日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 冬至・・ *

2006年12月22日 | 料理・その他食

言わずもがな・・今日は冬至。
昼間が一番短くて、夜が一番長い日。 なのに最近の私は9時頃なつめタイムで寝てしまう。
毎年の行事”かぼちゃ”を炊く。 愛ちゃんがいつか鹿児島の実家から送ってきたのでと、
おすそわけで届けてくれたかぼちゃ、冬至のときに炊かせていただこうと大事にとっておいた。
ほくほくで美味しいかぼちゃ。 ご両親の心のこもったかぼちゃ、これは縁起がいいぞ。

子供の頃から聞かされていた、かぼちゃを食べて柚子湯に入ると無病息災だとか。
風邪をひかないだとか冷え性やりゅうまちにきくとか。 
かぼちゃはビタミンやカロチンが多く含まれているから、身体にいいのは間違いない。
そして柚子湯、輪切りにして湯船に浮かべる。 爽やかな香りが一面に、思わず田舎の匂いやわ。 
母がやっていたように、私も結婚して欠かさずやってきた年中行事。



なつめもかぼちゃ少々、初柚子風呂・・ちょっと刺激強かったかな。
ひろとも柚子湯に入ったのよね。
ほかに、金運を祈願する意味もあるそうだが、それって初耳やん!
みんなして風邪をひかないように、元気に冬を乗りきりたいね。
金運  年末ジャンボに夢を託して買った、みんなして。 当たれ~!!  
7億4000枚中、わずか50枚だけど・・ 


* なんだか・・・ *

2006年12月21日 | 花や木

曇り空なのに、少しの陽の光にきらきらと若葉が輝いている。
何の木だろう、切り株には薬が塗ってあるのかなぁ。 樹液? 
まるでタール状のようなその色もまたやわらかに光沢をなしている。
忙中閑あり・・ 繁忙な日々の中見つけたこんな光景に、少し心は慰められ弾む。
生きているんだなぁ! 柔らかで艶々と、そしてみずみずしく・・ 
そこはまるで春の日に見かけるような場面。 こう言うのって好き!

なかなか思うように進まない掃除や年賀状書きやその他色々。
あれもこれも、あれしてこれして・・ そんな予定ばかりをめぐらせている落ち着かない私。


* 車窓から・・ *

2006年12月20日 | 風景・お出かけ

なんだかんだ言いながら、結構色々出かけている私。
今日は愛ちゃんが歯医者さん、長女のところでひろとの子守&ランチと言うことに。
お弁当のいらない日だったけれど、朝から炊き込みご飯をいっぱい作りおにぎりにする。
朝食に食べながら夫が「おにぎり余分に作ってあいつらにやりぃ」(はい、もちろんそのつもり)

昼前長女の迎えで次女&なつめも一緒に行く。  セイくんの家、おでんパーティー以来。
愛ちゃんから離れるとひろとはさっそく泣き出した。 風邪をひいて以来少し甘えたさんに
なったそうだが、それはそう小さい時病気がちだった長女だってそうだった。 
そのうち私の腕の中で1時間ほど眠った。 重さが嬉しい、成長の証し。
昨夜のおでんの残りと炊き込みご飯でみんなでお昼。 そう言えばまたおでん!
(夜娘がセイくんがおだしが美味しい、お店出きるでと言ったとか・・あら嬉しい!)

愛ちゃんとひろとを、初めて行く子供のサークルに送って行く、楽しかったかな。
その後は娘たちと本町で買い物あれこれ、あちこち、ぺちゃくちゃ。 
セイくんや展くんとだって買い物はこのようにはいかないよね・・と娘たちは笑いながら話している。
そりゃぁ男の人と一緒だったら、時間をかけておれないもの。
夫だって 「もうええ加減でええやん」 「はよしいぃ」 携帯がビリビリなるし、こう言うに決まっている。
女は好きだ、そんなに買っているわけでもないのに、時間をかけて見る見ることだけでも楽しいのだ。
あっと言う間に日暮れてびっくり、帰り道(信号よ赤になれ~)の願い叶い、大丸前で車からパシャ。
西区のマンションの前にもイルミネーション。 子供は帰って来るの嬉しいだろうなぁ。
去年までは、まだまだ自分が楽しむことに積極的だったが、今年は辺に落ち着いてしまった。
おばあちゃんと言う存在になったせい?


* 今、大切なこと・・ *

2006年12月19日 | 雑感

二週間前の誕生日の日、中山寺へ愛ちゃんと次女が無事出産したお礼参りをした。 
安産祈願で授かり使用した腹帯やお守りに、新しいさらしを添えて奉納する。
安産したお母さんの持参したその新しいさらしに安産祈願をして、新たな妊婦さんへ授けられる。
お礼参りの時にいただいたパンフレット、次女に”躾”が書いてあるから(読んでおきよ)と告げていた。
言うばかりで私も目を通さなくてはと、恥ずかしながら今日開いた。
子育ての真髄のようで、今とても大切なことだと思い、抜粋させていただくことにした。

* お子さまのお誕生について *  ー躾(しつけ)と幸福ー
「三つ子の魂百まで」と言う言葉がありますが、乳幼児の時に養われた性格は、一生残るわけで、
近来は医学的にも「三才までで、人間の脳髄の形はほぼ決まる、即ち、人間の脳の働きの基礎が
きまってしまう」と、言われております。

我が子が明るくたくましく育つことを願わない親は、恐らくありますまい。 
親が子供の無事成長を祈るのは、民族や時代を超えて万国共通の悲願でありましょう。
ドイツの有名な教えに「小さい時に、自分の欲求を押さえることを教わらなかった人は、一生不幸だ」
と言う味わうべき句があります。 

この例(親が子の欲しいままに物を与える生活が、子が成長したときに形を変えて要求が大きくなり、
人を害したり自滅したりする結果となる話・・略)
よって、欲望にブレーキをかけさせる躾が、人間の精神的成長の上に、どんな大きな役割を
果たすかと言う事がお分かりいただけたと存じます。
「自分を生かす為には、まず、他人を生かすこと、大きな望みの為には、小さな欲望を抑えること」
このことを我が子に教え込むことが、かわいい我が子の将来の為に、最も大きな贈り物である
と言う事を、ご両親自身に知って頂きたいと存じます。

目を見張る経済成長は、はなやかな消費文化をもたらしました。 食べたいものを食べ、着たいもの
が着られる時代には、なおさら子供の「躾(しつけ)」には工夫が必要です。
ただ甘やかす一方では、辛抱のない、我慢することを知らない子供、セルフ・コントロールの
働かない人間をつくることになります。 このことをよくよく考えねばなりません。
(後略)

          **************************************

子供は可愛い、孫はなおさらの事。 つい可愛さの為に、要求のままに物を与えるという行為や、
与えることがいいことのように必要以上に与えてしまう、そのことが将来へどんな風に繋がって
行くかわ分からない。 この辺が大きな落とし穴であるのかも知れない。
親自身と言うよりも、私たちじじ&ばばたちも特に気をつけないと、無責任な可愛がり方等、
後で困るのは自分の息子や娘なのだから、私も気をつけなければ。
 
孫たちの将来は見えないし分からないが「三つ子の魂百まで」このことは、我が子の成長とともに
しみじみと感じてきた。 生活は決して楽とは言えなかったが、むしろそんな時の幼児期の
子育て生活が今になって良かったと言えるような気がする。 
次女が(おじいちゃん、おばあちゃんがいる環境の中で子育てをしたい)と同居を希望した、
本当の意味をただ助かるから・・の部分でなく、その真髄に触れて行く自分でなければと思う。

晩秋の名残の風景がひとつひとつ、空気の冷たさの中で消えて行く。


* トベラ? *

2006年12月18日 | 花や木

クリーニングやさんへ行った帰りに、道路から外れて横の公園の中を通った。

これってなんやったかな・・ これ花って咲いてたっけ・・。
この実は・・、え? これって中味ってこんなん?

なるほど、果実が開くとこうなんや・・。 ふ~ん。 面白いな~。
来年はもう少し、いっそなら日頃から注意して見るようにしなあかんな。
しかしブログやっていると、視野が広がってくるよね、ほんま。
・・・で、これってなん?

”赤い実のなる木” で検索してみたら、あっこれやん! ほんまに?
似ているけれど、白い花咲いていたような・・ う~ん、咲いていたかなぁ。
探して名前を見つけたときの喜び、これって結構励みやねんなぁ。