先日、テレビで杉原千畝のドラマを放送してましたが、関東軍の軍人が2万人ものユダヤ人難民の命を救ったのをご存じでしょうか。その人は樋口季一郎少将と言います。
それから10年後の昭和12年8月、樋口は満州の関東軍ハルビン特務機関長として赴任しました。
翌昭和13年樋口のもとに重大な情報がもたらされました。満州と国境を接したソ連領のオトポールの駅で吹雪の中、2万人のユダヤ人が立ち往生しているというのです。ナチスの迫害をのがれ、零下30度のシベリアから三千キロを無蓋列車に積み込まれてきて、満州国の外務部に入国を拒否されたためでした。
ヒトラーが率いるドイツは1933年からユダヤ人の迫害を始めました。日本は、ソ連とその共産主義の脅威に対抗するために、ドイツとの間に日独防共協定を締結しました。こうした中で、日本と一体の関係にあった満州国は、ユダヤ人の入国を認めると関東軍の意向に反することになるのでは、と恐れたのです
樋口のもとには難民を助けてほしいとの切実な訴えがきました。樋口の権限は限られ、事によっては全陸軍を相手にし、首を覚悟しなければ出来ない行動でした。しかし、樋口は決断しました。満鉄総裁・松岡洋右に電話をし救出列車の手配を要請しました。満州国にもユダヤ人の入国許可を働きかけました。
二日後の3月12日、ハルビン駅に難民を乗せた列車が到着しました。救護班が車内にとびこみ、病人や凍傷で歩けない人達を担架で運びだしました。凍死者十数人。救援列車の手配がもう一日遅れたら、これだけの犠牲ではすまなかったはずです。
案の定、ドイツは日本に強硬な抗議をしてきました。樋口は関東軍司令部に呼び出され尋問を受けましたが、処罰はされずにすみました。
「教科書が教えない歴史」扶桑社 </blockuote>
この時樋口に許可を与えたのが東條英機です。
訂正
「この時樋口に許可を与えたのが東條英機」と書きましたが、正確には「樋口を尋問して処罰をしなかった関東軍参謀長が東條英機でした」申し訳ありませんでした。
尚、「葵・花・向・日」さんのホームページに詳しく書かれていますので、一部転載します。
樋口はポーランド駐在武官として勤務していた昭和初年、ソ連国内を1ヶ月ほど旅行しました。どの地方も貧しく、中でもグルジア地方の貧困は目をおおうものがありました。
この地方で一人のユダヤ人の老人から次のような不思議な話を聞かされました。
「日本は太陽の昇る国で天皇という方がいる。その天皇こそがメシアなのだと思う。あなた達日本人は我々ユダヤ人が悲しい目にあったとき、いつかどこかできっと助けてくれるに違いない」ユダヤ人はソ連国内でも迫害された民族だったのです。
それから10年後の昭和12年8月、樋口は満州の関東軍ハルビン特務機関長として赴任しました。
翌昭和13年樋口のもとに重大な情報がもたらされました。満州と国境を接したソ連領のオトポールの駅で吹雪の中、2万人のユダヤ人が立ち往生しているというのです。ナチスの迫害をのがれ、零下30度のシベリアから三千キロを無蓋列車に積み込まれてきて、満州国の外務部に入国を拒否されたためでした。
ヒトラーが率いるドイツは1933年からユダヤ人の迫害を始めました。日本は、ソ連とその共産主義の脅威に対抗するために、ドイツとの間に日独防共協定を締結しました。こうした中で、日本と一体の関係にあった満州国は、ユダヤ人の入国を認めると関東軍の意向に反することになるのでは、と恐れたのです
樋口のもとには難民を助けてほしいとの切実な訴えがきました。樋口の権限は限られ、事によっては全陸軍を相手にし、首を覚悟しなければ出来ない行動でした。しかし、樋口は決断しました。満鉄総裁・松岡洋右に電話をし救出列車の手配を要請しました。満州国にもユダヤ人の入国許可を働きかけました。
二日後の3月12日、ハルビン駅に難民を乗せた列車が到着しました。救護班が車内にとびこみ、病人や凍傷で歩けない人達を担架で運びだしました。凍死者十数人。救援列車の手配がもう一日遅れたら、これだけの犠牲ではすまなかったはずです。
案の定、ドイツは日本に強硬な抗議をしてきました。樋口は関東軍司令部に呼び出され尋問を受けましたが、処罰はされずにすみました。
「教科書が教えない歴史」扶桑社 </blockuote>
この時樋口に許可を与えたのが東條英機です。
訂正
「この時樋口に許可を与えたのが東條英機」と書きましたが、正確には「樋口を尋問して処罰をしなかった関東軍参謀長が東條英機でした」申し訳ありませんでした。
尚、「葵・花・向・日」さんのホームページに詳しく書かれていますので、一部転載します。
樋口は、関東軍司令部からの出頭命令を受け、参謀長・東条英機(後の首相)に対して
「ドイツのユダヤ人迫害は人道上の敵とも言うべき国策である、それに日本と満州が協力するのは由々しき問題である。日本とドイツの友好親善を望むが、日本はドイツの属国ではない、また満州も日本の属国ではないと信じて満州国代表部に忠告した。」と述べた。
樋口は、東条の顔を正面から見据えて言った。
「東条参謀長!ヒトラーのおさき棒をかついで、弱い者いじめをすることを、正しいとお思いになりますか」
東条は、ぐっと返事につまり、天井を仰ぐしぐさをしてから、言った。
「樋口君、よく分かった。ちゃんと筋が通っている。私からも中央に対し、この問題は不問に付すように伝えておこう。」
樋口を待っていたのは、「不問」どころか、参謀本部第2部長への栄転だった。ドイツからの「善処」要求のわずか5ヶ月後に、このような人事を行ったということは、「人種平等を国是とする我が国はヒトラーのお先棒は担がない」という強烈なメッセージではなかったか。
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日本軍は降参したのに撃ち殺したり、火炎放射器で焼き殺すような非人道的な米軍とは違います。
日本人はもっと日本の過去に自信を持つべきです。
日本人によるユダヤ人救出をはじめとして、我が国建国の理想を具現された先人たちの偉業を称えつつ、「八紘一宇」の本質を伝えていきたいものですね。
(ちなみに杉原千畝氏のユダヤ人救出はアメリカでも映画化されており、たしかアカデミー賞短編賞を受賞したと記憶しております)
東條英機は「ゴールデンブック」に名前が記載されるべきですね。
TBありがとうございました。
貴重な情報をいただきましてたいへん助かりました。
転載させていただきましたが、なにとぞご了承くださいませ。
拙ブログは転載自由ですから。
いつでもどうぞ。