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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

片想いって辛いよね

2020-05-01 | ブログ
今日はいきなりタイトルから入った。
ブログ村エッセイのお若い女の子(ちなみに、わたしにとっては3歳も30歳も女の子。35歳ぐらいから女の人。65歳ぐらいからは女性。85歳ぐらいからはお年寄り)

で、その若い女の子のブログを時々拝読している。
うーん、、、実況中継中のお二人。
過去の思い出話でもなんでもなく、、、。今、現在進行形。
妙にリアルでリアルタイム実感、真実味がある。

わたしが彼女のおかあさんなら、やはり同じようにしているだろう。
「恋人→元恋人」の気持ちもなんとなくわかる。
受け入れてはくれるけど、「もっとはっきり愛されたい」というあたり、彼女に感情移入する。
元恋人も失敗体験があるから慎重、というか、腰が引けているように想像する。
しかし、受け入れるならそれなりの覚悟みたいなものが欲しい。
ただただ、断らずにズブズブと受け入れるだけで、お返しは無し。
受け入れることが、お返しみたいなもの?
これは生殺しみたいで、嫌だなあ、とわたしなら思う。
が、女性から言い寄られて悪い気もしないし、なにかと実質的に良い面もある。
そのうち自分の首を絞めることになりかねないと先を読む慎重派なら、ここで、キッパリ突っぱねる。
しかも過去に失敗した経験があるなら、その経験を生かさないと同じことの繰り返しになる。

男性はモテる人なんだろう。
モテない人なら、こんなに女性に対して薄い感情ではないはず。
ズルズルいってデキちゃった婚という既成事実から固めるのも策略の一つ。外堀作戦。

だけどなあ、、、
と、もし自分なら、、、と、お得意のシュミレーション。
相手が断るでもなく受け入れてくれているようではあるが、はっきりしないで、しかも、仮に他の女性にもまだキョロキョロしている節があるとすると、、、。
ありったけの情熱、好き好きパッションをすごい勢いで相手に向ける→相手は、まんざらでもない。断らない→益々熱くなってこっちは燃え上がる→相手は断らずに受け入れる→さらにさらにこちらは熱く、、、→しかし、相手は断らないけれど、相手からのリアクションはないとなると、
「ねえ、わたしのこと、好き?
わたしは、こんなに好きなんだけど、あなたは?」
なんて口に出して聞けない。
気持ちなんて、言葉だけのこともあるし、気持ちだけが一人歩きすることも、あるんだか、ないんだか、、、。
二人で共同、共通の目標、目的でもあれば、それに向けて行動するなら、積み重ねる時間に意義があると思うが、
ただただ好き、だけでは、(本能はさておき)ずーっとその気持ちは続くのかなあと、、、

あんまり深く突き詰めて考えたり、追求すると、壊れてしまうこともある。
そういうこととは、全く無縁な人もいる。
一生、孤高の独り者で、、、とかではなく、結婚していて子供もいても。
難しく深く考えなくても子供は出来るし、生まれたら生まれたで育てなければならないし、お金も労力も健全な心身も必要だし。
ホレタハレタには、ハナから無縁の人のほうが、楽かも知れない。
無縁というと語弊があるにしても、眠ったまま、というのも良いかも知れない。(既婚でも)

めんどくさい相手を好きになると、自分が疲れる。
かといって、好きだ好きと熱烈に愛してくれる人を、自分は好きになるかどうか?
理屈抜きの相性や好みがある。
片想いしている人を損切りして、新しく人材探しするのも一つの手である。
両想いなんていうハッピーの絶頂には全く経験がないわたしが、いくら、あーだこうだ言っても何の役にも立たない。
ただ自分が頭の中であれこれ想像して楽しいだけ。
そもそも空想や想像は大好きだから。

しかし、空想は、現実逃避から来ている場合がある。
わたしは、現実逃避ではない。
現実は現実として冷静に受け止め、判断する。
どちらかと言うと、現実第一主義かも。
いくら口で理想的なことを言っても、じゃあ実際に何をした?どんなことをした?
山に登るには装備もコースも天候もトレーニングも必要。
いきなり軽装で軽率に危険性の高い山に登る人はいないと思うが、ハイキングかピクニックぐらいなら、口笛吹きながら、楽しく行けるのでは?
お天気がいいから今日、ウォーキングついでに遠くまで行こう!と、気分次第でもいい。
その先で運命の出会いがあるかも?
ただし、運命をモノにするのは単なる偶然ではなく、それまでの日常の積み重ねで蓄積された、目に見えないものがあってこそ。
口を開けていたら、空から幸せは偶然、降ってこない。

話を戻す。
好きな人の態度が煮えきれないなら、自分がハッキリするしかない。
それでも進むか、止まるか、後退するか、退散するか。
結婚したら変わる、子供が出来たら変わる、、、そんな根拠のない幻想、淡い期待をしていると、そうならない時にショックを受ける。
悪いほうに、変わることだってある。
自分が変わることもありえる。

いつでも元に戻れるように、全く周りが見えないのではなく、冷静な判断が出来るぐらいの最低限の目や覚悟は持っていたほうが無難だ。
最悪の場合は、相手を捨てて、すたこらさっさと逃げる、それぐらいの元の自分に戻れる道を整備しておいたほうが安心かなあと思う。
熱を上げながら、同時進行で、自分を見失わないこと。
共倒れや、依存は避けたい。
わたしは同棲の経験はないが、同棲を事実婚だと捉えるとして、途中で嫌になったらやめたらいいんじゃないかと思う。
だだし、子供がいたら、話は別。
かなり努力して限界のギリギリまで頑張って、それでもダメなら、次善策を練る。
作戦は一つしかないわけではない。
相手の中身を変えるのは大変だから、相手の首を変えるのも、一つの手。
ダメなものにしがみつくのも、見切りが大事、損切りの勇気、英断。
どんなに好きでも相手を捨てるという最後の切り札を持つ。
切り札は何も使わなくても使わないに越したことはないが、持っているだけでも強い
自分が何を求めているかだ。

実家が嫌だから、実家以外が良い、のか、一人で暮らせないから二人が良い、のか。
二人でいると居心地が良い、、、ただ、相手はさほど自分よりそう感じていない。
最初の段階で自分は精神的に自立できているか。
どこにいても、どんな状況でも、自立出来ないか、自立出来ているか。
相手がそれをサポートする気があるか。

もし、経済的に自立できていなくても、発想を転換すると良い。
病気だったり、支援が必要な場合は、一個人に依存するのはかなりハードルが高いだろう。
あれもこれも、いろいろいっぺんに望むと実現が困難になる。
優先順位をつけ、自分が一番、何を望むか、自分と向き合って対峙する必要がある。

今はもやもやしていても、いずれは霧は晴れるはず。
頑張ってください。応援しています。

て、自分のことは、棚に上げている。