My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

新しいことを始めようとするとケチつける人は世界中にいます

2010-05-26 07:00:42 | 8. 文化論&心理学

研究でも、起業でも、社内での新しいプロジェクトでも、新規サービスでも、
何か新しいことを始めようとすると、外野から何かとケチがついたりする。

例えば、私が例の修士論文を書き始めた頃は、MITの先生とかは面白いと肩押ししてくれたのだが、
中には「それ、何が新しいの?そんなの10年前から言われてるよ。やる意味あるの?」と言ってくる学生もいた。
ボストンのような学術の街でもこうなんだな、というのは少し驚きだった。

私が書いたのは、コンサルファームにいるとかで、業界全体を色んな角度から良く見ているひとなら、
一度は考えたことがあるかもしれない、良く見られる業界の現象だった。
しかし、現状ではその現象に名前も付いてないし、メカニズムもちゃんと解明されてないので、ちゃんと研究する意味があると私は思ったわけだ。

で、取り組んだ結果、その分野の最先端にいる何人かの先生に、これは面白いから、修論で終わらせず、ちゃんとした論文を書いたら、といわれるまでになった。
やっぱりちゃんと取り組んで良かったんだ、と思った。

逆に、誰もが聞いたことない超新奇性の高すぎるものだったら、
「そんなのやってもニッチだし意味ないよ」とケチをつける人が必ずいたことだろう。

新しい研究を始めよう、というときでも、起業しよう、と言うときでも、
何か新しいものに対して、ケチをつけたいひと、というのが世の中には必ずいる。
でもそれに脊髄反射して、やめちゃダメ。
その言葉を受け止めつつ、何が正しい方向か、を考えるのが重要だと私は思う。

■ 新しいことにケチを付ける人は世界中にいる。出る杭はどこでも叩かれるのだ。

ちなみに新しいことにケチをつけるのは、何も日本人に限ったことではない。
新しいことが歓迎されると言われるアメリカでもそうだし、況や伝統社会のヨーロッパをや、だ。

例えば起業しようとしたとき、余りケチがつかず応援してもらえるのは、恐らくアメリカの西海岸と東海岸の起業家コミュニティくらいだろう。
それ以外では、起業するなんていったら、そんなのうまく行くわけないとか、色々言ってくる人はいるものらしい。
(アメリカ中西部出身の友人談)

アメリカだって大企業の中で新規事業を始めたりすると、周りから色んな反対にあってうまく行かなかったり、足を引っ張られたりするのは良くあることらしい。
(数々のアメリカ企業出身者談)

私も、留学当初の頃、新しいことを始めようとして叩かれた経験がある(→参照記事)。
根回しはどの国でも重要なのだ、ということを私はこのときに学んだ。

しかし、叩かれようが足を引っ張られようが、うまく立ち回りながらしっかり成し遂げていかなければ、
人間何も成し遂げられない。
重要なのは、成し遂げることなのだから。

■ 人が言うことに脊髄反射で反応しない。自分が考えてベストの方向に行くべし

小学2年生の時の道徳の教科書に載ってた話で、私が好きで今でも覚えている話がある。

昔、父と子供が一匹のロバを連れて旅をしていた。
最初、子供がロバに乗り父がロバを引いていたところ、
「子供が楽してロバに乗って、親に引かせてるなんて何て子供だ」
と街道からケチを付ける人がいたので、父がロバに乗り、子供がひくことにした。

すると「あの親は自分が楽して、子供に引かせるなんて、子供が可哀想に。ひどい親だ」
というひそひそ話が聞こえてきたので、二人とも降りてロバを引くことにした。

今度は「あの父子はせっかくロバを引いてるのに、誰も乗らないなんて、バカなんじゃないか」
と野次を飛ばしてくる人々がいた。
それで、父子は二人でロバにのることにした。
しばらくするうちに、ロバは疲労で動けなくなり、ついに死んでしまった。

大げさな逸話だけど、真実をついている、と思う。

父子が自分達で判断した上で、ロバが死んだ、と言うのであればまだしも、
周りのケチにいちいち脊髄反射していたら、大切なロバをなくしてしまった、というのが悲しい。

人の言うことにわざわざ反応し、脊髄反射で行動していては、その人はきっとロバを失ってしまうだろう。

■でも人にケチを付けられなくなったら終わり。ケチを付けられること自体には感謝しよう

ケチっていうのは、周りの人たちがどう見ているかという意見の一つとして、実は貴重なものでもある。
一応、ケチがつくことで、自分がやってることが本当に価値があるかどうか考える。
その考えさせられる、という意味で、ケチは非常に有効なのだ。

大事なのは、ケチを付けられたとき、過度にとって凹んだり、逆に無視したりするのではなく、
一つの材料として受け止めて、ちゃんと考えること

こうすることで、どんな言い方のケチであっても、建設的な材料として変えていくことが可能なのだ。

私の論文の場合も、そういうケチがついたおかげで、「そうか、世の中には新奇性を重要視する人もいるんだな」と分かった。
それで、論文の中に、何がこの論文の価値なのか、というのを一セクション設けて書くことにした。
そうすることで、はじめて読む人が、この論文は何が良いのかがハッキリ分かるようになったと思うし、
非常に見通しが良くなったと思っている。
だから、ケチがついたことに感謝している。

人は偉くなると、自分の行動にケチがつかなくなるのだそうだ。
そうするとモノを考えなくなって、自分の行動がおかしくなっても、誰も注意しない。
それどころか間違っていても、おべっかを使って褒め称える人があらわれたりするそうだ。
ケチがついているうちが花と思って、しっかり受け止めて考える、というのが大切だと思う。

というわけで、

・新しいことを始めようとしたとき、周囲からケチがつくのは世界中で良くあること。勇気付けてくれる人は貴重な存在。
・ケチがついたくらいで、新しいことを始めるのはやめないこと。
・ケチも周囲の意見の一つとして非常に大切。無視するのではなく、まじめに受け止めて、方向修正につかうこと。
・でも方向修正するだけで、やめないで、ちゃんと成し遂げること。

という話でした。

さて他人はともかくも、いざ大きなことを仕掛けようと言うとき、必ずケチを付けてくれる友人は極めて重要な存在です。
もっと大きな試練にむけた練習台に自らなってくれるのですから。
私も実は、新しいことを思いつくと「あの人はまずケチから始めるから、あの人に聞いてもらおう」という友人が数名います。
そういう友人は大切にしましょう。

(追記: 研究とか起業ならやればいいって話かもしれないけど、社内とかどうするの?と言う人へ
→根回しは大事です。企画を通したかったら、意思決定者、力のある人、企画実現に重要な人は事前に味方につけること。それ以外の方々のケチに対しては上記を適用するのです。)

(追記: コメント欄にイソップ物語の一つだという指摘があったので、調べてみたらありました。
 Wikipedia→こちら、 おやこでたのしむイソップ→こちら
おっと、私の記憶とちょっと話が違うじゃないですか(笑) 最後ロバ担ぐとことか。
このページ、昨日書いてから既に2万人近くの方が訪れてるのですが、どなたも指摘されてないということはもしや、
「話の本質ではないのでケチをつけることになるのでは?」と気遣って方が多いということでしょうか。
皆様のお気遣いに感謝。でもそのくらい指摘して大丈夫ですヨ。)

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知的エリートも (yumemakura)
2010-05-26 07:27:31
知的水準の高いと思われる学術の世界での競争は苛烈で、ジェラシーもはげしく、彼らが競争相手を語るときの態度や悪口は知的エリートも人間だからなあと感じさせて大変おもしろい。

Lilacさん、アメリカにいて日本のことを思い出したいときは私のURL HPを見てください。今トップページにのせてる連中に私はなんとなく惹かれるのですよ。人間の本性赤裸々で。
建設的な思考 (rosso8)
2010-05-26 07:32:54
「なるほど」と理解してくれる人は同レベル/同ベクトルの考えを持っている人だったりして、ケチをつける=理解出来ていないということも多いですね。結局自分を信じてやるしかないんでしょうね。

自分も想像力を持って他の人達の行動にケチをつけず、建設的な意見で対応できるように心がけねば。実は他にケチをつけがちな人というのは自分で思い立った「新たなアクション」にもケチをつけて行動しない人も多いのかも。
アメリカで驚いた事の一つ (Eric)
2010-05-26 08:16:34
アメリカに来るまでは、アメリカ人は陽気で新しい物事に対しても寛容だというイメージがあったのですが、実際には出る杭は打ちまくる感じですね。足を引っ張る人もたくさん居ます。とくにアカデミックの世界ではその傾向が強いように思います。アメリカに来て非常に驚いた事の一つです。
素朴な疑問 (中川信博)
2010-05-26 08:52:54
このブログはGooだけど、なぜGoo Blogを使っているのか?
1.昔から使っているから移行するのが面倒
(移行するといっても有料バージョンでないとできないが…)
2.Gooの他のサービスが気に入ってる
(口座管理とか…)
3.画面をワイドにつかうテンプレートが他ブログには少ない
(他はあるにはあるが極めて少ない)
4.他のブログサービスのテンプレートが幼稚すぎる
(アニメとかそういうのが多いですね…)
5.特になし

私も以前はGooの有料版を使用していました。しかしブログのレイアウトとかスクリプトを使ったサイドガジェットとかあるいはニュースの引用だとか、Gooのサービスはまさしくガラパゴス化していますね!
一度ライブドアのサービスを利用しましたが、投稿のレスポンスとフォントが悪いので(これはGooの方がよかった)使いづらかった。

新しいことをはじめるのは今までの経験を一旦放棄することだ。しかしまったく新しくなるということは人間界にはないわけで、ブログにしても新規サービスに移行する場合、ブログを書く行為は経験済みだ。

つまり新しいことではなく経験のプラットホームに新しいアプリをインストールするみたいなものだ。あるいは自分にとって新しいサービスでも他者にとってはそうではない。

意味論的にいえば、人類は言語の発明で平面的に(一部は歴史的な意味で)経験を伝達できるようになり、文字の発明でそれを後世まで正確に伝達できるようになった。

しかし研究にしても参照できるのは文字以降でその前は正確な歴史が残っていない。(日本文献で万葉文字の前までは記憶師のような職業があったらしい)

我々の脳にはそういった言語以前、文字以前の膨大な記憶が各人に分散されて記憶されていて、時折そうした記憶をその時代のテクノロジーに合わせて蘇らさせることができる超人が出現することだ。

モーセ、イエス、釈尊はもちろん、コペルニクスやアインシュタインなどもそうだろう。神の下に新しきものなし。あいかわらづずまとまりなし。失敬!

追記
コメントの投稿が一回ではうまくいかないものGoo Blogの特徴の一つ。そのたび内容が消える。コピーを忘れずに
Unknown (ken)
2010-05-26 09:50:51
結局人は自分の尺度でモノを語るので、『ケチをつける』
という悪意はなくただ感想を言っているだけの時もあると
思います。
そして基本的に尺度の基準としてネガティブな要素に目を
向けやすいのではないかと思います。
そして人は賛成してくれれば喜び、否定されればヘコみます。(ニュートラルを保ちにくい)

という習性も心得ておくと自分を保つ上で役立つと思います。
ケチとFB (とおりすがり関西人)
2010-05-26 10:11:32
ケチと健全なフィードバックの境目を
どうやって、見極めたらいいのかなとか、
考えます。

根回し

そう、これも大事っすよね。

Unknown (mune)
2010-05-26 10:15:17
Lilacさんのブログを楽しみに読ませてもらってます。

私なら(ブログを読んでいて)、Lilacさんに共感し、できる限りのお手伝いをしたい と思ってしまいます。それでもケチをつける人はいるんですね。

どんなに優れていても(ケチをつけることのない)完璧な人間はいませんものね。

感情のコントロール(嫉妬ではなく共感)にも長ける必要があるんだと。

道徳のお話、真理ですね。子育ての参考にします。
みなさまコメント有難うございます (Lilac)
2010-05-26 10:16:54
@yumemakuraさん
知的水準が高い人は、競争心が高い人も多いので、良い教育を受けて徳を磨いてる人もいますが、むき出しの人も結構多いかもですね。

写真、面白いです。

@rosso8さん
>ケチをつける=理解出来ていないということも多い
そうそう。
だから、何故ケチがつくのか、
-自分の企画は消費者には理解できないということだろうか
-自分の企画は理解されるけど、皆好きじゃないと言うことだろうか
-それともこの人だけがケチを言ってるだけだろうか
などと分析すると役に立ったりしますよね。

@Ericさん
同感ですね。
人間どこでも一緒なんだな、と思いました。
アメリカの方が競争が激しい分、そういうことも逆に多いくらいかもしれませんね。

@中川信博さん
Gooは正直使いに杭ですね。
ただ、編集機能でHTMLを直接打ち込みやすいのが非常に気に入っています。
写真の貼り付けなんかも、他のブログよりずっと楽に出来るし。
ところが、今新しい編集機能のベータバージョンをやってて、それが余りにも使いにくいので、それが変わってしまったら、本格的にやめようかと思います。

あと、いずれにせよ、このブログはMBAの2年間だけのつもりだったので、その間にアドレスを変えるのも読者にとって不便だと言うのもありました。
MBA卒業後にブログをどうするか、は考え中です。

@Kenさん
まあ確かにそうですよね。
ここで言ってるのは、かなり性格悪いケチの付け方をされたとしても、それも材料と捉えて建設的に考えるのも大事だよ、ということでしょうか。

私が一番感じるのはブログのコメントです。
たまに「そういう否定コメントしても、人を不快にさせるだけで全く意味無いよね?」というのがありますが、なるべく建設的に理解するようにしてます。
「あー、世の中にはそういう人もいるんだな」と。

@関西人さん
私は、割と人で見てますね。
色んなアイディアを話して、常にネガティブから入る人だと「ああ、この人はこういう人なんだな」と理解してます。
あとそのネガティブな理由を聞きます。
これでもその人が、単にそういうネガティブな性格だからなのか、真剣に考えて反対してるのか、良く分かります。

ケチをつける人は、単にネガティブな性格だと言うだけで、恐らく悪気は無いんですよね
Unknown (F Fries)
2010-05-26 12:25:42
アメリカの大学で働いてる理系です。日本の研究費(グラント)の仕組みは知らないのですが、アメリカではグラントには予想される結果、予想される問題点、予想通りの結果が出ない場合はどのように対処するかを示しなさい、と募集要項にはっきり書いてあります。つまり自分で自分にケチをつける訓練をするわけですね。

院生、ポスドク、ファカルティと並べてみると、ケチに対する切り返しのうまい人が生き残るようです。
ケチつけてくれるひとは貴重。 (Lilac)
2010-05-26 12:31:38
@Muneさん
ありがとうございます。
子育ていいな。がんばってください。

@F Fries
なるほど、面白いですね。
確かにこういう能力、非常に大切ですね。

どうでもよいケチを沢山付けられると面倒ですが、やはり貴重な存在ですよね、ケチつけてくれるひとって。
実は私にも、何かアイディアを思いつくと、
「あの人は絶対に(建設的な)ケチを付けてくれる人だから、あの人に聞こう」と言う人が何人かいます。

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