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タキ23

2018年10月08日 15時49分29秒 | 03旧軍電探機器解説

タキ23


電子妨害装置の説明とブロック図
(日本人により英語で記述されている)
原理
ここでは、攻撃の目標であるレーダーAとタキ23 B、BはAから送信されたインパルスを受信するレーダーのこととする。
BはA波の周波数の約20〜50倍のブロッキング発振器を持ち、新しいインパルス波を生成する受信信号の出力と同期する。
超短波送信機は、タキ23の一部であり、Aと同じ波長に同調され、これらの新しい衝撃波によって変調される。したがって、放射パルス波を増幅させる。
 Aがそれを受け取ると、Aオシロスコープでは多くの複雑な画像を見ることになり、目標から戻ってくる画像を見ることができなくなる。
したがって、Aはその機能を失うこととなる。
使用方法
 Bは図Ⅰに示す構造をとっている。
Bが設定され、受信機、モジュレータとオシロスコープは、動作中のマルチバイブレータ、動作中の送信機、送信機は開始準備している。
まず、BはA波を受信する。その出力はBオシロスコープで連続的に監視される。
第2に、B送信機は作動状態に設定され、A波と同じ波長に設定される。
B受信機とB送信機は、マルチバイブレータからの出力から互いに動作する。
この相互作用が自動的に生起されるので、オシロスコープ上で二重像(A信号およびB信号)を見ることができる。
オシロスコープ上のこれらの2つの画像の比較によれば、変調波と同期電圧を調整してこれらの2つの画像を固定し、周波数関係を20〜50倍に保持する。
オシロスコープで画像を見ると、A送信機と同じ波長になるようにB送信機を調整し、受信機のダイヤルで受信する位置を確認できる。

[a1]  Reports of the U.S. Naval Technical Mission to Japan, 1945-1946
 

[a2] 「日本無線史」10巻 1951年 電波管理委員会 抜粋
電波妨害機
機上用「タキ二三」強制妨害式
波長1.5から0.8(0.75?)米、出力連続30W、衝撃700W(?)、自動又は手動方式、重量220(50?)瓩、試作会社三菱電機、第二次兵器「タキ八」の波長範囲拡大用として研究終了、試作中。
なお、第三次兵器として「タキ八」、「タキ二三」を統合せる標準型「タキ三三」を研究中であった。

[d1]  三菱電機社社史創立60周年 昭和57年3月
三菱電機は何故か通信機やレーダー製造に積極的に関わっていないようである。
社史には、唯一、1台の機上レーダーを掲載していおり、型式は特定できていないが、タキ23と思われる。


[e21] 機密兵器の全貌 昭和51年6月 原書房
電波妨害機
電探の発達と共に直ちに出づ可き兵器である。電探の電波に丁度合わせ波長の電波を協力に出し、電波の受信を混雑せしめようとする装置である。
電探が米波と糎波の二種類に大別された様に、本装置も二種類になる。
その内比較的古い技術の米波妨害機は陸軍が之を担当して一通り作り上げた。
ところが愈々生産になって困難に逢着した。
陸軍の為の生産に急をつげ、海軍に渡せないと云うのが結果である。
之では海軍は困る。それで又自ら研究を開始した。
出来上がった結果は陸軍側よりは少し簡単な方式をとって居る。
従って量産にも都合が良い。
それで至急生産を開始したが、相次ぐ爆撃によって工業力の低下著しく、遂に実験的な試用に止まり、真の実用には至らなかった。
糎波の妨害機は計画を一応立てたが、米波程にも至らない内に終戦になってしまった。
而して陸海軍電波技術委員会は戦時中相当良く活躍した委員会である。
但し折角委員会の沽券を発揮し得た電波妨害機の終局は前記の通りであった。

電波欺瞞紙装置と反射防止
アルミ箔を空に撒いて対空電探を欺瞞しようとする考えは日本に於いては陸軍の発明である。
昭和十八年春実験され、直ちに実用された。
之は陸海両軍に於いて各種作戦に効果的に用いられたものである。
その最も明らかに効果を発揮した例は第四次ブーゲンビル沖海戦である。
此の戦闘では飛行機を以て攻撃隊の反対側に之を撒布し、敵をして之に射撃を加えしめて、反対の方向から雷撃機が突撃して戦果をあげたのである。
此の問題の海軍側の研究は横須賀海軍航空隊が担当した。
海上作戦に用いる欺瞞体は呉海軍工廠が研究した。此処では特に糎波に対するものが対象となったが、九〇度の角度を以て交わる二つの金属板或は網の反射体は効果があった。
之はレーダーの反射板として昨今一種の電波燈台として港湾の入口や、難所に掲げられているものに略等しい。
航行用レーダーの電波を反射させんが為である。

日本海軍レーダー解説http://minouta17.web.fc2.com/aradar_main_navy.html

広島戦時通信技術資料館http://minouta17.web.fc2.com/


参考文献
[a1]  Reports of the U.S. Naval Technical Mission to Japan, 1945-1946
[e21] 機密兵器の全貌 昭和51年6月 原書房
[g3] ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%95
チャフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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米海軍のチャフ・キャニスター(RR-129とRR-124)
ほぐした状態のチャフ(大戦期英軍の「ウィンドウ」)
チャフとフレアを同時に展開するB-1B
チャフ(電波欺瞞紙、英: chaff、独: Düppel)は、電波を反射する物体を空中に散布することでレーダーによる探知を妨害するもの。電波帯域を目標とし誘惑と飽和を任務とした使い捨て型のパッシブ・デコイである[1]。
最も古くから用いられている対レーダー用デコイであり、現代では、軍用機や軍艦の多くにレーダー警報受信機などと連携させて搭載されている[2]。
歴史[編集]
第二次世界大戦中の1940年に、イギリスによってドイツの捜索レーダー「フライア」、射撃管制用測距レーダー「ウルツブルグ」や航空機用機上レーダー「リヒテンシュタイン」を妨害するために開発され、「ウィンドウ」と命名された。
イギリス空軍の夜間爆撃では電波妨害装置と共に使用されてドイツ軍の高射砲や迎撃機の回避に大きな成果を上げた。
また、第二次大戦中の日本軍では、模造紙に錫箔を貼ったものが主に用いられた。1943年11月13日の第四次ブーゲンビル島沖航空戦で、大日本帝国海軍航空隊は、敵艦隊の一方にチャフを散布し、そちらに警戒を惹きつけたうえで、反対側から雷撃を加えて、大きな戦果を挙げた[4]。

電探欺瞞紙 http://www.warbirds.jp/prince/pr0013.html
Freeman Army Airfield https://en.wikipedia.org/wiki/Freeman_Army_Airfield

 

 

 

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