日野宿を歩いていると、この建物のところに説明板がありました

画像、屋根が切れてしまっていますが、蔵だそうです
東京都の指定歴史的建造物と記されています 建築年 江戸末期~明治初期

文字が薄くて読みずらいかと思いますので転記します
< 渡邊家の屋号は「中村屋」。旧甲州街道沿いにある味噌、醤油、酒を取り扱う
万屋(よろずや)の店蔵として使われていた。
当初は木造軸組2階建ての土蔵だったが、関東大震災の影響を受け土壁にひび割れが
生じ、昭和5年に大谷石による張石蔵へ改修し、あわせて下屋部分をコンクリート
製のバルコニー形に変えている。また、昭和7年の甲州街道の拡張に際して
曳家工法により、現在の位置に移転している。
日野宿の文化を物語る貴重な建物である。>


(昭和の初期頃の日野では米倉としても大谷石が使われていたそうです)

問屋場・高札場跡と彫られた石碑があります
問屋場は人馬継立などの宿場業務を執る役所のこと
高札場は幕府の法度や掟等を掲示する場所のこと
をいうそうです

↓

移設前
そして
気になっている煉瓦にも会えました

刻印はOSAKA、日野煉瓦ではないようです~

日野煉瓦工場は創立者の死亡により約二年半ほどで閉めることになり、
その後できた長沼の工場が→横浜→大阪 へと会社と名が変っていった、そこの煉瓦だと思います
煉瓦工場の歴史など全く知らないことでした

この後、街道から少し入った 普門寺さんへ言ってみます
計画的に歩いていないため、行くたびに場所が飛び飛びになったりしますが
なるべく道順を考えて載せようと思います
次回へ
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今日の庭の花










