友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

働き方改革は労働時間の短縮から

2019年04月14日 17時18分33秒 | Weblog

 冷たい雨の中、少年野球チームが練習をしている。子どもたちは大きな声をあげて頑張っている。エライなと思う。根性なしの私なら、「コーチ、止めていいですか」と言ってしまいそうだ。小雨でも試合が行われるから、そのための練習なのだろう。今のコーチならきっと、「止めてもいいよ。これからはもう、練習に来なくてもいいから」と言うだろう。

 私は子どもの頃、夏休みに子ども会のソフトボールチームに参加していた。希望とかではなく、小4か5になると無理やりにやらされた。運動が嫌いなわけではなかったし、兄貴とキャッチボールもしていたから、チームに参加することには抵抗がなかった。練習が終わった後、コーチの家でアイスキャンデーが食べられることに惹かれたのかも知れない。

 コーチは若い人で、とても私を可愛がってくれた。江戸時代から続く伝統の夏祭りに参加するように言ってくれたのもコーチだった。コーチの家は雀荘だったが、今はもうない。今日の雨の中で教えているコーチたちには、いくらかの謝礼が出ているのだろうか。好きなこととはいえ、無償なら厳しすぎると思う。

 働き方改革が進められている。小学校の時だと思うが、「工場のオートメイション化が進み、これからは大量生産の時代になる」と先生は言っていた。大量生産で製品は安くなり、「お前たちのお父さんの休みも多くなる」と先生は予言していた。ところが、1日8時間労働は一向に変わらない。むしろ昔に比べて「過労死」する人がいる。

 機械化が進み、AI化が進み、なのになぜ人間の労働時間は短縮されないのだろう。工場を維持するために1日8時間労働が必要なら、せめて1週40時間と改定し、働く人の自由時間を増やすことは出来るはずだ。週に2日間の休みなら、今と大して変わらない。変則勤務の人にはもう少し自由時間を増やしてもバチは当たらない気がする。休みの日に、好きなことができるのはとてもいいと思う。

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