小梨平の梓川の土堤が音楽祭の舞台です。
花の写真など撮っていて、かなり遅れて明神から戻ったので、
小梨平へ着いた時は、すっかり座も埋まっている状態でした。
確かコスモスやひまわりの花がお好き?だった宗幸さんに、
上高地のわすれなぐさをお届けしたいですネ~。


青葉城恋歌をはじめとして、お馴染みの歌が続きます♪
“ふるさとの山”などが、私は好きです!!

後半が始まるほんの一時雨がぱらつきましたが、
すぐ止み、再会です。
28年前、宗さんがドラマ『2年B組仙八先生』に出演された時の
生徒さんの、三田寛子さんとあとお一人が、今朝、
東京を発って駆けつけられたとのことで、舞台に立たれました。
三月に宗さんの還暦のお祝いが生徒さんたちによって
ひらかれたそうで、そのお話もされました。
生徒で今活躍されている方がたは他に
しぶがき隊と呼ばれたお三方がいらっしゃいます。
すばらしい師弟関係、いいですね~。
後半は山の歌が盛りだくさんでした!!
キスゲに寄す、岳人の歌、穂高よさらば・・・・
地域の山岳会の会合の時などに必ずみんなで歌った
“穂高よさらば”は
ほんとに懐かしい歌でした。

素晴らしい歌声が穂高の山々にも深く深く沁み入った事でしょう。
ありがとうございました
さとう宗幸さん!

ありがとう!穂高!

係りのみなさまもお疲れさまでした。

米1、 詳しくは 五千尺ホテルさんのHPをご覧になってみて下さい。
米2、 “キスゲに寄す”の作詞は、コロボックルの手塚宗求さんで、
不思議な縁だと思います。(峠のこと 参照)
米3、 子供が小さい時、ずいぶん宗幸さんのコンサートに
引き連れて行ったものです。(有無を言わせず・・・)
“青葉城恋歌”、ちょっと歌えそうでしょ?でも意外にむずかしいのですよ~。
しかし、家の長男、親の私が言うのもおこがましいですが、
“青葉城恋歌”をうたわせたら天下一、もう絶賛!!上手いです!
ハイ!・・・子自慢でした。
花の写真など撮っていて、かなり遅れて明神から戻ったので、
小梨平へ着いた時は、すっかり座も埋まっている状態でした。
確かコスモスやひまわりの花がお好き?だった宗幸さんに、
上高地のわすれなぐさをお届けしたいですネ~。


青葉城恋歌をはじめとして、お馴染みの歌が続きます♪
“ふるさとの山”などが、私は好きです!!

後半が始まるほんの一時雨がぱらつきましたが、
すぐ止み、再会です。
28年前、宗さんがドラマ『2年B組仙八先生』に出演された時の
生徒さんの、三田寛子さんとあとお一人が、今朝、
東京を発って駆けつけられたとのことで、舞台に立たれました。
三月に宗さんの還暦のお祝いが生徒さんたちによって
ひらかれたそうで、そのお話もされました。
生徒で今活躍されている方がたは他に
しぶがき隊と呼ばれたお三方がいらっしゃいます。
すばらしい師弟関係、いいですね~。
後半は山の歌が盛りだくさんでした!!
キスゲに寄す、岳人の歌、穂高よさらば・・・・
地域の山岳会の会合の時などに必ずみんなで歌った
“穂高よさらば”は
ほんとに懐かしい歌でした。

素晴らしい歌声が穂高の山々にも深く深く沁み入った事でしょう。
ありがとうございました
さとう宗幸さん!
ありがとう!穂高!

係りのみなさまもお疲れさまでした。

米1、 詳しくは 五千尺ホテルさんのHPをご覧になってみて下さい。
米2、 “キスゲに寄す”の作詞は、コロボックルの手塚宗求さんで、
不思議な縁だと思います。(峠のこと 参照)
米3、 子供が小さい時、ずいぶん宗幸さんのコンサートに
引き連れて行ったものです。(有無を言わせず・・・)
“青葉城恋歌”、ちょっと歌えそうでしょ?でも意外にむずかしいのですよ~。
しかし、家の長男、親の私が言うのもおこがましいですが、
“青葉城恋歌”をうたわせたら天下一、もう絶賛!!上手いです!
ハイ!・・・子自慢でした。
林の中へ分け入って行くひとすじの道・・・・・・。
明神から徳沢方面へわずか10分ほど行った所。
四十年も昔の事ですが、幾度も通った徳本峠への道です。
、


道の左の山の斜面にはシャクナゲが花時を迎えていて、
ピンクの濃淡にたくさん咲いていました。

小屋主、小松さんの人柄に魅かれて通った峠。荷上げや小屋での
おさんどんなど、思い出がいっぱい!!
夜は炬燵を囲みながらの酒盛り。小松さんの語りに耳を澄ませ,
夜が更けるまでみんなで歌ったりもしました。
まさか小松さんが、あんなに早くに亡くなられるとは思いもせずに、
私は東京の人間になっていました。
また、今回、信じられない事実を知り、言葉を失いましたが、
それは、別の折に書こうと思います。
明神の川原から見た峠方面。

家に戻って、私は一冊の本を書棚より取り出し、再読しました。
『邂逅の山』、著者は霧ケ峰コロボックルヒュッテの手塚宗求さん。
その本の終わり近く“夜の断章”に、小松さんとの事が書かれてあるので・・・。
明神から徳沢方面へわずか10分ほど行った所。
四十年も昔の事ですが、幾度も通った徳本峠への道です。
、


道の左の山の斜面にはシャクナゲが花時を迎えていて、
ピンクの濃淡にたくさん咲いていました。

小屋主、小松さんの人柄に魅かれて通った峠。荷上げや小屋での
おさんどんなど、思い出がいっぱい!!
夜は炬燵を囲みながらの酒盛り。小松さんの語りに耳を澄ませ,
夜が更けるまでみんなで歌ったりもしました。
まさか小松さんが、あんなに早くに亡くなられるとは思いもせずに、
私は東京の人間になっていました。
また、今回、信じられない事実を知り、言葉を失いましたが、
それは、別の折に書こうと思います。
明神の川原から見た峠方面。

家に戻って、私は一冊の本を書棚より取り出し、再読しました。
『邂逅の山』、著者は霧ケ峰コロボックルヒュッテの手塚宗求さん。
その本の終わり近く“夜の断章”に、小松さんとの事が書かれてあるので・・・。
雨こそ降っていないものの、いまいちハッキリしないお天気です。
山も岳沢と明神の裾がみえるだけ。
朝食をすませ、荷物は宿に預かっていただき、雨具とカメラだけ持って
明神へ出発です。音楽祭があるので12:30ころまでには戻らねば。

上高地の水源となっている川の流れはいつ見ても清らか。
川の淵の木々の緑がとても美しいです

ウグイスやホトトギスの声を聴きながら行く明神への道。
木々の緑の中で私の足、なぜか快調!
痛みはどこへ行ったの?と云う感じです。
慣れ親しんだ道に戻って来れてうれしいのかもしれないネ
サルがたくさんいました!!
人間慣れしているのか、平然と歩いているのです。

梓川の対岸に聳える明神岳。明神まであと一息!
明神舘の前の広場で。

明神橋と明神岳。

昔のままのたたずまい“嘉門次小屋”
こちらの岩魚の塩焼きなどで一杯!といきたいところですが、
時間がないので我慢です。
この先に穂高神社の奥宮と明神池があります。
この奥宮は明神岳そのものが御神体だとか。
池を見に行った義妹Kさんを待つ間にトイレを済ませたのですが、
幾年かぶりにきたら、上高地のトイレはチップ制となっていて、
一回ごとに百円を入れるようにと、箱が置かれてありました。
山も岳沢と明神の裾がみえるだけ。
朝食をすませ、荷物は宿に預かっていただき、雨具とカメラだけ持って
明神へ出発です。音楽祭があるので12:30ころまでには戻らねば。

上高地の水源となっている川の流れはいつ見ても清らか。
川の淵の木々の緑がとても美しいです


ウグイスやホトトギスの声を聴きながら行く明神への道。
木々の緑の中で私の足、なぜか快調!
痛みはどこへ行ったの?と云う感じです。
慣れ親しんだ道に戻って来れてうれしいのかもしれないネ

サルがたくさんいました!!
人間慣れしているのか、平然と歩いているのです。

梓川の対岸に聳える明神岳。明神まであと一息!
明神舘の前の広場で。

明神橋と明神岳。

昔のままのたたずまい“嘉門次小屋”
こちらの岩魚の塩焼きなどで一杯!といきたいところですが、
時間がないので我慢です。
この先に穂高神社の奥宮と明神池があります。
この奥宮は明神岳そのものが御神体だとか。
池を見に行った義妹Kさんを待つ間にトイレを済ませたのですが、
幾年かぶりにきたら、上高地のトイレはチップ制となっていて、
一回ごとに百円を入れるようにと、箱が置かれてありました。











