友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

どうしても思い出せない

2020年07月15日 18時16分55秒 | Weblog

 どうしても思い出せない。2000年からの年賀状は全て残してあるから、探せない訳では無いが、それ以前から交換していると、いつからなのか分からない。そもそも、どういう出会いで年賀状をやり取りするようになったのか思い出せない。

 高校の先生であることは間違いないが、どこで出会って、何を話したのだろう。私が思い込んでいるのかも知れないが、彼は、私と大学で一緒だった女性の兄だと言い、「妹は北海道で先生をしている」と聞いた気がする。けれど、彼女の姓とは違う。おかしいが、養子に出られたのかも知れない。

 とにかく、不思議だ。どういう人かも分からないまま、年賀状を交換してきた。先日、頂いた奥さんからの封書で亡くなられたと知った。中に「退職者の会」の会報が入っていた。昨年の8月に心臓のバイパス手術を受けたこと、その3カ月後に転倒し大腿骨骨折し、また入院したことなどが書かれていた。

 山登りが好きで「山岳会」を結成したこと、高校の山岳部が禁止になっていた時も内緒で生徒を連れて山登りしたこと、新聞の声の欄の投稿マニアで月に1度は掲載されたこと、芥川龍之介や太宰治、ドストエフスキーなどを読んだ時、この程度の小説なら自分だって書けると童話や小説やら書いて、賞金50万円くらいは稼いだとあった。

 また、新設校に赴任して、管理教育のすさまじさに度肝を抜かれた。徹底した集団行動が重視され、殴ったり蹴ったりは日常的に行われ、1日10時間の合宿勉強では、布団は真っ直ぐに敷き、畳む時は四隅を揃える。集合離散時は常に整列し、班長は人数を点呼する。自由人の彼も次第に、新設校の教育に共感し好感を抱くようになるが、もっぱら図書館に籠り新作童話に励んだとあった。

 妹さんもちょっと変わった人だったから、兄さんの変わり様は想像できた。でもやっぱり、ふたりは兄妹なのだろうかと疑問が湧く。それにしても、周りに亡くなる人が多い。私は76歳、当然のことか。

 

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