EUの手のひら返し

次世代の移動通信システム「5G」の導入に当たり、「EUは中国のファーウェイ社を締め出すことはしない」ということが決まったのが今年1月の末。つい最近の話だ。ファーウェイにとっては間違いなくありがたい決定だったはずで、これを後押ししたのは、もちろんドイツだった。

ここ数年、中国企業のダンピングや不正行為などがEUで問題になるたびに、中国を助けるのがメルケル首相の役目だった。だから、今回も中国側は、メルケル首相がいる限り、ファーウェイがEU市場から締め出されることはないとタカを括っていたに違いない。メルケル首相は中国にとって最高の政治家である。

ところが、それから半年も経たない7月24日、EUの委員会は意見を変え、5Gの整備については、EU内で独自の努力をすべきだと言い出した。EUの重要な通信システムが外国の特定の一社に牛耳られるようでは、安全保障上のリスクが大きすぎるからだ。

これを聞けば、名前は挙がっていなくても、ファーウェイの話であることは誰にでもわかる。この半年の間には香港問題があり、中国発のコロナウイルスが猛威を振るい、それに乗じた中国の横暴が際立った。EUが中国に対する意見を変えても、さして不思議ではない。

具体的には、ファーウェイの代わりとして、フィンランドのノキア社とスウェーデンのエリクソン社が5G市場に浮上してくるのではないかといわれている。

EUのそもそもの問題は、ファーウェイに頼らなければ5Gの整備が満足にできないことだ。たとえ技術はあっても、ヨーロッパのどの企業も、それを採算のとれる商品にする努力などしてこなかった。理由は簡単。中国に任せた方が安上がりだからだ。

ちなみに電気自動車のバッテリーも同じだ。環境のためといって、電気自動車の啓蒙に熱心なEUだが、肝心のバッテリーが作れない。今頃になってようやく、自前のバッテリーがないのはマズいと気付いたが、いまさら中国メーカーと競争できるような価格でバッテリーを生産できる国などあるはずはない。

そこでドイツは一昨年、世界最大のバッテリーメーカーである中国CATL社の誘致を決めた。将来は、EU全体に“made in Germany”の中国バッテリーを輸出する計画だ。かくしてヨーロッパの中国依存はますます深まっていく。

5GをめぐるEU加盟国それぞれの動き

トランプ大統領は、EUに、5Gのプロジェクトからファーウェイを完全に締め出すよう要求している。ただ、EUはそれほど従順には動かない。EU製の5Gが本当に軌道に乗るのかどうかもわからない現在、そう簡単にファーウェイの「完全排除」には踏み切れない。

しかも、民主主義国が特定の企業を、確たる証拠もなく拒絶することは極めて難しい。アメリカの場合、ファーウェイがスパイをしている証拠を見つけたと言っているが、EUはそんな主張はできない。 

だからEU委員会としては、ファーウェイの案件は、各国政府が安全保障を重視しながら独自に決めるべく、解釈の幅を残してある。ただ、全体の傾向としては、現在のEUは確実に、ファーウェイを締め出す方向に動いているように感じる。

フランスは、ファーウェイという名前は出さないものの、5Gに関しては、厳しく監視できるシステムを構築しつつある。元々サイバー上の安全には神経質だったが、今回、さらにそれが強化される。

フランスでは、通信システムに関与する企業は、単に利益を追求する一般企業とは異なり、国民の生活と安全を維持するためのライフラインという位置付けなので、危険が迫れば、政府が通信システムに介入することもできるようになる。あれほど中国べったりだったフランスが、最近とみに対中政策で態度を硬化させていることには注目すべきだろう。

イギリスは、基本的にファーウェイの市場参入は認めるが、情報漏れのリスクのある部門からは締め出す意向だ。しかも、ファーウェイの市場シェアが35%を超えてはならないという法律まで作った。このような法律はEUでも例を見ない。イギリスがアメリカと歩調を合わせていることがよくわかる。

ベルギーにはNATOの司令部やEUの施設が多々あるが、ベルギー政府は自国の諜報機関の進言に従い、やはり通信システムの中枢部分からは中国企業を外すことを決めた。

また、オランダも、国家の機能に対する妨害行為を起こす疑いがあったり、外国政府と結託している可能性のある企業は、自国の市場から締め出すことを決めた。これも暗にファーウェイを指していることは言うまでもない。 

デンマークでは中国大使が、「フェロー諸島(デンマーク自治領)の5Gプロジェクトに中国を参入させなければ、フェロー諸島と中国との間の自由通商条約を破棄する」と脅したと言われる。いずれにしても、現在、両国の関係は悪化しており、政府は急遽、5G通信システムをライフラインと定め、いざという時に政府が介入できるよう手を打った。

ポーランドも最近、5Gの安全についての法律を強化した。これは、EUが要求しているものよりも、さらに厳しい内容になっているという。

驚くのはイタリアで、あれほど経済的に中国に依存しているはずが、5Gに関しては思いがけず厳しい態度に出始めた。ここでも、通信システムはライフラインとして位置付けられ、政府は、国家や国民の安全が侵害されそうになったときには、通信事業者が他企業と結んだ契約を破棄する権利まで得た。

一方、スペイン、ポルトガル、ルクセンブルク、スウェーデン、オーストリア、フィンランドなどは、まだ思案中だという。その理由は、ファーウェイの通信システムは安くて性能が良いこと。また、中国となるべくことを荒立てたくないこともあるだろう。

ドイツはどうするのか

さて、ではドイツはというと、メルケル首相がファーウェイを締め出すとは思えない。彼女が中国批判をしないことは、すでによく知られている。香港の「国家安全法」についてさえ沈黙を保っているほどだ。

しかし、実は、政府内では対中政策は一枚岩ではない。さすがに、中国にこれ以上おもねることの危険を指摘する政治家は、与野党ともに増えている。 

たとえば、SPDの牙城である外務省では、中国寄りの首相官邸やら経済・エネルギー省を差し置いて、マース外相がかねてより中国の人権問題に熱心に介入してきた。それどころか最近のびっくりニュースは、米国、カナダ、英国、オーストラリア、ニュージーランドなどに続いて、ドイツも香港との犯罪人引渡し条約を停止したことだ。これまでの独中関係を顧みれば、画期的な事件といえる。

そのため、これを、ドイツの対中政策が大きく変化する前兆、あるいは、メルケル首相の影響力の低下と見るような報道もあったが、私はその見方には与しない。

たとえメルケル首相がいなくなっても(5選に挑戦しない限り、任期は来年の秋まで)、ドイツの対中政策が大きく転換するとは、とても思えないのだ。マース外相の中国批判は、政権内での単なる役割分担ではないか。

ドイツ企業の中国依存は、方向転換など不可能なほど進んでおり、大企業のボスたちを見ていると、すでに一蓮托生の感が強い。ドイツが物も申せず、中国の顔色を伺っている昨今の様子を、ディ・ヴェルト紙は「ドイツの叩頭外交」と揶揄した。なお、ファーウェイ問題に関しては、ドイツはおそらく玉虫色の解決法を見出すだろう。

かつてドイツは、活発な交易によって中国を変えることができると信じていたようだが、結局、豊かになった中国がドイツを変えてしまったというのが、目下の結論である。