時事解説「ディストピア」

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イギリスのEU離脱、何が問題なのか

2016-06-28 00:18:42 | 欧米
普段は政治に興味がなさそうな人たちまでイギリスのEU離脱について話をしている。
今回の国民投票の結果が、それだけ世界的な関心を引いているということなのだろう。


ところが、イギリスがEUから離脱して何が問題になるのかというい点については、
これといった説明がされていないように感じる。

どちらかと言えば、世界中で経済が悪化するぞという声ばかりが喧伝されていて、
実際にはどうなのか、何が問題なのかという点については丁寧に語られてはいない。


そういうなかで、次の人民網の記事は比較的、状況をよく説明してくれている良記事だと感じた。



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まずはっきりさせておかなければならないのは、いわゆる「英国のEU離脱」とは、
もちろん「地理的」な離脱ではなく、「政治的」な意味合いでEUと袂を分かつことを意味している。


経済のグローバル化という背景のもと、英国がEUを離脱してしまうと、
それによって生じるバタフライ効果(極めて仔細なことが諸々の変化を誘発して大きな変化をもたらすこと)は、
疑いもなく世界金融市場に大きな衝撃をもたらす
ことが予想される。


~中略~



中国がまず衝撃を受けるのは、人民元相場だろう。

世界の主要国際金融センターであるロンドンは、
人民元にとってアジア以外の最重要取引市場のひとつとなっており、
人民元の国際化戦略を進める上での重要な鍵を握っている。



人民元の国際化は、中国が以前から掲げている努力目標である。
人民元の国際化によって、
中国が人民元建て債券を発行し、外貨への依存から抜け出すことが可能となり、
さらには世界金融に対する影響力を備えた本当の金融大国となることが可能だ。

英国のEU離脱が決定すれば、
ロンドンがこれからも人民元の国際化のための重要拠点であり続けるどうかは、きわめて疑わしい。


盤古シンクタンク・マクロ経済研究センターの張明シニア・アナリストは、
「長期的な視点で見た場合、英金融業が直面する衝撃は、人民元の国際化プロセスにも影響を及ぼすであろう。
 欧州統一大市場において、欧州で最も重要な人民元オフショアセンターである
 ロンドンの地位が凋落することは、人民元オフショア市場の発展のマイナス要因となるだろう」
との見方を示した。

英国のEU離脱が決まれば、英ポンドとユーロが下がり、
さらには市場のリスク・アペタイト(リスク許容度)がダメージを受け、
ドル高を推し進めることになり、対ドル人民元レートは大きな圧力にさらされることになる。

http://j.people.com.cn/n3/2016/0623/c94476-9076526.html

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つまり、イギリスの通貨の価値が下がることをはじめとした、
金融不安を世界的に引き起こす危険性があるという意味で重大な事件だと言える。



では、なぜイギリス国民の半数が離脱を希望するようになったかというと、
EU経済の低下の影響をイギリスがモロに受けているから
に他ならない。


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中国人民大学財政金融学院の趙錫軍副院長の説明によると、
「英国国内では多くの人が、
 EUは英国の発展にいささかのメリットももたらさなかっただけでなく、
 英国の権利を制限し、英国経済に(マイナスの)影響を与えたと考えている」という。


英国のEU離脱派は、EUは米国、中国、インドなどの重要エコノミーと自由貿易関係を樹立しておらず、
英国とこうした国々との貿易が影響を受けている。


EU経済の長期的な低迷が英国・EU間貿易の発展にとてマイナスになっており、
英国は新たな貿易市場を開拓する必要に迫られている
、との見方を示す。


さらに離脱派は、EU離脱による資本の流出はないとしている。

これについて、中国人民大学重陽金融研究院マクロ研究部の賈晋京部長は、
「最終的な結果がEU離脱なら、最も重要な集中的打撃は際金融市場の
 短期的な動揺の中に出現することになり、最も大きな影響を受けるのはEUだ。
 だが長期的には英国にそれほど大きな影響は与えない」
との見方を示す。

また賈部長は、
「英国経済は、一種のポンド経済と呼べるもので、
 これまでに蓄積してきた金融ネットワークと関わりがある。
 英国は現在、EUに加盟するが、ユーロ圏のメンバーではない。
 さらにEU離脱はEUとの決裂を意味しない。

 英国がEUにとどまろうととどまるまいと、
 国際金融市場における英国の地位にはそれほど影響を与えず、
 マクロ的な影響も外部で考えられているほど大きくはない。

 最近、ポンドが国民投票の影響で急激に上下しているが、
 次の一手が決まれば、影響は徐々に薄れていくだろう」と述べた。

http://j.people.com.cn/n3/2016/0623/c94476-9076089.html
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EUの基本的な考えは「人とモノの自由な移動」であり、
それは現在でも論議の最中であるTPPに通じるものがある。


当然、このシステムは他国がもたらしたマイナス要素を自国が背負うことを意味し、
ウクライナやトルコのような途上国が参加を目指す場合はともかくとして、
世界第5位の経済大国であるイギリスにとっては負担もまた馬鹿にならなかったのである。

(同様の理由で、アメリカでもTPPに反対する声が労働者を中心として多く存在する)



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新しい調査によって、
360万人のイギリス市民が、
慢性的な貧困に陥っていることが明らかになりました。


プレスTVの報告によりますと、16日月曜、イギリスの国家統計局により報告書が公表されて、
近年3人に少なくとも一人のイギリス人が、貧困生活を経験したと報告されています。

この報告書ではまた、イギリスの貧困は近年収入の減少に関連しているとされています。

更に同国の貧困率は、2013年の15、9%から2014年には16、8%に増加しています。


http://parstoday.com/ja/news/world-i8554
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もっとも、これはEUに加盟したばかりに起きた事態だとは一概には言えない。
あわせて次の記事も読んでみよう。



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新たな調査の結果、イギリスで子供の貧困が拡大していることがわかっています。

プレスTVによりますと、イギリス・ロンドンの調査機関フィスカル・スタディーズは、
時間の経過とともに、イギリスにおける子供の貧困率が上昇していると発表しました。

フィスカル・スタディーズはまた、
イギリスの政府の支援金の削減と増税は、子供の貧困が拡大している主な要因だとしました。


この報告によりますと、イギリス政府の5人以上の家族に対する支援金の削減と増税により、
このような家族は、最大限の打撃を受けており、
貧困ライン以下の生活を送る子供の数が増えている
ということです。

フィスカル・スタディーズは、貧困層の子供の数は、
2020年から2021年までに、260万人に達すると予想しました。


およそ2ヶ月前にも、イギリスのキャメロン首相は、イギリス社会における貧困を認め、
これに関する措置は行われているが、貧困問題は深刻で、これまでに解決できていないとしました。

イギリス労働党の調査の結果から、6万9千世帯が貧困層となっており、
これは2008年以来最悪の数字だということが明らかになっています。


http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/62753-
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このようにイギリス政府の福祉を削減し税を増やすという
新自由主義的な政策が経済の低迷と貧困問題の悪化をもたらした。



加えて、アメリカやフランスといった他国も含めた離脱派の多くが極端な国家主義者であり、
移民に対する差別的発言を堂々と行っている点も見逃せない。



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ジョンソン氏は、
移民の増大によって、英国人の生活に数々の不安がもたらされると煽り、
離脱のデメリットを強調する政府や経済界のやり方を「プロジェクトフィアー(恐怖作戦)」だと猛批判した。


その過激な発言によって、ジョンソン氏は、
「髪型がまだましなドナルド・トランプ」と、残留派のメディアから揶揄されるようになった。


だが、ジョンソン氏は、ただのポピュリストではない。
筆者はかつて学生とともに、ジョンソン氏がロンドン市長として実施していた
アプレンティスシップ・プログラム(徒弟制度をモデルにした職人養成制度)などの
雇用・職業訓練政策を視察に行ったことがある(第43回)。


前述の通り、規制緩和・構造改革への理解もあり、優れた実務家の側面を持っている。
また、「結果良ければすべてよし」という現実主義者でもある
(JBpress「髪の毛ボサボサの人気者が書いたチャーチル論」)。


EU離脱への支持は、ただ首相になりたいだけの後先考えない行動ではないだろう。
ジョンソン氏なりの勝算があるはずと考えるべきだ。


http://diamond.jp/articles/print/93364
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上の記事で重要なのは離脱派が、
景気の低迷の原因が欧米に蔓延する過剰な自由主義にある点を認めながらも、
自由主義の原則自体には肯定的で、規制緩和・構造改革などの生存権を脅かす政策に同意していることだろう。



実際、日本を例にしても90年代以降の新自由主義の導入に伴って、
人やモノレベルの規制緩和により、雇用の不安定化と極端な物価の低下あるいは上昇によって
生活に苦しみを感じる人間が増大した。最近のアベノミクスはその典型的な例である。

(自民党の支持者ですら、その成功は否定している。
 そのくせ自民党に票を入れようとするのだから、なんともいえず滑稽なのだが)



社会に対する不安や生活の悪化自体は右も左も感じていることで、
両者を区別するのは、その原因が何かということに他ならない。




一般的に左翼は生活悪化の原因を政府の大企業優先政策に見出す。
これに対して、右は異民族や他国が自国を害していると解釈している。



彼らの言い分によれば、移民を排除し、他国より政治的軍事的に優位なポジションに立つことで
新自由主義は極めてうまく機能するということになるらしいが、実際にはそんな保証はどこにもない。


そればかりか、おそらく世界で最も政治的軍事的経済的に独立している国家であろうアメリカを見ると、
国内における経済格差と飢餓、貧困率の高さは世界トップクラスであり、むしろ害にすらなり得る。


今回のEU離脱も短期的には大きな経済的混迷をもたらすことは必至と考える人間も少なくなく、
それゆえに、スコットランドなどの国内植民地とも言える地域の政府はイングランドの決定に反対している。


今回の事件を通して思うのは、
かつては左翼が貧困に苦しむ人間の支持を受けて政府に立ち向かっていたのだが、
冷戦が表面的には終結し、左翼が次々と自己批判に走り、結果、右翼と大差ないレベルに成り下がったために、
その役目を極端な国家主義者に譲らざるをえない状況になりつつある
ということだ。


イギリスの労働党やフランスの社会党は、
もはや左翼政党とは言えない左右混合政党になってしまっているし、
日本にしたところで、最大の野党は民進党であり、共産党や社民党ではない。


こういう右も左も大差なく、かつ左らしい左が主流の左翼と右翼によって駆逐されている中、
新たな勢力として浮上してきたのが、極端な国家主義を持つナショナリスト達なのだと思う。


彼らが気にしているのはシステムではなくプレイヤーであり、
本来なら上手に機能するはずのシステムを旧権力が独占していることで
台無しにしているという怒りを前面に押し出している。


もちろん、その根底には人種や民族に対する差別勘定があるわけだから、
金権政治に反対しながらも、その解決を移民やマイノリティの排除で達成できると勘違いしている。


橋下徹の大阪府政はその典型で、市役所の公務員や地方の政治家を悪役に仕立てる一方で、
非常に新自由主義な政策を強行し、結果、さらなる赤字と貧困をもたらしてしまった。

ところが、彼らの弁によれば、在日コリアンや生活保護者を主としたマイノリティが消えない限り、
成功は実現できないわけだから、反省するどころかさらに苛烈な差別政策をとることになる。


そういう政治が最も強力に出現した過去の事例がナチス・ドイツであることは言うまでもない。



私自身はTPPに反対する立場から、イギリスのEU離脱自体にはそれほど強く反対はしていない。
だが、今回の決定に関して言えば、これは生活が良くなるどころか、むしろ前よりも一層悪くなると考える。
(離脱派は経済政策を誰が行うかを気にしているのであり、経済政策そのものを疑ってはいないため)


長らく世界史の教科書では、全体主義の例としてドイツとソ連を挙げてきた。
それは暗にイギリスやフランス、アメリカは民主主義国家であり、
ヒトラーやスターリンが納めている国とは質的に違うと強調させる効果を生んだ。


実際には、全体主義国家は資本主義国家から発生する。
世界のほとんどが資本主義国家であることを思えば、今後、EUや日本において
この手のウルトラ・ナショナリズムが強大な力を得て政治を動かす日はそう遠くはない。


私たちが真に危惧すべきなのは、そのような他人にノーと言わせない、
政治的経済的に国民を総動員させる社会が到来するかもしれないということなのだ。




・追記

総じていえば、今回のイギリスの国民投票は

新自由主義VS反・新自由主義ではなく、
新自由主義VS新自由主義とでも言うべき対決構図だったのではないだろうか?


「何を」改めるべきかではなく、「誰を」改めるべきか。
 新自由主義を否定するのではなく、その不徹底を否定しているのではないだろうか?


ということを感じてしまった次第である。



「英国のEU離脱派は、EUは米国、中国、インドなどの
 重要エコノミーと自由貿易関係を樹立しておらず、英国とこうした国々との貿易が影響を受けている。」

「EU経済の長期的な低迷が英国・EU間貿易の発展にとてマイナスになっており、
 英国は新たな貿易市場を開拓する必要に迫られている」


これを素直に受け止めれば、自由主義(すなわち資本主義・市場主義)そのものの批判ではなく、
むしろ、それを妨害するものとして、EUが狙い撃ちされたような気がする。


EUから離脱することでイギリスが
シリアやイエメン、アフガンへの干渉をやめるかと言えば、それはないだろう。
この点を考えても、離脱派が言うほど立派な存在かと言えば、それはとても怪しく思えてくる。



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