MS(多発性硬化症)とともに~未来へ繋ぐ(治験コーディネーター(CRC)として)

10代後半から多発性硬化症と付き合ってきました。
今日1日を精一杯生きる~そして明日へと繋ぐ~

Sさんと錦織圭

2018-06-09 10:35:06 | 出会った人々

Sさんとは私の家で開いた最後のMS患者交流会にいらした時、知り合った。

「市政だより」を見ての参加だった。
その頃までは年に一回「市政だより」に掲載が可能だったが、昨年あたりから患者交流会の掲載は出来なくなった。

とてもよくお喋りされる、明るい方だ

彼女もテニスファンで、二人して錦織圭を応援している

電話があって、今テレビでやってるわよ、と連絡が入る。

私「どのチャンネル?」

終わってからお互いに感想を言い合う。
私達がこんなに応援しているのに、勝って貰わなくちゃ困るわよね

これは彼がどんどん順位を落としていた時の会話だ。

今回の全仏オープンでは快進撃を見せたが、残念ながら準々決勝にはいけなかった。

お互いの病状を気遣いながら、テニスの話題をはさみながら励まし合っている私達である

                

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私のつぶやき

2018-06-05 11:26:02 | MS患者交流会

5月16日に久々に「MS;多発性硬化症患者交流会~繋がり」を開いた。
その際、会場を公共の場に移す理由を書いた資料だ

わたしのつぶやき
◆私の現在の状態

 ◎今年 1月15日、MSが再発して23日間入院した。
    その間ほぼ寝たきりだったので、筋肉が極端に落ち、歩行困難になっており、右足の踏ん張りがきかない  (左足は前から)

  ◎目は左眼は視野は広がったが中心部は見えず、右眼は視神経炎、緑内障、黄斑円孔という3つの病気が重なっていて真ん中が欠けており、よく見えない

  ◎手の力も落ち、字が書けなくなり、重たいものが持てない。思うように動かない。
     何をするにも人の倍時間がかかる。

  ◎一昨年、「脊柱管狭窄症」と極度の「腰椎辷り症」のため、8時間の大手術、今も背中にチタンが入っているので、常に違和感を感じている
     (入院中MS再発、傷口から大出血を起こして死ぬかもしれないと言われながらステロイド・パルス療法をする。
      術後の酷い痛み(今はない)と心の病い(今はない))

 ◎深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)と肺塞栓症になったので、ワーファリンに替わるリクシアナという薬を飲んでいるので紫斑が出やすい

例えば「癌」だというと、何となく想像がついて大変ですね、と多分言われるだろう。

しかし私達MS患者は車椅子に乗っているか、白杖をついていない限り、神経の病気だから外見は元気そうに見えるのだ。

「元気そうですね!」そう言われるのが一番辛い

                        

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Nちゃんのこと

2018-06-01 15:15:56 | 出会った人々

Nちゃんとは高校時代の同級生、でも多分殆ど話したことが無かったように思う。
今年4月中旬、東京で開かれた同窓会には来られていなかった。

何でも、東日本大震災に刺激?され最近仕事を始めて、時間の都合がつかなかったらしい。

それで、家に帰ってから私の拙書「わたしの祈りの冒険」と手紙を送った。

暫くしてメールが来た。
私の本に対する感想と、最近ブログが更新されてなかったから、心配していたと書いてあった。

皆、見ていてくれていたんだ、申し訳なく思った

Facebookを始めてから、どうしてもアップするのが簡単だから、Facebookに書くことが多くなっていた。
最近では、何だか忙しくてFacebookもろくに見ていないが・・・。

そこで、これからはブログを書いて、Facebookと連携することに決めた

Nちゃんとは何故か縁があるらしく、私がK病院に就職して直ぐくらいの頃、通勤している途中後ろから声を掛けられた。
「素敵なワンピースね」と。
振り向くとNちゃんがいた。
私は今もそのワンピースのことを覚えている。お気に入りだったから
勿論、随分前に処分したけど。

Nちゃんは何故かK病院でアルバイトをしていたようだった。

こんな所で会うなんて・・・というのがその時の感想だった。

その後、お母様が入院されていた時も看病に通ったらしい。

本の感想は、あなたは選ばれた人、だと書いてあった。
MSという病気に耐えられる人だから、神様が与えたのだと。

少し嬉しかった
自分では分からないが、病気を通して、多分私は少しずつ強くなったのだと思っている

             

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MS患者交流会開催の顛末

2018-05-29 11:22:16 | 多発性硬化症(MS)

今年の4月中旬に、東京開催の高校の23期生の同窓会に出席した。

その際、中学、高校で一緒だったO君が来てなかったので、家に帰ってから拙書「わたしの祈りの冒険」を千葉にいる彼に送った。

そうしたらある時、突然千葉から大きめの菓子折りが送られてきて、送り主はO君、でも菓子折り(主にどら焼き)だけで、紙切れひとつ入っていなかった

たまたまメールアドレスが分かったので、これは何?と聞いたら、患者会の皆で食べてもらおうと思って、と短い返事がきた。
患者交流会を今中断していると思ってなかったらしい。

糖尿病なりかけ(いや、先生は糖尿病の薬を出そうとされたけど断った)の私がこれを食べたら大変
そうだ、これを機会に取り敢えず患者会を開こうと思いついた
お菓子の賞味期限が切れる前に・・・。

これまで自宅を開放してやっていたが、ひとりが中心になって開くのがしんどくなった。
これを機に場所を公共の場へと移すことを思い立った。

それから、何故場所を移すことを提案したかの資料作りや、会員の方への連絡など、結構忙しい日々を過ごしていた

5月26日ついに開催、新しい方も二人来られ、ボランティアさん、オブザーバーの方二人、皆の了解も得られ、次回からは活動室という会議室を借りられるようになった。

その後堰を切ったように皆が話しはじめ、日にちを決めた方がいいわね、隔月の第4土曜日にしましょうか、そうすると今年はあと3回しかない、うかうかなんてしてられない、と気付く。
話しているうちに海外にみんなでいきたいね、なんて言葉も飛び出す始末、やる気満々の私達なのでした

誰も難病患者の集まりなんて思わないでしょうね。

            

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友の死

2018-05-02 14:50:05 | 多発性硬化症(MS)

私は曲りなりにも、「MS:多発性硬化症患者交流会~繋がり」の代表をしている。

しかし、一昨年10月にS病院で脊柱管狭窄症と極度の腰椎辷り症の手術を受け、痛みやコルセット装着で動きが取れず、約1年間苦しい日々との戦いで患者交流会どころではなかった

昨年夏頃は体調がすぐれず、12月にはいよいよ酷くなって冬なのに体温調節がうまくいかずアイスノンを頭に当てて寝る始末だった

そして、今年1月にMSがついに再発、23日間殆ど動けなかったものだから、歩行障害がこれまでで一番ひどくなってしまった。
今もステロイドが切れず、自宅療養の身である。

そんなこんなで、自分のことで精一杯の状態だったから、患者交流会も開くことが出来なかった

MさんはMSで、最初お会いした時から既に車椅子だった
物静かな方で、愚痴ばかり言う人や、自分のことばかり喋る人たち(勿論それによってストレスを発散する場でもあるのだけど)の中で、実に謙虚で大人しかった。
私から声を掛けると答えてくれる、という風だった

そんな彼女が数年前、乳癌になってしまった
抗癌剤治療を受けていたと思う。

今度、6月にK大学病院で市民公開講座が開かれることになって、その情報を交流会の皆にメールで流したら、
彼女に送ったメールが返ってきてしまった
その後、携帯に電話するが、「その電話は現在使われておりません」と虚しく流れるだけだった

夜だったら何とか連絡が取れるかも知れないと電話したら、ご主人が出て、Mは4月10日に亡くなりました…と言われ、言葉にならなかった。

ご主人の声は比較的明るかったが、やはり淋しいです、と言われていた

MSという訳のわからない病気を抱え、乳癌になって(実は私もかって乳癌だったが)、58歳の若さで亡くなってしまった。

電話を切った後、悔しくて涙が出た

 

   

 

 

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最初で最後の同窓会

2018-04-11 11:22:25 | いろんな事

4月15日(日)、東京で高校23期生の同窓会がある。

メールで案内が来た

それにはこう書いてあった。

「多分今世での東京開催同窓会は最後になると思われますので全員に連絡いたしました。ご理解くださいませ。」

ええっ、その言葉に何だか先細りの人生を想像してしまったが、決してそんなことはないと思うけど
今や仕事や色んなしがらみから解放されて、自由な人生が待っているということ・・・とこじつけてみる

北九州にある高校なのに、今や関東地区に居を構えてしまった方々が多い。
だから北九州で開いても、東京から参加する人はいつも顔ぶれが決まっているし、そんなに集まらない。

何人くらい集まるのか分からない、気候が不安定だからどんな服を着て行けばいいか分からない、
不安材料は沢山あるが、某有名ホテルでの同窓会と聞けば、ちょっと行きたくなる

療養中ではあるが、意を決して行くことにした。

それにひとつ魂胆があって、自著「わたしの祈りの冒険」という本を読んでもらいたいので、会場に置いてもらって持って帰ってもらおうと思っているのだ。

すっかりおのぼりさんだし、歩行も怪しいが、「最初で最後の同窓会」と言われれば、行って楽しい思い出を作ってくるしかない

              

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再発の予兆

2018-02-13 13:10:23 | 多発性硬化症(MS)

今思い返してみると、昨年の夏ぐらいから何となく調子が悪かった

身体の温度調整がうまくいかないので、先生に「いい薬はありませんか?」と尋ねると、着るもので調節してくださいと言われた。
この暑い気候に身体がついていってないのかな?とも思っていた。

また、ふと気付くと排尿するのに力んでしているので、以前服用していたEという薬を飲んでみたら効いたので、処方してもらった。

その頃、プレドニンは9~8mgだったと思う。

昨年末になると、とうとうウートフ兆候(温浴効果)なるものが出てきて、身体が温まり過ぎると呼吸困難が出て、
直ぐに冷えた別の部屋に行って身体を冷やすと呼吸が楽になった。

夜は今までしていた枕が温かくなると、頭がボーっとするので、アイスノンを冷やして頭に当てていた

食欲は無いし、ヘルパーさんに調理してもらうのに何を作ってもらうか頭に浮かばない。

いつも何かしていないと気が済まないのに、何をする意欲も無くなっていた。

私が勝手に思うに、私の副腎はもう機能することが出来ずに、プレドニン8mgでは身体に必要なステロイドがどんどん消費され、
欠乏状態になってしまって、ほんの何十分かで終わる「白内障」の手術直後に再発してしまったような気がする

これまでで一番酷い再発だった。
膝が笑い、足が一歩も出なかった

2泊3日で退院する予定が23日も入院してしまった。
入院に必要なものが足りなくて困った。

でも、パルス2クールで無事回復してよかったと思う

入院生活も退屈することなく、質のいい看護と医師の対応で楽しく過ごすことが出来た。

今はそのことに感謝している

               

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またゲップが・・・

2018-02-10 20:22:07 | いろんな事

朝起きてトイレに行った後から、またゲップが止まらなくなった

入院中にも夜中からゲップが出だして止まらなくて、2時間位しか眠れなかった

でも、ステロイドを多めに飲んでいたので、翌日は意外と元気だった。

その時、腸の動きをよくする薬を処方してもらい、昼ごろ飲んだらその頃から治まってくれた

やれやれ

ところが退院した翌朝の今日の朝からゲップが始まって、薬を飲んだが効かずに5秒か10秒毎にゲップが止まらない

自宅だから上げ膳据え膳とはいかず、食事の用意をして、食べて、片付けて、入院中の様はいかない。
こんなに消耗するとは思わなかった。

とても疲れて、ベッドに横になるといつの間にか眠っている

結局、夕食まで続いて、漸くよくなったようだ。

折角塗り絵にはまって、頑張ろうと思っていたのに・・・。

この間、NHKスペシャル「人体」腸で、腸は免疫をつかさどるということで、何と同じMS(多発性硬化症)の患者が紹介されていた。

やはり、腸に問題があるのだなと思う。
私は子供の頃から腸の病気に悩まされていた。

精進料理を食べている修行僧はクロストロジウムという腸内細菌が多く、MS(多発性硬化症)の患者の便には少ないという結果が出たと言う。

私も精進料理とまではいかないが、それに近い料理をしようと今考えている

         

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退院

2018-02-09 08:56:37 | 入院・外来

入院し身体休めしその部屋は
寒さも知らず満ち足りており

主の恵み尽きない日々の出来事を
感謝を持って賛美する我

退院をめでたく迎える喜びに
春の到来待ち帯びるなり

主の再臨待っていますぞ地上にて
数多の魂救われんとぞ

生かされている感動を感謝して
我再びに生きるなりけり

備えられし主の計らいの素晴らしさ
今日から糧に生きるなりけり

退院を晴れて迎えるその朝は
心の中も温かきけり

再びに歩ける喜び吾子のごと
主が与えたる恵みなりけり

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久し振りにの入院

2018-01-30 10:02:19 | 入院・外来

久しぶりに入院した。

一昨年は「脊柱管狭窄症」と「腰椎すべり症」の手術で、SK病院に入院した。その時の入院は、想像を絶する痛さとの闘いで、おまけに途中でMSが再発し、もう二度とないしたくない入院だった。


今回の入院は8年前にやり残した左眼の白内障の手術のため2泊3日の入院、ところが手術直後にMSが再発してしまった。
MSの入院は慣れているので、そんなに慌てていない。今ワンクール目のステロイド・パルスを行った時点で多少の改善は見られたものの、足が前に進まない状態。でも明日から水、木、金曜日と2クール目のパルスをする予定なのでそれに期待している。
今回は自分が働いていた病院であり、何度も入院の経験ある病院だから安心している。
先生もとても丁寧に見てくださるので感謝だ。
人生に無駄は無い。入院していようが、これはまた1つの経験であり、いつもとは違う空間での生活である。日頃考えないことを考えたり、些細なことに喜んだり… 。

ある人が昔「あんたはついてないねぇ」と言われたことがあるが、私は微塵もそんな思いを抱いたことがない。普通の人から見れば、私はついてない人なんだろうか?
私は私でそれなりに楽しんでいるのだが・・・。

 

 

 

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プロフィール

17歳で「多発性硬化症」(MS)の兆候が出て、急に高校の授業の意味が分からなくなり、それ以来、頭が悪く(記銘力がなくなった)なり、自分がどうなってしまったか不安でたまりませんでした。名門高校に通っていたけど、成績は急降下、志望大学には落ちてしまいました。志望大学の医療短大に入り、、病院の臨床検査技師として働いてきました。20代後半から物が二重に見えたり、尿が出にくくなったり、疲れやすくなったり、熱い物が食べられない、喋れなくなったりと不思議なことがたくさんありました。途中で乳癌になり、部分切除して、その後抗癌剤とコバルト照射をしました。コバルト照射のたびに痺れが足の先から上がってきて、歩行障害が出ました。主治医の先輩がいる関西の病院で4種類の薬を処方され、歩行障害は取れ、スタスタ歩けるようになりました。「治験コーディネーター」になる機会があったので迷わず志願し、以来、MSの再発は10回以上、でも何とか働いています。