図書館屋の雑記帳

自分のこと、図書館のこと、図書館関係団体のこと、本や雑誌など図書館の資料について気の向くまま書いていきたいと思います。

『沖で待つ』

2006-03-26 | 本の紹介
 芥川賞受賞の『沖で待つ』を読んだ。
 淡々と一人称で語られる物語は、背景が最小限に切り取られ、登場人物も限られる。
 冒頭、死んだ「太ちゃん」との会話から始まり、最後も「太ちゃん」との会話で終わる。その間同期入社の語り手及川と太ちゃんの仕事を含む日常生活が淡く流れていく。
 山場は、お互い先に死んだら生きている側が私用パソコンのHDDを壊す約束をし、それが太ちゃんの死によってすぐ現実化してしまうところ。
 及川は約束を守り単身赴任の太ちゃんのマンションに忍び込み悪戦苦闘してパソコンのHDDを壊す。
 
 同書の帯には「すべての働くひとに-」というコピーが入ってるが、行間に漂う恋愛ではない連帯感情を指すのか。
 それとも、太ちゃんの小学生並みの詩が最も見せたくないHDDの中身だったことに脱力しつつ、会社世界にどんどん馴染んでいく及川の生きていく思いの漂いを指すのか。

 この本にはもうひとつ「勤労感謝の日」という物語が収められている。ここでも、36歳無職女性のお見合いの様子と、それをぶち壊して後輩と乾杯する姿が一人称で語られている。こちらは一人で立ち寄った飲み屋のトイレで生理が始まったことに気がつく主人公の姿で終わる。今お見合いをぶち壊してきたのに、体は生物の機能を淡々と働かせている矛盾。

 絲山秋子は、生と死の狭間にたゆたう人間の危うさと、人間の存在が次第に薄くなっていく社会を、淡い文体の奥のその奥に埋め込んだのかもしれない。
 
沖で待つ 沖で待つ
絲山 秋子

文藝春秋 2006-02-23
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