友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

データファイルは開けません

2013年03月19日 18時04分23秒 | Weblog

 暖かな春の日差しが溢れている。小学校のグランドで子どもたちの歓声が上がる。友だち同士で写真を取り合ったり、お母さんやお父さんも加わって写真に納まったり、グループの形が変わっている。今日は小学校の卒業式だ。この辺りの学校は、卒業式の日はこれから入学する中学校の制服を着て式典に参加する。だからマンションから見ていても、中にはこの辺りでは見られない制服の子もいる。いつからこうした卒業式になったのだろう。

 中学校の制服を着るのは、見せつけるためでは決してないはずだが、「あの子はどこどこの学校へ行くのよ」と分かってしまい、お母さんたちの羨望とか驚喜の対象になっている。それでも多くの子どもたちはそんなことには関心もなく、大声でグランドを走り回り、ふざけあっている。まもなく競争社会へ送り込まれるわけだが、今はそんなことを感じていない。春の陽気はいかにも暖かく、子どもたちの前途はいかにも恵まれた気配だ。

 私は朝からずっとパソコンとにらめっこである。先回まではスムーズに出来た宛名ラベルの印刷が出来ない。毎回、ワードのツールから差し込み印刷を使っているのに、なぜ出来ないのだろう。先回と違うとすれば、追加名簿があったので、これを打ち込んで上書き保存した点だけである。と、いつもそう思うけれど、実は時々印刷できなくて悪戦苦闘に陥る時がある。それでもこれまでは何かしらやっているうちに、「あれっ出来た」とうまくいっていた。

 「その手順を控えておけばいいのでは」と指摘されるまでもなく、そうしているが、それなのに出来ないのである。パソコンがうまく出来ないのは、ほとんど手順にある。順番を間違えるとコンピュータは考え込んでしまうのだ。それと厄介なのはデータの保存の仕方にある。自分では正しく保存したはずなのに、その形式では表示が出来ない時がある。同じマイクロソフトなのにワードとエクセルの互換がよくない場合もある。

 今回のラベル印刷も、エクセルのデータをワードで開こうとしても「データファイルは開けません」という。コンピュータに詳しい人に聞いても、「ワードとエクセルはうまくいかない」と言う。3歳の孫娘は『iPad』を器用に扱えるけれど、私はまったく出来ない。電話が出来て、メールが出来て、写真が撮れれば充分なので、『iPad』が欲しいとは思わない。いやむしろ、分からないことが増えることが嫌なのかも知れない。

 その3歳の孫娘が私のケイタイに指を置いて、「うごかないねー」と不思議そうに言う。彼女が大きくなった時は、どんな社会になっているのだろう。

コメント
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