日曜日の午前5時、いつも寝坊しているのに、今日はしっかり起きました。
だって、今日は修行です!
たくちゃんに誘われて「坐禅の会」へ行くのです。
一緒に行くカスミさん・cobuさん、たくちゃん、ミキちゃん、みーちゃん、のろちゅうと鎌倉へ。
鎌倉駅では、みどりさん、久さんと合流していざ、報国寺へとバスに揺られます。
雨の中、坐禅会へ向かう人たちが山門をくぐります。
若い女性が多いのにびっくり。
本堂へあがるのにも決まりがあります。
常に、礼を怠らないこと、実は当たり前のことだけどね。
まず、袴を借りて着替えます。
初めての袴をはきました。
そして、四列に並んで坐禅を組む座布団(単と言います)へと進みます。
列の一番前にいた私は、和尚さんのすぐ後ろに座ることに、ありがたいことです。
最初に自分のイメージする坐禅を受けます。
私の坐禅へイメージは「無」になること。
「無」になることはできるのでしょうか。
いざ「無」になろうとすると「無にならなければ、無にならなけれぱ」という雑念で頭がいっぱいになります。
ダメだ~。
鐘の音が静かに鳴り響き、心を鎮めてくれます。
そして、二度目の坐禅の前に、坐禅について和尚さんがわかり易くお話してくださいます。
「無」になること、それは本来あるべき自分の「心」を取り戻すこと。
「心」とは大きな「海」のようなもの、「空」のようなもの、だそうです。
私たちは、日ごろ、怒りや悩み・喜びや悲しみといった想いに、本来あるべき心」を囚われてしまっていると言うのです。
私は思いました。
いつも感じている「想い」は感情でしかないのかもしれないと。
自分なりの怒りや苦しみは「心」とは違うのかもしれないと。
二つの坐禅が終わると、今度は、胸に手を当てて、竹林のなかを足早に進む、歩き禅です。
無我夢中で、足元だけを見つめて、さささっ、さささっと歩きます。
この時は、本当に「無」になれた気がしました。
後で竹林をのんびり散策したとき、驚きました。
歩き禅の最中には、この美しい竹林が全く目に入っていなかったのです。
「本当に同じ道を歩いたのかしら?」と思うほど周りが見えていませんでした。
この坐禅会では、和尚さんからはたくさんの意味のあるお話を伺うことができました。
改めて、自分を見つめなおす時間が持てました。
「この気持ちを長持ちさせなくちゃ」
坐禅の心得は「調身・調息・調心」であること。
坐禅が終わると「茶礼」というお茶の時間があります。
無駄のない動きのなかでお茶を頂く作法を習いました。
和尚さんの「茶礼っ!」の声が本堂に響き、わたし達は作法通りにお茶を戴き、修行は終わるのです。
は~っ、清清しい気持ち。
短い時間でしたが、満足感でいっぱい。
満ち足りた気持ちでみんなで近くの「さはん」という日本茶のカフェでくつろぎました。
私は釜蒸しの「春慶」というお茶を選びました。
飲んだ後の茶殻は、ポン酢をかけて食べるのです。
茶殻にはビタミンCが豊富にふくまれているそうです。
修行の後のお茶はおいし~い。
今日は本当に貴重な経験をしました。
ほっと一息、ソフトクリームで締めくくりです~♪
だって、今日は修行です!
たくちゃんに誘われて「坐禅の会」へ行くのです。
一緒に行くカスミさん・cobuさん、たくちゃん、ミキちゃん、みーちゃん、のろちゅうと鎌倉へ。
鎌倉駅では、みどりさん、久さんと合流していざ、報国寺へとバスに揺られます。
雨の中、坐禅会へ向かう人たちが山門をくぐります。
若い女性が多いのにびっくり。
本堂へあがるのにも決まりがあります。
常に、礼を怠らないこと、実は当たり前のことだけどね。
まず、袴を借りて着替えます。
初めての袴をはきました。
そして、四列に並んで坐禅を組む座布団(単と言います)へと進みます。
列の一番前にいた私は、和尚さんのすぐ後ろに座ることに、ありがたいことです。
最初に自分のイメージする坐禅を受けます。
私の坐禅へイメージは「無」になること。
「無」になることはできるのでしょうか。
いざ「無」になろうとすると「無にならなければ、無にならなけれぱ」という雑念で頭がいっぱいになります。
ダメだ~。
鐘の音が静かに鳴り響き、心を鎮めてくれます。
そして、二度目の坐禅の前に、坐禅について和尚さんがわかり易くお話してくださいます。
「無」になること、それは本来あるべき自分の「心」を取り戻すこと。
「心」とは大きな「海」のようなもの、「空」のようなもの、だそうです。
私たちは、日ごろ、怒りや悩み・喜びや悲しみといった想いに、本来あるべき心」を囚われてしまっていると言うのです。
私は思いました。
いつも感じている「想い」は感情でしかないのかもしれないと。
自分なりの怒りや苦しみは「心」とは違うのかもしれないと。
二つの坐禅が終わると、今度は、胸に手を当てて、竹林のなかを足早に進む、歩き禅です。
無我夢中で、足元だけを見つめて、さささっ、さささっと歩きます。
この時は、本当に「無」になれた気がしました。
後で竹林をのんびり散策したとき、驚きました。
歩き禅の最中には、この美しい竹林が全く目に入っていなかったのです。
「本当に同じ道を歩いたのかしら?」と思うほど周りが見えていませんでした。
この坐禅会では、和尚さんからはたくさんの意味のあるお話を伺うことができました。
改めて、自分を見つめなおす時間が持てました。
「この気持ちを長持ちさせなくちゃ」
坐禅の心得は「調身・調息・調心」であること。
坐禅が終わると「茶礼」というお茶の時間があります。
無駄のない動きのなかでお茶を頂く作法を習いました。
和尚さんの「茶礼っ!」の声が本堂に響き、わたし達は作法通りにお茶を戴き、修行は終わるのです。
は~っ、清清しい気持ち。
短い時間でしたが、満足感でいっぱい。
満ち足りた気持ちでみんなで近くの「さはん」という日本茶のカフェでくつろぎました。
私は釜蒸しの「春慶」というお茶を選びました。
飲んだ後の茶殻は、ポン酢をかけて食べるのです。
茶殻にはビタミンCが豊富にふくまれているそうです。
修行の後のお茶はおいし~い。
今日は本当に貴重な経験をしました。
ほっと一息、ソフトクリームで締めくくりです~♪