いつまでもいっしょに。。。

シェパードのピーターが8才で永眠後、トイプーのどんぐりとシェパードのアレックスのが日々が始まった。



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ランのシェパ。。。

2011-12-21 14:00:27 | 
ピーターがよく遊びに行ったお山のラン。

遊び疲れて、よくブランコで休憩したものです。



ピーターが亡くなったことをお山のランのオーナーさんに報告に行ってきました。
オーナーさんも2年前にオスのシェパ「ウルフ」を亡くしているので、いろいろ思い出話やらをして来ました。
あの頃は楽しかったなぁ。


このランには現在2頭のシェパが保護されています。
他にもラブとかMIXとか5、6頭います。


一頭はオスのシェパで、オーナーさんがマイ・ドッグとして飼っています。
まあ写真が撮れない程の暴れん坊ですぅ。
飼い主さんを噛んで保健所へ。その後NPOに引き取られたのですが、スタッフ全員を噛みまくったそうで、困り果ててオーナーさんに引き取ってくれないかと連絡があったそうです。
待ちに待ったオスのシェパということで、オーナーさんはスグに見に行ったそうです。
スタッフの心配をよそに、噛まれることなく普通にリードを付けて車に乗っけて帰ってきたということです。
先代のウルフも噛むかもしれないと飼育放棄された子だったなー。信じられないくらい温厚で立派なシェパに育てていました。
今回のシェパの名前は「阿修羅」、、、なんか怖い名前。
で、実際に阿修羅は怖かった。。。。シェパを見て怖いと感じたの初めて。
オーナーさんに対しては全く攻撃性はなくて、一見フツーのシェパード。
でも私を見るなり豹変!「ガオー!!」って感じで仁王立ち。体重はかなりありそうでした。。。ガラス越しでしたが、割るんじゃないかって勢いでした。

でもやっと安心できる場所をみつけたようで、オーナーさん大好き!な感じが微笑ましかったです。さすが訓練のプロは違います~。


そしてもう一頭。。。

サラです。


関東・訓練系の血統です。小柄。





この子は犬の飼育禁止マンションでひとり暮らしの女性に飼われていたそうですが、飼いきれなくなって保護施設へ。(バカじゃないの!!)

保護施設も、震災の被災犬で満タン状態となりオーナーさんに連絡。
最初はメスのシェパはいらないから無理と断っていたが、結局は行き場がないということで引き取った。
まだ1才半。心身共に傷付いているはず。そして病的な痩せ方。
膵臓?と思ったけど下痢はないです。ワクチンやフィラリア薬、ノミ予防など一切してもらっていません。体重は、小柄なのもあって多分21、2kgってところです。
オーナーさんにしか懐いていません。
私には吠え掛かりますが、阿修羅の「噛んだるでー!」とは違って、怖いから吠えてますって感じです。
一日の食事を4回に分け、一応は気遣ってはもらっています。最初に見た時は背骨も曲がっていましたが、現在は治って真っ直ぐです。シッポは曲がってるけど。開きっぱなしだった足の指も治ってました。

こないだピーターが使わなかったフィラリアのチュアブルを上げてきました。駆虫薬も入っているので、虫が原因で痩せてるなら効くかな、と。
あとアミラーゼとリパーゼの酵素も入ってる消化酵素も買って持っていきました。フロントラインは「阿修羅に差すわ。」とサラには使ってもらえなかった・・・。

私に懐いてないので、病院へも連れて行けません。オーナーさんと一緒でも、多分病院でも大騒ぎしそうです。こんな時どうすればいいんだろう。
写真だと分かりませんが、下半身は骨と皮です。

オーナーさんは金銭的にかなり厳しい状態だし、廃馬寸前でレスキューした馬も一頭飼っているので大変です。阿修羅と馬はオーナーさんの所有ということで、何事も最優先です。

今後、健康面でのワクチンや予防薬などの投薬をしてもらえる期待はゼロです。
なのでサラの食事代、必要ならば薬代は私が出すことにしました。
今の状態では里親探しは無理な感じだし。
私も先々マンションへ引っ越すことになり、もうシェパは飼えません。
なので懐かせるのもためらいます。
本当なら懐かせてから病院へ連れていって健康にし、それから里親探しをしたいです。
1才半ですでに過酷な状態に置かれ、何とかしてやりたい気持ちです。

広いランで自由に走り、疲れたら日向ぼっこしながらコクリコクリと舟を漕いで居眠りしてるサラを見ていると、生きてきて今が一番幸せだと思ってる?と聞いてみたくなります。




ピーターがいなくなって20日。
いないことが余計に信じられなくなっているんです。
相変わらずボーッとしていて、先日車を家の車庫の扉にぶつけました。
ぶつかるって分かっていたのに、まあいいやと思いました。
次の日、扉の部品を外してハンマーで叩いて直しました。
車をぶつけるなんて・・・今までにあったっけ?そんなことー。

周りも時間もいつも通り流れていて、普段と何も変わらない。
ピーターが死んでも、私以外何も変わらない。
どうしてピーターがいないの?どうしてピーターだけがいないの?


でも、世の中何も変わらず流れているのが、何だか優しく感じる今日この頃。



ピーターが「ママ、前みたいにキレイになってよ。」って言われたから、久しぶりにジェルネイルへ。






ピーター、もうすぐクリスマスだよ。








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ピーターのお母さん。。。

2011-12-15 13:37:04 | 
先日、ピーターの母犬ライちゃんが来てくれました。

11才になります。






ピーターにそっくりです。

でも目はピーターより優しくてクリッとしていて美人さんです。

とても11才とは思えない若さ。

先月下旬、脾臓の破裂により緊急手術。
検査の結果で血管肉腫と判明。
余命、約2カ月。

術後2週間もしない内に、お腹にたくさんの転移と思われるできものがいっぱい。
見せてもらったら本当にたくさんありました・・・。

ライちゃんは至って元気な様子。
よこよこさんいわく、この元気がなくなると一気に病状は悪化するそうです。

昔のハイパーなライちゃんではなかったけど、ご飯もいっぱい食べるそうで、よこよこ嫁さんは色々と食材にこだわってらっしゃる様子でした。
ピーターの使い残しの鳥レバーやらサプリやら、たくさん貰って頂きました。

ピーターの分まで頑張って長生きしてねっ!!




「ボク、もうスグ行くからね。」 と言われて以来、ピーターと話せなくなりました。
天国へ行かせてあげなくちゃ・・・ね。
いっぱいがんばったから、次はもっともっと幸せな一生を送れますように。
心から願います。


話せなくなったら、とてもとても辛い気持ちになりました。

これから雪が降ります。ピーターが喜ぶ顔が見れません・・・。
クリスマスがきます。ひと口で終わっちゃう犬用ケーキを食べるピーターはいません。
大晦日の紅白、ピーターを枕にしてのんびり観ることはできないんだ・・。
来年、また4つの季節が過ぎる間、ずっとずっと辛い。

また泣いてばかりになりました。
お茶を買いに行ったのに、肝心のお茶を買い忘れた。前は笑って終わったのに、ピーターがいないからだ!と思ったらワッと泣いた。
ピーターが大好きだったブロッコリーを茹でてたら涙が溢れた。
快晴の空を見たら、ドッグラン日和だと思い泣けた。

車を運転していて、自分が何処へ行くんだったか分からなくなった。
道を間違えてばかり。
家に帰る道も間違えた。

体の一部を失ったような感じ。

「幸せだったから泣かないよ。」ピーターの言葉を繰り返し思い出しては頑張ってみる。

ピーターと出会えて本当に幸せだった!と生きていることを喜びとする。。努力をしてみる。



どんぐりがいるじゃないの。。。。。




そう、泣いていても、ふと時計を見て「あ、4時だ。ごはん上げなきゃ。」と気持ちを切り替える。

ピーターの代わりではない、可愛くてやんちゃなどんぐり。
ピーター式で、時間ごとに庭に出してやるので、おしっこシートを使わなくなりました。
毎日ピーターの首輪もいっしょにお散歩しています。距離が長いのに、どんぐりは全く平気で元気。ジャンプ力はジャックラッセル並みです。お昼寝はいつもヘソ天。

いつかこの子とも深い絆で結ばれるのかな。


ピーターみたいに。。。












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ピーターの病名。。。

2011-12-10 18:04:42 | 
先日、川崎の高度医療センターの先生からお電話を頂いた。

血液検査の結果から、病名は「免疫介在性溶血性貧血」だということです。

そして、最終的な死因は「糸球体腎炎」だったそうです。


「免疫介在性溶血性貧血」の説明は、時々閲覧していた犬の病気大辞典にありました。


免疫介在性溶血性貧血



「糸球体腎炎」の説明は、犬猫の病気:泌尿器の病気と症状
にありました。


糸球体腎炎


川崎で最後に血液採取した血を精密検査した結果です。

ピーターの死後に結果の連絡がきてショックでした。

壊れた赤血球が免疫抗体となって複合体となり、それが尿細管に詰まり壊死が始まっていたそうです。
尿タンパクは4+だったし、ナトリウムの数値が異常に高く、それが原因の高血圧だったようです。

後日、岐阜大学の先生にこの結果を伝えると、違うと思うとのこと。
最後の血液の状態からの結果なので、その時点での病名はそうかも知れないけれど、元々の病名ではないと。溶血性貧血の原因は輸血だったかも知れないとのことです。

何故出血が起きたのか、そして何故鼻だったのか。。。免疫性の病気には違いないけど、やっぱり原因は不明ということでした。
元々ピーターがお世話になっていた先生も同じことを仰っていました。

ただ、もっと血液の検査をしっかりやるというか、鼻や出血だけにとらわれ過ぎていました。
残念です。


ピーターの死を知って、岐阜大の先生は「かわいそうにな~、オチャメでいい子やったのに・・・。」と残念がって泣いていました。
1回しか診て頂かなかったのに、ピーターのことを気に掛けて下さいました。
美人で頭のキレる素敵な先生。ピーター好みな先生でした。



いろいろ悔いても、戻って来ないものは来ないのだ。
少し諦めがついてきました。泣く回数も減りました。
ただ、川崎へ行った最後の日を思い出すと、まだ怒涛のように涙が溢れます。

隣のオバチャンは泣きながら、「かわいそうにな~、ずっと一緒やったんに・・。アンタが可哀想やわ。」と私の頭をナデナデしてくれました。

悲しみを振り撒いてはいけないな。。。そう思い始めています。みんないっしょに泣いてくれたりして、、ダメだよね、悲しみをお裾分けしちゃ。

みんな優しい人ばかり。それをおしえてくれたのはピーターです。

ごりんちゃんのママが私たちと一緒に川崎へ行って下さったこと。。。そしてその行為に対して、コテツの親分やダグママさんが、ごりんちゃんのママにお礼を言って下さったこと。ありがとうございます。

ご近所の、ピーターと仲良しだったラブのロビン君のママは、斎場まで一緒に行って下さいました。
ロビン君のママは前日にもピーターの眠る最後の姿を見に来て下さったのですが、ごりんちゃんのママとさくらちゃんのママを見て、「シェパード飼いさんの繋がりって強いのねえ。」と言ってました。
私が「シェパ飼いじゃなくなっちゃったわ・・・。」と言ったら、「あら、次またスグにシェパード飼えばいいじゃないの。」と言いました。

夕方過ぎてから、ロビン君のママがまたウチにやって来て、「さっきは余計なこと言っちゃってごめんなさいね。淋しそうにしてたから、スグにまたシェパード飼えば仲間のままでいられると思っちゃって・・・。ピーター君に謝らせて。」と泣きながら「ごめんね、おばちゃん変な事言っちゃって。ごめんね。」とピーターに謝っていました。
私、何とも思わなかったし、思う余裕もなかったのに。優しいなぁ。


ピーターの死を通して、人の心の温かさをしみじみ感じました。


ピーターの死で、悲しいって本当に胸が痛むんだと知り、人の心の温かさって本当に身に沁み込んでいくんだなと思いました。


独身の時、私は「人をアテにしない。」「人に頼らない。」「知らない人には警戒する。」と決めていました。
なので結婚してもあまり主人に頼るということをしていなかったし、アテにすることもありませんでした。
何か頼んで、思い通りにやってくれないと鬱陶しいしと思っていました。
とにかくすべてを私が自分でする。。。そんな生活でした。忙しくてイライラすることもありました。やる事を分担したり、いっしょにやれば早く済む事も、頼みもせずに一人でやっていました。
でもピーターが病気になってからは、さすがに物理的に無理なことが増えて、主人に頼んだりすることが増えました。
任せてみると、なんてラクチンなんでしょう。気もラク。
はぁ、こういうのが夫婦だったっけなー。
私のイライラは減り、ピリピリムードも無くなりました。パパリンは、意外と頼りになる人でした。

ピーター、前とは私、変わったよ。ピーターありがとう。




頂いたお花を整理をしていたら、突然ピーターの声がしました。

「ママ、また前みたいにキレイになってよ。」

一瞬何の事?と思いました。でもスグにわかりました。

爪だわ。。。そう、ブログでも何回かアップしてたジェルネイル。
闘病中、全然手入れしてませんでした。
それとまつ毛エクステ。アイメイク不用なので今年の初めから毎月行ってたのですが、それも泣いたりなんかしたから全部取れていました。

最後のほうは、手からごはんを上げてたりしたから、ハンドクリームさえ塗ってませんでした。ストーンはワザと剥がしたりしてたのでボロボロの手でした。

ピーター、爪を眺めて喜んでる私の姿が嬉しかったのかな。鏡を覗き込んでまつ毛を見る姿が好きだったのかな。

はー、アンタそんなこと言うのぉ。。。と言ってやりました。
こっちはひたすら泣いてんのに。でもなんかピーターらしい。

早速まつ毛は行きました。スグに予約が取れてビックリでした。
爪はクリスマス前にしました。




そしてまた後日、化粧を落としてる時に何となくピーターがいる気がして目を閉じると、いつもの白いTシャツを着た笑顔のピーターが。。。

私「ねえ、話していい?ねえ、なんで笑顔なんだ?ママと離れて悲しくないの?」

ピーター「楽しかったから悲しくないよ。」 だって。それだけ言って消えました。

そういう考えなんだー。もう私の心配してくれないのかしら?今度聞いてやろっと。

それ以来、ピーターの言葉に救われた気がして、随分と私の気持ちも変わりました。
「川崎への一日」はまだ泣くけど。


 


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お花に囲まれて。。。

2011-12-07 15:03:20 | 





ピーターのお骨、たくさんのお花に囲まれました。ピーターのために、本当にありがとうございました。

ご近所の方にもお花を頂きました。
お散歩で会う知り合いの方々も、ピーターの死を知って泣いて下さいました。
みなさん、気軽に触れるピーターを可愛がって下さいました。

犬が大嫌いで一度もピーターを触らなかったオジさんも「シェパードは犬の王様だ。」とひと言だけ言って、おじさんなりにピーターの死を悼んで下さいました。


お花の中のピーターは、とっても嬉しそうです。
私もピーターもお花が大好きです。
きっと、「ママの好きなおが花いっぱいで良かったね~。」って、ピーター言ってそうです。



本当は、「もう頑張らなくていいよ、ゆっくり眠りなさい。」なんて言いたくなかった。
「もっともっと頑張って!」と言いたかった。「ママを一人にしないで。」って。

でもピーターは本当に苦しそうで、それでも頑張って頑張って大きな口を開けて息をしていた。
ランでいっぱい遊んだあとみたいに。

もっと頑張ってなんて言えなかった。

今までの楽しい生活をありがとう。

ピーターに、いっぱい守ってもらったのに、何にも返してないわ。



最後の最後にSAでごりんちゃんのママが撮影したピーターです。
ラストの一枚。きつくて着れなかったTシャツがダブダブになってしまいました・・。



体は辛いのに、目がキラキラしてるでしょ・・。
ごりんちゃんのママをおウチまで送ってさよならする時も、ピーターの目はキラキラしていて、「ありがとう。さようなら。」って言ってました。私がピーターの鼻出血の不安なく往復できたことへの感謝なんだな、と感じました。


川崎への一日を思い出すと涙が止まりません。
あの日が最後になるなんて・・。
もっとギュっとしとけば良かった。
もっとお話しとけば良かった。


誰かと会っていると、ピーターの死を冷静に考えることができる時もありますが、一人になると、どうしようもない悲しみと悔しさと恐怖に包まれます。
ピーターがいないなんて。



れいさんが、ピーターのために記事を書いて下さいました。

れいさん、以前にピーターとアニマルコミュニケーションでセッションして下さいました。
その時からピーターは私を守ってくれているんだと分かりました。

そして病気になって少し経って、私がれいさんにピーターの写真を添付してメールをしたら、ピーターはまたれいさんに話しかけたそうです。
「ボクが死んだらママ大丈夫?」って・・・。

ピーター、自分の死を分かっていたんだね。
最後まで私の心配ばかりして・・・。

私もひと月程前から、何故かピーターとコミュニケーション?をしていました。

初めて話をしたとき、ピーターは真っ先に「どんぐりは?」と私に聞いてきました。
「しつけ教室の先生に預けてるから大丈夫。自分の心配しなさい。」と返事をしました。
続けてピーターは「ボク死んじゃうの?」と言いました。その時ピーターの後ろから強い白い光が当たっていて、ピーターの体が半分その光のせいで消えていました。
あ~、死ぬのかなー、漠然と思いました。でも「何言ってんの、そんなことないよ。」と答えました。
あれ以来ずっとピーターの死の恐怖がつきまといました。それを打ち消す為に、とにかくどこの病院にでも行こうと決めました。
ピーターの死を想像しては泣くことが多くなりました。


川崎の病院へ行っても、病名も治療法も得られないと分かった瞬間、私には絶望しかありませんでした。
ごりんちゃんのママが同行して下さらなかったら、私は帰路に着く力はなかったと思います。
もう長くはない、覚悟しなくては。。。そんなことをふと思いながら運転していました。


息を引き取る直前、私が大丈夫だからと言ったら「ホントに?」と言われ、「大丈夫!」と言ったら私の腕の中に来ました。安心したんでしょうね、きっと。

でもね、ウソつきました。

ママは立ち直れない位悲しいのです。
しばらくダメです。

ゴメンネ、ピーター。









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天国へ。。。

2011-12-01 17:05:39 | 
12月1日午前3時、自宅にてピーターは8年の一生を終えました。

私とは6年の生活でした。

まだ実感はないのですが涙が溢れてきます。



11月30日、明け方に川崎の病院へ向かいました。

お友だちのごりんちゃんのママがわざわざお仕事の有給を取って、川崎への同行をしてくれました。
ピーターは幸せ者です。
私も、感謝しきれない程心強かったです。

途中東名高速の通行止めに遭い下道を利用しましたが、朝9時半には病院に到着しました。

診察で血液検査、エコーをしましたが、やはり原因不明だということで悔しくてたまりませんでした。
全部終わったのが夕方になってしまい、翌日はごりんちゃんのママはお仕事だったので急いで帰りました。


家に着いてほどなく、鼻出血がありました。量は少量でした。
その後息使いが荒くなり、大きく口を開けて呼吸していました。

見ているのも辛いほどになり、ピーターに「もう頑張らなくていいよ。ママは大丈夫だから、ゆっくり眠りなさい。」と言うと、ピーターは起き上がって私にくっついてきました。
私の言う事を理解していたんだと確信した瞬間でした。

ギュっと抱きしめると、大きく息を吐いて静かに息を引き取りました。

苦しまずに、私が大丈夫だという言葉を聞いて安堵したかのような様子でした。

私の目をみつめて、「ありがとう、さようなら。」と言う表情でした。


悲しくて悲しくて。

もうピーターはいない。

ギュッとできないんだ。

私の話を聞いてもらえないんだ。

側にいないんだ。


でも、ずっと願っていた、理想のお別れができました。

やれることは全部した、最後に川崎へも行って諦めもついた。その時までピーターは必死に耐えて頑張ってくれた。私のために。

最後に川崎への道中、いっしょに富士山も見たし、辛いからだを起こして窓の外を眺めて
いたピーター。
いっしょにドライブできて、思い出が増えました。




時を選んで逝ったんだね。

おウチで、私と二人きりでお別れしたね。

ピーター、約束守るよ。。。これからも頑張るって。



ピーターを愛して下さったみなさん、本当にありがとうございました。

本当に本当にピーターを可愛がって下さってありがとうございました。

最後までいい子でした。私にはもったいないくらい。


たくさんのことを私におしえてくれたピーター。ありがとう。
学んだことは大きく、これからの人生に役立てていきます。

幸せな6年間でした。





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