や読者評価などの選定(☆つけるとか)と推薦(この本を読んでる人は・・・)プラットフォームを有するに過ぎないのだろうと思ってます。
もしくは、編集は出版社に代わる新たなプレーヤーに任せ、自分たちはデバイスに徹するかも。
>自分が念頭に置いているのは再販制や雑誌コード
ああなるほど。それはおっしゃるとおりですね。
この制度は自分たち自身をも現在苦しめているので、そもそもなくしたほうがいいですよね。
政界にロビーして著作権期間を最大限長くしておきながら、最近は自分たち由来のヒットコンテンツが出なくて、かといって著作権法のために他社コンテンツの利用がすぐ出来ず苦しんでるディズニーに似てますね。
書店の数は年々すさまじい勢いで減ってるらしいです。
売上げが減って、中小から潰れてるのでしょう。
じわじわと、破壊の波が書店にも迫ってきているのだろうな、と思います。
AppleにはiPod とiTunesのセットでWALKMANしかなかったSONYを叩きのめした成功例があるのでそれはないですね。
一貫体制を整えるでしょう。そうでなければ失敗します。
一番声高に叫ばれているケータイについても、1ユーザとしてiPhoneは確かにイノベーションだし素晴しいけれども、信頼性、サポートなどを含めたエコシステムを総合的に判断するとケータイから乗り換えるに値するものとは自分は判断していません。実際数年単位のスパンで使うことを考えるとこのあたりの差ははっきりしてきます。
イノベーションのジレンマを読んでいないので的外れなことを言っているかもしれませんが、経済に限らずあらゆる系は負のエントロピーを食べて生きています。負のエントロピーの源泉は多様性であり、日本のケータイのような「ガラパゴス的」進化を遂げた製品というのは、経済という生き物にとって逆に糧になるんでないかと考えています。
生態系の中で圧倒的に強い個体がいる世界というのは、系としては弱いものです。MBA教育による経営者育成というのは、そのあたりの考え方を軽視しすぎているのではないかという一抹の不安を自分は覚えています。グローバルなビジネスをより最適化した形で展開できる強い経営者を量産するカリキュラムというのは確かに効率がいいのかもしれませんが、それが本当に強い経済を作るのかは疑問符がつきます。
我々を囲んでいる自然をよく観察してみて下さい。億年単位の最適化をしているにも関わらず、人類の知性がおよそ把握しきれない程に多様なニッチに適応した生物があらゆるところで、様々な形で生存競争を繰り広げています。そこに統一的な生存の為の指導原理が存在しているようにはとても思えません。むしろあらゆるところにガラパゴス的なものが存在し、それが生態系としての自然の圧倒的な持続可能性を担保しているように見えます。
それは出版という人類の文化そのものを伝搬するメディアにおいても言えることなのではないでしょうか?
出版に関してもそう簡単に