ジョハリの窓のMiruba

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秋の日々に2

2018-11-01 | Weblog
長女から、フランス語の本が欲しいので日本に帰国するときに持ってきてほしいと頼まれた。

日本人ではあり、日本を気に入って住んでいるとはいえ、生まれ育ったのはフランス。
長く日本にいると、やはりフランス語に飢えてくるのだろう。

生まれてくる赤ちゃん用に長女が子供の時に読んでいた絵本や、日本では手に入らないコーンフレークも用意する。


買い物ついでににモントルイユの蚤の市に行ってみた。
泥棒市と言われるくらい、アラブ系の人たちがどこからか持ってきたようなものばかりを売っていたので、
この10年くらい足を向けていなかったのだ。

洋服の出店という感じだ。

久しぶりに行ってみると、テント張りの屋台列はそのほとんどが普通の洋服や雑貨の安売り商店街になっていた。「蚤の市でも何でもないなぁ」、と思って歩いていると、所々に中古の(骨董風の)物を置いてある店がある。

フランス人の店主の持っているものはさすがに名のある^^骨董品で、みな高い。値切ってもなかなか安くならなかった。
指貫をいくつか買った。珍しいのは小指に入れる指貫。ドイツという刻印のある上下の空いた指貫は古そうだった。指貫収集に花を添えてくれる。
「マダムは日本人?私日本に行ったことがある。いいところね。いいものがあるのよ。このボタンはいかが?」奥から出して見せてくれたのは昔のドレスにつけるボタン。16世紀の物だという・・(嘘っぽい^^)でも歴史抜きでもとても珍しいので買っちゃった~



帰ろうかと思ったら、奥まったところでアラブのおじさんが半分壊れたようなものなど雑然と物を置いていたので覗いた。


小物入れがぐちゃぐちゃ置いてあるガラスの割れたショーケース内に、WEDGWOODウェッジウッドの*ジャスパーの陶器が付いたステンの小物入れがあったのだ!少し傷はあるが状態は良い、ジャスパーの絵柄もいい。「いくら?」と言うと「そこにいある小物入れは、みんな5€(約630円)」と答えるではないか!おじさん価値知らないのか?やったぁ~^^v嬉しさは顔に出さないで、5ユーロ札を急いでおじさんに渡し、手提げにしまった。これこそ掘り出し物よね。
(*創業者のジョサイア・ウェッジウッドが宝石のような焼き物をつくろうと、4~5年の歳月をかけて完成させた釉薬のかかっていないストーンウエア)

午後は友人とカフェで待ち合わせ。
時間があったので、カフェまでの道を散歩しながらたどってみる。


キャトルセプタンブル駅、私がいつも利用する駅。9月4日駅という意味で、第三共和政が成立した日を記念してつけられた名前、転じてナポレオン3世が失脚した日ともいえる。


NICOLASニコラというワイン専門店

このパッサージュ(屋根付き歩道商店街)は、大昔、高田賢三や森英恵がブティックを持っていたファッションのパッサージュだったことで知られたが、今は昔、現在は韓国や中国のファストフード店街になっている。でも、ここには画材屋があるので、気に入っている。


パレ・ロワイヤル この館は1624年首相だったリシュリューの物だったが後にルイ13世に寄贈した。
ルーブル宮を嫌ったルイ13世の妻アンヌがその後太陽王と呼ばれた幼いルイ14世を伴って住んだことから、パレ・ロワイヤル(王宮)、と呼ばれたのだ。

パレロワイヤルの中庭「人生のフルーチェ」のごとく各椅子の背に色々な著名人の言葉が彫られている。





友人とあったカフェ。オペラ通りにあるので、その名もカフェロワイヤルオペラ出来てから50年以上になるという。

友人とはここ数年会っていなかったので、ちょっと驚いた。
「リタイアしてから全然外に出ないのよ」という彼女はその昔は凛とした美人でフランス人の中でバリバリ仕事をしていたキャリアウーマンだったのだ。あまりの風貌の変化に、病気か?と思ったら、お加減が悪かったのはご主人のほうだった。看病疲れだったのかも。
でも話し出すと昔の彼女が戻ってきて、楽しい時間を過ごせた。どうしても、健康の話になってしまうのは、私たちの年齢のお決まりね。
また会おうといって別れた。


帰りはマンション裏の公園を通った。
サッカーを4組ぐらいでプレーをしてもまだ余るくらい広い芝生の公園だ。
子供たちといつも来て遊んだものだ。


自宅から見た夕方の景色。今日も1日が終わった。
そういえば、今日は一日が長かったなぁ。
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