徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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CETA ~いつから反対者が悪者になった?

2016年10月24日 | 社会

CETAとはComprehensive Economic and Trade Agreement(総括的経済貿易協定)というEUとカナダの自由貿易条約で、かねてより、そのISD条項が民主主義の根幹を揺るがすと問題にされてきました。問題の根はTPPと同じです。たとえそれが、「仲裁裁判所」から「国際貿易裁判所」に名称が変更されたとしても、そもそも企業が国家の定める法律・規制を経済活動の障壁として裁判に訴えることができ、勝訴すれば賠償金を受け取ることができるというその可能性の存在自体が問題なので、本質的には何も解決されていないのです。多国籍企業に支払われる賠償金はもちろん敗訴した国の納税者が払うことになるわけです。つまり、国民が議会によって決めた、例えば環境規制とか、原材料表示義務などの法律が、その国で商売しようとする外国の多国籍企業の障害になるからという理由で、その規制によって失う利益オポチュニティーを、その規制を決めた国民が税金で補填することになるわけです。どう考えてもおかしいと思いませんか?カナダの企業がEU内で活動したいならば、EUの法律その他の規制にただ従うべきでしょう?関税が貿易障壁だから、それを下げろ、という要求とは全く次元の違う問題で、民主主義に基づく法制度そのものを揺るがすレベルのものです。

EU貿易総局長セシラ・マルムストレームは7月5日、これまでの欧州委員会の方針を曲げて、CETAを「混合条約」扱いにし、加盟各国の議会で審議することを認めました。それを受けて各国議会で審議され、ドイツでも先日連邦憲法裁判所が「解釈説明および加盟国ごとの追加記録をもって留保案件を解決すること」を条件に「一先ず」ゴーサインを出したところです。そして反対者はベルギーのワロン及びブリュッセル地方議会を残すのみとなりました。ベルギー政府は地方議会の承諾なしに条約に調印することができないので、月曜日までにワロン地方議会の説得に当たる時間を得ていたのですが、これまで7年間交渉にかかわってきた人たちや各国の経済相などから、並々ならぬプレッシャーをかけられる中、今日「ベルギーは調印できない」とミシェル首相が発表したので、「木曜に予定されているEU・カナダサミットはキャンセルか?」「CETAはまだ救えるか?」等と大騒ぎになっています。 

何としてもCETAを成立させたい政治家たちの言い分は、「カナダとの貿易条約すら調印に持っていけないなど、EUの機動力がないことの証明になってしまい、国際的に恥をかく」「ワロンはEUを人質に取った」などというようなものです。人によってもちろん若干のニュアンスの違いはありますが、とにかく「調印ありき」が大前提で、それを邪魔するワロン人たちがまるで物わかりの悪いバカ者のような扱いです。それが、ここ2・3日、私がテレビのニュースや主要メディアのオンラインニュースから受けた印象です。

「ちょっと待て」と言いたいです。7月に「CETAはEUレベルで締結・施行可能」という見解を強調した欧州委員会委員長ジャン・クロード・ユンカーを非民主的とやり玉に挙げ、何が何でも各国議会の承認を得るよう要求したのはあなたたちではなかったか?それで、ワロン人がノーと言ったから、今度はそちらを批判し、EUの機動力云々と脅しをかけるのはお門違いというものです。それなら最初からユンカー委員長の言うとおり、EUレベルで、欧州委員会及び欧州議会のみで条約締結すればよかったのです。でもそこでは民主主義の建前を振りかざし、今回はワロン議会の民主主義的な決議を全く尊重せずに、脅しすかして「イエス」と言わせようとする、えげつないダブルスタンダードです。

しかも、報道上なんだかすっかり無きものにされてしまっていますが、依然としてCETAとTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ条約)に反対する小さくない勢力は全欧で300万筆以上の反対署名を10月6日までに集めました(ヨーロッパ市民イニシアチブの主催団体の一つであるコンパクトのサイトより)。ワロン地方議会はたまたま議員たちが民衆に近いスタンスを持っていたから、「反対」多数となったのでしょう。ドイツでは明らかに民衆の声と議会の決定に乖離が生じています。CETAとTTIPの反対運動はドイツが最も盛んなのです。それなのに、ドイツ連邦経済・エネルギー相ジグマー・ガブリエルは、「TTIPはどうなるか分からないが、交渉の終わっているCETAだけは調印すべきだ」という謎の主張をして、社会民主党(SPD)党内からも顰蹙を買っています。「謎」なのは、根本的な条約の非民主性はどちらにも共通することなのに、交渉の進捗状況のみで違う扱いをしている根拠が不明だからです。ISD条項を含む限り、相手国がどこであろうと民主主義の危機であることに違いはないのです。それなのに、「何この空気!?」と非常に不快な違和感を感じる報道ばかりです。全欧から集まった300万筆以上の反対署名を無視し、あたかも問題点・批判点は全て解決されたかのように喧伝し、いまだに反対する人たちが、―現在はワロン地方議会が矢面に立っていますが―頑固で物わかりの悪い人間であるかのような議論の展開があちこちに散見されます。

ベルギーでは、社会保障予算が削られるなどの政策で社会的緊張が高まっており、ゼネストが頻繁に行われていたところなので、社会主義陣営の態度の硬化が顕著になっており、そのせいでCETAに関する妥協も受け付けなかったのではないかと、少なくともドイツ左翼系メディアTAZは報道しています。ツァイトオンラインは、ワロン地域の失業率の高さや、地元農業へのデメリットや消費者・環境保護スタンダードの低下が心配されていることを指摘していますが、その心配が正当なものであることは一切認めていないように見受けられます。正面から否定はしていませんが、肩を持つこともしていないので。

ワロン側は交渉のやり直しによって、いくつかの条文の変更を要求しましたが、EU側はそれを完全却下し、「条文は一切変更しない」としており、問題点は解釈説明や追加記録で解決すべしという態度を崩していません。

果たしてそのような条件つき承認が後に歯止めの役割を果たせるのか大いに疑問です。一度調印されれば、後はなし崩し的に新自由主義が一般市民の福祉を蹂躙していくのではないかと不安を覚えずにいられません。

参照記事:

TAZ(ドイツの左翼系新聞)、2016.10.24、「ベルギーはCETAサミットをおじゃんに
ツァイトオンライン、2016.10.24、「EUはCETA救済がまだ可能との見解」 
その他さまざまな2016.10.21-24間のニュース 


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