みのる日記

サッカー観戦記のブログです。国内外で注目となる試合を主に取り扱い、勉強とその記録も兼ねて、試合内容をレポートしています。

女子日本 × 女子北朝鮮 #7

2007年01月06日 | サッカー: 日本代表
※この記事は「女子日本 × 女子北朝鮮 #6」からの続きです。


■ メキシコのサッカーの概要
そして肝心のプレーオフでの対戦国とは、北中米カリブ海で3位となったメキシコです。そのメキシコですが、日本は2003年に全く同じシチュエーションで、前回大会の予選のプレーオフにて対戦している相手なのです。4年越しの再戦となりました。あのときは日本が1勝1分けとして本大会進出を決めただけに、雪辱を果たすべくメキシコは並々ならぬ意気で臨んでくることも予想されるでしょう。
このメキシコについて調べ上げてみました。日本と同様に、あと3ヶ月の間でまた強化のために変貌を遂げてくるかも知れませんが、とりあえず現段階でのメキシコ代表というチームのまとめと、自分なりに考えてみた対策を記載したいと思います。

まずはメキシコの力量です。12月22日に発表されたFIFA女子ランキングにて22位までその地位を上げて、順調に成長していることが認められてはいますが、同10位の日本から見れば格下の相手であることに違いはありません。年々日本との実力差が着実に広がって遅れをとっている韓国よりも、もしかすると劣るかもわかりません。ただ、もちろんのこと油断は絶対に禁物です。敵は自分たちの内にこそあると心掛けるべきです。本来の力を発揮できなかった、アジアカップでの悔しさと反省点を必ずや忘れないようにしてもらいたいのです。もう二度とあのようなことは目にしたくありません。年末に逞しさを増した精神面をどうにか維持し、この最重要な大一番という重圧を見事にはねのけてみせてほしいと思っています。自分たちのサッカーを出せば、確実に勝つことができます。

メキシコは男子と同じく技巧派ぞろいで、俊敏性あるサッカーを持ち味としています。ショートカウンターからの素早い突破で、一瞬にしてシュートまで持ち込むことが得意です。通常の攻撃時には南米のような独特のリズムで迫ってきて、前線の選手たちの技術力と創造性で、数人による即興的な組み立ても行ってきます。アジアにはこのようなチームがなく、日本にとっては不慣れな、こうした攻撃への対処能力が未知数であることは一つの懸念材料です。
またそれだけでなく、メキシコの選手はほぼ全員が足元のボール捌きに秀逸であるという、個々の能力でもって主導権をたぐり寄せることができます。おそらく日本は、これには苦戦を強いられるでしょう。1対1の場面ではバランス感覚のよいキープ、さらには一瞬で抜き去られてしまう危険性などに悩まされることと思われます。
しかしながらメキシコは、日本の誇る組織力だけにはまるで歯が立たないことでしょう。即興的と言えば聞こえはいいのですが、核となるパターンを確立しておらず、個々の選手が自由奔放にバラバラに動いて攻め立てているのが実際のところです。守備面においてもカバーリングやプレッシングには積極的でなく、どうやら最終ラインにも規律だった動きはないとのことです。極端に分かれる、個人対組織の試合展開となりそうです。
その中で日本の目指す試合運びは明確に定めることができます。これまでどおりに、各局面で効率的に数的優位を作りながら個を潰していき、撹乱する活動に惑わされることのないよう集中力を高く保って、マークやカバーを完遂させることです。大体からそれ以前に、即興的な攻撃やショートカウンターを恐れるならば、着実にミスすることのないよう自分たちでつないでいって相手へ容易にボールを渡さないことです。両者の力関係を比較すれば、日本の培ってきたパスサッカーは存分に発揮できるはずだと言い切れます。圧倒的に中盤を支配して、そもそも相手に保持させないことで封殺できればベストです。

■ メキシコの具体的な攻撃と守備の内容
続いてはメキシコの具体的な陣容です。

まず一番に挙げなくてはならない選手が、メキシコ女子サッカーの英雄的ストライカーである、エースのFWマリベル・ドミンゲスです。素晴らしい得点感覚を持つ彼女のゴールは、国内では「マリ・ゴール」との愛称で呼ばれています。人気と実力と勇敢さを兼ね備える、メキシコの絶対的な主将です。FIFAの横やりがあって出場は実現しませんでしたが、「男子の」メキシコ2部リーグのクラブと契約を結ぶという前代未聞の話題を提供するほどに高い能力を有します。現在はスペインのFCバルセロナの女子部門に所属(デビュー戦でハットトリック)。アテネ五輪でも自身のゴールでチームをベスト8に導いていて、何よりも前回のプレーオフで日本は彼女に失点を喫しています。紛れもなく最も注意すべき選手です。
このドミンゲスをサポートし、長く彼女のパートナーとメキシコの背番号10を任されているのが、FWイリス・モラです。メキシコの中では身長157cmと小柄な体格ですが(日本の平均身長は161cm)、卓越したスキルでフィニッシュを演出してくる、あなどれないテクニシャンタイプの選手です。前への勢いのあるドミンゲスとは非常に相性が良く、こちらも十分に警戒せねばならない存在です。彼女も前回の日本とのプレーオフに出場していて、第1戦で1ゴール。日本に敗れた悔しさも味わっていて、大きな闘争心を静かに胸に秘めています。
他で特筆すべきなのは、主に左のアウトサイドの前方に配される、期待の新星MFモニカ・オカンポでしょう。永里や阪口と同年代の19歳で、若手ながら代表で台頭してきました。武器は左足から繰り出される正確なキック。さらにはスピードの速い突破力も持っていて、メキシコの重要なチャンスメイカーとしてその才能を発揮しています。19歳ながらすでにPKのキッカーを担当するなど、将来のメキシコの支柱として期待されている人材です。年内最後の試合となった北中米カリブ海3位決定戦では2ゴールを挙げていて、チームの勝利に大きく貢献しています。

彼女たちが主軸として前線に据えられることになります。ドミンゲスを最前列のトップに置き、彼女を中心としてそのやや後方から3人の攻撃的選手が襲いかかる、4-4-2とも4-2-3-1ともとれる布陣が最新のメキシコです。ただ、この基本形は実にあやふやで、特に中盤と前線は前述したとおりに皆が奔放に動くものだから、試合中でも相当流動的に変化していきます。この流動的に動いていく6人全員がスキルフルで素晴らしいドリブル突破力を持っており、それを駆使したかなり速い攻めを先のゴールドカップ(北中米カリブ海予選)では見せています。グループリーグでは2試合で17得点。得点力こそが脅威です。同じような積極性ある北朝鮮を見事に完封した日本ですが、北朝鮮は整然とされた陣形を保っていたわけで、まるでそのタイプは異なることに注意せねばなりません。マーキングの難度は必然的に高くなります。マークの確認や受け渡しはしっかりしてほしいところです。
DFの4人も北朝鮮とは異なり、サイドバックが上がってくるようなことはありません。全員が守備担当でガッチリと構えてふさぎます。攻守の役割分担ははっきりと分かれていると言っていいでしょう。

そのメキシコの攻撃への守備対策なのですが、最近のゴールドカップでの準決勝で、メキシコが完封負けをした試合からヒントを得ることができるでしょう。相手は歴然とした実力の差があるアメリカではありましたが、アメリカがこのメキシコのシュート数をわずか5本に抑えた要因を探ります。
この試合のメキシコの攻撃時に目立ったのが、多数のサイドアタックの失敗です。1対1からの突破力に優れるメキシコは、その状況を作りやすい手薄なサイドを狙うことが多いのですが、アメリカはここをサイドバックとMFで数的優位を築いてとことん潰していきました。またメキシコは、パスではなくドリブルが攻撃の割合のほとんどを占めていたために、アメリカは自陣のペナルティエリア内以外の選手などは放っておいて、ボールの保持者への徹底的なプレッシャーが効果的でした。複数の選手で囲んで次々に阻止、あるいは奪取してしまっていたのです。
メキシコがもしこのような展開をプレーオフでも見せてくるのならば、日本としては有利です。サイドを含めた各エリアごとでの個人へのプレスの敢行、ならびに即座に数的優位を作る守備は日本の得意としているところです。相手の流動的な攻撃の中で恐いのが、動きながら巧みにパスをつながれてしまうことです。守備時にマークやプレスがつききれずに、1対1、あるいは数的不利までに持ってこられたら、身体能力で劣る日本としては防ぎきることができません。ですがドリブル主体の流動性ならば問題はないでしょう。自分たちの担当エリアで対応相手が毎回変わろうとも、目の前の一個人だけを確実に囲んで潰していけばいいだけのことだからです。
加えてメキシコは日本と同様、ミドルシュートが弱いのです。ドリブルやキープにはプレスで制限をかけ続けて危険なエリアへと突破させず、最前線への供給を許さなければ、外側からの攻撃力と打開力に乏しいメキシコは決め手に欠いてどん詰まりになっていくことと思われます。

一方のメキシコの守備の方はどうなのでしょうか。メキシコのMF陣はボランチまで含めて、さほど守備意識や守備能力に長けるわけではありません。4人のDF陣が最後方で持ち場を離れずに自陣を固めるのが特徴的なのです。ただしこの4バックは純粋なラインディフェンスを敷いていたわけではありません。3人のセンターバックの後方に1人スイーパーを余らせるという、一風変わった中央を頑強に堅くするという守り方を通してきました。
これにも変化がないならば、日本にとっては非常に好都合なことです。現在の日本の攻撃における最大の武器はサイドアタックであるためです。ポッカリと空いた敵陣のサイドで、フリーな体勢から秀逸なクロスを上げ続けることができるのならば、いくら中央に密集しているとは言え、いつかはメキシコのDF陣は揺さぶられるはずです。日本は左右にMFを置くダイヤモンド型の中盤にして、アジア大会でも炸裂させた強力なサイドアタックを立て続けに狙っていくべきだと思います。

■ 対メキシコに期待する戦い方
ここからは以上のことを全てふまえて、お互いが現時点での陣容や戦術を踏襲して対戦する場合の、私が日本に期待する戦い方を勝手に意見させていただきます。

まずは今回もいつもどおりに、積極的にディフェンスラインを上げていくことです。メキシコはスピードはありますが、放り込みからの裏への飛び出しはあまり狙いません。プレスをより効果的にするためにも、コンパクトさは保ってほしいところです。
センターバックの岩清水(あるいは下小鶴)は徹底的なマンマークで、メキシコのエースのドミンゲスを抑えきってほしいと思います。パートナーの磯崎もカバーを心掛けて、物理的にも精神的にもメキシコを牽引するこの主将だけは躍動させないことです。
イリス・モラにも目を離してはいけません。ボランチの酒井が中心となって、彼女の自由も奪っていくべきです。これに成功して彼女とドミンゲスとの間の連係をぶった切れば、メキシコの中央攻撃の7割方は沈黙させることができるでしょう。
そしてオカンポが左サイドに位置するのであれば、それに対峙する右サイドバックの安藤の出来は、試合を左右する重大な要素となり得るでしょう。両者ともが攻撃の切り札的なスペシャリストであるために、ここの攻防戦が直接的に試合の流れに影響してくる可能性が高いからです。ぜひ安藤は急成長した巧い寄せ方での守備でオカンポを制し、それだけでなく機を見てサイドアタックにも参加して、このゾーンを征服してもらいたいと強く願います。
攻撃時における最重要のキープレイヤーは、左MF柳田になると予想されます。サイドからの攻撃をどんどん狙っていきたい日本としては、彼女の正確無比なクロスは欠かせません。両サイドから攻め立てるのがベストではありますが、仮にオカンポなどを封じきれずに右サイドが停滞するならば、この重要なサイドアタックは左の柳田の双肩にかかることになります。ぜひ柳田には前向きな姿勢を絶やさないでほしいと申し上げたいのです。
FW荒川も欠かせないと思います。中央で2人も3人も集まるメキシコの守備陣の中で、彼女たちの圧力に負けることなく耐え切れるのは荒川だけです。キープやポストプレーなどで最前線の起点となり、敵を引き寄せてサイドをがら空きにさせる存在となることに期待します。
ツートップで荒川のパートナーとなるのは、果たして永里か大野か。永里の一瞬の得点力は確かに魅力的ではありますが、やはり私は大野の方を推します。彼女の活発な動きによって相手を乱すことが荒川をより活かしていきますし、だんご状態のメキシコ守備網を拡散させてラストパスやクロスが通しやすくなることにもつながっていくからです。
最後に今一度申し上げますが、日本は全体のパスワークでもってメキシコに容易に渡さないことです。試合を支配し続けることこそが最大の防御となっていきます。そして日本は、プレスがさほど厳しくはないメキシコが相手ならば必ずやこれができるはずです。ぜひ組織でもってメキシコの個人個人を翻弄していってもらいたいと思っています。

■ ぜひ今回も大観衆で後押ししたいホーム戦
その他で試合の展開に関わってきそうな要素も挙げてみましょう。

もう一つメキシコというチームの中で特徴的なのが、平均年齢が22歳前後と実に「若い」ことです。メキシコ国民という気質も関係があるのかどうかはわかりませんが、とにかく彼女たちは若さゆえに非常に感情的なのです。高揚すると止まらない勢いを見せますが、いざ悪い方向へ意識が流れてしまうと感情を爆発させてしまったり、意気消沈してしまったり、集中力が途端に切れたりします。精神的な波が大変に荒いのです。よって、日本側としては落ち着いて粘り強さと支配力を淡々と見せていけば、メキシコは次第に焦れていって精神力が持続せずにプレーが雑になっていくことと思われます。
ただ、ここで気がかりなのが、前回でも記載したように日本が「スロースターター」であることです。どうしたことか最近の日本は前半戦が調子よくありません。アメリカは試合の前半からメキシコに対してシュートを連発して、メキシコの精神を早々にくじいたのが反撃を衰えさせる要因になったとの指摘もされています。そこまでは行かなくとも、日本は序盤からまたもうまくいかずにメキシコを調子付かせるのだけは避けたいところです。ましてや点を取られて、さらに火をつけるなどは最悪のケースです。終始安定したパフォーマンスを発揮することが、いよいよ求められる試合となるでしょう。

プレーオフはホームアンドアウェーで2試合行われます。4年前も同じメキシコと2試合のプレーオフを戦いました。その時の経験はぜひ今回にも活かしたいところです。
第1戦は日本のホームで、3月10日に国立競技場で開催されることになりました。前回もこの国立でホーム戦が行われたのですが、そこでは当時の女子サッカー界としては極めて異例となる12,000人以上もの大観衆が詰め掛けたのです。この試合で完勝した日本の選手たちは、口々に「あの大声援に応えたかった」と、多数の観客が発奮材料となって勝利の大きな原動力の一つになっていたことを言い表していました。ぜひ今回も応援してくださる方々が、大勢スタジアムへと駆けつけてほしいと私は心から願っているのです。声援は、確実に彼女たちを後押しします。都内に住む私も当然、時間さえ都合がつけば足を運んで大声の一つでも上げてきたいと思っています。
運命の第2戦は3月17日。日本はメキシコに乗り込みます。メキシコは前回ホーム戦で、わざわざ標高の高いスタジアムを選び、入場料を無料にして7万人もの観客を動員させるという作戦に出ました。この異様な雰囲気の中で戦わされたのもさることながら、日本の選手たちは慣れない高地という環境下で、試合前に体調不良者が続発して苦戦する原因となったのです。今回もまた過酷な旅を強いられるであろうこのアウェーの試合で、日本はコンディションの維持が何よりも最優先となってくるでしょう。各選手が入念に体調管理へ気を配るのはもちろんのこと、移動や食事、調整などが滞ることなく適宜に行われ、選手たちへの負担を少しでも減らすことにスタッフの方々が尽力されることを願うばかりです。

■ 笑顔で帰国してきてほしい「なでしこジャパン」
日本は2月に、東地中海の島国であるキプロスへの遠征を行うことが決まりました。その合宿中では、FIFAランク3位のノルウェー、同4位のスウェーデンという、強豪との対戦も行われる予定です。試合中では厳しい重圧感にさらされることは間違いなく、これまでの課題がどれほど克服できたのかを試すのには絶好の機会となるでしょう。
そしてこの遠征が、おそらくプレーオフ前の最後の強化合宿になります。これまで築き上げてきたものをベースとして、必要に応じて細部にまで修正をほどこし、ぜひ満足のいく最終準備期間にしてほしいと思っています。

女子サッカーでは皆が純真な懸命さを見せてくれます。残念ながら最近の男子サッカーからはなかなか見受けられないことで、ある意味新鮮さを感じさせてくれます。女子日本代表に至っては特に懸命にならざるを得ないことは前述してきたとおりです。日本の女子選手の身体能力は確かに乏しく、迫力にも欠けてはいるでしょう。しかし彼女たちの全員が、一途にひたむきに自身の役割を全うし、苦しくとも音をあげることなく取り組んでいる様は、十分に観る価値があると思います。例えばごく最近では、表題のアジア大会決勝・日本対北朝鮮戦です。私のブログの記事からでも何でもいいですから事情や背景をよく理解した上で、機会があればあの試合はぜひ一度120分通して観てほしいのです。きっと印象深く残るものが伝わってくると思います。そのような彼女たちの姿勢を目にして、私を含めて心を動かされてしまう人が少なくないのでしょう。だからこそ一般の方々からは、「よく知らないけれども何だか応援をしたくなってしまう」存在として温かい声援を送られる、爽やかな人気を博しているのだと思います。
私はこの懸命さを見せ続けてくれる限り、これからも日本女子サッカー界の行く末は大いに応援していきたいと思っています。まずはその未来を大きく動かすことになる、目の前に迫る大一番のこのプレーオフです。新生女子日本代表の集大成を存分にぶつけてほしいですね。そうすれば、勝てます。笑顔でメキシコから帰ってきてくれることを、今から心の底から祈っています。

がんばれ!「なでしこジャパン」

女子日本 × 女子北朝鮮 #6

2006年12月29日 | サッカー: 日本代表
※この記事は「女子日本 × 女子北朝鮮 #5」からの続きです。


■ なぜ3月のプレーオフが最重要視されるのか
企業の支援、およびJリーグ開幕の追い風を受けて、かつての日本女子サッカーリーグは世界でもトップレベルの豊かさがありました。着実に日本の女子サッカー界は成長していましたが、そこに一つの事件が起きてしまいます。1996年、アトランタ五輪での女子日本代表の3戦全敗です。まだ世界との差は大きいことが証明されたのと同時に、次第に観衆からも見放される結果となったのです。
こうして低空飛行を続けながら、その3年後の1999年にはとどめとも言える激震が走りました。日本代表、シドニー五輪への出場権獲得の失敗──。現在と同様、女子サッカーを含めたマイナー競技にとって、オリンピックとは唯一国中の注目を集めて存在をアピールできる舞台です。そのアピールすらかなわない事態に、女子サッカーへの期待値はどん底にまで落ちてしまいました。そこに日本のバブル崩壊まで襲ってきます。企業からの支援が主だった女子リーグは、その企業の相次ぐスポーツ界からの撤退という余波をまともにくらいました。プロ選手の契約解除を皮切りに、チームの解散、廃部、脱退の続出。リーグは存亡の危機に立たされたのです。もはや200人程度しか集まらない観客数(現在は平均約1200人)、スポンサーを失ったチームの力の弱体化。女子サッカーは以降の4年間、人気とレベルの両面での低下に歯止めがかかりませんでした。
それでも存続ができたのは、女子サッカーに携わる関係者たちの並々ならぬ努力と熱心なサポートがあったからこそです。女子サッカーを見捨てるどころか、何とか花開かせたいという意気を持ち続けてくれました。いつかこの冬の時代を乗り越えられる日が来ることを信じて、選手たちとともに励んだのです。

その苦労が報われ、ついに状況が一変したのが2003年7月21日でした。日本代表の、第4回女子ワールドカップの出場を賭けた予選のプレーオフ第2戦です。アウェーでの第1戦の奮闘が伝えられ、1万人をも超す観客動員に成功した国立競技場で、日本は完勝でもって出場を決めたのです。日本サッカー協会の協力と、見事な試合内容での予選突破という話題性で、女子サッカーは一躍脚光を浴びました。
続く2004年の、日本で行われたアテネ五輪予選。何と今度は3万人もの観客が集まった中での、強豪の北朝鮮を3-0と圧勝しての予選突破が決定的となりました。日本代表へ誰しもが健闘を称え、その力を認めたのです。そして「なでしこ」の愛称が与えられては人気者となり、アテネ五輪本戦でも優勝候補のスウェーデンを破るというセンセーショナルな活躍でさらに関心を呼びました。
この影響は、確実に国内の女子サッカー界へと還元されていきます。チームの新規参入、観客の増員、企業の再支援、メディアへの露出。様々な好況を招きました。若手の育成や代表の強化も図られるようになり、今日までに至っています。

ここまでで一つ、気づくことがありませんでしょうか。
それは、日本女子サッカー全体の浮沈が、女子日本代表の出来だけによって直接定められてきたことです。
日本国内のサッカー界は男子と異なり、女子の場合は日本代表への依存度が極端に大きいのです。毎試合のように放送されているJリーグとは対照的に、いくら復興してきたとは言え女子リーグはいまだに報道が少なく、視聴するにも限りがある現状です。やはり今なお、一般市民と女子サッカーをつなぐ窓口となっているのは女子日本代表の活動でしかないと言えるでしょう。それほど日本代表の選手やスタッフたちは、国内の女子サッカー界を大きく左右させる存在としての重責を担わされているのです。

女子サッカーは年々規模が拡大されてはいますが、その実態は華やかな男子サッカー界とはまだ雲泥の差があります。環境や支援が充実しているクラブはほんの一握りで、依然として過酷な条件を強いられているケースが大半です。チームによっては運営状態が厳しく、明日の行方も不透明といったところもあります。その中で、ほとんどがアマチュアという、日本代表も含めた選手たちの負担も少なくはありません。試合への遠征費が全て自己負担。更衣室やシャワールームなどのない競技場。アマチュアであるが故に練習と掛け持ちせねばならない自身の仕事。皆が歯を食いしばりながら、実力の向上のために尽力しているのです。
それを相変わらず周囲から支え続けてくれているのが、例の運営関係者やスタッフの方々です。低迷期の頃から変わらない熱烈な指導、後援、気配り、激励、そしてファンや報道陣への懇切丁寧な対応といった貢献的な活動の数々が、選手たちを後押ししているだけでなく、女子サッカー界全体の印象を好ましいものとしています。

これらを間近で目の当たりにしているからこそ、女子サッカーの未来を一身に背負う立場である日本代表は負けられないのです。自分たちの世界の環境をより良くするために、サポートをしてくれている人たちにどうにか報いるために、結果を出して世間に受け入られていかねばなりません。それも並の躍進では物足りません。厳しいことですがアジアでトップレベルに立ち、そして世界の舞台へと羽ばたく奮闘を見せてこそ、強烈なインパクトを与えることができるのです。
だからこそ、今一番の目標がワールドカップへの出場なのです。年々その存在価値を高めているFIFA女子ワールドカップは、世界の女子サッカー界において、もはやオリンピックに迫るまでの重要な大会となってきています。日本代表はどうしてもこの舞台に立って、世界はもとより日本国内に自分たちを認めさせる活躍の機会を得たいのです。
日本代表にとって3月に行われるプレーオフ戦とは、そのワールドカップの出場への最後のチャンスという場であるために、是が非でも勝利したい重大な試合なのです。涙にくれたアジア大会での称えられるべき銀メダルも、言ってしまえばその日に備えるための布石にしか過ぎません。どうかこのプレーオフを突破してくれることに、日本女子サッカーの関係者とファンの全員が願いを込めています。

■ 2007年度版「なでしこジャパン」徹底ガイド
さて、そのプレーオフに向けて尻上がりに加速度的な成長を見せた「なでしこジャパン」の現況です。応援しようにも実はあまりチームの内容をよく把握できていないという方へのご説明も含め、まずは2006年度末時点での日本代表を、前述してきたこともふまえてまとめてみたいと思います。

・基本とするサッカー: コンパクトなサッカーです。最終ラインを高く保って前線との距離を縮める、全体的に圧迫させる展開にします。狭い局面でより効果的となる、日本の長所である組織力と技術力の発揮を目的とします。

・基本とする戦術: このコンパクトな中で迅速に的確に連続してボールをつないでいくという、パスワークを主体としたポゼッションサッカーです。個々の身体能力よりも正確なキックやチームワークが優秀であることから、パス回しで主導権を握っていくことを目標とします。

・理想とする完成形: このポゼッションサッカーにおいて、至る場所における各選手の連動的なスペースを突く動きから、流れるような速いタッチのパスの続発でもって相手の守備網を崩しきってしまう攻撃を理想とします。全選手の連係、意思疎通、運動量が必要となります。

・日本の武器その1: 堅牢な守備組織です。前線も怠らないプレス、カバーリング、連動性ある支援の動き、集中力と危機への反応の高さなどで、個人能力の差を組織で補う守りを得意とします。列強国を相手にしても粘れる連係力を持っています。

・日本の武器その2: 崩れない体力と精神力です。攻守にわたって90分走りぬくことができるようになりました。さらに優勢でも劣勢でも決して気を緩めずに、諦めることのない精神的なタフさで、組織と意識の両面から「容易に負けない」サッカーを築きます。ただし、この精神面の方は短期間での急激な成長であったために、今後も安定されていくのかどうかは不確定ではあります。

・日本の武器その3: セットプレーとサイドアタックです。精度の高いクロスを放てる選手が複数存在します。また、それぞれの選手の意識の連動力も高いために、キックとフィニッシャーの動きが噛み合いやすくなっています。特にセットプレーは何度も練習を積み重ねていて、多彩なバリエーションを有し、大きな得点源として期待できます。

・日本の弱点その1: 体格やパワー、スピードといった身体面です。残念ながらアジア4強の中でも最弱です。パワープレーなどをまともに挑んでも勝ち目がないために、攻撃においても守備においても常に数的優位を作るといった、何かしらのチームワークでの工夫が必要となってきます。要するに単純な戦術が使用できません。

・日本の弱点その2: 一発の力や強引さに欠けます。きれいにつなぐことはできるのですが、裏への飛び出しや驚異の個人技などといった、状況を一瞬にして打開できるような力強さはありません。特にミドルシュートという中距離砲が貧弱すぎるのは致命的です。徹底的に引かれてパスを通せなくなると、それで手詰まりになってしまう可能性もあります。

・日本の弱点その3: コンパクトなサッカーをしかけておいて、その狭い中で必ずや避けられないプレッシャーを受けた際のボールコントロールが不確実であることです。これによって理想とする攻撃の実現ができないばかりか、基本戦術の機能も不安定となり、攻撃力不足につながっています。真っ先に解決させなければならない、1年間費やしても克服できなかった課題です。

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次に、年度末までに軸として固まった、具体的な陣形と構成員について触れていきます。
日本はたまに3バックやワントップを用いたりしますが、基本陣形は4-4-2であると言っていいでしょう。ただ、中盤の構成は試合ごとに流動的に変化します。自分たちの狙いや相手に合わせて、ボックスにしたり、ダイヤモンド型にしたり、3ボランチにまでしたりしています。

・GK福元: 今年ついにその才能を開花させて先発に定着したゴールキーパーです。最大の持ち味は広範囲な守備力。判断の素早さと勇敢さで、ペナルティエリアを飛び出すことも辞さないクリアを見せます。これは守備ラインを高い位置取りにしたい日本にとっては大きな力となりました。広大な自陣の裏のスペースをカバーしてくれるためです。反射神経も鋭く、ビッグセーブも度々現れます。このセーブの連発によって、国内リーグでもチームに勝利をもたらしたことが数回ありました。少し控えめな精神面と経験不足も、この1年の真剣勝負の連続で一気に解消。今後の新守護神としての期待が大きい選手です。

・DF磯崎(センターバック): 日本代表でプレーすること10年。もう日本にとっては欠かすことのできない主将です。国内でも有数の守備能力を持ち、特に判断力とカバーに長けることから、最終ラインで相手の攻撃を次々と吸収していきます。そして何より彼女が重要であるのはその統率力からです。身体を張ったプレーで味方を鼓舞するだけでなく、柔和ながら強い精神力でまとめ役となり、試合内外でチームを引っ張ってきました。澤でさえ「いてくれないと困る」と述べるほどの、経験とリーダーシップでもって後方から支柱となる存在です。

・DF岩清水(センターバック): 当初はバックアッパーでしたが、レギュラーの下小鶴の負傷によって登場し、台頭してきた選手です。下小鶴に劣らない高さと強さを兼ね備えていました。特筆すべきなのが旺盛な攻撃意識で、果敢な攻撃参加も得意としています。その積極性からアジア大会では先発に抜擢され、見事にそれに応えています。中国戦、韓国戦といずれもセットプレーから先制点を挙げ、日本の決勝進出に大きく貢献。得点能力を併せ持つ、攻撃的なディフェンダーです。

・DF矢野(左サイドバック): 国内リーグには所属しておらず、唯一の大学在籍の選手です。若くして上田前監督から認められ、五輪予選からは20歳ながらディフェンスのレギュラーであり続けました。もともとはMFで、中盤ならどこの位置でもこなすユーティリティプレイヤーですが、代表では一貫して左サイドバックを任されています。長所は冷静で着実な守備、これに尽きます。落ち着いていて、動きにもプレーにもエラーが少ない、非常に地味ながらも堅実さが光る存在です。

・DF安藤(右サイドバック): 本来は1.5列目の、攻撃専門の選手です。今年突然、大橋監督から右サイドバックを命じられました。リーグの得点王や最優秀選手賞も獲得するほどの攻撃力の発揮機会が激減されるのは非常に惜しまれることですが、1対1、突破力、キックの正確性に優れることから、サイドアタックを重厚にさせる役割を託されたのです。初めはさすがにとまどった安藤でしたが、飛躍的な習熟度でもって慣れていきます。期待されていた攻撃面ではこの1年、アメリカさえも苦しめる好クロスの連発で確かな効果を見せ続けてきました。懸念となっていた守備面でも、もともと身のこなしが秀逸であるために、巧みな体の寄せでもって割って入る守備技術を急速に備えてきています。アジア大会での北朝鮮戦ではついに、インターセプトとカバーリングなどで守備での大車輪の活躍を見せ、完封の大きな原動力となるまでに至りました。右サイドバック・安藤は、わずか10ヶ月で加速度的に完成されつつあります。残す課題はこのポジションにおいて必要となってくる、攻め上がりのタイミングをつかみきることです。
ただ、安藤自身の本音はやはりもっと攻撃的なプレーを披露したいということで、それ故に安藤のファンの多くがこの起用に今も不満を持っているとのことです。それでも日本の今の一番の兵器はサイドアタックであり、その重要な鍵を握るポジションということで安藤はコンバートに素直に従い、懸命にそれに応じようとしているのです。彼女のこの前向きなひたむきさと適応力にはただただ感服させられるばかりで、狙い通りに的中されつつある今回の転向の成就に向けて、最大限に私たちは応援していくべきではないでしょうか。ぜひ、今後も攻守における切り札的な存在として、この位置を確固たるものにしてくれることを私は願っています。

・MF酒井(ボランチ): 彼女も代表歴10年を誇る、不動のボランチとして君臨するおなじみの選手です。攻撃参加は控えめで、決して目立つプレーは多くはありませんが、守備における貢献度は絶大なものです。絶えることのないスタミナと、周囲を的確に把握してチームに均衡をもたらす動きを最大の特徴としています。ここぞという場面でのカバーリングに関しては、現在も彼女の右に出る選手はいません。国内リーグで最強クラブの日テレ・ベレーザの主将も務め上げ、この要職を信頼して任すことのできる大きな存在です。

・MF宮間(右サイドMF、ボランチ): 一人でも状況を打破し得る攻撃的能力を有する選手です。その中でも特別に素晴らしいのが正確な中距離と長距離のキックで、サイドチェンジやセンタリングなどから数々の攻撃の演出をします。今年はそのフィードの正確性を買われてボランチでの起用もされましたが、そこでも期待通りの展開力を見せて、試合のコントローラーとしても活躍できることを証明してみせました。中盤でマルチに使用でき、セットプレーのキッカーも務めるために、日本としては重要な人材です。アジア大会では右サイドアタックのスペシャリストとして、日本を決勝に導く大きな原動力となりました。

・MF柳田(左サイドMF): 弱冠16歳にして日本代表デビューという、天才肌のプレイヤーです。主に左サイドのMFとして用いられていますが、中盤なら左右前後どこでもこなすことができ、左ウイングとしても活躍できる器用さを持っています。武器は何と言っても、左足から放たれる精密なコントロールキックです。クロスとシュートの精度では、宮間をも上回る高さがあります。プレースキッカーとしても優秀で、ここ一番での直接フリーキックの場面では彼女の一振りに大きな期待をかけることができます。右からは宮間と安藤、左からはこの柳田と、両翼からのサイドアタックが今の日本の最大の得点源となっている現状です。

・MF澤(攻撃的MF): 世界のクラブからも声のかかる、日本とアジアを代表する不世出の大選手です。これまで長きにわたって日本女子サッカーを先導してきた彼女の貢献度の大きさは計り知れず、現在もチームの大黒柱であります。圧倒的な技術力だけでも存在価値が高いのですが、彼女の本当の凄さは、その直接視認できる要素以外のところにあります。極めて優れた状況判断力からの、攻撃の絶対的な指揮者としてのプレー。日本でただ一人だけ持っていると言っていい、プレッシャーやマークを全く問題にしない確実さを保つ能力。こうした数々の内面での高性能なスキルを併せ持ち、司令塔としてチームを牽引するNo.1のキープレイヤーです。

・FW大野: これまで代表から落選したり、選出されても控えの立場が続いたりしていましたが、7月のアジアカップにて現在の日本の方向性には重要な存在であると認識されて、以降は先発に定着してきたFWです。スピードと突破力を武器にする純粋なストライカータイプの選手ですが、執拗なチェイシングや味方を活かすためのランニングなど、オフ・ザ・ボールの動きでの貢献度が高いことを評価されています。細かいドリブルや常にゴールを意識する姿勢も持ち味です。

・FW荒川: 独特の風貌で有名ですが、最近では自身の不調や若手の台頭から、代表でもクラブでも先発の座を追われていました。しかし今年の後半になって一気にトップフォームを取り戻してきます。新生日本代表に足りなかった前線へのパスの展開力不足を補う拠点として、改めて彼女の存在の必要性が確認されつつあります。強靭なフィジカルで相手のパワーに屈することなくキープし、ポストプレーをこなすことができます。アジア大会では高い運動量で常に受け手となるべく縦横無尽に奔走し、トップの位置での起点として奮迅の活躍を見せました。

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続いて、有力となる主な控えの選手たちも紹介します。実力的にはこれまで挙げてきた選手たちと遜色がなく、来年にはあっさりとスターティングメンバーに名を連ねていくことも十分にあり得ます。

・GK山郷: 長年、不動の守護神として日本のゴールマウスを守り続けてきた功労者ですが、今年の5月に負傷をしてその座を福元に明け渡しました。復帰した現在も福元が正キーパーのままですが、依然として山郷も先発候補であることに変わりはありません。山郷の持つ豊富な国際舞台の経験量、安定感、1対1での強さ、そして何より闘争心とキャプテンシーには、まだ福元は遠く及ばないでしょう。タイプは異なりますが2人の実力差は拮抗していて、お互いに先輩・後輩としての関係を良好に保ちながら切磋琢磨しています。

・DF下小鶴(センターバック): アテネ五輪予選から今年まで、磯崎のパートナーとしてセンターバックを務めて続けてきました。しかし山郷と同様に、今年の前半に負傷してしまいます。そして活躍の場を与えられて存在感を発揮した新戦力の岩清水と、熾烈な先発争いを繰り広げるようになったのです。下小鶴も岩清水も空中戦を武器とした守備力には甲乙をつけがたく、安定性では下小鶴が、積極性では岩清水がそれぞれ上回っていると言えるでしょう。また下小鶴には、磯崎とともに同じクラブでプレーしているために、磯崎とのコンビネーションには問題が一切ないという長所もあります。

・MF中岡(ボランチ): 今年の日本にとって大きな収穫となる選手の一人でした。高い運動量でチームに貢献する守備が専門のMFです。アジアカップでの中国戦という重要な試合でワンボランチを任されると、ここで初スタメンとは思えないほどの活躍を見せたのです。これまでこのポジションで絶対的な存在だった酒井に見劣りすることがなく、的確なカバーと攻守の中継能力を持ち、酒井の後継者としての可能性を大いに感じさせています。もちろん酒井とのダブルボランチもあり得ることで、その場合の日本の中盤はより堅固なものとして構築されることになります。

・MF宮本(ボランチ): 上田前監督時代には非常に重宝された選手でした。ピッチの中央で抜群の存在感を誇り、攻守両面での要として欠かすことのできないプレイヤーでありました。ただしアテネ五輪後に妊娠が判明し、出産と育児から活動を長期休止させます。今年の11月のオーストラリア戦でようやく代表にも復帰し、そこで以前と変わりのないパフォーマンスを披露してみせました。来年の海外遠征には子供の帯同について日本協会が全面的にバックアップするとの決定があり、代表参加への障害はなくなりました。いよいよ宮本の雄姿の復活を見れる日々がやって来るかも知れません。

・FW永里: 未来の日本のエースを託される、新鋭のストライカーです。今年は19歳ながら、国内リーグとアジアカップにて得点王を獲得。すでに実績ある点取り屋として、日本の前線の主軸となりつつあります。ゴールハンターに求められる能力を高いレベルで保有し、そこから発揮される抜け目のない得点力こそが最大の武器です。ただ、若さゆえの欠点と言うべきか、精神面での課題があります。格下相手には滅法強いのですが、強豪国との対戦になると途端に存在感が消え、迫力を大幅に欠いてしまうケースが少なくありません。これを克服し、完全無欠のストライカーまでに成長されることへ大きく期待がかかります。

・FW阪口: 永里と同じく19歳である、大人物たり得る日本の秘密兵器です。名門TASAKIにおいて背番号10。秘めている潜在能力は底知れぬものがあります。パス、シュート、フィジカル、読み、動きのタイミングと、攻撃的プレーならば全てに非凡なセンスを持つ万能型です。加えて、巧みな技術から相手を翻弄するような奇をてらうトリック、今年の代表デビュー戦でも気負いなくいきなり2ゴールなど、精神的にも度胸ある選手です。課題は90分持続する運動量。いずれ永里とともに、日本の攻撃の中心となっていくであろうホープです。

・FW大谷: これまでの日本のストライカーと言えば、間違いなく大谷でした。しかし今年ここに、永里や大野といった新戦力が出現してきて、その座を争うことになってきます。さらに国内リーグ終了後には負傷してしまい、アジア大会は不参加となってしまいました。ですがその得点力には今も陰りがなく、今季もリーグで得点ランク2位と相変わらずゴールを量産させています。アジア大会終了後、その負傷の完治も正式に発表されました。再びFWのポジションの争奪戦は激化されていくことになります。


「女子日本 × 女子北朝鮮 #7」に続きます。

女子日本 × 女子北朝鮮 #5

2006年12月27日 | サッカー: 日本代表
※この記事は「女子日本 × 女子北朝鮮 #4」からの続きです。


■ 実り多きアジア大会で得たものとは
ここからは私の個人的な見解です。
日本はプレーオフに向けたチーム力のレベルアップを目的とする、このアジア大会という1ヶ月弱の長い「強化合宿」の中で、一体何を得たのでしょうか。

まず真っ先に判定したいのが、例の大橋監督が追い求めている「全選手の流動的かつ連動性ある動きから炸裂するポゼッションサッカーの理想型」にどれほど近づいたのか、そしてそれを行うための前提条件である「コンパクトな展開の中で避けられないハイプレッシャーの中でのプレーの確実性」という課題をどれだけ克服できたのか、という2点です。
正直に申し上げて、私はこれらに関しては微々たる成長にとどまったという感想です。確かにオーストラリア戦、中国戦、韓国戦と、日本は自身のポゼッションサッカーで素晴らしくも相手を自由にはさせませんでした。しかし、そこで果たして、それらは敵の最後尾まで切り刻む致命的な武器にまでなり得ていたでしょうか。私には2、3人で連係を作って、足元へ着実につないでいたまでに過ぎなかったという印象が強いのです。とてもアジアカップでの中国戦で見せた迫力さには及ばず、ましてや動きながら雪崩のような展開でダイレクトパスを連発するといった理想的な攻撃には程遠かった気がします。
これを端的に表すのが、ドイツ戦を除いた実力の伯仲する相手との4試合で、このポゼッションサッカーから崩して獲得できた得点数はたったの1という数字です。まだ現在の日本の基本形としているサッカーが、安定した破壊力を備えているとまでは言い難い現状だと思っています。
被プレッシャー時のコントロールも、乱れることが激減したというほどでもありませんでした。やはり、競り際でうまく処理できていないシーンは度々見受けられます。特に北朝鮮クラスの強さにもなってくると、一層厳しそうであった模様です。北朝鮮戦の前半戦など、まるでカウンターすら成立しないほどにつなぐことができていませんでしたね。来年の宿題として持ち越されますが、早急に解決をしてほしいところです。

アジアカップで生まれたもう一つの大きな課題、精神面での不安定さはどうであったかと言うと、こちらの方はとんでもなく飛躍的に改善されてしまいました。わずか1ヶ月足らずなのに完璧に克服したなどと言ってしまっていいのでしょうか。それほどまでにこの大会での日本の研ぎ澄まされたような戦闘意欲には、文句のつけようがありませんでした。あえて苦言を呈するならば韓国戦での前半だけでしょうか。しかしそこ以外での彼女たちの活発さたるや、胸のすくような思いさえ与えてくれました。中国や北朝鮮など、日本が挑戦者として戦うべき相手を前にしても、弱々しく足を止めるなどといった選手は一人も見当たりません。中国戦に至っては、先制点を取りながら喧嘩を売りにいくという度胸のよさです。仕掛けのチャレンジや積極的な守備などが毎試合のように随所に見られ、この力強い逞しさが加わったことは、今大会での大きな収穫であったと言っていいでしょう。
象徴的なのが決勝という大一番での北朝鮮戦です。あのときの前半は、さすがの力量の差を思い知らされて、内面から崩壊してしまっても決しておかしくはありませんでした。しかし、日本は誰も脱落することなく、一人も諦めることなく、勇敢に最後まで戦い抜いたのです。あの姿を観て、実力では負けても、少なくとも気迫では負けないチームに成長したのだと実感させられました。

そしてこの大会で、一番に賞賛せねばならないのが日本の守備でしょう。これなくして「金に近い銀」はあり得なかったし、もはや日本を語る上で外すことの出来ないファクターとまでなったのです。
日本人からの視点だけでなく、客観的な判断で大会を振り返ってみても、日本の見せた守備力は最高評価を得るべきものだったと私は思っています。中国を始めとした、恵まれた体格や個人能力によって個々の力で潰していく守備とは異なり(別にこの守り方を否定しているわけでは一切ありません)、日本の秩序を維持する洗練された守備組織は実に見ごたえのあるものだったからです。
結果も雄弁にそれを物語ります。大会を通じて日本の失点数は、6試合を戦って全参加国中最少の、わずかに1。その1失点もセットプレーからのものです。さらに完成度を増してきて、弱点の見当たらなかった北朝鮮でさえ、ついに日本からはゴールを割ることができませんでした。
相手にボールが渡ったとき、日本の守備は、中盤はもとより前線の選手も行うプレスから始まります。ここでも日本の展開するコンパクトさは活きてきます。狭苦しい中盤において続々と襲い掛かってくるプレスによって、詰まってしまうような感じで相手側はプレーに制限がかけらてしまいます。また、各ポジションにおいて、それぞれの選手がきちんと役割を担っているのはもちろんのことです。
これらをベースとして、見事なのがここからです。
それでも個人技などで突破を成功させる相手に対して、日本は非常にカバーリングが素早いのです。これは自陣の全ての場所においてです。全選手が「万が一」という危機的な可能性へ、常に怠らずに注意を払っている証拠でしょう。
ラストプレーや放り込みによる最後尾への危険にも、集中力が冴え渡ります。マーキングは必ず遂行されていて、その受け渡しも融通の利くスムースなものです。一度だけ韓国戦では失敗しましたが、その他でマークにおいて気を許していた場面はほとんどありませんでした。いざというときの反応にも優れていて、咄嗟の事態に対する身構えや心構えの意識は高いものでした。
さらに、ペナルティエリア前におけるボール奪取が本当に多かったですよね。中盤と最終ラインの全ての選手たちによる、相互のケアと連動性が確実であったためです。プレスやマークをしている選手へのサポートのための流動的な働きが至るところで行われ、数的優位を作り上げてはパスコースを限定させます。これらの動きに無駄はなく、実に効率的な集団活動でありました。この組織だった守備網こそに、最も感心させられたのです。

このような守備組織の構築が可能となったのも、それぞれの選手の間で、受動的な動きの連動性だけではなく、「意識の連動性」と言うようなものが大きく発達したからではないでしょうか。内面の意思疎通なしには、あのような予測に基づいたカバーやヘルプといった、連動ある守備が的確になるまでには至らないと思われるのです。
この「意識の連動性」は、別のところでも見受けることができます。それはセットプレー時です。中国戦と韓国戦で日本はこのセットプレーから3点を挙げており、これは日本の大きな武器になりつつあります。この中でゴール前の選手ときれいに合わさった得点は中国戦の1点のみでしたが、日本はこれ以外のセットプレーの場面でも高い可能性を多数感じさせています。その中国戦の先制点となるフリーキックを蹴った、宮間のコメントを紹介したいと思います(雑誌・週刊サッカーダイジェストより)。「みんながあそこ(ゴール裏)を狙っているのが伝わってきた。あそこに蹴れば誰かが触って決めてくれると思った」。果たして全員がその通りに動き、華麗に岩清水が得点へとつなげたのです。
全ての選手の意図する狙いの、共有と共通性の保持。これが今年、加速度的に備わりました。確かに視覚的には、この大会では組織的な守備こそが最も目に見える収穫でした。ただ、それをも実現させたこの各選手の「意識の連動性」こそが、今回の日本の成長を促した一番の原動力だったのかも知れません。
もともと優秀なプレースキッカーを揃えているだけに、出し手と受け手の意思が噛み合うのならば、今後もより一層セットプレーには期待できそうですね。後はこれが通常の攻撃にも活かされれば言うことはないのですが・・・。述べてきたように、無意識の内にも反応できる意思疎通は日本の「理想的な崩し」への絶対条件でもあり、これをクリアできる日はもう間近と言った雰囲気です。だからこそ接近戦での確実性、こちらを何とか鍛え上げて、どうか機能させるまでにしてほしいと思うのです。守備だけでなく攻撃でも、一体感ある連動した組織で魅了してくれることを心から願うばかりです。

実り多き今大会での日本を統括すると、精神力、組織的守備、集中と運動量の持続、これらでもって粘って耐え凌ぐことのできる、強豪相手にも「容易に負けることのない」チームという土台を築き上げたのだと思います。

課題は繰り返しますが、ポゼッションサッカーにおける攻撃の不安定さと物足りなさです。ここがさほど伸びなかったのは残念なことでした。
あと、個人的に気になっているのが、日本は「スロースターター」であることなのです。今年の日本はどうも、前半があやふやで後半に盛り返すというパターンが顕著に出ています。アジアカップでの敗戦では、いずれも前半における連続失点で気勢を削がれました。このアジア大会でも、ヨルダン戦と韓国戦の前半ではまるで良いところが出せず、中国戦でも序盤に押し込まれ続け、北朝鮮戦の前半戦に至ってはシュートを1本も打てない一方的な劣勢でした。体力では負けないためか、どの試合でも後半は立て直してはいます。それでも前半からうまく試合に入れず、90分間を通して安定したパフォーマンスが出せていないことに、少し懸念してしまうのです。

個人の評価にも移りましょう。全員が一定以上の奮闘を見せてくれたために、その全員を称えたいと思っているところですが、厳選して3人の名前を挙げてしまいます。
まずはMF宮間です。決勝戦まで勝ち上がれた直接的な殊勲者は紛れもなく彼女だと思っています。宮間の右サイドアタックと、そこから放たれる彼女の正確なクロスは、確実に相手を苦しめ続けていました。中国戦と韓国戦においては貴重な先制点となるセットプレーのキッカーも務めていて、質のいいキックでこれらの得点を演出しています。右サイドバックの安藤とも息が合っているみたいで、ゲームコントローラーとしてだけでなく、攻撃のキープレイヤーとしても改めてその存在価値を高めていました。
続いてはFW荒川ですね。彼女はもう、アテネ時以上のコンディションを保っています。前線で左右中央に奔走しながら、力強いキープで、日本のボールの納まりどころとして頼もしく存在してくれました。アジアカップでは、日本のパスワークは横には多角的な広がりがあったものの、縦への深みは今ひとつでした。これを一挙に解決してしまう、日本の縦方向のパスを受け止める起点としての存在感を見せ付けました。アジアカップで大野の重要性が発見されたのに続き、このアジア大会では荒川もまた必須であったと認識された、今年の日本の前線の陣容でした。
最後にDF岩清水です。ラッキーガール的な選手でしたね。得点力を買われて先発に抜擢されましたが、それが見事にピタリと当たる采配になりました。中国戦での決勝点、韓国戦での流れを一変させた先制点、北朝鮮戦での惜しくも阻まれた枠内シュート。セットプレーから、いずれの試合でも重大となる得点感覚を披露しています。守備でも下小鶴に負けない競り合いの強さや猛然としたタックルなど、穴を感じさせませんでした。実績十分の下小鶴との競争がこれからも楽しみです。

■ 確かな成長と悔しい経験で強さを増した「なでしこジャパン」
「ほとんどの試合で自分たちのプレーをやり遂げることができた」「あのドイツから3得点も取れた」「中国に再び勝つことができた」「北朝鮮をついに抑え切った」
アジア大会終了後の日本の選手たちは、チームが着実に成長したことを実感していて、異口同音にそのことを口にしていました。
「北朝鮮戦のような戦い方ができれば、必ず世界にも通用していける」
まさにその通りだと感じました。例え列強国が相手であろうと、この日のように一丸となって耐えて、走って、諦めなければ、勝機は必ずや訪れることと思われます。今年の後期、驚くほどに日本はよく精悍さを蓄えてくれました。強豪との差は一段と縮まっていることでしょう。

一方で、選手たちはあとわずかで頂点を逃した悔しさも忘れてはいません。泣き崩れて動くことすらままならなかった澤も、試合後には「責任を取るためにも、この悔しさをプレーオフや五輪予選にぶつけていきたい」と、悲壮な決意でもって闘志を再度あらわにしました。
この非情な結末も、間違いなくチームにはプラスへと還元されていくはずです。この無念な思いを持ち続ける限り、敗退への拒絶感が心理的に選手たちを包み、組織的にも意識的にも「負けない」サッカーへと結びつくのだと思います。
最重要の一戦の前に敗北して得た銀メダルは、もしかすると優勝して自信過剰や慢心さを呼び込むことよりも、価値のある結果であったのかも知れません。

以上でもって、「なでしこジャパン」の2006年度まで歩んできた道のりのレポートを終了します。
最後に、来年のそのプレーオフの展望を記載したいと思います。


「女子日本 × 女子北朝鮮 #6」に続きます。

女子日本 × 女子北朝鮮 #4

2006年12月27日 | サッカー: 日本代表
※この記事は「女子日本 × 女子北朝鮮 #3」からの続きです。


■ ワールドカップ出場に向けた「なでしこジャパン」の再始動
失意のアジアカップをいつまでも引きずるわけにはいかない彼女たちは、国内リーグの全日程を終了させて11月中旬に集結し、また新たな前進を始めました。
年度末にはアジア大会が開催されますが、今の女子日本代表にとっては、その後に控えているワールドカップ出場へのラストチャンスとなるプレーオフの2試合(ホームアンドアウェー)、これが最大の焦点です。
今年度の始めから変わることなく、来年のワールドカップ本戦を見据えるどころか、引き続きそのワールドカップの出場権利を得ることに照準を合わせることになったのです。
日本の、プレーオフに向けた今年最後の強化が幕を開けました。

今回の強化合宿は、アジア大会への準備という意味合いが大部分に含まれてはいましたが、何よりも結果的に「失敗」となってしまったアジアカップの反省点を確認する場でありました。
今までの日本は戦術面での修正に力を注いできましたが、アジアカップではまた新たな大きい課題が浮き彫りとなって露呈してきたのです。
それは、精神面での脆さでした。
これまで述べてきた通り、若手を中心として新戦力が相次いで成長してくるという喜ばしい収穫が続いたのですが、彼女たちにはまだ、世界を舞台に戦ってきたレギュラーの代表選手たちと比べて欠けている部分がありました。
一例を挙げると、新生エースとして先発を任され続けたFW永里です。彼女は10代という年齢ながら、実力的には申し分ないものを持っています。しかしながら準決勝のオーストラリア戦では、勝てば出場権獲得という重圧に呑まれたか、これまで出来ていた動きが嘘のように消え去ってしまっていたのです。いつもの積極性がなく、次第に中盤にも下がってくるようになり、半ば錯乱状態のままついには足を止めてしまいました。これを立て直すために、試合中に澤は何度も彼女へ懸命に叱咤していたのだそうです。
これは永里だけに限ったことではありません。重要な大一番、先制される試合展開。日本はこのような局面下に置かれると、途端に選手たちの戦闘意識にはズレが生じ、チーム全体がギクシャクしてしまうのです。自分たちの持つ良さを、自ら潰してしまう恰好となっていたのです。
物理的なプレッシャーだけでなく、精神的なプレッシャーへの対策も重要視されることになりました。

合宿の締めには、アジア大会の壮行試合としてオーストラリアとの親善試合が組まれました。
ここで日本は、本来のポゼッションサッカーを存分に発揮。次々につながる迅速なショートパスのオンパレードという、理想的な内容でした。
特筆すべきだったのが、MFの澤と宮本です。
澤はアジアに名が知れ渡る、言わずと知れた日本の司令塔なので、オーストラリアは彼女を徹底マークしてきたのです。しかし、澤は全くこのマーキングをものともしないプレーの連続で、オーストラリアの目論見を大外しにさせる活躍を見せました。これにより、かえって日本の中盤が数的優位となって活性化されていく事態となったのです。
アテネ五輪の支柱であった宮本の実力は期待通りのものでした。ただ驚くべきことなのは、よくぞそのパフォーマンスを維持し続けていたということなのです。宮本は五輪後に、出産と育児のために長期戦列を離れ、今年にようやく活動を再開させました。この日は、日本代表としては2年以上ものブランクの末の復帰戦でしたが、連係にも問題はなさそうで、主力として遜色のない輝きを保っていたのです。残念ながら宮本は、この後のアジア大会には子供の帯同が困難であるとして不参加となりましたが、日本にとっては頼もしい戦力がまた加わったことを証明させた試合でもありました。
オーストラリアはすでにワールドカップ出場を決めていて、確かにこの一戦へのモチベーションは低そうであった感は否めません。それでも上出来な内容でもってアジアカップでの雪辱を果たせたのは、沈んでいた日本のムードを大いに浮上させるものでした。

アジア大会直前にはドイツへと遠征しました。FIFAランキングで堂々の1位である、そのドイツとも試合を行っています。
さすがにドイツは強く、日本は6失点もしましたが、逆に3得点も挙げたのです。これは純粋にこれまでの成長として評価されるべきものでした。
そして事の他この遠征で大きかったのが、若手を含めた全選手が改めて世界との差を実際に確認し、共通した認識を持つようになったことです。この意識面でのつながりが、後に日本にとってかけがえのないものとなっていきます。
日本代表はドイツでの合宿を終了させ、ここから直接ドーハへと赴いてアジア大会に臨みました。

■ 結果と育成が求められる2006アジア競技大会
「とにかく今大会は、戦い方をどう定めていくべきかに相当悩んだ」と、幾度も漏らしていた大橋監督。この2006ドーハ・アジア競技大会では、もちろん日本にとっては初となるアジア制覇が目標となります。ただ、さらに優先されるべきなのは、来年のプレーオフや五輪予選といった、より重要な戦いのためのチームの育成をこの場で図るということです。成績はもとより、ここでチーム力の向上を絶対に達成させなければなりません。なぜならばこの大会は、これまでの短い間隔での練習期間と異なり、大会前の合宿を含めて約1ヶ月もの長期間という、またとないレベルアップの絶好の機会であるからです。ただし当然のこと、それを追い詰めるあまりに散々な結末で大会を終えてしまっては、取り戻しかけていた自信がまた大きく揺らいでしまう事態にもなりかねません。非常に進め方が難しい舞台ではありました。
確かに、唯一ワールドカップの出場が未確定のままである日本が、その調整のために一番戦闘意欲が高い参加国であったかも知れません。それでもなお北朝鮮、中国、韓国といった存在はやはり強敵です。こういった面々を相手に、自らのテーマを課しながら勝利を目指すということになるのです。結果と熟成の両面が日本に求められていました。

組織的な働きを伴うパスワークを主体としたサッカーの完成。アジアカップで崩れてしまったメンタルの不安定さの克服。今年に表れた課題の全てを抱えて、「なでしこジャパン」の今年最後の戦いが始まりました。

グループリーグの初戦は対ヨルダンです。実力差があり過ぎたことも事実ですが、日本は効率的に攻めて圧勝しました。FW大野と荒川が自在に動き、攻撃的MF澤と柳田も軽やかです。そこに他の選手も続々と波状的に攻撃参加をしたために、ヨルダンはパニックに陥り、シュート数は38対0、スコアは13-0という一方的な結果となりました。
続くタイ戦では、相手が予想以上に粘ったこともありましたが、日本は前半戦が大ブレーキとなってしまいました。攻めまくりましたが、とにかくラストプレーが成功しません。ようやく前半終了間際に阪口が先制し、後半に荒川が登場して前線の突破口となると、段々と日本の本来のリズムとなってきます。結局後半には3点を追加することができ、4-0と勝利しました。

2試合とも順当に大差で勝ちましたが、アジアカップ同様、選手たちの動き自体はどこか切れ味に欠けるような感じではありました。しかし今回のこの現象は、日本があえて意図的にもたらしたものです。アジアカップでは初戦から全力の意気込みで入りました。それが結果として、肝心の準決勝以降において精神的に息切れをさせた要因とも捉えることができたのです。この教訓を活かし、日本はこの先の強豪国との対戦にメンタル面でのピークを持っていく調整を行っていたのです。
また日本は今大会、試合ごとに何かしらのテーマを掲げて、それを実践させながらポイントごとの強化を図りました。例えばヨルダン戦では「サイドアタック」、タイ戦では「復帰選手を含めた着実な連係」といった具合です。容易ではない日本の完成形へ漠然と進んでいくのではなく、要所で武器となる部分を明確化して認識させながら、向上心だけは絶やさぬようにしていくためです。
さらにこの個別のテーマに加えてもう一つ、全ての試合に共通してあるテーマを与えました。それは、「どんなに点を取っても取られても、90分間走りぬく」ということです。前述した通り、日本の目指すサッカーには止まることのない運動量が必須となるからです。また、これまで物足りなかった心理面に着眼して、油断を生じさせぬように、逆境における不屈の闘志を育むように、気を緩めることを防止させる目的でもあります。
こうした日本の綿密な計画は、着々と成果を挙げていったのです。

さあ、グループリーグ最後の相手はまたも中国です。アジアカップでは日本が完璧な内容でもって完勝しましたが、やはり中国は北朝鮮に続く優勝候補ということが事実なのです。そのアジアカップで通算8度目ともなる優勝という実績、アジア屈指の体格と決定力を誇る強靭さ。依然として日本はやや格下の立場であると見られています。
一瞬の隙も命取りになるこの中国戦。この試合のテーマは「積極性。守備ラインも高く保ち、相手の良さを消すこと」でした。これを選手たちは、ものの見事にやってのけたのです。
前半は中国のパワープレーに日本は圧倒され続けました。しかしここを耐え凌ぎ、宮間や安藤の右サイド攻撃を皮切りにして、日本は少しずつ盛り返していきます。そして前半27分の日本のセットプレーです。宮間のフリーキックが、起用に応えたDF岩清水にピタリと合わさりました。日本が先制したのです。
反撃へ前がかりとなる中国相手に、日本は全くひるみませんでした。守りに入るどころか追加点を狙いに行き、殴り合いの展開とさせます。そんな中でも連係的な守備は冷静にこなし続け、着実にボールもつないでいきます。さらに、なおも全体的に高く押し上げられている日本の守備体制。これらを前にして中国は単発攻撃しかできず、とうとう1-0と完封負けを喫したのです。自分たちの持ち味を攻守で発揮し、「積極的な守備」で狙い通りに相手を封殺できた、日本の快勝でした。
この中国に再び勝利できたというのは、この大会における日本の最大級の出来事の一つで、彼女たちは相当の自信と手ごたえをここでつかんだのです。
「優勝」という二文字が、グループ1位通過を決めたこの日、初めて現実味を帯びてきました。

とは言え、同じような状況下でその後に大失速してしまったアジアカップを忘れてはなりません。あの過ちを二度と繰り返したくない日本の準決勝の対戦国は、韓国となりました。
韓国はアジア4強の中では、最も実力が劣るとされてはいます。ただし、その猛進する勢いで強引に支配率を奪ってくる彼女たちは、決してくみし易い相手とは言い切れません。また、敵は自分たちの内にもあるのです。一発勝負というステージに移ったため、これまでの日本ならば、その重圧に負けて自滅してしまう可能性も考えうるのです。テーマはもちろん「気持ちで負けない」。どうか精神的な逞しさを見せ、日本のサッカーを普段通りに行い、無難に勝ってほしいところです。
ですが前半戦は、その嫌な方の予感が的中してしまいました。予想外にも引き気味の韓国に対して戸惑ったか、日本はなかなか攻め立てられません。戦術の相性がどうとかいう問題の前に、根本的に個々の選手たちの精彩が欠けていただけでした。
この嫌なムードを一変に振り払ったのが、またも先制点を挙げたDF岩清水でした。後半早々のコーナーキックから、最後に詰めて自身の2試合連続のゴールとしたのです。これで目が覚めたかのように、いつもの日本が戻ってきました。時間を追うごとに完全に日本のペースとなっていき、最後には引き下がる韓国の守備を崩壊させて駄目押しとなる3点目。前半こそは「またか」と思わされましたが、見事に立ち直り、この精神面での関門と言える準決勝を突破したのでした。

これで5大会連続でのメダルを確定させた女子日本代表。後はその色が金か銀かだけです。中国、韓国と破ってきた日本に立ちはだかる最後の壁はやはり、アジア最強の女王である北朝鮮でした。これをも破ってこそ、真のNo.1と言えるのです。念願のアジア初制覇のために、これまでの成長を確信させるために、選手たちは今大会の集大成ともいうべき団結力でもってこの決勝戦に挑んだのでした。
そしてその熾烈な争いの詳細は、「女子日本 × 女子北朝鮮 #1」より記載してきたとおりです。
大健闘の末の準優勝。日本は悔しくも立派な、堂々たる銀メダルを獲得してドーハを後にしたのです。

大会期間中に、プレーオフは3月にメキシコと対戦することが決定されました。全てはそのためだけに今年の後半を費やしたと言っても過言ではない「なでしこジャパン」は、充実した結果と成果を持ち帰って2006年度を締めくくったのでした。


「女子日本 × 女子北朝鮮 #5」に続きます。

女子日本 × 女子北朝鮮 #3

2006年12月21日 | サッカー: 日本代表
※この記事は「女子日本 × 女子北朝鮮 #2」からの続きです。


■ 大橋監督率いる新生「なでしこジャパン」
2004年に「なでしこ」という愛称が選定されて親しみを持たれた女子日本代表は、この年に、アテネ五輪予選突破までの大健闘ならびに五輪本大会におけるベスト8までの戦いぶりで、一層飛躍的にその認知度を高めました。
そして五輪終了後、10月に大橋新監督を招き、新たな体制の下で次なる目標へその歩みを進めることになったのです。

大橋浩司監督は前任の上田監督とは異なり、Jリーグでの監督経験もなければ女子サッカーリーグを率いたこともありません。当時、大衆からは無名に近くて年も若い彼は、「せっかくなでしこが盛り上がったのに大丈夫なの?」とさえ憂慮されてしまう存在でありました。しかしその実は、大学卒業後からすでに部活およびトレーニングセンターにおいて指導者のキャリアをスタートさせていて、日本サッカー協会における指導者養成インストラクターまで経て、ここまでサッカーの指導歴は22年という、指導関係者からは一目置かれる人材だったのです。
就任内定後には、国内外の女子サッカーに関してひたすら猛勉強を続け、既存の選手も未発掘である選手もチェックするためには自らどこにでも足を運ぶという、労を厭わない努力家でありました。
そして大橋監督は、若手起用などを含めて将来も視野に入れながら、今現在における最善の陣容でもってチームを整えて、自身初となる大会を前にした国際親善試合を計6勝1敗という好スタートとしたのです。

その大橋監督が掲げるサッカーとは「コンパクトな展開」。日本人の持つ組織力や技術力といった長所を生かそうとする狙いのもので、代表合宿でも1年間はこのための基礎技術の反復練習ばかりに費やしてきました。

2005年の8月には、いよいよ大橋ジャパン初となる国際舞台、東アジア女子サッカー大会がやってきます。しかし、韓国、中国、北朝鮮といった強豪国ばかりを相手に、全3戦無得点。2分け1敗の勝利なしという結果に終わり、そのアジアデビューはほろ苦いものとなってしまいました。
現状ではまだアジアでも通用しないことを証明させられましたが、収穫であったことは、その「コンパクトなサッカー」だけは遂行できたのです。今後はこれをベースにして技術だけではなく、90分間相手の激しいプレッシャーにも耐えうる、チームに「強さ」をもたらす戦術を浸透させていく方針を固めていきます。
チーム内の個々の選手においては、FW永里やDF宇津木といった若い逸材も着々と台頭してきて、これまでの不動のメンバーとの競争も激化しています。
五輪終了後の再編成から、もう1年以上。来年の大きな目標に向けた準備期間も刻々と消費されていく中、新たな「なでしこジャパン」は組織においても個人においても、大いに練磨されることが求められていくようになりました。

その翌2006年における最大の目標とは何か。それは2007年に中国で行われる、FIFA女子ワールドカップの出場権の獲得。ただこれ一つしかありません。
この世界一へ挑戦する舞台に立つということは、女子日本代表にとって、そして何よりも日本女子サッカーの発展において、計り知れない大きな意味合いを持っているのです。
2006年の今年には、それにむけてチームを強化すべく、度重なる合宿と3回の国際親善試合が設けられました。チームはこの期間で、後述する監督が理想としてきた内容への完成度を高め、それを熟成させなければなりません。

■ 本番を前にして収穫と課題の見えた2006年前半期
1回目の対戦相手はロシア。2月に行われ、一方的に攻めて2-0と勝利しましたが、これはロシア側が余りに走れていなかったことに起因するだけのものでした。今年初の代表戦で、国内リーグも開幕していなかったためか、選手たちの試合勘は最後まで鈍いまま。パスの出だしや判断が遅くてチャンスを見過ごし続け、攻撃時に粗雑なプレーを繰り返して失敗していきます。攻め崩しから得点へ直結させるために、ゴール前での果敢な判断力、およびコンビネーションを高めることが、前線だけでなく全員の選手に課せられます。
その3ヵ月後の2回目の対戦相手は、FIFAランキング2位と世界にその名を知らしめるアメリカです。強豪を相手にどれほど通用するのかを見定めることができる、またとない機会です。この日を境にしてチームは従来の4-2-3-1から、現在までに至る4-4-2へと基本陣形が固っています。日本はアメリカ対し、懸命なプレスとこれまで培ってきたコンパクトな展開でもって健闘しました。しかしアメリカの、その裏を狙う徹底したロングボール中心の戦術と、FWワンバック一人のパワーの前に屈し、1-3で敗戦。力の差を見せ付けられます。
すぐ2日後。3回目の対戦相手は、またもアメリカです。男子日本代表の前座試合となったこの日は、平日の昼にもかかわらず16,000人もの観衆が詰め掛けました。まだ「なでしこ」への関心が薄くなっていないことをありがたくも認識させられます。この日も全く同じ布陣、内容で臨む日本。相手のロングフィードや力強さに今度はひるむことなく、勇気を持ってディフェンスラインを高い位置で保ち続けます。コンパクトな局面の中、守備陣が素早い寄せでパスの出どころを封じ、攻撃陣も連係あるプレーを見せました。0-1と惜敗しましたが、十分に成長を感じさせる最後のテストマッチでした。

本番を前にして、ここまでの今年度には、いくつもの収穫を得ることが出来ていました。

まずは選手個人においてです。
これまで守護神として存在したGK山郷の陰で、埋もれている逸材であったGK福元が、山郷の負傷にともなって出場して目覚しい活躍を続けたのです。持ち前の守備範囲の広さを、高く保たれるディフェンスラインの裏の大きなスペースの中で、いかんなくそれを発揮していました。
同じように、レギュラーのDF下小鶴の負傷によって登場するチャンスを得たDF岩清水です。下小鶴に負けない空中戦の強さを有していていたことを見せつけました。それと併せ持っていた攻撃力が、後のチームにとっての大きな武器へなっていくのです。
攻撃的MF宮間の、ボランチ起用も当たりました。どこからでもショート、ロングのパスを繰り出せる正確なキック。緊迫した局面でも保持できるキープ。これらのゲームコントロール力でもって、チームの反撃のスタート地点としては欠かせない存在となってきます。
最大の収穫は、トップ下のポジションであるMF安藤の、右サイドバックへのコンバートでした。得意のドリブル突破から、国内リーグにおいて得点王の経験もあるという攻撃力には魅かれるものがありますが、その突破力を買われてサイドバックへ転向されます。このポジションの性質上、重要となる動き出しのタイミングにはまだ慣れないものの、高い身体能力と精密なクロスによる右サイドの攻撃参加は、アメリカを相手にしても効果的なものでありました。いまだに疑問視されることの多いこの安藤のコンバートですが、この時点から確実に成功していたと言い切ってしまってよいことを、安藤自身の働きが証明していました。切り札的となるチャンスメイカーを、日本は新たに得ることになったのです。

組織においても、試合を重ねるごとに向上が見られました。
最終ラインがことごとく相手FWをオフサイドポジションへと置き去りにし、中盤においても数的優位を作って囲みながら容易に突破をさせません。対アメリカの第2戦にもなると、ほとんど組織面で破られることはなく、個々の身体能力で劣るハンディを選手たちが相互で補っていくという守備の下地は、すでにこの頃から完成されつつありました。
攻撃面でもワンタッチ、ツータッチでの素早いテンポによる崩し、あるいはサイドチェンジによる局面打開など、パスワークを主体としたものが中心となっていて、それが通用していたのです。

課題は、大橋監督が今年に何度も記者会見を始めとして発言してきたことでした。
「プレッシャーを受けている状況下で、いかに着実にコントロールができるか」
コンパクトなサッカーをベースとする大橋ジャパンにとって、狭い局面において絶え間なく相手との接戦を強いられるのは避けられないことです。大橋監督は就任以降、この達成を第一の目標として指導してきました。
確かに、日本は限られた空間での争いという展開に持ち込み、そしてその中でも巧みな技術でつないでいってしまうという基本を、かたち作れるようにはなっていました。
しかしながら、いざ相手に密着された場合には途端に思うようなプレーができず、パスミス、トラップミス、コントロールミスなどが相次いでしまうのです。いまだに真剣勝負の場においては、競り際での不確実さを克服することができていません。
アジアで、そして世界で列強国と渡り合うには、このようなサッカーで挑む日本にとっては正確なパス回しが命綱となってきます。切羽詰る状態でも的確なプレーで捌いていき、ボールをつないでペースを握り続けなければ、得点機にさえ持っていけない戦い方であるためです。
この課題の修正が、最重要の項目として重点的に図られることになります。その後の合宿においても、実際にこの状況を体感させるために、徹底的に練習試合の形式を繰り返すという内容で取り組んでいきました。

■ 運命のアジアカップ2006
男子のドイツ・ワールドカップが閉幕して、その余韻が冷めやらぬ7月半ば。アジアの女子サッカー界では大きなイベントを控えていました。オーストラリアが主催国となる、AFC女子アジアカップ2006です。
新生「なでしこジャパン」は結成以来、これだけを見据えて励んできたと言っていいでしょう。なぜならばこの大会は、前述した日本にとっての最大の目標である女子ワールドカップ出場、それを賭けたアジア地区予選も兼ねているからなのです。アテネ五輪から約2年、女子日本代表はついに本番の舞台を迎えました。

今回もアジアに与えられた出場枠は、来年ホスト国として自動的に参加が決まっている中国に加えて、2.5枠。中国を除いた上位2チームに出場権が与えられ、続く3番目のチームはプレーオフに回されます。前回大会での日本は3位決定戦において、当時はまさかと言っていい敗戦を韓国に喫し、プレーオフを戦うこととなった苦い経験をしています。今度こそ確実に出場権を勝ち取りたいところです。
この時点での各国の力関係は、北朝鮮が1番手、中国が2番手。続く日本とオーストラリアが互角で、その下に韓国と見られていました。十分に手が届く範囲です。また、2位以上が突破条件となる1次ラウンドにおいて、北朝鮮、韓国、そしてホームのオーストラリアがひしめくB組に対し、A組の日本はライバルが中国だけと、組み合わせにも恵まれました。

1次ラウンドがスタートし、日本は実力が大幅に下回るベトナム、チャイニーズ・タイペイに対して、順当に圧勝しました。ただし、決して日本としては満足のいく出来ではありません。
守備時における対処や組織的な動きには、全く破綻は見られませんでした。問題なのは自分たちの支配時です。全体的に活動量が少なく、お互いの位置関係もギクシャクとした連係の乏しさです。何より、日本の「命」と言うべきパスがまるでつながりません。判断力と集中力に欠けているような感じで、あえてマークされている選手へパスしたり、もしくは全く見当違いの場所へ出すキックミスなどです。これらは特に前半戦で顕著に現れ、なかなか点を決めきれないもどかしい雰囲気は、終盤になるまで吹き飛ばせませんでした。
攻撃面で唯一光明となったのは、新世代のエースの2人、FW永里と阪口の活躍だったでしょう。永里はベトナム戦で、阪口はタイペイ戦でそれぞれ後半から出場し、見事に日本に勢いをもたらして自らも得点を重ねる大暴れでした。

課題を残しつつ迎えた、1次ラウンド最終戦となる対中国です。中国は若手への切り替えを図っている過渡期であり、多少弱体化はしたものの、依然として日本にとっては強敵であることに違いありません。そしてこの中国から、日本はすでに決勝トーナメント通過を決めていながらも、引き分け以上がほしいのです。なぜならA組で1位になれたら、トーナメントではB組2位の国が対戦相手となるからです。B組1位になるのは、おそらく北朝鮮。彼女たちとの対戦だけは避けたいところです。
この試合、突如として日本は覚醒します。中国が予想以上に単調で、パワーに頼る個人技や放り込みに終始するという戦術のなさであったことを差し引いても、この日の日本は前の2試合が嘘であったかのような素晴らしい内容としてみせました。
各選手が実によく「先を読んで」意識的に動き、走り、パスの受け手となるべく駆け回ります。こうして常に中国の先手を取るパスの受け渡しが可能となり、中国は守備陣がズタズタに切り裂かれました。中でも一番運動の質と量が高かったのはFW大野で、オフ・ザ・ボールでの味方を活かす動き、果てることないプレッシング、得意のドリブルと、大きく日本に貢献した選手でした。大野はこの試合以降、日本にとって欠かすことのできないFWとして定着していきます。
スロースターターの日本は、後半になるといよいよ連動力がピークに。それにともなうように個々の特徴も冴え渡ります。申し分のないほどに攻守に組織と発想力があり、中国を寄せ付けませんでした。
スコアこそ1-0ではありましたが、日本は大橋監督体制以降でのベストゲームをこの大事な一戦でやってのけ、9年ぶりともなる白星を中国から挙げたのでした。ついに大橋監督の追い求めてきたサッカーが、この日にようやく完成にまで至ったかに思われました。しかし・・・。

見事A組1位で突破した日本はトーナメント1回戦、やはりB組1位で勝ち上がった北朝鮮との戦いを回避することができ、相手はB組2位のオーストラリアとなりました。ここで勝利すれば、念願の出場権の獲得です。もちろん日本は、前回の中国戦で見せたようなサッカーを狙います。
ですが日本は前半早々に、相手のコーナーキックから不運なかたちで失点。これが影響してしまったのかどうかは不明ですが、とにかく日本はあの会心の内容を、ついにこの試合では最後まで一片も発揮させることはなく、力なく敗戦してしまったのです。
あの判断力に溢れる動きはどこへ行ってしまったのか、あの発想力豊かなボール回しはどこへ消えてしまったのか。スペースを生じさせてはそこを突いていた、流動的なパスワークによる組織力は、たったの4日の間で見る影もなくなってしまいました。
決してオーストラリアには実力で劣っていたわけではありません。日本は本来持っていたはずの自分たちの武器を引き出すことのなかった、自滅とも言っていいかも知れない、実に悔しい完封負けでした。
日本は3位決定戦に回ります。

もう一方の1回戦では、何と中国が北朝鮮を破る番狂わせを生じさせていました。よって日本の3位決定戦の相手は、最強の北朝鮮となってしまったのです。
ただ、これは前向きに捉えることもできます。中国が決勝に進出したために、ここで勝って3位となれば「中国を除いた上位2チーム」になれるので、出場権を確保できることになるからです。加えて北朝鮮は暴力行為による処分で、主力が3人も出場停止という事態でした。この機会を逃さず、是が非でも勝利して目標を達成したいところです。
しかし、北朝鮮は控えの選手もまるで見劣りのしない、さすがというべき総合力でした。そして攻撃時には一切隙を見せることがなく、高い技術としたたかさで、前半から3得点を奪って日本を蹴散らします。日本は守備において、組織の崩れや集中力の欠如などは決してありませんでした。注意していた選手に怠りなくマークしていながら、その選手に失点を浴びていきます。身体能力と技術力で勝りながら連動性も見せる北朝鮮の攻撃を前に、単に実力差がそのまま表面化された完敗だったのです。
日本は後半に2得点こそ取りましたが、攻撃は引き続き、動きに創造性などは皆無でした。寄せられれば簡単にミスをしてしまい、組み立てもままなりません。
順当と言うべき敗北で、日本はまたも4位に終わり、プレーオフを戦うことになりました。

■ プレーオフに望みをつなぐ日本代表の完成形とは
実に残念な結果となってしまったアジアカップでしたが、その悲しみの裏で、日本はこの大会からも着実に経験値を蓄えていたのです。
次世代に中心選手として存在するべき若きFW、永里と阪口にとっては、確実に今後の成長のための糧となった大会でありました。永里は今大会で得点王のタイトルを獲得。まだ前線での動きに物足りなさはありますが、この結果はぜひ自信とするべきです。阪口はこの重要な大会がデビュー戦となりました。しかしながら物怖じすることはなく、初出場でいきなり2得点。5試合で計130分の出場は、得がたい貴重な経験となったことでしょう。
また、この2人以上にパフォーマンスを上げてきたのは、FW大野と荒川でした。大野は献身的な運動量と突破力を見せて、かけがえのない選手へと成長してきました。荒川には逞しさが蘇ってきて、アテネ五輪時の存在感を取り戻しています。
控えのMF中岡が、不動のボランチである酒井に匹敵するまでの成長を遂げたのも大きな収穫だったでしょう。他にも、GK福元がこの大舞台において全試合を経験。MF柳田と宮間も、その正確なキックと展開力に、さらに磨きをかけていた感じです。

そして何よりも喜ばしい大事件であったのは中国戦において、とうとう大橋監督が理想型と描いていたサッカーが完成されるまでに至ったことです。
ここで、大橋監督の理想とする、現女子日本代表の最終体系とは何なのかを説明したいと思います。

まずは、日本が有する高い組織力とパステクニックという2点から導き出された、ベストな形状である「コンパクトな陣形」。これが基本です。
次に、この狭い中でのボール保持時において、必ずや避けられない接近戦(プレッシャー)の中でも通常の優れたパスワークができるようにすること。この課題を乗り越えてこそ、ようやくこの「コンパクトな陣形」は機能します。これらは、前述してきたとおりのことです。
ここからです。「コンパクトな陣形」を機能させ、モノに出来てからがスタートとなります。

日本は男子同様、とてもではありませんが体格やパワーで勝負することなどはできません。では、どうするのか。ポゼッションを高めて支配し、あらゆる場所において複数の選手による連係あるつなぎでもって、相手の守備組織を打破していくのです。
これを可能にさせる鍵となるのが全選手の運動です。相手のマークを引き連れて、急所となるスペースを生じさせて、他の選手がそこを突けるのならばベストです。しかしそうでなくとも、自ら空いているスペースへ飛び込んで、その飛び込んだ選手のスペースへとすかさず他の選手が入り込んでこれたら、決定的ではなくともパスコースは単純に2倍となります。これを同時多発的に至る所で流れるようにできたならば、パスコースは実に3つも4つもと、限りなく増えていくことになります。
こうした流動的な展開の中で生きてくるのが、日本の選手たちの持つ状況判断の素早さと、ワンタッチでもつなげられるパスセンスなのです。数ある選択肢の中から相手のウィークポイントを的確に見定め、そこへ正確に迅速に通していく能力が彼女たちにはあります。このようにして徐々に相手を後手に回らせて追い詰めていき、いよいよ最終局面となればラストプレーであるスルーパス、クロス、1対1、あるいはそのまま崩しきってしまうなどで、フィニッシュまで持ち込むのです。

ただ、こう記述する分には容易なのですが、実際に行うとなると相当に困難なことではあります。
まず、足を止めてはいけません。守備時のプレスもこなしながら行うのですから、90分間まるまる走り抜く体力が必要とされます。また、がむしゃらに動いても効果は薄いのです。得点に即直結することになる最終ラインの裏、続いて相手敵陣の中央でのフリースペース、さもなくば手薄になりがちなサイドと、常に狙うべき優先順位を頭に叩き込んでおいて、臨機応変に動いていくことが求められます。
中でも最も難しいのは、やはり相互が動くタイミングでしょう。ここが少しでもずれると意味を成しません。選手たちがそれぞれお互いに、その選手の動き出しそうな気配や特徴などを熟知して、スムーズにそれに応じらるような連係あるポジションチェンジを繰り返さねばなりません。これはとても短い期間で実現できるものではなく、何度もチーム内で反復練習して、無意識のうちに体が反応できるほどの意思疎通のようなものを育むしかありません。

これが出来ていたのが中国戦でした。左右中央へと流れるようにつながっていき、攻撃時に数的優位を作れていました。後半にもなると澤のキープや柳田のフィードなど、各選手の個人技まで相乗される活き活きとしたサッカーで、1-0というスコア以上の内容としてみせたのです。
ただ、発揮できたのはこの1試合だけでした。それも仕方のないことかも知れません。ロングボールの放り込み、カウンターアタック、個人技主体といった単純明快な戦術とは異なり、この現女子日本代表の目指すものが完成形になるまでには、長い時間をかけて根気強く理解度を深めていかねばならないのです。
ましてや、敗北したオーストラリア戦、北朝鮮戦は、ここまでが可能となる大前提であるはずの条件、「厳しいプレッシャーの中でも正確性を保つ」という例の課題を、まだまだ克服できているとは言い難い試合だったのです。特に北朝鮮のような強国を相手にしては、一層コントロールに難のある感じでした。
アジアで勝ち抜き、世界でも通用する日本代表の完成形。それに少しでも近づくために、そしてそれを発揮できる土台を確実なものとして築き上げていくために、今後も継続的に実りある練習を重ねていかねばなりません。

確かに、一番の目標であったワールドカップの出場権は逃してしまいました。でも、まだ全てが終わったわけではないのです。プレーオフという、最後の望みが残っているのです。下を向いている場合ではありません。
「なでしこジャパン」は目標に向けて、再スタートを切ることになりました。


「女子日本 × 女子北朝鮮 #4」に続きます。

女子日本 × 女子北朝鮮 #2

2006年12月16日 | サッカー: 日本代表
※この記事は「女子日本 × 女子北朝鮮 #1」からの続きです。


■ 王者にふさわしい北朝鮮
さすがに北朝鮮は本物でした。個々がフィジカルと敏捷性に優れているだけでなく、技術もしっかりとしたものがあります。あれほど日本のプレッシャーにさらされながら、120分間ほとんど致命的と言えるパスミスやキープミスは犯しませんでした。

持ち味とする積極性あるサッカーも、前半戦では存分に披露してみせました。緩急あるボール回し、長短を使い分けるパスと、相手を翻弄するようにして自らの力でもってリズムを引き寄せていきます。ドリブルでも仕掛けられますし、両サイドバックと両サイドMFが織り成す左右のサイドアタックからのクロスも脅威でした。さらに単純な放り込みによるパワープレーや、裏への飛び出しに合わせるスルーパスも狙ってきます。実に多彩な攻撃のバリエーションを所有していました。
私は今大会の北朝鮮の試合はこれしか観ていませんが、ここまでには前線の5人がパスワークによる連動性を見せて崩しきってしまう、連係力ある攻撃もあったそうなのです。日本は各選手へのマークを極力徹底してダイレクトプレーは容易にさせませんでしたが、確かに2、3度ほど、ワンタッチプレーの連続やサイドチェンジが鮮やかに決まる、左右の揺さぶりは見受けられました。

また、賞賛されてしかるべきなのは、最前線で圧倒的な存在感を放ち続けた北朝鮮の主将、FWリ・クムスクです。120分間途切れることのない持久力で、日本の厚い守りのせいでわずかにしか生まれなかったスペースへめがけて、前方ならどこへでも再三駆け込んでいきました。加えてドリブル、ロングボール、ポストプレー、そして得点寸前までに至った巧みなヘディング・・・。攻撃的なプレーならば何でも一人でやってのけてしまう感じがありますね。過大な表現かも知れませんが、北朝鮮は彼女に一度預けることで、より一層ゲームの支配を安定させていたような雰囲気でした。
この試合のリ・クムスクは突進力に溢れ、勇猛果敢であり続け、間違いなく北朝鮮にとって絶対的なストライカーであり、リーダーでした。中国、韓国、そしてもちろん日本にもこのような存在はおらず、この実力が毎回安定して発揮されるならば、現在アジアでは文句なしにNo.1と言っていいFWでしょう。

北朝鮮側から見て、とうとう攻めきれなかったのは、後半から徐々に失速してしまったのが大きな影響となったでしょう。前半のままの状態であったならば、さすがに日本も90分守りきれたかどうかわかりません。
その要因の一つとして考えられるのが、トップ下のうちの2人、リ・ウンスクとリ・ウンギョンの活動量が後半から突然に落ちてしまったことです。アジアカップにおいて散々日本を苦しめたこの2人(まあ、あのときも前半だけの活躍でしたが)が、目に見えて攻撃に関与しなくなってきました。
特に左サイドを担当していたリ・ウンスクです。以降復活することはなく、それにともなって北朝鮮の左サイドはまるで機能しなくなり始めました。これが、後半から右サイドに偏重せざるを得なくなった大きな原因でしょう。よって多方面からの組み立ては途絶え、段々と攻撃は単調なものになります。さらにこれは、日本の右サイドバックの安藤を自由にさせてしまう結果にもつながりました。安藤は中央にも守りに参加できることとなり、実際に、中央での決定的なチャンスを一つ彼女に未然に防がれています。仕舞いには延長戦で、攻め上がることのできた安藤から、あわや失点というシーンも作られてしまいました。

もう一つ付け加えるならば、リ・クムスクを除いたFWとMFが、自身のポジションから大胆に移動することがなく、大抵は位置を固定してプレーをし続けていたことです。活発に長い距離を動くのはリ・クムスクと右サイドバックのソン・ジョンスンだけであって、日本にとってマーキングそれ自体は、そこまで困難な作業ではなかったと思われます。あれほど支配できて前線に5人も並べ、それで皆が流動的に動き、ポジションチェンジでも繰り返すようならば、相手からしてみればたまったものではないでしょう。これをやられたら、おそらく日本も必ずどこかで混乱が生じ、120分もプレスおよびマークの貫徹など出来なかったかも知れません。

感想はただ一言、強かったです。身体能力、技術力、一定の組織力。総合的に見て、改めてアジアを代表するチームだと思い知らされました。後は未熟な精神面と持続力を鍛え上げれば、きっと世界にも通用していくことと思います。

■ 大健闘で称えられるべき準優勝の「なでしこジャパン」
この北朝鮮を相手に見せた日本の奮闘もまた、褒め称えられるべきものでありました。本当に粘り強く戦い抜き、ここまで快勝した4試合と同等かそれ以上に、日本にとっては素晴らしい内容の試合でした。

「とにかく格上の相手に対して自由にさせることなく、しのぎきってそこから勝機を見出す」これが試合前の最大のテーマでした。そして、このテーマを全選手が全力でもって遂行しました。
始まってみれば前半から北朝鮮がほとんど試合を制圧してきます。しかし、これは予想された範囲内です。問題なのは、そこから北朝鮮の選手たちに対し、100%までとはいかないまでも、どうやってある程度までプレーに制限をかけられるのかということです。3人のボランチはもちろん、澤が、大野が、荒川が、攻撃陣まで総出となって絶え間ないプレスを敢行して、その答えを導き出しました。これは北朝鮮の中盤を大いに苦しめ、攻撃的MFの3人は常時追われながらのプレーを強要されることになります。
またポジショニングでは、パスコースをふさいでインターセプトを狙うのではなく、それぞれのエリアにおいてマーキングを欠かさない動きを重視しました。身体能力で日本を上回り、技術も備える北朝鮮の選手との距離を開けてしまったら、おそらくは追いすがることのできなくなる場面が出てくることでしょう。北朝鮮は確かにパスはつなげられました。しかし、ボールを受けた北朝鮮の選手のすぐそばには、いつも日本の誰かしらが存在していました。この日の北朝鮮は全体的に、本来見せることのできるプレーを満足に出せなかったのではないでしょうか。
そして、いざ危険な位置(主にサイド)で保持されたら数的優位を作って潰し、その穴を埋めるためのカバーリングも徹底し、最終的に破られてもすかさずフォローがありました。実に組織だった、相互支援のある守備でした。

それでも突き抜けてくるのが北朝鮮です。特に前半戦は日本にとって緊迫する展開でした。しかしながら、ラストの局面での最終ラインは相当に集中していて、北朝鮮としてはあと1つのパスで決定機というところを、ことごとく阻止されてしまいます。
続発されたハイボールに対しては、必ず相手のツートップをフリーとさせずにはね返し続け、ドリブル突破をされた際には冷静に、かつ大胆なタックルを確実に成功させていきます。ディフェンスラインの裏をつく北朝鮮の危険な放り込みも、キーパーの福元の好判断による飛び出しでクリアされていきました。
高さ、強さ、速さ。いずれにおいても、正直なところ北朝鮮には及ばない彼女たちが危機的状況を防ぎきれたのも、集中砲火にも動じない落ち着いた精神力、ならびに咄嗟の反応も出来るように備えていた集中力によるものだったでしょう。120分間、ペナルティエリア内では、DF磯崎が一度だけクリアミスをした以外には、一切エラーを生じさせなかった堅実ぶりでした。

そして何よりも評価したいのが、延長戦が終了するまで、これらのことを全て高いパフォーマンスのまま達成しきったことなのです。足を止める選手は一人もいませんでした。
前半を終了して、その45分間でのシュート数は、北朝鮮が9本であるのに対して日本は0本。普通ならば戦闘意欲が失われてもおかしくはありません。ですが、彼女たちは誰一人として下を向くことがありませんでした。必ずや勝機が訪れるであろうと信じて、必死さと懸命さを、最後まで全面に押し出していたのです。全選手が一丸となって、体力的にも精神的にも極めて高い水準でもって戦った姿には、素直に感動を覚えました。

悔やまれるのは、狙っていたカウンターアタックをなかなか機能的に繰り広げられなかったことでした。相手のミスが起点となったものや、荒川の意外な(失礼?)個人技によるものの他は、決定機にまで至ったカウンターと言えば、延長前半に惜しくも大野のオフサイドによってノーゴールとなった、あの右サイドアタックだけでした。
前半の間でまるでシュートまでもっていけなかったのは、ここが北朝鮮の一番のピークの時間帯で全員が守勢に回らなければならなかったのも事実ですが、相手のプレッシャーによって日本の方もつなぎがうまくいっていなかったのも事実です。
一番に痛かったのは、左足から抜群のクロスを上げることができる柳田の攻めあがり、そしてここまで勝利の直接的な原動力となってきた宮間の右サイドアタック、この両サイドのMFによる攻撃をうまくカウンターに組み込めなかったことだと思います。北朝鮮はワンボランチで、両サイドバックも積極的に出てきますから、必ずやサイドの裏を狙う反撃は効果的だったはずなのです。ただ、実際には2人とも堅実に守備に貢献していくことを選択しました。
しかし後半以降、相変わらず柳田側のサイドは忍耐を強いられる戦況でしたが、宮間と安藤が守っていたサイドの方では、北朝鮮は急激に勢いを衰えさせていました。これは私個人の勝手な予想ですが、宮間と安藤はリスクを背負ってでも、反撃時には2人して大胆にオーバーラップしてしまって構わなかったかも知れません。仮にこの反撃が失敗して、そのサイドの相手MFリ・ウンスクにフリーでボールが渡ったとしても、多分、彼女の後半からの覇気のなさでは、決定的な仕事まではできなかったことと思われます。また北朝鮮の左サイドバックのオム・ジョンランも、延長戦でやすやすと安藤にクロスを入れられたシーンを振り返って見ても、これも予想ではありますが、彼女の守備力はそこまで高いものではないのでしょう。おそらく、1対1に優れる安藤なら、抜き去ることさえ可能であったかもわかりません。
柳田、宮間、安藤と優秀なキッカーを揃えながら、北朝鮮の唯一のウィークポイントであろうサイドの奥から、ほとんどクロスを発射できなかったことが心残りです。

広範囲の守備力を今回も発揮したキーパーの福元、またもセットプレーから得点感覚を見せたDFの岩清水、集中的に狙われた左サイドを耐え抜いた柳田と矢野のコンビ・・・。この日は全選手が素晴らしく、この試合において誰が一番であったのかを定めるのは本当に困難なことです。
それでもあえて選べと言うならば、荒川でしょうか。後半戦の序盤だけは消えていましたが、それ以外は常に最前線においてかなり踏ん張っていました。相手DFとのボディコンタクトによる力比べにも競り負けることがなく、複数のマークを背中に抱えてもボールをキープしていました。相手陣内ならば、中央でもサイドでもどこでも味方の起点になろうとする姿は、リ・クムスクのそれとほぼ似たようなものであり、頼れる存在感がありました。また、これだけでもって評価をしているのではありません。彼女はそれらに加えて、他の選手同様にプレスという守備もこなし続けていました。この攻守による貢献を、120分も調子を落とさずにやり遂げたその体力、運動量は並大抵のものではなかったであろうとして、感心したのです。
あと、良い意味で驚きだったのが安藤です。今年突然に右サイドバックへ転向させられた、この攻撃的MFに、一部からはそのポジションでの働きに不安の声が漏れていました。しかしながら、試合を重ねるごとに着実に慣れていき、定着します。そしてこの試合での本職の守備です。1対1で負けることがなく、さらに特筆すべきは、巧みな身のこなしでのカバーリングが実に秀逸なことでした。前方の宮間のフォローがあったのも確かですが、守りに関しては満足のいく、合格点を与えられる出来だったでしょう。一本だけ見せるにとどまりましたが、あわや得点になりかけたという、好クロスも健在です。個人的には、今後もかなり楽しみな選手の一人です。

「よくぞここまで」と、感服させられるほどに全員が粉骨砕身した日本にとって、PK戦での敗北による初優勝の掴み損ねというのは、非常に残酷なことでした。
ここで一つだけ私が声を大にして主張したいのが、1番手としてのPK失敗で直接の敗因となってしまった澤に、全ての責任を押し付けてはならないということです。
決勝戦に至るまでの彼女の貢献と存在感にはあえて言及しないでおくとしても、この試合だけにおいても澤は、日本にとっては替えのきかないキープレイヤーであり続けました。これまで何度も申し上げている通り、前線ながら守備を欠かさなかった選手たち。そのうちの一人です。それを続行させながら澤は、数少ない日本がキープする時間帯においては、自らの特質をこの日も見せています。マークにつかれても、それがなかったかのごとく立ち振る舞うことができ、ボール保持時に強くプレッシャーをかけられる状況下でも、一向に動じません。中央から着実にボールを散らし、あるいはFWに預け、ほとんどミスのなかった捌き方で、少しでもチームの支配率を高めようと尽力しました。さらに状況の判断は素早く、自軍の好機と見るや、ハーフラインより後方から必ずと言っていいほど駆け上がっており、シュートチャンスとなるまでには大抵ペナルティエリア付近までに顔を出しています。ただ一人のトップ下として、司令塔としての役割を立派に果たした彼女なくしては、後半もほぼ一方的なペースとされていたかも知れません。
そんな澤を非難の対象とするのは、あまりにもむごいことではないでしょうか。

ただ、いくら最高の内容を続けたとしても最終的に結果を出せなければ、厳しいことに失格とされてしまうのが、プロのサッカー選手であるということにも違いはありません(澤は国内でも数少ないプロ選手の一人です)。そんな自覚もあってか、抱えていた責任感も大きかったのか、試合終了後に大橋監督がインタビューに応じているその後方で、泣き崩れて立つことすらできない澤の様子が痛々しく映し出されていました。
しかし、絶対にこれに下を向く必要などありません。ここまで勝ち上がってきた内容、そしてこの試合での奮戦は、今年のアジアカップからさらに飛躍的に成長してきたことを示します。すでに完成形となっていた王者・北朝鮮を相手にして、120分ドローにしたというのは大きな自信とするべきです。
喝采でもって、この銀メダルを称えたいと思います。

こうして素晴らしい準優勝とした、われらがサッカー女子日本代表。もちろん、あと少しのところにあった初優勝には未練が残りますが、本来この大会は彼女たちにとって、もっと大きな目標へ備えるための過程と言うべき位置づけでありました。
ここからは、この日にアジア大会の準優勝へ至るまでとなった、これまでの「なでしこジャパン」を、様々な資料も参考にしてまとめ上げながら顧みます。


「女子日本 × 女子北朝鮮 #3」に続きます。

女子日本 × 女子北朝鮮 #1

2006年12月16日 | サッカー: 日本代表
2006 アジア競技大会 サッカー女子 決勝: 日本 0-0(PK 2-4) 北朝鮮

■ 2006年度「なでしこジャパン」最後の一戦
非常に惜しい惜しい銀メダルでした。
「なでしこジャパン」は今年最後となる公式戦を、見事アジアの頂点へと挑戦することになるアジア大会の決勝戦とし、さらにここで大奮闘を見せたのです。
アテネ五輪を終えて大橋監督による体制となってから、はや2年が経過した新生サッカー女子日本代表。惜しくも優勝を逃したこの試合とともに、今回はここまでに至る過程を振り返っていきたいと思います。

■ 北朝鮮の圧倒する前半戦
まずは何よりこの決勝戦の内容ですね。

11月末に開幕したドーハ・アジア大会のサッカー部門において、グループリーグで敗退してしまった男子をよそに、快進撃を続けてついに決勝まで登りつめた「なでしこジャパン」。そして最後に立ちはだかるのは、7月のアジアカップにおいて苦汁をなめさせられた、因縁の北朝鮮です。現在アジアにおいて最強のチームとして君臨する存在でもあり、相手にとって不足はありません。

北朝鮮の強大な力を前に、慎重にならざるを得なかったのでしょう。日本はMF柳田の位置取りを下げ、彼女を含めてボランチを3人までにする守備的な構えです。
GKは福元。DFは左から矢野、岩清水、磯崎、安藤の4バックです。MFは中盤の底で、左に柳田、中央に酒井、右に宮間が入り、トップ下を澤だけが担当します。そしてFWは大野と荒川のコンビ。中国戦、韓国戦に続いてメンバー自体に変わりはありませんでしたが、布陣は4-3-1-2と後方を固めるものとしてきました。
対する北朝鮮は、グループリーグ初戦からこの日まで先発メンバーが不動です。アジアカップで戦ったときには出場停止で不在だった、レギュラーDFのソヌ・ギョンスンとソン・ジョンスンも当然今回は出場してきます。攻撃では、要のストライカーである主将のFWリ・クムスクがツートップの一角を担当し、その下の1.5列目に攻撃力の優れた選手を3枚も揃えます。両サイドバックも頻繁に攻め上がる、この4-1-3-2という積極的なフォーメーションで一貫して戦ってきました。チームの完成度は極めて高まっていると見てよく、日本としてはこのエースのリ・クムスクを封じつつ、中盤から波状的に繰り出されるであろう攻撃にどう対応していくのかがポイントとなります。

やはり前半から圧倒的に支配したのは北朝鮮でした。攻撃的MFの3人を中心としてショートパスがよく回り、怒涛のように日本サイドへ押し寄せてきます。そこに時折、厚く守る日本のMFとDFを間延びさせるべく、ロングボールも織り交ぜてきて揺さぶりをかけてくるのです。
しかし日本は冷静でした。この試合、日本の全選手の守備意識は最後まで非常に高く、まずは前線からのプレスを絶やしません。また、パスの受け手となった選手へすぐマークにつき、個人による突破や裏への放り込みにも数的優位を作って潰していきます。多角的な展開で迫られても、決してフリーの選手を生じさせず、崩れることがありませんでした。一丸となって守る日本になかなか自由とさせてもらえない北朝鮮は、ミドルシュートと放り込みに終始します。

ただ北朝鮮は、中央で崩せなくとも、強烈なサイドアタックという武器も持っています。左サイドバックのオム・ジョンランはパンチあるキック力で、右サイドバックのソン・ジョンスンは尽きることないスタミナによる突破力で、それぞれの特徴でもって攻撃参加をし、前方のMFとともに両翼から分厚く攻略ができます。徐々に北朝鮮は、このサイドを起点として仕掛けてくるようになってきました。
ただし、ここでも日本はそう簡単にこれを許しません。左は矢野と柳田が、右は安藤と宮間が、それぞれコンビネーションでもって突破口をふさぎ、抑えます。
日本は左右中央どの局面からでも粘り強く、序盤からその懸命さが画面を通して伝わってきました。

それでも、北朝鮮はチャンスを作ってくるのです。最前線のエース、リ・クムスクの存在感が尋常ではありませんでした。力強くてバランスを失うことがなく、突進力を見せ、ボールもよく捌き、好判断なサイドチェンジまで行ってしまいます。何より、敵陣内ならば中だけでなく、両サイドにも頻繁に顔を出すフリーランニングが豊富であるため、彼女自身へはもちろん、もう一人のFWキル・ソンフイへもボールが通せるようになることを容易にします。北朝鮮はこの2人にいったん預け、そこからまた後方および横へと散らすことでペースをつかんでいきます。
こうして得たペースにより、またリ・クムスク自体の勢いにも引っ張られ、1.5列目のMF3人とサイドバックがますます活性化。ここから、ついに決定的なラストプレーにまでこぎつけるようになったのです。

この数々のピンチが発生する事態になっても耐え忍んだのが日本の守備網です。
中央で奪い取られての独走による速攻にも、岩清水がナイスタックルで阻止。右サイドバックのソン・ジョンスンの絶妙なスルーパスが通った危機的状況にも、最終ラインの選手たちが咄嗟に反応して難を逃れます。初めて破られた右サイドでの深くえぐられる突破にも、ボランチの酒井が即座のカバーリングで対処しました。
圧巻だったのは前半37分の北朝鮮のコーナーキックのシーンです。この試合、日本はセットプレーにおける守備においても集中力が高く、個々のマーキングを怠っていませんでしたが、それすらかいくぐってきたのが例のリ・クムスクです。上がってきたボールに向かい、まわりこむような動きでマークを外しながら、ヘディングをジャストミートさせる驚異の身のこなしでした。とうとう、キーパー福元も反応できない枠内シュートになってしまったのですが、これにゴールライン上で立ちふさがり、かき出したのが柳田!ギリギリのところでクリアしてゴールを割らせませんでした。

結局、猛攻を浴び続けた前半に、日本は文字通りに体を張って守りきり、失点を許すことがありませんでした。

反撃時には、荒川がサイドでも中央でも、2人を背負いながらもキープする力強さで日本の唯一となる起点になりましたが、残念なことに北朝鮮の攻勢にさらされている中盤の支援には恵まれませんでした。
日本は前半でのシュート数が0本。後半こそはカウンターアタックの実現を期します。

■ 耐え忍んだ末にチャンスが生まれた後半戦
DF磯崎によるクリアミスという、この日一度だけ日本に出た守備の失態。そこからシュートされるというピンチで幕を開けた後半戦です。

引き続き、北朝鮮が全面的に攻撃をし、対抗する日本がしぶとくマークにつくという展開でしたが、日本はこれに加えてパスカットもできるようになってきます。宮間が敵陣でインターセプトし、そのまま自身で持って行ってシュート。澤も2度インターセプトを成功させては、いずれも大野へつなげています。ようやく日本もシュートが打てるようになってきました。
ですが総合力ある北朝鮮は、守備陣も攻撃陣に劣らず、高い身体能力と組織力を兼ね備えています。荒川のパワーにも屈しなければ、大野のスピードにもことごとくついていきます。そして最終ラインを高く保つ戦術で、日本の好機にはタイミングよく大野をオフサイドポジションへ置き去りにさせ、速攻からの独走を許しません。日本は次第に北朝鮮側へと寄せることが出来始めましたが、カウンターは決定的なものまでには至らず、また前線でのパスワークもうまくいかず、彼女たちを攻め崩すことはできませんでした。

ただし、このようなときに頼りとなるセットプレーから、日本は千載一遇の絶好機を迎えていました。
後半11分、日本のコーナーキックです。放たれたクロスボールは、前の2試合でいずれも先制点を決めているDF岩清水のもとに一直線へ。北朝鮮はこの試合のこの場面だけ、油断したのかマーキングにずれを生じさせてしまいます。すると、ゴールから至近距離のところでボールを受けた岩清水は、全くのフリー!そして岩清水、着実にゴール枠内の右隅にシュートを蹴りこみますが、何とゴールライン寸前のところでDFオム・ジョンランがブロック!私はこれに悲嘆のあまり、思わずテレビの前で声を上げてしまいました。
前半に日本が見せた、同じような間一髪での得点阻止を北朝鮮も見せ、このまたとないチャンスが逃れていってしまったのです。

アジアでも随一の支配力を誇る北朝鮮に、相変わらず中盤で食らいついて対抗しているのが日本のFWとMFです。衰えることなく、試合開始から繰り返し続けてきたプレッシングを、まるで反復練習を行っているかのように欠かしません。北朝鮮は追われながらパスコースを限定されるため、ダイレクトによるパス交換などがほとんどありません。こうなると身体能力で勝ることから、北朝鮮は、強引な個人による突撃やパワープレーが攻撃の主体になってきます。
ただ、そこから先に待ち構えている、ペナルティエリア内の日本のバックラインの集中力もまた衰えてはいません。常にマーキングを徹底させるのはもちろんのこと、的確な場面におけるタックルによる突入の妨害、キーパー福元の勇敢な飛び出しによる放り込みのクリアなど、執念のプレーぶりを見せ付けます。相互のカバーも着実で、ポジショニングも均等でバランスがよいものです。組織と精神力でもって、個々の実力で上回る相手を幾度も跳ね返し続けました。
こうした日本の気迫がついに実ったのか、いよいよ北朝鮮の中盤の前進力が失速し始めてきたのです。前半に比べて、目に見えてラストチャンスの数は減っていました。さらに追い討ちをかけるように、北朝鮮は運動量がなおも持続している右サイドバックのソン・ジョンスンを軸とした、右サイドからの侵攻でしか攻略パターンを見出せなくなってしまいます。多角方面からの攻撃が途絶え、一層日本にとっては守りやすくなることとなりました。

さあ、残るは最前線のリ・クムスクだけです。この試合、日本人の私たちからも尊敬することのできる存在であったこのリーダーは、いまだに日本陣内の奥で暴れまわっています。彼女だけはどうにか抑え込んでほしい。そんな私の願いが通じるように、日本の守備陣は、彼女自身による突破を2人がかりでもって制止し、いたるところに飛び出す動きにも流動的にマークを分担して決してフリーにさせないなど、決定的な仕事まではさせませんでした。
さらにリ・クムスクの障害として加わってきたのが、右サイドバックの安藤でした。この日、危機的状況になる寸前でのカバーリングが非常に素晴らしかった彼女が、対峙するサイドの攻撃の脅威が激減したことから、中にも絞れてくるようになったのです。当然、リ・クムスクに対してもその秀逸なカバーが度々待ち構えることになります。後半終了間際、ゴール間近でリ・クムスクへ得点となりそうなヘディングのチャンスが訪れた際にも、巧みな体の動きで割って入り、これを阻害したのが安藤でした。
このエースすらもどうにかして制し、とうとう日本のディフェンスは北朝鮮を相手にして、90分間無失点に抑えることを成し遂げたのです。

後はたった1点だけでもいいから欲しい、日本のオフェンス。上記の通り、北朝鮮の最後尾も日本のツートップを潰していて、日本は攻めの手がかりが見つかりません。
ところが後半も30分になってから、ここまでほとんど攻撃面では存在を消されていた荒川が、再び気強く蘇ってきます。前方のいたるところでパワフルな北朝鮮のプレスと頑強に抗争し、キープしては離さずに屈しません。またも日本は彼女を起点とすることができてきました。
さらに荒川は意外な一面を披露します。左サイドを単独で駆け上がると、ディフェンスしてくる北朝鮮の選手を一人、二人と、緩やかながらも巧妙な足捌きで見事に抜き去ってしまったのです。こうして左サイドで深く進攻することに成功し、久々に日本に大きなチャンスを単独でもたらした荒川。そして彼女は、中央からサポートのために突進してきた澤へラストパス・・・!しかし、荒川はこのパスを走ってきた澤の後方へと流れるものにしてしまい、澤は体を後ろ向きにさせざるを得なくなりました。ダイレクトシュートに備えていた澤は咄嗟に機転を利かせて、即座に大野へ託しましたが、結局はこの攻撃は失敗に終わってしまいました。突如として現れた、惜しい電撃的なカウンターでした。
この場面、確かに奥深いサイドから中央に折り返すというのは得点の黄金パターンなのですが、その中央の澤には利き足側に北朝鮮のマークがついていたことからも、荒川は角度が狭いながらも強引にシュートを打ってしまってもよかったのではないでしょうか。あの至近距離ならキーパーに防がれたとしても必ずやはじくであろうし、澤も大野も詰めていたわけで、そのこぼれ球から得点という可能性も十分にあったと思われるのです。

とにかく無得点ながらも、攻撃に結びつけることはできていた後半戦でした。粘り抜いて0-0。延長戦へともつれこんでいき、日本の死闘はまだまだ続くことになります。
北朝鮮は攻撃的な右MFをキム・ギョンファからキム・タンシルに代えて、さらに右サイドの攻勢ばかりを強めています。これに対応するように、日本は後半終了間際に、この試合は左ボランチとして用いた柳田を中岡と交代。中岡は守備で貢献する、ボランチが専門職のMFです。このサイドだけはまだ元気である北朝鮮の対処に追われ、自身の持つ正確無比なクロスを結局は披露できずじまいであった柳田(相当守備では踏ん張っていましたが)を退けて、ここを固める采配は正解だったと思います。一方の日本にとっての右、安藤と宮間を擁するサイドに、延長戦では攻撃を託します。

■ 日本の奮闘が続く延長戦
延長前半の北朝鮮の攻撃は、なおも右サイドが主ではありましたが、この15分間の主人公は、トップ下中央のリ・ウンギョンでした。キーパー福元のファインセーブが救いましたが、開幕から強烈なシュートで襲ってきます。その後もキープでタメを作ってゲームをコントロールしていき、よく流れに絡んでくる要注意の存在でした。
この時間帯だけ、ちょっと日本は集中力が落ちてしまったでしょうか。そのシュートを許したリ・ウンギョンへのマークも甘かったですし、相手のヘディングが弱くて助かったものの、ハイボールへの処置もタイミングが少しずれて競り負けます。直接フリーキックも与えてしまい、そこからゴール前で両者が密集する大混戦へと発展。何とか防ぎきったという印象でした。

日本の攻撃と言えば、荒川がまだまだ頑張っているところに加え、ついに狙っていた右サイドアタックが炸裂しました。北朝鮮側にとっては停滞中のこのサイドいおいて、右サイドバックの安藤がオーバーラップ。安藤はさすがと言える精度の高いクロスを放り入れ、ドンピシャリで澤の頭上に合わせます。澤がヘッドでワンクッションを入れて大野に渡すと、北朝鮮のマークは間に合っておらず、大野の周囲はゴール直前ながらフリー!そして大野が確実にこれを決めて、ついに日本が得点を奪取!!!!と、思われたのですが、判定は無情にも大野のオフサイドでノーゴールでした。
決して北朝鮮はこの場面でオフサイドを狙っていたわけではありませんが、確かにリプレイを見ると、大野はディフェンスラインからわずかに半歩ほど出ていました。残念で仕方がありません。大きなため息をついてしまいました・・・。
前半終了直前に、日本はその大野に代えて、切り札である国内リーグ得点王の若きFW永里を投入し、残り15分に臨みます。

延長後半は、延長前の後半戦の45分間と似たような展開が繰り広げられました。
北朝鮮は右サイド一辺倒。右サイドバックのソン・ジョンスンがクロスを続発させていきます。そして、あのエースのリ・クムスクが異常ともいえるスタミナで、起点となるべく左に右に中央にと出没して、獅子奮迅の勇猛さで自軍を一人でけん引していました。
日本で変化があったことは、宮間が目立つ好守を連発させたこと。そして北朝鮮側の右サイドを一度も深く侵入させずに、ソン・ジョンスンの放り込みを全てアーリークロスまでにとどめさせるという、左サイドの守備がより強化されていたことでした。それ以外は同様です。
全員のプレス、連動性、集中力。荒川はリ・クムスクに劣らない獅子奮迅の働きで、守備をこなすのはもちろんのこと、攻撃時には日本の貴重な拠点となり、こちらも感嘆するほどに体力が持続しています。安藤も、本来は攻撃的MFだとは感じさせない、流動的かつ、1対1にも負けない完璧な守備を続けました。
残念ながらスーパーサブの永里は不発に終わってしまいましたが、北朝鮮の名実に全くひるむことなく誇り高く戦い終えた日本は、実に120分もの間、このアジアの王者に負けることがありませんでした。

優勝の行方は、日本が死守の末につかんだ、PK戦へ委ねられます。

■ そして運命のPK戦・・・
こうなるともう、PKまで毎日練習してきた選手たちを信じ、天に祈るほかはありません。

この重大な場面で、たった一振りに限りないプレッシャーをかけられるキッカーたち。先攻は日本。その重要な1番手は、当然澤です。日本を代表する実力の持ち主で、どのような状況下においても決して動揺することのない選手です。澤ならば、確実に決めてくれることでしょう。だがしかし!やや右寄りに蹴った澤のシュートのコースは甘く、読みの当たったキーパーのジョン・ミョンフイにこれを防がれてしまいました。澤、まさかの失敗です。
精神的支柱となる彼女が外して悪い方向に連鎖したのか、キックが正確であるはずの続く安藤までもが失敗してしまいます。ほぼど真ん中へ蹴ってしまい、再びキーパーにはじかれました。

一方の北朝鮮は全員が右のコースに蹴りこんでいって、着実に成功させていきます。2-3とリードして、4番手を迎えた後攻の北朝鮮。成功すれば北朝鮮の勝利です。途中出場していたその4番手のFWジョン・ポクシムもまた右サイドにシュートを放ち、これが決まった瞬間、長い戦いに決着がつきました。

喜びを爆発させて走り回る北朝鮮の陣営とは対照的に、センターサークルには、全力を使い果たして肩を落としながら動くことのできない日本の選手たちがいました。
北朝鮮は優勝候補の名にふさわしい、この大会の連覇となる、見事な金メダル獲得。日本はあとわずかのところで初のアジア制覇に手が届かず、惜しくも準優勝が決定。しかしこれもまた、見事な銀メダル獲得でした。


「女子日本 × 女子北朝鮮 #2」に続きます。

U-21日本 × U-21韓国

2006年11月21日 | サッカー: 日本代表
日中韓サッカーU-21代表交流戦: 日本 1-1 韓国

U-21代表で、しかも交流戦というのに、民放で生中継がありましたね。1-1の引き分けでした。水野が主役の試合でしたね。

テストマッチということで、この3カ国対抗戦は簡潔に統括したいと思います。

中国と韓国という、この世代ではアジアの中でも能力が突出している国を相手に、計4試合を2勝2分けの無敗とした日本。しかしながら、どの試合においても、日本はどこか煮え切らないような感じの内容でありました。特に強敵韓国とのアウェー戦では、よくぞ引き分けられたというほどの劣勢でした。

融通さ、多様さが求められている現在のA代表の選手たちとは異なり、今このU-21に選出されているのは、何か一つ突出した武器を持っていて、それを最大の特徴としている選手が多いと思います。平山の高さであったり、苔口の俊足であったり、本田圭の強烈なキックであったり・・・。その種類は多彩で魅力的なのですが、いかんせんその武器を、各選手が半分も発揮できていないのが、スカッとした試合内容にならなかった原因の一つになっているような印象なのです。合宿や練習試合などで、ベストを見極めるために試され、流動的に移り変わる布陣。そしてオシム・反町両監督がA代表との連動をもたらすために、U-21代表にも要求することとなった「器用さ」。これらに対して、何とか自分を当てはめていこうとする選手たちの過剰な意識が、自身の特徴を出し切れない結果になってしまったのかも知れません。

ただ、例外もありました。MFの梶山は秀逸なキープ力と、ゲームコントロールでその能力を披露。光る存在でした。また、今日の右ウイングに入った水野の展開力は素晴らしく、1トップへと骨格を固めつつある日本のフォーメーションに可能性を感じさせる活躍でした。アシストまで決めて、日本を救いましたしね。
このように自分の持ち味を発揮する、これができる選手が増えていく度に、このチームは勢いを加速させ、目指している躍動感あるサッカーが出来ていくのではないでしょうか。まず個性ありきが、この代表にとって重要な要素の感じがします。

発足から間もないということもあり、まだ堂々と、これだ!というベストな布陣は見せることができていません。A代表にも選手された、不動の守護神であるGK西川が重症で離脱するという暗いニュースもありました。それでも大本命の五輪予選は、もう来年2月からと迫っています。今月末に日本が出陣するアジア大会でも、試行錯誤は続くでしょう。これを経て、相互の連携の具合を図りながら、前述の個性を輝かせることのできる編成を、何とかかたち作っていかなければなりません。課題は多いですが、北京五輪で躍進できるようになる土台を、しっかりと築いてほしいですね。

日本 × サウジアラビア

2006年11月18日 | サッカー: 日本代表
※この記事は、前回に掲載した「日本 × サウジアラビア」の追記です。

やはりNHKは再放送をしてくれて、晴れて後半も全ての内容を観ることができました!良かったです。
オシム監督に「今日の試合で一番良かったのは、次の試合のPKキッカーが誰でないかがわかったことです」と言わしめた、枠外に飛ばした闘莉王のPKも、今か今かと待ち望みながら、ようやく直接目にすることができました(笑)

3点目を取った後の日本は、確かにそれまでの素晴らしい戦いぶりからは、ワンランク落ちていましたね。サイドチェンジや裏へのパス、そしてラストパスの精度がガタッと落ちてしまい、ボールタッチも満足にいきません。また、驚異の持久力を持つ加地一人を除いては、全体的にペースが下がってしまい、攻勢に出るサウジアラビアのキープする場面が続くようになりました。

日本の右サイドでフリーの突破を許してしまい、あわやというシュートも打たれた守備陣に関してですが、被決定機はそれくらいのもので、闘莉王のポジショニングの良さが光るなど、結局は無難にこなせていたという印象です。むしろ日本が引き気味になる展開で、空き始めた中盤の空間に、MF陣のプレスが甘くなっていたことが問題でした。その一度の被決定機も、今日のサウジアラビアにとってキーマンであったスリマニが、フリーの体勢を許されるままに放ったスルーパスからのものです。彼を含めてマークにつききれていなかったことが、サウジの攻撃を持続させる要因となっていました。ディフェンスラインの前に、鈴木一人では、彼にとっても限界のある展開だったでしょう。もっと中村のポジションを明確に下げさせたり、三都主に代えては山岸ではなく、中盤の底にも据えることのできる長谷部であってもいいような局面でした。

しかしながら、この後半全体を含めても、総合的には新生日本代表の全7試合の中で、最も良かったゲームということに結果として変わりはなさそうです。

それにしても、あえてこちら側が心配してしまうのはサウジアラビアですね。すでに予選通過を決めてモチベーションが下がっていたのかも知れませんが、ボールを保持できていた状況からも、各選手の動き出しは非常に重く、危険度はまるで感じられませんでした。完敗も止む無しといったところです。
それでも格下相手には確実に圧勝してきたなど、一発を決めきる力は秘めているチームでしょう。本領を100%発揮してくるであろう本大会の本番で、仮に彼らと再び対戦することにもなれば、この日の快勝による油断は生じさせないように臨むべきです。

日本 × サウジアラビア

2006年11月16日 | サッカー: 日本代表
AFC アジアカップ 2007 予選: 日本 3-1 サウジアラビア

すでに両国は今予選通過を決めてましたが、お互いにこのアジア杯の覇者であり続けてきたプライドが懸かっており、負けるわけにはいきません。特に日本にとっては、9月のアウェー戦において、決定力不足などから攻めきれずに悔しい完封負けを喫していた相手です。リベンジを是が非でも果たしたいところです。日本はその前回の対戦とまるで同様に、鈴木をワンボランチとし、駒野と加地を両翼に据えて、三都主を中盤の前方に置くという、攻撃的な3-1-4-2を選択しました。明らかに点を取りに行く姿勢で臨みます。ツートップは巻と我那覇。欠場中のMF遠藤に代わって、今日も中村憲剛が出場します。

序盤はサウジアラビアのキャプテン、スリマニの働きに手を焼く日本でしたが、ここを鈴木、加地、阿部のトライアングルで封殺しながら機を待ちます。そして立て続けに訪れたコーナーキックの一つから、最終的に闘莉王が決める先制点を得ると、それをきっかけとして待望の、勢いある日本の時間帯が生まれました。

今日の前半の日本は、例の「走るサッカー」というテーマにおいては満点の内容でした。いざボールを保持すれば、2人以上が連動的にフリーランニングを敢行し、攻撃をフォローします。これらが再三に渡って繰り返され、この積極的な走り込みによりパスの出所は多彩となり、日本はスムーズな流れの動きが取れていました。この走力の前に、以降のサウジアラビアはただ沈黙することしかできません。そして思ったほどよりは実力も低いかのような印象で、サウジは動き出しも重く、カウンターもまるで繰り出せません。よって、あまり攻め込まれるシーンもなかったことから、今日の日本の守備陣の連携、および運動量についてはなかなかチェックできませんでしたが、少なくとも攻撃面における迫力は、オシムジャパン発足以降では鮮烈といっていい内容でした。

またツートップの下に4枚の選手を置くという布陣も、今日は当たりました。左からは駒野と三都主が、右からは加地と中村が効果的に駆け込んで、両サイドを制圧するという、全体的にサウジアラビアを押し込める展開を作ってくれていました。前述の連動性も、この両サイド間で交互に披露。一方がそのサイドで起点となれば、もう片方のサイド側が空いたスペースを見逃さずに突いていくという動きで、可能性を感じさせます。前半の25分には、右の加地のクロスから、フリーで存在していた左の駒野がシュートを撃つという、それを象徴するようなシーンも見られました。これらは結果として点には結びつきませんでしたが、今までのオシム日本には見られなかった良い意味でのチャレンジであったと思います。

そして、特に加地が顕著でしたが、サイドに張る選手たちは、自分が置かれたポジションにこだわることなく、果敢に中央へ切れ込むなど、本来のエリアでない場所へでも自在にプレーする姿勢が度々見受けられました。それは組織を無視したバラバラな動きということではなく、機を見て流動的に、空いた間を効率的に攻めるというものです。前半29分、左サイド側でDFを担当していた今野は、試合の流れもあって自陣の右側にいました。そこから加地との連携で大胆にオーバーラップするや否や、今度はルーズとなっていた中央へとドリブルで侵入する自由な動きを見せます。そこから放たれたロングクロスは、我那覇のヘディングゴールを誘いました。
これで2点差。日本は自分たちのペースの中で得点を重ねる、充実した時間帯を送ります。

前半31分に、ほとんどノーチャンスであったサウジアラビアに訪れたPKで、1点差とされてしまった日本。仮にこれで勝利したとしても、同じ勝ち点15で並び、このままでは当該対戦国間での結果が惜しくも劣ってしまうことから、もう1点取ってグループ1位の座を勝ち取りたいところです。
会心のサッカーを続ける日本、後半開始早々に、この試合圧倒してきたサイドの働きがついに実を結ぶというかたちで、やってくれました。
発端は、またも今野からのロングフィードからでした。これが駒野を左サイドでえぐらせるチャンスへとつながり、駒野は当然そこからクロスを流し込みます。そこで待っていたのは、またも決定機と見るや否や連動的に走り込み、いつの間にか中央にいたという神出鬼没の加地でした。加地はこれを、DFを十分に引き連れてスルー。流れてきたボールを、走り込んでいた我那覇が左足でゴールに突き刺し、日本は再び2点の差へと開くことに成功したのでした。

スタメンに抜擢されて見事2得点の我那覇。FWとして結果を出したのもさることながら、得点以外にも今日は前線において頼もしい存在感を発していました。巻と我那覇という起用でツインタワーを組んだ日本のツートップは、サイドに、時として中央に駆け巡るチームのポストプレー役として、目立たないながらも、軽快な日本の攻撃の、影の立役者として活躍していました。特に我那覇は懐が深く、抜群のキープ力を見せ、攻めの安定度の向上に貢献していました。紛れも無く今日の試合でMVP級の選手だったと言っていいでしょう。本人にとっても、代表FWとして自信をつけることのできた試合だったのではないでしょうか。

まだ観ていたい日本優勢のゲームでありましたが、ここで試合以外のところで、極めて異例となるハプニングが!この試合のハーフタイムあたりに、北海道のさらに北、千島列島あたりで大地震が起こったそうなのです。この影響により、北海道太平洋沿岸から静岡県に至るまでの広い広い範囲で、津波警報ならびに注意報が発令されました。これを受けて、NHKでは急遽、警戒情報に番組を切り替えるという事態。その後、試合中継がなされることはありませんでした。私、この日は事情もあって、衛星第一の放送を録画してから夜中に観たものですから、試合の実況を続けていたというTBSの方にチャンネルを換えることはできず、以降の試合は観られなくなってしまったのです。残念でした・・・。
当然、全ての内容を自分の目でチェックしたいものです。ぜひNHKは何とかして、この試合の再放送を検討してはくれないでしょうかね。

こうして後半の大半のゲームは観ることが出来ませんでしたが、その後の情報を拾い集める限り、日本は運動量が落ちてしまい(そりゃ、あれだけハイペースでしたからね・・・)、鈴木やディフェンスラインが不安定に陥ったとのことだったり、闘莉王がPKを豪快に外したりなど、前半に比べては精彩を欠いてしまっていたようですね。ここら辺りは、どうにかして後半戦の映像を入手して実際に確認したいところですが、90分を通して前半のような戦いが出来れば、というのが今回の課題のようですね。
それにしても、サウジアラビアが予想以上の低調であったことも加わって、今日の日本はとても良いパフォーマンスを見せてくれました。おそらく、オシム監督になってからは、一番の内容の試合であったのではないでしょうか。今年最後の代表戦として、上出来の内容で締めくくることができました。

今後の日本代表は、来年に強化合宿を経て、3月に行われる韓国との親善試合にて再始動をします。そして夏に開催される、就任したオシム監督にとって最大の目標であるアジアカップ。これの3連覇へ向けて、数試合の国際Aマッチも含めながら調整を図っていくことになります。今日の試合でオシム監督の目指すサッカーに、ある一定の成果を出すことが出来た日本。これに、次回からは召集されていくであろう、卓越した個人技を持つ海外組との融合も加わって、どのように進化していくことができるのかが注目となります。うまく躍進をして、ぜひともアジアNo.1の座を守ってほしいところですね。
晴れて予選A組を代表する、1位突破。嬉しい一日でした。