時事解説「ディストピア」

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封印される蟹工船

2014-05-23 00:15:43 | 反共左翼
前記事で、わずか1年のみ勤務した和田英の日記の内容を強調し、
その後の女工哀史に代表される製糸工場における女性労働者の
搾取労働を隠ぺいするのはいかがなものかと提言しました。

その際、現にこういう隠ぺい主義史観のせいで、
女工哀史=虚偽の歴史というイメージが巷で流布されており、
それは大日本帝国時代の経済発展について学ぶのを妨げているし、
あまつさえ小林多喜二の『蟹工船』まで否定する動きまで出たとも書きました。


私は、この手の日本が好きすぎて都合の悪い事実を隠ぺいする動きを
激しく嫌悪しているのですが、どうも先の蟹工船については種本があるようです。
著者である宇佐美昇三氏は元NHKの社員で、その後教授を勤めていたのだそうな。

http://www.gaifu.co.jp/books/ISBN978-4-7736-3705-2.html


発刊した出版社のブログで書評が掲載されているので、
それを読めばより内容がわかるはず。

http://gaifusha.blogspot.jp/2013/07/blog-post_26.html


評者によれば、「中立」らしいのですが、はなはだ疑問です。
試しに紹介文を読んでみましょう。

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蟹工船は地獄船だったのか!? 

世界初の工船蟹漁業は大正期日本の帆船上で誕生し、
効率的な漁獲・製造方法を生み出して日本の輸出を支えた。

敗戦後占領期を経て輸出を再開した蟹缶詰は
その後20年間にわたって外貨獲得の主要品目だった
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この紹介文からも、日本凶徒お得意の
「我が国の~業は世界でもトップレベルの~」という
面白みのないお国自慢の内容しか想像できません。


日本の発展の陰で大勢の人間が犠牲になっていることを訴えたのが
『蟹工船』なのですから、宇佐美氏の著書は、
多喜二の意図を大きく裏切る内容ではないかと危惧しますし、何よりも
こういう本は、水産業界の負の歴史を隠ぺいする以外に役に立つものでもないでしょう。



この本の問題点は、現代の自動車業界を考えれば、すぐにわかると思います。


2009年の大不況の際、自動車業界が即座に大量解雇を行い、
多くの人間が寒空の下、放り出されることになりました。

この愚行を行ったトヨタなどは、以前から
奴隷的な労働を強いていることが指摘されていました。

その最も有名なルポが鎌田慧氏の『自動車絶望工場』でしょう。
同書は、トヨタの労働者を使い捨てにする経営の実態を
季節工として勤務していた著者が暴露したものであり、
戦後日本のノンフィクションとして古典的な作品です。


トヨタは近年も、ベトナムや中国からの研修生に対して
過酷な労働を強制したことが批判されています。
(詳しくは『トヨタの足元で』を参照のこと)


日本に限ったことではありませんが、国家の経済発展は、
その裏で泣いている人がいるから成り立つということを
知るべきだと私は思います。犠牲無くして発展はない。


さて、この自動車業界の歴史を宇佐美氏のように書くとこうなるでしょう。

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トヨタは絶望工場だったのか!? 

世界初のジャスト・イン・タイムを採用したトヨタ生産方式は
昭和期日本の工場で誕生し、効率的な自動車生産を生み出して日本の輸出を支えた。

敗戦後占領期を経て輸出を再開した自動車は
その後約70年間にわたって外貨獲得の主要品目である

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実際には、トヨタでは過労死や労災も多々発生しており、
それを訴える手段が基本的にはない(労組が御用組合)、
なによりもトヨタが大企業であるため、同社からの
広告料をあてにするたいていの出版社が批判をためらい、
告発がタブー視されているという有様なのですが、
宇佐美方式の史観では、この点が軽視されてしまいます。


事実、宇佐美氏の著書では、
「航海法は適用されない工船説は誤り」という章がありますが、
これなどは蟹工船の過酷な労働をごまかす典型的なペテンです。


実際には乗組員は「臨時乗客」として扱われており、
乗客だから工場法が適用されず、臨時だから航海法も適用されない
という工員でもなく乗客でもないという法的に保護されない立場で
働いていました。これを否定するというのは、暴挙だと思います。


『蟹工船』という作品そのものへ対するイメージの低下と、
日本の水産業界の負の歴史を隠匿し美化するという点において。


http://ameblo.jp/genten-nippon/entry-11589980786.html

実際に、彼の本を参考に、右翼の中には『蟹工船』という
作品そのものを否定する動きも出てきています。


あまり他人のブログを晒すのは好まないのですが、
この保守の方などはその典型的な例と言えるでしょう。


日本の右傾化に貢献しているという実態に対して
宇佐美氏はどうお考えなのでしょうか?



この本を凱風社という左翼系出版が出版したのがポイントです。
実は、最近の日本の左翼の中には
小林多喜二の作品を否定したがる動きが見られます。


北海道に住んでおきながらアイヌ史もやらずに、
代わりにアイヌに対する共産党の政策を酷評している今西一氏も、
『蟹工船』を一応評価しながら、「同作品はアイヌ人などのマイノリティ
が描かれていない」と批判しています。要するに、共産党が嫌いな連中が
共産党の党員であった作家の作品すら坊主憎けりゃなんとやらで
否定しているといった有様です(ロシア文学にも通じる現象である)。


そういう行為が結果的に大日本帝国の歴史の美化に努めているのですが、
それに気付かずに安倍政権の軍拡政策や歴史歪曲に対して
「けしからん!」「ゆるせぬ!」と文句を言っているのが現状です。


まるでテロリストに武器を売っておきながら、
いざ事件が起きると「テロは犯罪だ!」と糾弾しているかのよう



宇佐美氏の歴史の描き方は、最近、流行している
「すべての日本兵が残虐ではなかった!」という全体を無視して
一部の美談を拡大して描くあのやり方とそっくりです。


これは、
蟹工船の歴史は日本の帝国主義の歴史と表裏一体だった
と主張する井本三夫氏の著作
『蟹工船から見た日本近代史』と対極的なとらえ方だと言えるでしょう。


日本の戦争を批判的に考える割には、、
日本社会の歴史を美化する人間が相当いるのは問題だ
と私は思います。



なぜなら、日本社会の発展は、その裏側の搾取、
国内外の弱者へ対する差別と抑圧のもと成り立っているのですから。
(一応、言っておくと、それは近代社会の発展でもある。
 日本だけでなく、アメリカやイギリスでもまた同様です)


この種のステルス右翼史観を左翼系の出版社が売っているというのが
今の出版事情であり、そういう密かに敵を応援する行為が
社会的にどれだけの損害を与えるかは言うまでもありません。