友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

春来しも 寒さ厳しく 人を恋ふ

2013年01月06日 18時55分39秒 | Weblog

 私の教え子の年賀状に、「兄がブログをやっています」とあったので、開いてみた。私は、関係のない人のブログを見ることはなかったので、ブログはこれくらい短い文章の方が読まれるのかな、と思った。でも、私が始めたのは1日1千字を書くためで、私が知っている人への熱いラブレターである。やっぱり1千字以下にはしたくないし、1千字までなら読んでもらえるだろうと甘えている。

 彼女の兄さんのブログに、「初雪や 心に浮かぶ かつての恋」という俳句が載せてあった。初雪を見ると昔恋した人を思い出すのだろう。私も高校3年の寒い日、「あなたが好きなのは、あなたが作り上げた私なのよ」と言われ、振られたことを思い出す。そこで、「雪混じり 踏み切りが割く 恋心」。彼女が走っていった踏み切りは、後を追わなければと気付いた時には遮断機が下りていた。後から追いかけてみたけれど、もう姿はどこにもなかった。

 雪を見ると不思議な気持ちになるのは私だけではないようで、俳人の鈴木真砂女さんの著『銀座に生きる』にこんな文章があった。「車中から見る雪は先へ行くほど深くなっていった。そして感激も深まるばかりだ。この雪に埋もれて死にたいとも思った。恋など遠いものとさえ思えた。涙が止めどなく流れ、悲しいものでもない。さびしものでもない。ただただ泣けて仕方なかった。こんなとき誰かに一緒に死にましょうと誘われたら一緒に死んだかも知れない」。

 雪景色にはこんな恐ろしい魔力があると私も思うけれど、真砂女さんのように誰でもいいと思うほど私は純真な気持ちに欠ける。愛した人に「一緒に死んで欲しい」と言われたなら、覚悟はするだろう。死ぬことで一切の苦痛から解放されると女が思うなら、それに応えるのが男だろう。そこでもうひとつ句が浮かんだ。「雪国で 死ぬ夢を見た ふたりかな」。

 さて、明日からはこんな情緒的な物思いに浸っていることは出来ない。来週の土曜日には大和塾第29回市民講座『宇宙100の謎』に向けて、全力で取り組まなくてはならない。世界的な天文学者の福井康雄先生を招きながら、受講者が少ないのでは恥ずかしい。高校へもチラシを持って行こう。体育館でチラシを掲示してもらおうとお願いに行ったら、「上の者に言ってくれ」と断られたので、明日もう一度役所に行ってこようと思う。

 雪景色の美しさに比べ、毎日の生活は厳しくつまらない。それでも生きていくということは、そういう世界に身を置くということだ。そこで、「春来しも 寒さ厳しく 人を恋ふ」。俳句は短いから難しい。もう少し言葉が欲しいと思うから短歌の方が私には向いているのかな。

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