常住坐臥

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千歳山~護摩山へ

2020年11月24日 | 登山
寒気が入る前の、陽だまりのなか、この月最後の山行は千歳山。ホームグランドということもあってリラックスした山登りになった。定番の千歳山から山伏山を経て護摩山まで。奥には、やはりここまで来なければ見ることのできない絶景があった。正面の階段のある登山口への集合は9時。いつもの道をほぼ休憩なしで頂上まで42分。葉を落とした晩秋になると、山中はすっかり見通しがよい。切り倒された松の木が多く、ナラを含めて数千本の木々が倒されたという。葉の繁っている時期には見られない山肌や白鷹山、月山、上山の山々もぐっと近くに見える。本日の参加者9名、内男性3名。木曜会から珍しいTさんの顔が見られた。
頂上を越えて東へ下る道を進むと一気に景色が変わる。あれほど松枯れが進む西南の道とは全く異なって、懐かしい松の景観が広がる。目前に瀧山が迫り、そこへの山並みが見えて来る。標識を見ると、萬松寺へ、奥松山などの名が見える。しばらく下ると既に平清水方面まで来ている。GPSを見ると直進すると丸山、目的とする山伏山、護摩山のルートを外れているのが分かる。ここから道のない斜面を尾根道を目指して登る。10分ほどで正規の登山道に出た。山中に時折り単独行の登山者を見かけるが、晩秋の静かな山だ。一行の談笑だけが山中に響いている。

萬松寺はその縁起が伝説に依っている。人口に膾炙されて阿古耶姫伝説である。和尚の書きつけを記せば
「あこや姫は大識冠鎌足公の末孫、中納言藤原の豊満卿の姫君也。此国ニ下りて儲け給ひしなり。不斗ひとりの男夜毎ニあひ馴て深く契りを結び給いふ。或時姫聞きて、此年深く馴染まいらせしおこは、いづく名は何と尋ね給ひけるに
、名取左衛門太郎と答えて、又或夜物語に、我ハ此千年山の松の精也。然るに名取川の橋の修理に翌伐れ侍る。されども魂とゞまりて、引くとも動くまじ。其時里人に替べし。御身出て引給ふ時は、安くまいるべしと約しけるに、言葉に違はずなんありける。里人姫君をたのみけるに、姫綱に手をかけ給へば、安らかに名取川まで引付たり。此時今の笹谷峠を通るけるに、姫此松と道々さゝきけるに、私語峠なりしを、今に称してさゝや峠といふ習せり」

ほどなくして阿古耶姫は遺言して、亡骸は千歳山に葬り、その印として松を植えよと頼んだために、今頂上の阿古耶の松が植え継がれている。

帰路、稲荷神社から右の道を下り、赤十字へと下る。下山まで4時間。山かげに吹く風はさすがに冷たいものがあった。晩秋の陽ざしを堪能した山行であった。

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