徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:ピエール・ルメートル著、『悲しみのイレーヌ』&『傷だらけのカミーユ』

2016年10月31日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

去年読んだピエール・ルメートルの『その女アレックス』が実はヴェルーヴェン警部シリーズ3部作の第2作だったと最近気が付き、後の2作を読んでみました。『その女アレックス』が最初に日本語訳されて、後から『悲しみのイレーヌ』&『傷だらけのカミーユ』の日本語訳が発行されたそうです。

さて、シリーズ第一作の『悲しみのイレーヌ』ですが、カミーユ・ヴェルーヴェン警部の奥さんであるイレーヌの運命は先に『その女アレックス』を読んでしまっているので最初から分かっていたとはいえ、どうやってそこに至るのかはまるきり予想がつきませんでしたので、大いにはらはらしながら読むことができました。ストーリーは異様な手口で惨殺された二人の女性から始まり、ヴェルーヴェン班が捜査を始めた後に、過去に起きた事件との関連性が明らかになり、どうやら推理小説の殺人シーンの再現であることが判明していくのですが、それが犯人に繋がる手掛かりになるわけでもなく、捜査は行き詰っていきます。そして途中に衝撃的な転換があり、読者を驚愕の底に突き落とすような感じです。

辛うじて犯人は捕まえられますが、奥さんを救うことはできなかったので、ヴェルーヴェン警部の失意は推して知るべし、です。

原題は”Travail soigné(丁寧な仕事)”で、推理小説の殺人シーンを細部にこだわり再現する殺人犯の行為にスポットを当てています。それに比べると、日本語の題名はあまり説得力がないというか。。。シリーズ作すべてのタイトルに人名を入れようという意図なのでしょうが、中身にそぐわないと思います。

『悲しみのイレーヌ』のすぐ後に、シリーズ3作目で最終巻の『傷だらけのカミーユ』を読んでも殆ど違和感はありません。イレーヌの事件から5年後という設定で、彼の現在の?付の恋人アンヌが武装強盗事件に巻き込まれるところから始まります。

『悲しみのイレーヌ』はもっぱらヴェルーヴェン警部視点で語られていましたが、『傷だらけのカミーユ』では視点がヴェルーヴェン警部と誰だかわからない「おれ」、そして時としてアンヌに交代しながら話が進行していきます。

強盗は本来ヴェルーヴェン警部の管轄ではないはずなのですが、大事に思っている女性が巻き込まれたことを放置しておけず、捜査権を無理やり自分に引き寄せ、規則違反を重ね、捜査1日目、2日目、3日目と、どんどん窮地に追い込まれていきます。

前2作にあったようなまさかの衝撃的大転換はなく、意外性は普通のミステリーの範疇に収まるように思いますが、それでも話の行き着く先はなかなか見えず、大けがを負わされたアンヌがなぜか強盗犯にその命を狙われていることで、いやおうなしに緊張感が高まっていきます。

そして最後の方になって、「おれ」の正体がようやく明らかにされます。

決してハッピーエンドではなく、まさに「傷だらけ」のカミーユ・ヴェルーヴェンだけがあとに残される、というような悲哀漂う物語です。あまり家庭運に恵まれていないようですね。

両作品とも一度読み出したら止まらない牽引力をもつ名作です。

 

 


書評:ピエール・ルメートル著、『その女アレックス』(文春文庫)