常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

秋景色

2014年09月30日 | 日記


刈り取った稲を天日乾燥している。最近はコンバインで刈り取った稲はその場で脱穀され、丸めた稲藁が田んぼに残る式の稲刈りになっているので、稲杭にかけられたものはあまり見かけなくなった。それだけに、昔から見慣れた田んぼの風景は風情がある。田植えしてから4ヶ月、棚田で杭にかけられた仁王立ちする稲の姿は、秋を一番強く感じさせる。

稲架たちてわが近道の絶えにける 児玉 小秋



農村の機械化で、昔飼っていた馬の姿はなく、代わってトラクターが農作業の力強い味方になっている。農道の片隅に置かれたトラクターの存在感がひときわ高まっている。この機械の持ち主は、きれいに汚れを落とし愛車のようにトラクターを扱っている風に見える。カメラを提げてこの道を行くと、その人から深々とお辞儀をされた。

しづけさに稲刈る音の揃ひけり 市村究一郎



ついこの間まで青かった柿の実が、朝夕の冷え込みで急に色づきはじめた。実のまわりの葉も、みごとな紅葉である。柿紅葉だ。誰が言い始めた言葉であるか、知るよしもないが、秋を象徴する言葉だ。

柿紅葉地に敷き天に柿赤し 松本たかし



りんごはさらに懐かしい。子どものころ、空腹に耐えかねて隣の家の畑で赤くなったりんごをもいで食べた。それを父が見ていて、いきなりびんたを張られた。それだけでは許して貰えず、両手を縛られて、木に結わいつけられた。見かねた隣の小父さんが、「そのりんご幹ちゃんにあげるから、許してやって」と父に言った。泣きながら、もう絶対にこんなことはしないからと謝って、やっとのことで許しが出た。

林檎の実赤し遠嶺に雪を待たず 大串  章



柘榴の赤が際立っている。秋の深まりとともに、柘榴の色もしだいに深まりを見せる。秋の日があたると、裂けて種が顔を出す。口裂け女のような怖い顔になるが、なぜか懐かしさがわいてくる。それもそのはず、種を取って砂糖を加えて焼酎を入れて熟成させた柘榴酒が味わい深いからだ。焼酎の水割りに少量加えると、ほのかに柘榴の香りがする。毎晩、これを飲むのが楽しみである。

ひやびやと日のさしてゐる柘榴かな 安住  敦

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