今回は日野駅から多摩川方向へ進みながら
日野煉瓦が今も残っている場所を尋ねて行きます
日野煉瓦は甲武鉄道の建設に供給することを主な目的として創業されたとのこと。
支配人、土淵英・つちぶちはなぶさ(八坂神社初代宮司)をはじめとした実兄、義父の三人の同属会社であった。
明治20年~23年、英が亡くなるまでの二年半の間に
50万個の煉瓦を製造したということです。
日野煉瓦会社は、英が亡くなると廃業、
その後八王子煉瓦工場が設立されて行きました
日野駅至近の場所
日野用水架橋 線路下の堰の壁に煉瓦が使われていました


清流を見て公園を横切り、線路横の道を多摩川へ向かいます



到着です



日野煉瓦は時代を超えて今も中央線の上り線を支えています
白く塗られた脚橋 (左)




橋の遥か向こうは奥多摩連山

真ん中あたりの脚橋は煉瓦の色が見られます


これから中央線で多摩川を渡るときなど
日野煉瓦にかかわった日野人と日野煉瓦の事を
思い浮かべることだと思います





この川と山の風景はのちの建造物を除けば、当時から変わることのなかったものですね

飯綱大権現
お堂の土台に日野煉瓦が使われているということでしたが
改修の後が見られ、回りに煉瓦を取り壊したようなものが
散乱しており、この土台の煉瓦が昔の物なのかはよく分かりませんでした



右背後に見えるものはJR日野駅のホームです



以上が今回訪ねた日野煉瓦の残っている場所です
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今朝は家から閉め出されてしまいました
朝、ゴミ出しをしたまま裏庭を一回りして家に入ろうとすると
玄関ドアにカギがかけられていて開きません
私が庭にいる間に主人が出かけてしまったのです。
仕方なく長男家に走り主人に電話をして帰ってもらおうと思ったのですが
こちらも奥方は留守で応答なし~~
こんなこともあるのかと思いつつ主人の事務所へ
朝の貴重な数十分が無駄になってしまいました
主人は私が裏から出ていると思って出掛けたという事でした
声はかけたよ、と言われても~私は難聴ですもの。。。
姿を見て声掛けしてもらわなくちゃ!!








