
8歳だったとしよう。
母親は大好きな習い事のために私をいつも預けた。
習い事は上流の奥様達のお楽しみ。
染物と称して京都の下絵職人から高い下絵を買い上げては上質の絹の反物に青バナで写しつける。
オリジナルとは程遠い。トールペイント教室と似ている。
その反物をローケツで染め上げて着物に仕立てる。
展示会を開いて鼻持ちならない似たり寄ったりの仲間を集めては悦に入る。
近所に預けられた私はと言うと、裸電球の暗い部屋で「ばばちゃん」と過ごす。
広大な敷地、屋敷守り役の「ばばちゃん」は袋に入ったインスタントラーメンを私に食べさせてくれる。母が渡して行ったものだ。
「ばばちゃん」はプロレスが大好き。
ラーメンをすすりながらのプロレス観戦は悪くない。
家では絶対に無いひと時だった。
時折トミ子さんが「ばばちゃん」の部屋に顔を出す。
元々、お屋敷はトミ子さんの父親か誰かの物だったのだろう。
今となっては調べるのも面倒だ。
私の注目は「ばばちゃん」でも広大な「お屋敷」でもない。
トミ子さんのヨーグルトだ。
牛乳瓶のハーフサイズに入ったヨーグルトをゆっくりとスプーンで陶器のお皿に移す。
その上に蜂蜜をゆっくりとかける。
そのあと、いつもの暗い表情と低いトーンで口に運ぶ。
トミ子さんはなんだか元気が無くて、それはちょっと具合が悪いせいだ。
だから時々お屋敷に養生しに来られる。
トミ子さんは30歳か40歳。
8歳の私とは何も話さず、笑い合うこともない。
ただただそのヨーグルトを見つめる私。
美味しそうだと思わないでもないが、食べてみたいと言う代物でもない。
なのに目が離せなかった。
トミ子さんは私の素性をなんとお伺いしておられたのか。
そして、
トミ子さんって、どう言う人だったのか、何もわからないのです。