赤の女王

「「科学技術インタープリター養成プログラム(STITP)」勝手に提携サイト」提携サイト」byフルタニ

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Oct. 31, 2005

2005-10-31 23:58:23 | Weblog
今日は境先生の授業に一時間遅刻しました。というのも、授業の開始時間を一時間間違えていたからです。
5限は4時20分に始まるのでした。
せっかく未来館のおもしろそうな話だったのに、残念です。

6限は風で動く立体つくりでした。なんかミニマルなデザインはできるんだけど、装飾していこうとするとうまくいかないっていうのに自分の限界を感じました。
もうちょっと複雑な構造物を作りたかったです。もうちょっと世界観のあるもの。

関係ないけど、先週号くらいのネイチャーに、胚を壊すことなくES細胞を樹立できるあたらしい手法が載りました。胚盤胞になる前の8細胞期でひとつ割球をとってES細胞と一緒に培養するとES細胞の性質を示すようになり、残りの割球はそのまま正常に発生を続けるということです。これからは子供を産むとき、8細胞期で一個割球をとって凍結保存してもらうというのがはやるかもしれません。
ひさしぶりにわくわくする話題でした。
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Oct. 29, 2005

2005-10-29 15:04:06 | Weblog
今日はGMOについてのお話を丸山先生にしていただきました。
まがりなりにも遺伝子を日々切り貼りしたり細胞に入れたりしている身としては、安全性が一番気になっていたのですが、ゲノムのannotationが終わっているとして、どこのlocusにどんなTgが入っているかが全部公表されている(それが真実かどうかは超重要だが)のであればまぁ、いいかなぁと思います。
しかし、生物の多様性なんて失われていいじゃない、それがわれわれがやってきた農業なんだから!とあっさり言われると、さすがに違和感が……
今までやってきた品種改良と、GMの技術が同じことだと断言するのもどうかと思うし……

神岡ゼミで何もあたっていないことを祈ってます。
ニュートリノは実は高校でやったことまでしかわからないので……
しかもそのときは、質量ないって習いました。
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課題終了

2005-10-28 20:41:27 | Weblog
ようやっと、懸案事項であった瀬名先生の課題第二弾が終わりました。
書くこと自体は嫌いではないので、ノッてくればいくらでもかけるけれど、もうちょっとちゃんとwritingを学ばなければと思いました。日本語が下手。
英語はwritingとかcompositionの授業とかでみっちりやらされたのをなんとなく覚えているけれど、日本語の文章の書き方はよくわからない……

今日は長谷川先生の2回目かつ最後の授業でした。日本学術会議についての続きといいますか。
政府にあげてもらいたい案はいくらでもあります。ポスドク一万人計画の責任をとって雇用を増やせ!とか、人件費に使える科研費を増やせ!とか、危険物取り扱い系の書類をもっとシンプルにしろ!とか。
ただ、日本学術会議がどれほどの実行力(影響力?権限?)を持っているのかが疑問です。政策に対する提言を行うことが第一のテーマらしいけれど、どうなんでしょうか。
個人的には、どこそこにどんな研究所を作るとかいう政策を提言する暇があったら、雇用対策をしてほしいです。まじで。
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しぇたちばな

2005-10-26 14:13:52 | Weblog
ものすごい本の数でした。地震で倒壊しないのが奇跡的です。
まじすごい。しかもちらかりかたも半端ない。
あれで原稿や資料を散逸しないっていうのがすごい!
アイボはどこにいたのかな。(もう人工知能ブームが過ぎて飽きられてしまったのだろうか)

昨日出た課題と、瀬名先生の課題はどっちを先にやるべきか……
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ハヤトッティー

2005-10-25 00:07:28 | Weblog
科学未来館に行きたくなりました。ただ券がもらえたので超ラッキーと思ったら、プロパーでも500円とは知りませんでした。
あと、月6は要領を得ない授業だなぁというのが正直な気持ちです。
授業のあとハヤト隊員とかずみんと駒下でハイテンションに夕飯を食べました。みんなあの時間からそれぞれラボに戻るとわかると、なんとはなしに勇気付けられますな。
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科学技術ライティング実習I(10月11日5-6限目)講義記録1-3(フルタニ)

2005-10-24 23:47:03 | Weblog
最後に川端先生の講義です。

1.作品の紹介
調査捕鯨に同行取材したときのものや、休暇を利用して取材して書いたもの、アメリカの動物園革命の話、sense of place、古生物学、インターネットやハッカー、ロケットサイエンティストがつくる金融工学など。
2.文理のはざま、小説とノンフィクションのはざま
境界はどこにあるのか?文理ではなく、理解するものと理解しないものという対立関係。文学者などから見れば理系だけれど、コアな理学系の学者からみれば文系と見られるわけで、立ち位置によって自分の見られ方が変わるということ。
3.疫学の話
疫学は純粋な理学・生物学や実験医学などとは異なり、社会集団の中に因果関係を見出すもの。すぐに政策などに反映されやすい反面、誤った因果関係を簡単に作ることができます。「禁煙ファシズムと戦う」という本は疫学的にまったくおかしいとのこと。
4.fictionとnonfictionの使い分け
fictionにするにはもったいないと思えるほど特別な体験などはnonfictionにするけれど、ハードコアなサイエンスねたはフィクションにするとのこと。
--感想-----------------------------------------------------
まず、先生の作品はちょっとあらすじを聞いただけでどれも面白そうです。着想(着眼?)がすばらしいから、一言紹介だけでこれほど面白そうに思わせられるのだと思います。また、文理のはざまの話はまったくその通りだと思いました。私はずっと、理系というよりは生物系なので、物理や数学の面では現在のところほぼ完全な素人です。なので、理系文系と分けるよりは、理解できるかできないか、玄人か素人かという分け方のほうが妥当だろうと思っていました。
ただ、理系の世界にずっといて、理系な(その定義がそもそもあいまいではありますが)先生や先輩につっこみまくられて訓練され続けると、物事を考えるときに経る筋道が理系「風」になるとは感じます。「理系な考え方」は理系の人と理系の言葉使いで議論を戦わせられる環境にいればこそ鍛えられるものだと思いますので、思考のしかたで理系・文系と分けることは可能だと思います。
ところで、海外にも、日本で一般的に分けているのと同じような理系・文系という区別はあるのでしょうか?私がアメリカの高校にいた頃には生徒がそういう区別をされることはありませんでしたし、日本で若者が言うようなニュアンスで自分は理系だ、文系だというような話を友人としたこともありません。理系文系という区分の仕方はひょっとすると日本だけなのではないか、しかも日本の高校でなぜか文理の区別をするから、それが一般社会にまで広がっているだけなのではないかという風に思っています。
疫学は興味深い分野だと思います。縦軸も横軸も無限通りあるような中から、本当に意味のある相関関係を導き出すというのは非常に困難で緻密な思考が要求されると思います。身近にいる疫学や統計を扱っている人の話を聞くと大変面白く、その思考の深さに感心します。
川端先生の疫学本を楽しみにしています(なにやらファンレターのような感想になってしまって申し訳ありません)。
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科学技術ライティング実習I(10月11日5-6限目)講義記録1-2(フルタニ)

2005-10-22 19:39:28 | Weblog
次に、森健先生から雑誌ジャーナリズムにおけるサイエンスと題してお話がありました。
1.森先生のbackground
もともとは科学誌や経済誌の記者で、その後フリーになったそうです。記者時代には、データマンとして、データの提供、実験系のセットアップなどをされていたそうです。
2.森先生の仕事に対する姿勢
純粋なサイエンス記事ではなく、社会に対するサイエンスとか、サイエンスを取り込む側の社会といった、両者をつなぐような視点で書くそうです。もちろん政治、経済、社会系の記事もたくさんあり、いわゆるサイエンスライターではなく、ライターただしサイエンス寄り、というスタンスで自分の興味のむくままに仕事をされているようで、少しうらやましく感じました。
3.日本と海外のサイエンスライター事情
サイエンスライターとして日本で活躍している人は主に新聞社・通信社・NHKの記者出身が多いそうです。それに対して、海外では、月刊誌の記者や、テレビ局のディレクター、学術誌の契約記者、博物館の助手、研究機関所属のライターなどが多いとのことです。
4.メディアの特性
日本には今、一般向けの科学雑誌がほとんど存在していないそうです。その理由として、読者が成熟しなかったことがあげられました。これはテーマ設定にも問題があったということですが、他にも問題はあったのではないかと思います。
5.取材・執筆の取り組み方
科学雑誌では速報的なものはほとんど扱われず、新しい知見からテーマを設定し、そのテーマに沿って取材を行うという仕組みらしいです。月刊誌では早めに入稿しないといけないので、企画の立ち上げは遅くとも2ヶ月前までに済ませなければならず、時事問題的なものを扱うのは難しそうでした。
6.ジャーナリズムのスタンス
ジャーナリズムは啓蒙活動をはじめ、さまざまな立ち位置があってしかるべきだとのこと。
社会との接点を忘れないことが重要だそうです。また、今後インタープリター的ライターが取り組むべき問題として、科学離れを挙げられました。
--感想-----------------------------------------
ライターの実際がよくわかって興味深かったです。気になったところがいくつかあって、授業でも質問もしましたが、一番気になったのは「データマンはどうやってコントロールをとるのだろう?」ということでした。我々は自分たちのフィールドであれば、どういうコントロール実験が有効かということがわかっています。しかし、データマンはおそらく自分の専門外のところでも実験系を組んでデータを出すことが求められると思うのですが、その場合、実験の肝ともいえるコントロールの設定の仕方は誰かにアドバイスしてもらったりするのでしょうか?これも授業で言いましたが、某テレビ番組では、コントロールが成立していないために実験系が破綻しているような系で結論を導き出し、あたかもその結論に科学的根拠があるかのようにみせかけることがあるため、非常に、ジャーナリズムの中で行われる検証実験には不信感があります。ただ、森先生は、まずほしい結果ありきで実験を始めるわけではなく、実験結果にあわせてストーリーを作るとお答えになっていたので少し安心しました。
また、日本と海外のサイエンスライターの違いも興味深かったです。大まかに言うと、日本では、ライターがサイエンスライターになりますが、海外ではサイエンティストがライターになるケースのほうが多いのではないかと感じました。
日本で科学系の雑誌が壊滅的であるというのはとても不思議です。アメリカでは科学系の雑誌はいろいろあり、高校の授業でScientific Americanから記事を選んでそれについてレポートを書かせるくらい生活に浸透していますが、テレビ番組はDiscovery channelが一人勝ちという感じで、科学系のものはそれほどありません。それに対して日本では、科学系の雑誌がほとんどない=科学に興味がない人が多いと思いきや、不思議な科学系の番組はさまざまあって、どれもそれなりに好評を博しているように見えます。このような現象が不思議で、以前から気になっています。
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10-21-05(Sat)

2005-10-22 19:08:41 | Weblog
今日は雨にぬれつつ自転車で行ったら、家からちょうど20分かかりました。雨じゃなければおそらく20分の壁は突破できるものと考えられます。

東海地震以外は地震予知できないことを知り、サリドマイド禍やBSEについて詳しくなりました。しかし横浜市は地震対策についてはがんばっているようなので一安心です。

放課後ミーティングで、突如みなのあだ名が決まりました。もう大人なのに、あだなつけるのにあそこまで盛り上がるとは思いませんでした。
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科学技術ライティング実習I(10月11日5-6限目)講義記録1-1(フルタニ)

2005-10-22 18:05:44 | Weblog
ゲスト講師:川端裕人先生、森健先生

まず瀬名先生から、なぜ書くのか、というテーマで講義がありました。
1.パラサイト・イヴはどのようにして書かれたか
今の私と同じ頃に書かれたそうです。教科書でみるいわゆるミトコンドリアの絵は60年代頃に描かれたものであって、実際ああいう風には見えないことがよくあるとのことでした。
2.BRAIN VALLEYはどのようにして書かれたか
読者アンケートから、難しさと面白さは両立しうるという事実がわかりましたが、小説界には定着しませんでした。
3.「課外授業ようこそ先輩」
先天的に物語を書けない人がいるとのこと。また、大人は子供向けにコンテンツを作るときにレベルを低く設定しすぎてつまらなくしていることが多々あるとのことでした。(これは教科書検定にもいえることかも?)
4.なぜ理系が小説を書くか
理系出身の小説家は、常に、なぜ自分が書いているのかということを気にしているとのことでした。自分でないと務まらないのだという強い意思をもって書くべきとのことでした。科学小説にはいろいろな手法があり、物語のテーマとなる科学的な背景(ex.化石から抽出したDNAを用いて恐竜を再生する)と、ストーリー(ex.スリル満点のサバイバル)がそれぞれ独立していれば読者は読みやく、物語のテーマとストーリーとが近づけば近づくほど、読者は難解さに翻弄され、逃れられなくなるそうです。
5.インタープリターとは何か、この実習で何を学ぶのか
科学者(第一線で研究している専門家等)と、受け手(それによって影響を受ける市民や社会)の間にたつのがインタープリターですが、なぜ私がインタープリットするのかと常に自問するべきなのかもしれません。
--感想-----------------------------------------------------
瀬名先生のバックグラウンドを知ることができてとても興味深かったです。私はアメリカの高校に通っていた頃にパラサイト・イヴを読みました。ちょうど授業で進化にからめてミトコンドリア・イヴを学び、衝撃を受けた後だったので強く印象に残っています。パラサイト・イヴのおかげでミトコンドリアが一躍脚光を浴び、自分の中のミトコンドリアと対話した人まで出現するほどの波及効果を生んだと聞いて、自分が何か書くときにそういう人が出てきては困るけれど、実際それを防ぐことはできないだろうと思い、書いたり表現したりすることの責任の重さを感じました。
「難しさと面白さは両立しうる」という考えに私は非常に共感します(私も確かBrain Valleyの読者カードに「難しい」「とても面白い」と書いて返送したと思います)。必ずしも難しい=面白いではないけれど、簡単=面白いというのもうそで、面白さとむつかしさは違うベクトルにのっていると思います。だから、物語を作るときに、話の面白さを決める部分と、難しさの部分とを重ねてしまうとベクトルが重なってしまい、よくないのだろうと思います。
私は渡米する前に父親に「日本にいる間に行っておきたいところはないか」と聞かれて「奇石博物館」と即答するほど、奇石博物館が大好きで小中学生の頃に何回も行きました。そこでは学芸員のような方達がとても気さくに(とはいえ毎回一言一句同じ言い回しで)、辛抱強くいろいろなことを教えてくれました。テレビ石やこんにゃく石、光る石など、(毎回一言一句同じ言い回しだったからか)未だによく覚えています。きっと瀬名先生の授業で物語を書いた小学生も、その石のことを一生忘れないと思います。
最後に、ドーキンスに感謝しよう!との提言をされていましたが、私にとっても利己的な遺伝子というのは確かにショックではあったけれど、特に悲しくもなりませんでした。むしろ高校の頃だったので、自分の資質があらかじめ利己的な遺伝子によって定められているのだったら、自分で自分をもっと高めれば、利己的な遺伝子とやらに勝てるではないか!と、妙な論理で勇気付けられた記憶があります。
今はまだ自分の中でもインタープリターというものの輪郭がぼんやりしていて、自分の輪郭とそれをきっちり重ねることができるようになるにはまだ時間がかかりそうです。ましてやインタープリターとして何をどういうふうに、なぜ書く(表現)するのか、という問いに対する答えが自分の中でsolidなものとしてあるわけはありませんが、これから徐々に自分の中に築きあげていきたいと思います。
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