介護施設の環境 特養経営、広がる地域差

介護施設の環境…地域格差拡大

報われぬ国 負担増の先に)介護施設の環境 特養経営、広がる地域差
その他 2015年2月23日(月)配信朝日新聞


 ◇第3部 療養不安

 首都圏にあるJR駅から20分ほど歩いたところに広がる空き地の前に、建設計画を知らせる看板がぽつんと立つ。看板には黒いビニールテープで大きく「×」とはられていた。

 もともと、地方の社会福祉法人(社福)が鉄筋コンクリート4階建てでベッド数118床の特別養護老人ホーム(特養)を建てる計画だった。空き地がある県と市は建設を補助するために6億円を超える予算をつけた。

 だが、昨年7月、社福は建設を断念した。朝日新聞の取材に対し、この社福は「建設費の高騰」を断念の理由にあげる。

 10年ほど前に東京都内に進出し、首都圏で特養などをつくってきた。ところが、首都圏での運営は億円単位の赤字が続いているという。

 担当者によると、首都圏は土地の賃料や建物の建設にお金がかかって借金返済が大変なのに加え、介護職員の人件費も高いため、赤字になっている。「地方は黒字で、その分を首都圏ではきだしている」

 空き地はいま、別の社福が特養を建設することになっている。ただ、最初の計画で今年春に予定していたオープンは2年遅れる。市の担当者は「入居待機者も多いので、計画が狂ったことは残念だ」と話す。

 ■地価も人件費も

 徳島県にある社福「緑風会」は昨年12月、東京都世田谷区に特養を開いた。だが、介護職員がやめるなど必要な職員を確保できないため、入居者を受け入れるペースを遅らせた。いまは定員100人の7割に抑えている。

 首都圏の介護施設では、職員がより給料のいい仕事に流れるなどして人手不足になり、施設どうしで職員の奪い合いになっているという。桝田和平(ますだわへい)施設長は「1年後にはなんとか入居率を100%にしたいが、職員が確保できるかどうかにかかっている」と話す。

 緑風会のグループでは、都内に特養を数施設つくる構想があった。だが、2020年の東京五輪開催が決まって地価や建設費が上昇したこともあり、当面は世田谷区の1カ所にとどめることにした。

 介護をめぐる環境は、大都市と地方の差が広がりつつある。

 宮崎市南部の丘陵地にある宮崎保健福祉専門学校では、医療・介護職をめざす学生約200人が学ぶ。広い敷地には1階建ての校舎が数棟並んでいる。

 「20歳代半ばの女性職員の月収は約20万円で、ボーナスを含めた年収は約320万円です。東京だと低いが、宮崎では一般の事務職より高いんです」。この学校の入中英治常務理事は、併設するデイサービス事業所で働く職員の給料をそう説明する。

 宮崎市内の社福「愛鍼(あいしん)福祉会」が運営する特養の渡辺亨園長も、大都市での介護職員の離職に驚く。「昔から役場、農協、福祉施設は『優良企業』と言われる。生活が安定しているのでやめる人も少ない」

 財団法人の介護労働安定センターがまとめた調査では、12年9月の介護で働く人の平均月給は東京都が約27万2千円で最も高かった。最も低い秋田県の約19万3千円より8万円近く、宮崎県の約20万5千円より7万円近く高い。

 ところが、それぞれの地域で介護とほかの仕事の賃金水準の状況を比べると、ちがう姿がみえてくる。

 ハローワーク宮崎によると、昨年12月に仕事を探している人が求めた希望賃金は、事務職の平均が月約15万2千円だったのに対し、介護サービスは約15万4千円とわずかに上回った。

 一方、東京のハローワーク渋谷では、事務職が約24万2千円だったのに対し、介護サービスは約22万円と下回った。東京の賃金水準は地方より高いが、家賃や物価など生活費も高い。より賃金水準が高い仕事も多いため、人を集めにくいとみられる。

 「定員100人の特養では年間収入が4億円ほどになる。この規模では、賃金水準が低い地域と比べて東京の人件費は年間で少なくとも5千万円は高くなるのではないか」。東京都世田谷区にある社福「大三島育徳会」の田中雅英常務理事はそう指摘する。

 75歳以上の高齢者の人口はこれから大都市で急増していく。人口が500万人を超える北海道、東京、大阪、神奈川、千葉、埼玉、愛知、兵庫、福岡の9都道府県では今後10年でいまより40%以上増える。一方、ほかの地方は25%ほどで、より緩やかになっている。

 こうした先行きをにらみ、地方の社福など介護事業者は大都市をめざす。昨年、都内でオープンした特養21施設のうち11施設は都外の社福が運営する。

 「地方では高齢者が減り始めているところもある。大都市で高齢化が進むのはこれから本番を迎える」。四国から首都圏への進出を模索している社福の幹部はそう話す。

 ■加算でも効果薄

 しかし、大都市は介護施設が必要なのにもかかわらず、地価が高かったり介護職員が足りなかったりして、特養などの運営環境は厳しさを増す。

 厚生労働省の調査では、全国の特養の「収支差率」は8・7%になる。これは企業の「利益率」にあたる割合で、中小企業の2・2%を大きく上回る。

 ところが、東京都のまとめでは、東京23区内の特養127施設の12年度の収支差率は4・2%にとどまった。収入には都が特養に出している補助金も含まれており、収入から補助金を除いて計算すると収支差率は1・3%まで下がる。

 補助金は15年度予算案で約35億円になる。都は、補助金を除いた収支差率では施設の補修や建て替えなどをして介護事業を維持するのは難しいとして、今後も支援を続けていく方針だ。

 政府も介護をめぐる大都市と地方の差を埋めようと、物価や賃金水準が高い大都市などでは介護保険から支払う介護報酬に数段階の割り増しをしている。特養や有料老人ホームなどの介護施設は、最も高い「1級地」の東京23区では8・1%分の割り増しがある。

 ただ、大都市の介護をめぐる環境は改善していないため、政府は今年4月からの介護報酬改定で割増率を増やし、1級地の東京23区は0・9ポイント増の9・0%にする。2級地の大阪市や横浜市などは7・2%、最も低い7級地の札幌市や北九州市などは1・4%だ。

 しかし、改定では介護報酬そのものを全体で2・27%引き下げる。たとえ割増率が増えても施設が受け取る報酬額は減り、大都市での介護環境の改善は進まない。

 (松浦新、生田大介)

 ■都道府県別の「介護職員の平均月給」と「1畳あたりの平均家賃」

都道府県  平均月給  平均家賃

北海道 21万8280 1886

青森  20万139  1827

岩手  22万752  2103

宮城  21万7244 2703

秋田  19万3344 2021

山形  22万3557 2273

福島  22万626  2160

茨城  24万4205 2479

栃木  24万2116 2586

群馬  24万7517 2298

埼玉  25万1845 3417

千葉  25万2938 3306

東京  27万1963 5178

神奈川 26万2751 4110

新潟  22万7752 2347

富山  23万5354 2367

石川  22万2861 2436

福井  23万6529 2136

山梨  23万4180 2386

長野  24万2856 2231

岐阜  24万2592 2211

静岡  24万5913 2765

愛知  25万2126 2811

三重  23万6830 2328

滋賀  23万5098 2537

京都  25万7249 3136

大阪  24万5180 3204

兵庫  24万3477 2797

奈良  24万1893 2285

和歌山 23万4729 1994

鳥取  21万8522 2069

島根  22万6381 1971

岡山  23万371  2466

広島  23万5735 2531

山口  23万3782 1981

徳島  21万5406 2135

香川  22万5663 2177

愛媛  20万9706 2062

高知  22万8012 1963

福岡  21万7552 2485

佐賀  20万9763 1952

長崎  20万2212 1998

熊本  20万9727 2137

大分  21万1839 2060

宮崎  20万4752 1936

鹿児島 21万1008 2057

沖縄  20万1753 2096

全国  23万3666 3039

 (単位は円。介護職員の月給は介護労働安定センター調べで、2012年9月現在。家賃は総務省調査で直近の08年現在、月々の平均)

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