※この記事は「女子日本 × 女子北朝鮮 #6」からの続きです。
■ メキシコのサッカーの概要
そして肝心のプレーオフでの対戦国とは、北中米カリブ海で3位となったメキシコです。そのメキシコですが、日本は2003年に全く同じシチュエーションで、前回大会の予選のプレーオフにて対戦している相手なのです。4年越しの再戦となりました。あのときは日本が1勝1分けとして本大会進出を決めただけに、雪辱を果たすべくメキシコは並々ならぬ意気で臨んでくることも予想されるでしょう。
このメキシコについて調べ上げてみました。日本と同様に、あと3ヶ月の間でまた強化のために変貌を遂げてくるかも知れませんが、とりあえず現段階でのメキシコ代表というチームのまとめと、自分なりに考えてみた対策を記載したいと思います。
まずはメキシコの力量です。12月22日に発表されたFIFA女子ランキングにて22位までその地位を上げて、順調に成長していることが認められてはいますが、同10位の日本から見れば格下の相手であることに違いはありません。年々日本との実力差が着実に広がって遅れをとっている韓国よりも、もしかすると劣るかもわかりません。ただ、もちろんのこと油断は絶対に禁物です。敵は自分たちの内にこそあると心掛けるべきです。本来の力を発揮できなかった、アジアカップでの悔しさと反省点を必ずや忘れないようにしてもらいたいのです。もう二度とあのようなことは目にしたくありません。年末に逞しさを増した精神面をどうにか維持し、この最重要な大一番という重圧を見事にはねのけてみせてほしいと思っています。自分たちのサッカーを出せば、確実に勝つことができます。
メキシコは男子と同じく技巧派ぞろいで、俊敏性あるサッカーを持ち味としています。ショートカウンターからの素早い突破で、一瞬にしてシュートまで持ち込むことが得意です。通常の攻撃時には南米のような独特のリズムで迫ってきて、前線の選手たちの技術力と創造性で、数人による即興的な組み立ても行ってきます。アジアにはこのようなチームがなく、日本にとっては不慣れな、こうした攻撃への対処能力が未知数であることは一つの懸念材料です。
またそれだけでなく、メキシコの選手はほぼ全員が足元のボール捌きに秀逸であるという、個々の能力でもって主導権をたぐり寄せることができます。おそらく日本は、これには苦戦を強いられるでしょう。1対1の場面ではバランス感覚のよいキープ、さらには一瞬で抜き去られてしまう危険性などに悩まされることと思われます。
しかしながらメキシコは、日本の誇る組織力だけにはまるで歯が立たないことでしょう。即興的と言えば聞こえはいいのですが、核となるパターンを確立しておらず、個々の選手が自由奔放にバラバラに動いて攻め立てているのが実際のところです。守備面においてもカバーリングやプレッシングには積極的でなく、どうやら最終ラインにも規律だった動きはないとのことです。極端に分かれる、個人対組織の試合展開となりそうです。
その中で日本の目指す試合運びは明確に定めることができます。これまでどおりに、各局面で効率的に数的優位を作りながら個を潰していき、撹乱する活動に惑わされることのないよう集中力を高く保って、マークやカバーを完遂させることです。大体からそれ以前に、即興的な攻撃やショートカウンターを恐れるならば、着実にミスすることのないよう自分たちでつないでいって相手へ容易にボールを渡さないことです。両者の力関係を比較すれば、日本の培ってきたパスサッカーは存分に発揮できるはずだと言い切れます。圧倒的に中盤を支配して、そもそも相手に保持させないことで封殺できればベストです。
■ メキシコの具体的な攻撃と守備の内容
続いてはメキシコの具体的な陣容です。
まず一番に挙げなくてはならない選手が、メキシコ女子サッカーの英雄的ストライカーである、エースのFWマリベル・ドミンゲスです。素晴らしい得点感覚を持つ彼女のゴールは、国内では「マリ・ゴール」との愛称で呼ばれています。人気と実力と勇敢さを兼ね備える、メキシコの絶対的な主将です。FIFAの横やりがあって出場は実現しませんでしたが、「男子の」メキシコ2部リーグのクラブと契約を結ぶという前代未聞の話題を提供するほどに高い能力を有します。現在はスペインのFCバルセロナの女子部門に所属(デビュー戦でハットトリック)。アテネ五輪でも自身のゴールでチームをベスト8に導いていて、何よりも前回のプレーオフで日本は彼女に失点を喫しています。紛れもなく最も注意すべき選手です。
このドミンゲスをサポートし、長く彼女のパートナーとメキシコの背番号10を任されているのが、FWイリス・モラです。メキシコの中では身長157cmと小柄な体格ですが(日本の平均身長は161cm)、卓越したスキルでフィニッシュを演出してくる、あなどれないテクニシャンタイプの選手です。前への勢いのあるドミンゲスとは非常に相性が良く、こちらも十分に警戒せねばならない存在です。彼女も前回の日本とのプレーオフに出場していて、第1戦で1ゴール。日本に敗れた悔しさも味わっていて、大きな闘争心を静かに胸に秘めています。
他で特筆すべきなのは、主に左のアウトサイドの前方に配される、期待の新星MFモニカ・オカンポでしょう。永里や阪口と同年代の19歳で、若手ながら代表で台頭してきました。武器は左足から繰り出される正確なキック。さらにはスピードの速い突破力も持っていて、メキシコの重要なチャンスメイカーとしてその才能を発揮しています。19歳ながらすでにPKのキッカーを担当するなど、将来のメキシコの支柱として期待されている人材です。年内最後の試合となった北中米カリブ海3位決定戦では2ゴールを挙げていて、チームの勝利に大きく貢献しています。
彼女たちが主軸として前線に据えられることになります。ドミンゲスを最前列のトップに置き、彼女を中心としてそのやや後方から3人の攻撃的選手が襲いかかる、4-4-2とも4-2-3-1ともとれる布陣が最新のメキシコです。ただ、この基本形は実にあやふやで、特に中盤と前線は前述したとおりに皆が奔放に動くものだから、試合中でも相当流動的に変化していきます。この流動的に動いていく6人全員がスキルフルで素晴らしいドリブル突破力を持っており、それを駆使したかなり速い攻めを先のゴールドカップ(北中米カリブ海予選)では見せています。グループリーグでは2試合で17得点。得点力こそが脅威です。同じような積極性ある北朝鮮を見事に完封した日本ですが、北朝鮮は整然とされた陣形を保っていたわけで、まるでそのタイプは異なることに注意せねばなりません。マーキングの難度は必然的に高くなります。マークの確認や受け渡しはしっかりしてほしいところです。
DFの4人も北朝鮮とは異なり、サイドバックが上がってくるようなことはありません。全員が守備担当でガッチリと構えてふさぎます。攻守の役割分担ははっきりと分かれていると言っていいでしょう。
そのメキシコの攻撃への守備対策なのですが、最近のゴールドカップでの準決勝で、メキシコが完封負けをした試合からヒントを得ることができるでしょう。相手は歴然とした実力の差があるアメリカではありましたが、アメリカがこのメキシコのシュート数をわずか5本に抑えた要因を探ります。
この試合のメキシコの攻撃時に目立ったのが、多数のサイドアタックの失敗です。1対1からの突破力に優れるメキシコは、その状況を作りやすい手薄なサイドを狙うことが多いのですが、アメリカはここをサイドバックとMFで数的優位を築いてとことん潰していきました。またメキシコは、パスではなくドリブルが攻撃の割合のほとんどを占めていたために、アメリカは自陣のペナルティエリア内以外の選手などは放っておいて、ボールの保持者への徹底的なプレッシャーが効果的でした。複数の選手で囲んで次々に阻止、あるいは奪取してしまっていたのです。
メキシコがもしこのような展開をプレーオフでも見せてくるのならば、日本としては有利です。サイドを含めた各エリアごとでの個人へのプレスの敢行、ならびに即座に数的優位を作る守備は日本の得意としているところです。相手の流動的な攻撃の中で恐いのが、動きながら巧みにパスをつながれてしまうことです。守備時にマークやプレスがつききれずに、1対1、あるいは数的不利までに持ってこられたら、身体能力で劣る日本としては防ぎきることができません。ですがドリブル主体の流動性ならば問題はないでしょう。自分たちの担当エリアで対応相手が毎回変わろうとも、目の前の一個人だけを確実に囲んで潰していけばいいだけのことだからです。
加えてメキシコは日本と同様、ミドルシュートが弱いのです。ドリブルやキープにはプレスで制限をかけ続けて危険なエリアへと突破させず、最前線への供給を許さなければ、外側からの攻撃力と打開力に乏しいメキシコは決め手に欠いてどん詰まりになっていくことと思われます。
一方のメキシコの守備の方はどうなのでしょうか。メキシコのMF陣はボランチまで含めて、さほど守備意識や守備能力に長けるわけではありません。4人のDF陣が最後方で持ち場を離れずに自陣を固めるのが特徴的なのです。ただしこの4バックは純粋なラインディフェンスを敷いていたわけではありません。3人のセンターバックの後方に1人スイーパーを余らせるという、一風変わった中央を頑強に堅くするという守り方を通してきました。
これにも変化がないならば、日本にとっては非常に好都合なことです。現在の日本の攻撃における最大の武器はサイドアタックであるためです。ポッカリと空いた敵陣のサイドで、フリーな体勢から秀逸なクロスを上げ続けることができるのならば、いくら中央に密集しているとは言え、いつかはメキシコのDF陣は揺さぶられるはずです。日本は左右にMFを置くダイヤモンド型の中盤にして、アジア大会でも炸裂させた強力なサイドアタックを立て続けに狙っていくべきだと思います。
■ 対メキシコに期待する戦い方
ここからは以上のことを全てふまえて、お互いが現時点での陣容や戦術を踏襲して対戦する場合の、私が日本に期待する戦い方を勝手に意見させていただきます。
まずは今回もいつもどおりに、積極的にディフェンスラインを上げていくことです。メキシコはスピードはありますが、放り込みからの裏への飛び出しはあまり狙いません。プレスをより効果的にするためにも、コンパクトさは保ってほしいところです。
センターバックの岩清水(あるいは下小鶴)は徹底的なマンマークで、メキシコのエースのドミンゲスを抑えきってほしいと思います。パートナーの磯崎もカバーを心掛けて、物理的にも精神的にもメキシコを牽引するこの主将だけは躍動させないことです。
イリス・モラにも目を離してはいけません。ボランチの酒井が中心となって、彼女の自由も奪っていくべきです。これに成功して彼女とドミンゲスとの間の連係をぶった切れば、メキシコの中央攻撃の7割方は沈黙させることができるでしょう。
そしてオカンポが左サイドに位置するのであれば、それに対峙する右サイドバックの安藤の出来は、試合を左右する重大な要素となり得るでしょう。両者ともが攻撃の切り札的なスペシャリストであるために、ここの攻防戦が直接的に試合の流れに影響してくる可能性が高いからです。ぜひ安藤は急成長した巧い寄せ方での守備でオカンポを制し、それだけでなく機を見てサイドアタックにも参加して、このゾーンを征服してもらいたいと強く願います。
攻撃時における最重要のキープレイヤーは、左MF柳田になると予想されます。サイドからの攻撃をどんどん狙っていきたい日本としては、彼女の正確無比なクロスは欠かせません。両サイドから攻め立てるのがベストではありますが、仮にオカンポなどを封じきれずに右サイドが停滞するならば、この重要なサイドアタックは左の柳田の双肩にかかることになります。ぜひ柳田には前向きな姿勢を絶やさないでほしいと申し上げたいのです。
FW荒川も欠かせないと思います。中央で2人も3人も集まるメキシコの守備陣の中で、彼女たちの圧力に負けることなく耐え切れるのは荒川だけです。キープやポストプレーなどで最前線の起点となり、敵を引き寄せてサイドをがら空きにさせる存在となることに期待します。
ツートップで荒川のパートナーとなるのは、果たして永里か大野か。永里の一瞬の得点力は確かに魅力的ではありますが、やはり私は大野の方を推します。彼女の活発な動きによって相手を乱すことが荒川をより活かしていきますし、だんご状態のメキシコ守備網を拡散させてラストパスやクロスが通しやすくなることにもつながっていくからです。
最後に今一度申し上げますが、日本は全体のパスワークでもってメキシコに容易に渡さないことです。試合を支配し続けることこそが最大の防御となっていきます。そして日本は、プレスがさほど厳しくはないメキシコが相手ならば必ずやこれができるはずです。ぜひ組織でもってメキシコの個人個人を翻弄していってもらいたいと思っています。
■ ぜひ今回も大観衆で後押ししたいホーム戦
その他で試合の展開に関わってきそうな要素も挙げてみましょう。
もう一つメキシコというチームの中で特徴的なのが、平均年齢が22歳前後と実に「若い」ことです。メキシコ国民という気質も関係があるのかどうかはわかりませんが、とにかく彼女たちは若さゆえに非常に感情的なのです。高揚すると止まらない勢いを見せますが、いざ悪い方向へ意識が流れてしまうと感情を爆発させてしまったり、意気消沈してしまったり、集中力が途端に切れたりします。精神的な波が大変に荒いのです。よって、日本側としては落ち着いて粘り強さと支配力を淡々と見せていけば、メキシコは次第に焦れていって精神力が持続せずにプレーが雑になっていくことと思われます。
ただ、ここで気がかりなのが、前回でも記載したように日本が「スロースターター」であることです。どうしたことか最近の日本は前半戦が調子よくありません。アメリカは試合の前半からメキシコに対してシュートを連発して、メキシコの精神を早々にくじいたのが反撃を衰えさせる要因になったとの指摘もされています。そこまでは行かなくとも、日本は序盤からまたもうまくいかずにメキシコを調子付かせるのだけは避けたいところです。ましてや点を取られて、さらに火をつけるなどは最悪のケースです。終始安定したパフォーマンスを発揮することが、いよいよ求められる試合となるでしょう。
プレーオフはホームアンドアウェーで2試合行われます。4年前も同じメキシコと2試合のプレーオフを戦いました。その時の経験はぜひ今回にも活かしたいところです。
第1戦は日本のホームで、3月10日に国立競技場で開催されることになりました。前回もこの国立でホーム戦が行われたのですが、そこでは当時の女子サッカー界としては極めて異例となる12,000人以上もの大観衆が詰め掛けたのです。この試合で完勝した日本の選手たちは、口々に「あの大声援に応えたかった」と、多数の観客が発奮材料となって勝利の大きな原動力の一つになっていたことを言い表していました。ぜひ今回も応援してくださる方々が、大勢スタジアムへと駆けつけてほしいと私は心から願っているのです。声援は、確実に彼女たちを後押しします。都内に住む私も当然、時間さえ都合がつけば足を運んで大声の一つでも上げてきたいと思っています。
運命の第2戦は3月17日。日本はメキシコに乗り込みます。メキシコは前回ホーム戦で、わざわざ標高の高いスタジアムを選び、入場料を無料にして7万人もの観客を動員させるという作戦に出ました。この異様な雰囲気の中で戦わされたのもさることながら、日本の選手たちは慣れない高地という環境下で、試合前に体調不良者が続発して苦戦する原因となったのです。今回もまた過酷な旅を強いられるであろうこのアウェーの試合で、日本はコンディションの維持が何よりも最優先となってくるでしょう。各選手が入念に体調管理へ気を配るのはもちろんのこと、移動や食事、調整などが滞ることなく適宜に行われ、選手たちへの負担を少しでも減らすことにスタッフの方々が尽力されることを願うばかりです。
■ 笑顔で帰国してきてほしい「なでしこジャパン」
日本は2月に、東地中海の島国であるキプロスへの遠征を行うことが決まりました。その合宿中では、FIFAランク3位のノルウェー、同4位のスウェーデンという、強豪との対戦も行われる予定です。試合中では厳しい重圧感にさらされることは間違いなく、これまでの課題がどれほど克服できたのかを試すのには絶好の機会となるでしょう。
そしてこの遠征が、おそらくプレーオフ前の最後の強化合宿になります。これまで築き上げてきたものをベースとして、必要に応じて細部にまで修正をほどこし、ぜひ満足のいく最終準備期間にしてほしいと思っています。
女子サッカーでは皆が純真な懸命さを見せてくれます。残念ながら最近の男子サッカーからはなかなか見受けられないことで、ある意味新鮮さを感じさせてくれます。女子日本代表に至っては特に懸命にならざるを得ないことは前述してきたとおりです。日本の女子選手の身体能力は確かに乏しく、迫力にも欠けてはいるでしょう。しかし彼女たちの全員が、一途にひたむきに自身の役割を全うし、苦しくとも音をあげることなく取り組んでいる様は、十分に観る価値があると思います。例えばごく最近では、表題のアジア大会決勝・日本対北朝鮮戦です。私のブログの記事からでも何でもいいですから事情や背景をよく理解した上で、機会があればあの試合はぜひ一度120分通して観てほしいのです。きっと印象深く残るものが伝わってくると思います。そのような彼女たちの姿勢を目にして、私を含めて心を動かされてしまう人が少なくないのでしょう。だからこそ一般の方々からは、「よく知らないけれども何だか応援をしたくなってしまう」存在として温かい声援を送られる、爽やかな人気を博しているのだと思います。
私はこの懸命さを見せ続けてくれる限り、これからも日本女子サッカー界の行く末は大いに応援していきたいと思っています。まずはその未来を大きく動かすことになる、目の前に迫る大一番のこのプレーオフです。新生女子日本代表の集大成を存分にぶつけてほしいですね。そうすれば、勝てます。笑顔でメキシコから帰ってきてくれることを、今から心の底から祈っています。
がんばれ!「なでしこジャパン」
■ メキシコのサッカーの概要
そして肝心のプレーオフでの対戦国とは、北中米カリブ海で3位となったメキシコです。そのメキシコですが、日本は2003年に全く同じシチュエーションで、前回大会の予選のプレーオフにて対戦している相手なのです。4年越しの再戦となりました。あのときは日本が1勝1分けとして本大会進出を決めただけに、雪辱を果たすべくメキシコは並々ならぬ意気で臨んでくることも予想されるでしょう。
このメキシコについて調べ上げてみました。日本と同様に、あと3ヶ月の間でまた強化のために変貌を遂げてくるかも知れませんが、とりあえず現段階でのメキシコ代表というチームのまとめと、自分なりに考えてみた対策を記載したいと思います。
まずはメキシコの力量です。12月22日に発表されたFIFA女子ランキングにて22位までその地位を上げて、順調に成長していることが認められてはいますが、同10位の日本から見れば格下の相手であることに違いはありません。年々日本との実力差が着実に広がって遅れをとっている韓国よりも、もしかすると劣るかもわかりません。ただ、もちろんのこと油断は絶対に禁物です。敵は自分たちの内にこそあると心掛けるべきです。本来の力を発揮できなかった、アジアカップでの悔しさと反省点を必ずや忘れないようにしてもらいたいのです。もう二度とあのようなことは目にしたくありません。年末に逞しさを増した精神面をどうにか維持し、この最重要な大一番という重圧を見事にはねのけてみせてほしいと思っています。自分たちのサッカーを出せば、確実に勝つことができます。
メキシコは男子と同じく技巧派ぞろいで、俊敏性あるサッカーを持ち味としています。ショートカウンターからの素早い突破で、一瞬にしてシュートまで持ち込むことが得意です。通常の攻撃時には南米のような独特のリズムで迫ってきて、前線の選手たちの技術力と創造性で、数人による即興的な組み立ても行ってきます。アジアにはこのようなチームがなく、日本にとっては不慣れな、こうした攻撃への対処能力が未知数であることは一つの懸念材料です。
またそれだけでなく、メキシコの選手はほぼ全員が足元のボール捌きに秀逸であるという、個々の能力でもって主導権をたぐり寄せることができます。おそらく日本は、これには苦戦を強いられるでしょう。1対1の場面ではバランス感覚のよいキープ、さらには一瞬で抜き去られてしまう危険性などに悩まされることと思われます。
しかしながらメキシコは、日本の誇る組織力だけにはまるで歯が立たないことでしょう。即興的と言えば聞こえはいいのですが、核となるパターンを確立しておらず、個々の選手が自由奔放にバラバラに動いて攻め立てているのが実際のところです。守備面においてもカバーリングやプレッシングには積極的でなく、どうやら最終ラインにも規律だった動きはないとのことです。極端に分かれる、個人対組織の試合展開となりそうです。
その中で日本の目指す試合運びは明確に定めることができます。これまでどおりに、各局面で効率的に数的優位を作りながら個を潰していき、撹乱する活動に惑わされることのないよう集中力を高く保って、マークやカバーを完遂させることです。大体からそれ以前に、即興的な攻撃やショートカウンターを恐れるならば、着実にミスすることのないよう自分たちでつないでいって相手へ容易にボールを渡さないことです。両者の力関係を比較すれば、日本の培ってきたパスサッカーは存分に発揮できるはずだと言い切れます。圧倒的に中盤を支配して、そもそも相手に保持させないことで封殺できればベストです。
■ メキシコの具体的な攻撃と守備の内容
続いてはメキシコの具体的な陣容です。
まず一番に挙げなくてはならない選手が、メキシコ女子サッカーの英雄的ストライカーである、エースのFWマリベル・ドミンゲスです。素晴らしい得点感覚を持つ彼女のゴールは、国内では「マリ・ゴール」との愛称で呼ばれています。人気と実力と勇敢さを兼ね備える、メキシコの絶対的な主将です。FIFAの横やりがあって出場は実現しませんでしたが、「男子の」メキシコ2部リーグのクラブと契約を結ぶという前代未聞の話題を提供するほどに高い能力を有します。現在はスペインのFCバルセロナの女子部門に所属(デビュー戦でハットトリック)。アテネ五輪でも自身のゴールでチームをベスト8に導いていて、何よりも前回のプレーオフで日本は彼女に失点を喫しています。紛れもなく最も注意すべき選手です。
このドミンゲスをサポートし、長く彼女のパートナーとメキシコの背番号10を任されているのが、FWイリス・モラです。メキシコの中では身長157cmと小柄な体格ですが(日本の平均身長は161cm)、卓越したスキルでフィニッシュを演出してくる、あなどれないテクニシャンタイプの選手です。前への勢いのあるドミンゲスとは非常に相性が良く、こちらも十分に警戒せねばならない存在です。彼女も前回の日本とのプレーオフに出場していて、第1戦で1ゴール。日本に敗れた悔しさも味わっていて、大きな闘争心を静かに胸に秘めています。
他で特筆すべきなのは、主に左のアウトサイドの前方に配される、期待の新星MFモニカ・オカンポでしょう。永里や阪口と同年代の19歳で、若手ながら代表で台頭してきました。武器は左足から繰り出される正確なキック。さらにはスピードの速い突破力も持っていて、メキシコの重要なチャンスメイカーとしてその才能を発揮しています。19歳ながらすでにPKのキッカーを担当するなど、将来のメキシコの支柱として期待されている人材です。年内最後の試合となった北中米カリブ海3位決定戦では2ゴールを挙げていて、チームの勝利に大きく貢献しています。
彼女たちが主軸として前線に据えられることになります。ドミンゲスを最前列のトップに置き、彼女を中心としてそのやや後方から3人の攻撃的選手が襲いかかる、4-4-2とも4-2-3-1ともとれる布陣が最新のメキシコです。ただ、この基本形は実にあやふやで、特に中盤と前線は前述したとおりに皆が奔放に動くものだから、試合中でも相当流動的に変化していきます。この流動的に動いていく6人全員がスキルフルで素晴らしいドリブル突破力を持っており、それを駆使したかなり速い攻めを先のゴールドカップ(北中米カリブ海予選)では見せています。グループリーグでは2試合で17得点。得点力こそが脅威です。同じような積極性ある北朝鮮を見事に完封した日本ですが、北朝鮮は整然とされた陣形を保っていたわけで、まるでそのタイプは異なることに注意せねばなりません。マーキングの難度は必然的に高くなります。マークの確認や受け渡しはしっかりしてほしいところです。
DFの4人も北朝鮮とは異なり、サイドバックが上がってくるようなことはありません。全員が守備担当でガッチリと構えてふさぎます。攻守の役割分担ははっきりと分かれていると言っていいでしょう。
そのメキシコの攻撃への守備対策なのですが、最近のゴールドカップでの準決勝で、メキシコが完封負けをした試合からヒントを得ることができるでしょう。相手は歴然とした実力の差があるアメリカではありましたが、アメリカがこのメキシコのシュート数をわずか5本に抑えた要因を探ります。
この試合のメキシコの攻撃時に目立ったのが、多数のサイドアタックの失敗です。1対1からの突破力に優れるメキシコは、その状況を作りやすい手薄なサイドを狙うことが多いのですが、アメリカはここをサイドバックとMFで数的優位を築いてとことん潰していきました。またメキシコは、パスではなくドリブルが攻撃の割合のほとんどを占めていたために、アメリカは自陣のペナルティエリア内以外の選手などは放っておいて、ボールの保持者への徹底的なプレッシャーが効果的でした。複数の選手で囲んで次々に阻止、あるいは奪取してしまっていたのです。
メキシコがもしこのような展開をプレーオフでも見せてくるのならば、日本としては有利です。サイドを含めた各エリアごとでの個人へのプレスの敢行、ならびに即座に数的優位を作る守備は日本の得意としているところです。相手の流動的な攻撃の中で恐いのが、動きながら巧みにパスをつながれてしまうことです。守備時にマークやプレスがつききれずに、1対1、あるいは数的不利までに持ってこられたら、身体能力で劣る日本としては防ぎきることができません。ですがドリブル主体の流動性ならば問題はないでしょう。自分たちの担当エリアで対応相手が毎回変わろうとも、目の前の一個人だけを確実に囲んで潰していけばいいだけのことだからです。
加えてメキシコは日本と同様、ミドルシュートが弱いのです。ドリブルやキープにはプレスで制限をかけ続けて危険なエリアへと突破させず、最前線への供給を許さなければ、外側からの攻撃力と打開力に乏しいメキシコは決め手に欠いてどん詰まりになっていくことと思われます。
一方のメキシコの守備の方はどうなのでしょうか。メキシコのMF陣はボランチまで含めて、さほど守備意識や守備能力に長けるわけではありません。4人のDF陣が最後方で持ち場を離れずに自陣を固めるのが特徴的なのです。ただしこの4バックは純粋なラインディフェンスを敷いていたわけではありません。3人のセンターバックの後方に1人スイーパーを余らせるという、一風変わった中央を頑強に堅くするという守り方を通してきました。
これにも変化がないならば、日本にとっては非常に好都合なことです。現在の日本の攻撃における最大の武器はサイドアタックであるためです。ポッカリと空いた敵陣のサイドで、フリーな体勢から秀逸なクロスを上げ続けることができるのならば、いくら中央に密集しているとは言え、いつかはメキシコのDF陣は揺さぶられるはずです。日本は左右にMFを置くダイヤモンド型の中盤にして、アジア大会でも炸裂させた強力なサイドアタックを立て続けに狙っていくべきだと思います。
■ 対メキシコに期待する戦い方
ここからは以上のことを全てふまえて、お互いが現時点での陣容や戦術を踏襲して対戦する場合の、私が日本に期待する戦い方を勝手に意見させていただきます。
まずは今回もいつもどおりに、積極的にディフェンスラインを上げていくことです。メキシコはスピードはありますが、放り込みからの裏への飛び出しはあまり狙いません。プレスをより効果的にするためにも、コンパクトさは保ってほしいところです。
センターバックの岩清水(あるいは下小鶴)は徹底的なマンマークで、メキシコのエースのドミンゲスを抑えきってほしいと思います。パートナーの磯崎もカバーを心掛けて、物理的にも精神的にもメキシコを牽引するこの主将だけは躍動させないことです。
イリス・モラにも目を離してはいけません。ボランチの酒井が中心となって、彼女の自由も奪っていくべきです。これに成功して彼女とドミンゲスとの間の連係をぶった切れば、メキシコの中央攻撃の7割方は沈黙させることができるでしょう。
そしてオカンポが左サイドに位置するのであれば、それに対峙する右サイドバックの安藤の出来は、試合を左右する重大な要素となり得るでしょう。両者ともが攻撃の切り札的なスペシャリストであるために、ここの攻防戦が直接的に試合の流れに影響してくる可能性が高いからです。ぜひ安藤は急成長した巧い寄せ方での守備でオカンポを制し、それだけでなく機を見てサイドアタックにも参加して、このゾーンを征服してもらいたいと強く願います。
攻撃時における最重要のキープレイヤーは、左MF柳田になると予想されます。サイドからの攻撃をどんどん狙っていきたい日本としては、彼女の正確無比なクロスは欠かせません。両サイドから攻め立てるのがベストではありますが、仮にオカンポなどを封じきれずに右サイドが停滞するならば、この重要なサイドアタックは左の柳田の双肩にかかることになります。ぜひ柳田には前向きな姿勢を絶やさないでほしいと申し上げたいのです。
FW荒川も欠かせないと思います。中央で2人も3人も集まるメキシコの守備陣の中で、彼女たちの圧力に負けることなく耐え切れるのは荒川だけです。キープやポストプレーなどで最前線の起点となり、敵を引き寄せてサイドをがら空きにさせる存在となることに期待します。
ツートップで荒川のパートナーとなるのは、果たして永里か大野か。永里の一瞬の得点力は確かに魅力的ではありますが、やはり私は大野の方を推します。彼女の活発な動きによって相手を乱すことが荒川をより活かしていきますし、だんご状態のメキシコ守備網を拡散させてラストパスやクロスが通しやすくなることにもつながっていくからです。
最後に今一度申し上げますが、日本は全体のパスワークでもってメキシコに容易に渡さないことです。試合を支配し続けることこそが最大の防御となっていきます。そして日本は、プレスがさほど厳しくはないメキシコが相手ならば必ずやこれができるはずです。ぜひ組織でもってメキシコの個人個人を翻弄していってもらいたいと思っています。
■ ぜひ今回も大観衆で後押ししたいホーム戦
その他で試合の展開に関わってきそうな要素も挙げてみましょう。
もう一つメキシコというチームの中で特徴的なのが、平均年齢が22歳前後と実に「若い」ことです。メキシコ国民という気質も関係があるのかどうかはわかりませんが、とにかく彼女たちは若さゆえに非常に感情的なのです。高揚すると止まらない勢いを見せますが、いざ悪い方向へ意識が流れてしまうと感情を爆発させてしまったり、意気消沈してしまったり、集中力が途端に切れたりします。精神的な波が大変に荒いのです。よって、日本側としては落ち着いて粘り強さと支配力を淡々と見せていけば、メキシコは次第に焦れていって精神力が持続せずにプレーが雑になっていくことと思われます。
ただ、ここで気がかりなのが、前回でも記載したように日本が「スロースターター」であることです。どうしたことか最近の日本は前半戦が調子よくありません。アメリカは試合の前半からメキシコに対してシュートを連発して、メキシコの精神を早々にくじいたのが反撃を衰えさせる要因になったとの指摘もされています。そこまでは行かなくとも、日本は序盤からまたもうまくいかずにメキシコを調子付かせるのだけは避けたいところです。ましてや点を取られて、さらに火をつけるなどは最悪のケースです。終始安定したパフォーマンスを発揮することが、いよいよ求められる試合となるでしょう。
プレーオフはホームアンドアウェーで2試合行われます。4年前も同じメキシコと2試合のプレーオフを戦いました。その時の経験はぜひ今回にも活かしたいところです。
第1戦は日本のホームで、3月10日に国立競技場で開催されることになりました。前回もこの国立でホーム戦が行われたのですが、そこでは当時の女子サッカー界としては極めて異例となる12,000人以上もの大観衆が詰め掛けたのです。この試合で完勝した日本の選手たちは、口々に「あの大声援に応えたかった」と、多数の観客が発奮材料となって勝利の大きな原動力の一つになっていたことを言い表していました。ぜひ今回も応援してくださる方々が、大勢スタジアムへと駆けつけてほしいと私は心から願っているのです。声援は、確実に彼女たちを後押しします。都内に住む私も当然、時間さえ都合がつけば足を運んで大声の一つでも上げてきたいと思っています。
運命の第2戦は3月17日。日本はメキシコに乗り込みます。メキシコは前回ホーム戦で、わざわざ標高の高いスタジアムを選び、入場料を無料にして7万人もの観客を動員させるという作戦に出ました。この異様な雰囲気の中で戦わされたのもさることながら、日本の選手たちは慣れない高地という環境下で、試合前に体調不良者が続発して苦戦する原因となったのです。今回もまた過酷な旅を強いられるであろうこのアウェーの試合で、日本はコンディションの維持が何よりも最優先となってくるでしょう。各選手が入念に体調管理へ気を配るのはもちろんのこと、移動や食事、調整などが滞ることなく適宜に行われ、選手たちへの負担を少しでも減らすことにスタッフの方々が尽力されることを願うばかりです。
■ 笑顔で帰国してきてほしい「なでしこジャパン」
日本は2月に、東地中海の島国であるキプロスへの遠征を行うことが決まりました。その合宿中では、FIFAランク3位のノルウェー、同4位のスウェーデンという、強豪との対戦も行われる予定です。試合中では厳しい重圧感にさらされることは間違いなく、これまでの課題がどれほど克服できたのかを試すのには絶好の機会となるでしょう。
そしてこの遠征が、おそらくプレーオフ前の最後の強化合宿になります。これまで築き上げてきたものをベースとして、必要に応じて細部にまで修正をほどこし、ぜひ満足のいく最終準備期間にしてほしいと思っています。
女子サッカーでは皆が純真な懸命さを見せてくれます。残念ながら最近の男子サッカーからはなかなか見受けられないことで、ある意味新鮮さを感じさせてくれます。女子日本代表に至っては特に懸命にならざるを得ないことは前述してきたとおりです。日本の女子選手の身体能力は確かに乏しく、迫力にも欠けてはいるでしょう。しかし彼女たちの全員が、一途にひたむきに自身の役割を全うし、苦しくとも音をあげることなく取り組んでいる様は、十分に観る価値があると思います。例えばごく最近では、表題のアジア大会決勝・日本対北朝鮮戦です。私のブログの記事からでも何でもいいですから事情や背景をよく理解した上で、機会があればあの試合はぜひ一度120分通して観てほしいのです。きっと印象深く残るものが伝わってくると思います。そのような彼女たちの姿勢を目にして、私を含めて心を動かされてしまう人が少なくないのでしょう。だからこそ一般の方々からは、「よく知らないけれども何だか応援をしたくなってしまう」存在として温かい声援を送られる、爽やかな人気を博しているのだと思います。
私はこの懸命さを見せ続けてくれる限り、これからも日本女子サッカー界の行く末は大いに応援していきたいと思っています。まずはその未来を大きく動かすことになる、目の前に迫る大一番のこのプレーオフです。新生女子日本代表の集大成を存分にぶつけてほしいですね。そうすれば、勝てます。笑顔でメキシコから帰ってきてくれることを、今から心の底から祈っています。
がんばれ!「なでしこジャパン」