蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

いずれ、ああなる

2018-04-05 | 思い出
小さい頃の思い出。
時代背景によって、異世代では多少違う。
食べ物の思い出が強烈に脳裏に張り付いていることが多いようだ。
家庭環境によっても違う。
同じ時代、同じ家庭環境、同じ親、同じ学校、でも、個人によって違う。

我々、きょうだい。兄、姉、わたし。
全然違う。
ほとんど歳も離れていないので、同世代であるにも関わらず。
男と女では、違う。
だが、姉とわたし、同性でも、全く違う。
しかし、二人とも結婚し、子供も孫もいる、おばあちゃんであることは同じ。
子供の数、性別比率も同じ。
孫の数は昨年、わたしが姉を上回った。
どうだっ!
でも子供の結婚率は負けている。
まあ時代の流れだ。

姑のところに行くと、娘をはやく結婚させろと、うるさい。
息子をはやく地元に帰って来させろと、うるさい。
当の本人にも直接、はやく結婚しろと迫る。
たぶん、夫以外は、わたしたち家族は全員、うっとうしがっていることだろう。
昔は親や親戚の押し付けに近いお節介、介入で、結婚していたりした。
今は違う。
その時代背景を理解しないで、頭ごなしに行く道を押し付ける。
結婚もさることながら、仕事にまで口を出す。
本人に任せていたら良いではないか。
倒れたら顔を見に駆けつけてくれるだろうし、葬式だってしてくれると思う。
ただし、倒れるか、あの世に行かなければ帰って来ない。
元気なうちは、あてにできない。
そう、わたしは思っている。
子供を自分の思い通りにしようなんて、何故思うのか、わからない。
自立させるまでが親の役目、努め。
あとは、自由意思。
親が期待や希望を述べるのは構わないが、押し付け、強制するのは、もってのほか。
自分が自立できないで弱ったら、今度は子供がわたしの道を押し付けるだろうから、自分で先に決めておかねば。


最近、わたしは姑のところに行くとすごくストレスを感じる。
前は、姑の話を聞いていなくても聞いている風に相槌を打っていたが、今はわたしは相槌が打てない。
姑は一方通行で自分のことや思いしか話さず、人の話は一切聞かない。
わめき回ったり、周りに迷惑はかけていないので、助かっているが。

歳を取ると脳もカチカチになる。
認知症の一種だと思うが、まともに取り扱っていると、こちらが壊れる。
いい加減に手を抜いて取り扱っていても、ストレスが溜まる。
自分の行く末を見る。
自分もああなる。


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