日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 素敵な置き土産 ちょっと長いお話し *

2014年06月22日 | 詩・エッセイ・短歌・小説


「子供を産んだんやで、黒と茶色二匹お父さんは黒、お母さんは茶色見たんやで」
「逃げませんね、人が来ても。 たいていさーっと逃げるはずやのに」
デーサービスから帰ったお向かいのおばあちゃんと立ち話。
梅雨の晴れ間、さつきの木陰で猫ちゃん一家四人、いえ四匹は寝転んでいる。

高校時代、夫の家では猫を飼っていて夫は一緒に寝るとか言っていた。
結婚したとき猫はいなくて犬を飼っていた。 コロ。 年取って死んだ。
姪っ子がいたとき、犬を飼い始めた。 パピヨン種のラピちゃん。
愛くるしい顔のラピちゃん。 義兄さんはさほどでもなかったし、義姉さんもあまり好きそうでもなかった。
それがそれが、一端家で同居となると・・愛着が湧くもの、声もかけるし食べさせもするし、生き物だから。
そのうち義兄さんも毎日散歩するようになり、仕事から帰っても話しかけたり・・我が子と同じだ。
義姉さんにしても、段々と情がわいて散歩までしたりすると言う。 
姪っ子が結婚して、ラピちゃんはますます義兄夫婦に可愛がられている。

私はいくつだったか、子供の頃犬にかまれたことがあった。 狂犬病の注射もしていないと言うし、大変だったことが。
身体が弱く良く医者に通っていた今では考えられないような弱かった子供時代。
以来犬には構えてしまうと言う拒否反応を示した。 見るぶんにはいいが、抱けない。 
だからペットを飼うと言うことは、住宅事情もあったし飼うことがなかった。

たった一度、一緒に勤めていた看護婦さんから”パンダウサギ”をもらって欲しいと頼まれ飼ったことがある。
次女がまだ幼稚園へ行く前の頃だったと思う。 もうそれは可愛がっておなかに乗せたり、ウサギは泣いて近所に迷惑をかけることもなく、
夫や子供たちの本当にいいおもちゃのようだった。
1年半くらいで死んでしまった。 死んだことは知らせないで返したと言おうと言った私に、生き物には死と言うものがあること、
それを教えなくてはいけないと、帰宅した夜遅く寝ている子供を起こし、死んだことを話した。 子供たちは泣いた、私たちも。
もう夜十時も過ぎていたが、丁寧に箱に入れ近所の公園にまるでお弔いのように泣きながら五人がぞろぞろと歩いて行った。
土をかけ始めると一番可愛がっていた次女が、「砂をかけないで!かけないで!」と手でとめるように泣きじゃくり、
みんなもつられて泣いた悲しい別れだった。

あの後思ったことがある。
あの頃私と夫は、あることで気持ちにづれがあって、子供の前では見せないにしても、不穏な空気の中にいた。
パンダウサギが来て、ウサギを中心にして会話がなりたって・・家族が(夫婦が)一つになったのだ。
パンダウサギが我が家の救世主、だったような気がする。
(もう、私はいらないね・・みんながひとつになったし・・よかったよかった) そうやって天国へ召されたのだろうか。
以来、我が家では動物を飼うと言う事は一度もなかった。

三、四年前の天神祭りの日、息子夫婦がお祭りで来ていて夕飯の後、近所の天満宮の夜店に行った。
そこでひろとが金魚すくいでゲットしたのをマンションで飼っていた。 何匹か死んで一匹になっていた。

愛ちゃんが引っ越しの準備をしているとき訪ねたとき「金魚持っていけないしどうしましょう、飼います?」 
「いやぁ・・前の家の時金魚飼っててね、夏田舎から帰ってきたらみんな真っ白になってひっくりがえって死んでた
その姿を見て以来金魚も飼えなくなったのよ」 愛ちゃんは川へ流しましょうかねどうしようかと悩んでいた。

息子より先に愛ちゃん母子が鹿児島に行ってから、一か月半引っ越していく息子も直前まで悩んでいた。 
ひろとに電話でどうしようかと聞いたらしい。
「じいじのとこで育ててほしい」と言ったそうだ。
夫がそのことを聞いて即効「飼うわ」金魚の行先は決まり、引っ越しの前日二人で引き取りに行った。
「一匹は可哀想なので、足してやって欲しい」と言われた。
生き物だ、エサもやらなくてはいけない。
ひろとの思いで飼うことになった金魚、ひろ金魚と名付けた。

夫を見送る朝の玄関、二人して覗く。 エサをやるのは夫の役目にした。 
「待ってるなぁエサもらうの」「今日は元気やね、早く増やしてやらないと寂しそうだよ」とか言いながら、
金魚を二匹、お店の人の話を聞いて買った。 鹿児島へもRINEで動画を送って、ひろとやゆいちゃんと話したりした。




我が家の家族になって、四十日あまりになった。
色の薄いのがひろ金魚、買ったのは赤いのと尾っぽが黒いので分かりやすい。 
毎朝、「おなかが大きいんと違うか?」ひろ金魚の動きが鈍く、奥の方でゆったりとしているから。「どこか悪いんかなぁ」
ひろ金魚の動きが悪いので、心配した。 (だから飼うのはね・・もし死んだりしたらどうする・・) 
夕方のエサも帰宅した夫の仕事にしている。 「お! 元気いいやんみんな」「みんな元気ええやん」 
「うん、元気になったわひろ金魚」 心配したり、安心したり。
気が付いたらいつの間にか私たちは、この子この子とか言いながら話している。
帰宅した自転車の音がして玄関へ入った夫は、今までのようにすぐには上がって来ない。 エサをやってしばらく眺めているのだろう。 

住めば都・・じゃなくて、飼えば家族?
ひろとの一言で家族になった金魚。 
私たちは今、三(人)匹の金魚から目が離せない。
もしかしたらこの金魚が、二人の会話を増やしていい感じになるのではなかろうか。
金魚へのやさしさが、お互いへのやさしさに更に加わるのではないだろうか。

こころゆらゆら・・。 金魚・・ゆらゆら。 
初孫ひろとの嬉しい置き土産である。



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