免許を取ったのは1975年8月だった。行動範囲がうんと広がったのを覚えている。
金沢にいた時は、冬になると毎週のようにスキー場に通った。金沢市内からスキー場まで車で1時間ほどだから、仕事が終わった後ナイターに出かけることもあった。スキー三昧の日々で1シーズン50日ほど滑った年もある。取得した1級バッジは教員になってから大いに役立った。
1982年に大阪に出てきたあといったん車を手放したが、泉北ニュータウンに引っ越してからはまた車が必需品になった。
車との思い出は子育ての思い出でもある。新車を買って秋吉台まで家族(&犬二匹)でキャンプに行ったことがある。車がほとんど走っていない島根県の高速道路を気持ちよく走行していたら、
「前の車止まりなさい」
生まれて初めてスピード違反で捕まった。思い出にパトカーと記念写真を撮らせていただいた。
2007年、都心のマンションに引っ越したのを機に車を手放した。維持費がかかりすぎる。駐車場を借りるだけで月2万7000円もする。タクシーを使ったほうがよほど安上がりだ。といいつつ、いざタクシーに乗ろうとすると「もったいないオバケ」が出るのだが(笑)。
この16年間、車がなくて困ったことは一度もない。高齢者の事故のニュースも気になる。それで74歳になるのを機に、免許証を返納することにした。
娘に免許証を返納してくる旨伝えたら、「お父さん、これまでいろんなところに連れて行ってくれてありがとう」と言ってくれた。ずいぶん成長したものだ。もはや身分証明書代わりにしか使わない運転免許証だが、いざ手放してみるとやはりちょっぴり寂しくもある。