背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

Vergin Snow (3)

2022年02月01日 06時11分39秒 | CJ二次創作
「ーーえ?」
今度はかろうじて口にすることができた。
アルフィンの言っていることの意味が分からなかった。いや、分かってはいた。が、にわかに信じられなかったのだ。その、彼女の意図するところが。
ちょっと待て、落ち着け、ジョウはそう自分に言い間かせながらアルフィンの台詞を反芻する。
でも、うそみたいだが彼女が言わんとしているのは、ただ一つのことであって。
「それって……」
恐る恐る、普段の彼からは想像もつかないような心許ない表情を向けて、ジョウは訊き返そうとした。
が、いともたやすく涼やかなソプラノで止めを刺される。
「一緒に寝ましょ、そうすればどっちとも寒くないし、風邪もひかないわ」
アルフィンはしれっとしたものだ、ジョウはそこでようやく直面している現実問題とアルフィンの提案が、頭の中でかちっと繋がった。
いきり立つ。
「馬鹿言うな、そんなことできるわけないだろうが!」
ジョウの声がしんしんと冷え切った洞穴の中に反響し吸い込まれていく。
アルフィンは寒さのため抱えた膝に顎を載せながら聞き返した。ストレートに。
「なんで?」
「な、なんでって」
それは……。の後が続かない。
口ごもった彼に平坦な視線を向けながらアルフィンはこう告げた。
「ジョウが寝袋で寝ないんなら、あたしも使わない。一人だけぬくぬくと寝入って、もしも起きた時あなたが凍死してたら、寝覚め悪いもん」
「う」
ジョウの目が泳ぐ。
「でも、俺は」
「俺は?」
「……いや、俺たちは、今ケンカ中なんだぜ。忘れたのか」
全然理由になってない。自分で言っていて、ジョウは頭を抱えたくなる。
案の定アルフィンに
「死ぬよりは、ましよ」
とあっさりあしらわれる。
「それは、そうだが」
ジョウは完全に詰まった。下唇を噛む。
「俺と君がひと晩とはいえ一緒の寝袋なんて、 まずいだろ。やっぱり」
苦々しく呟いた。
「どうしてよ?」
「どうして、って、分かってるんだろ。最後まで言わすなよ」
ジョウはアルフィンの応えに苛立ちを感じ始めていた。わざと挑発しているとしか思えない。ケンカの意趣返しのために。
でもアルフィンは彼の反応を面白がるわけではなく、真正面から思い詰めた目で見つめた。たじろぐほどの強い眼差しが彼を射る。
「言ってよ。何がまずいのか。たまには最後まで。ちゃんと。
今のケンカだって、原因を突き詰めればそこに行くんでしょ。なんでジョウはいつも肝心なことをあたしに話してくれないの」
言っているうちに、怒りが再燃したらしい。アルフィンは激高し、途中から涙声になっていった。
「あたしのキャリアが浅いから? 信用できないから? それとも他に理由があるの?」
「アルフィン」
彼女の尻すぼみの声の前に、ジョウは身動きができなくなる。
とにかく、と話をまとめながらアルフィンは涙をこらえた。
「ジョウが入らないんならあたしだって寝袋は使わないわ。絶対。使うときは二人一緒よ」
そして目を真っ赤にしてジョウを見据えた。
何があってもそこは譲らない、という思いをふくれっ面に押し出して。
洞穴の壁を背にしたように、ジョウは退路を絶たれたも同然だった。
苦りきっていた。
どっちが意地っ張りだってんだよ。ったく。
心の中、捨て台詞を吐く。
「後悔するなよ」
俺を追い込むために安易に口にしたこと。
でも、後悔するなとそう言わされる方が既に後れを取っているということに彼はまだ気づかない。
「ーーしないよ」
小声で。
ジョウに届くか届かないかというくらいの小さな声で、アルフィンが囁いた。
膝の上に類を預けながら。彼と視線を合わせることなく。
金髪がひとふさ、さらりと音を立てて流れた。
「ジョウとのことで、後悔なんてしたことないよ。あたし」



「来いよ」
ぶっきらぼうとも取れる言い方で、ジョウがアルフィンを促した。
ブーツは脱いだ。ベルトも外した。ジャケットも、一人用の寝袋に二人入り込もうとしているため、少しでも窮屈にならないように。インナーシャツに、スラックスだけの姿になって、彼は先に寝袋に身体を横たえた。
それに、そうしたほうが体温を伝え易い。というのは全くの後付けの理由にしてみる。
さしあたって請けた仕事は終わったので(救出されるのを待つだけなので)、防護服であるジャケットから袖を抜くことにさほど躊躇はなかった。それでも自衛のため、あるいは野営のときの長年の習慣で、手の届くところに銃のホルスターを置く。
横になったはいいものの、何をどうしたらいいやら見当もつかず、仕方がなく仏頂面をつくって天井ーー洞穴の上壁ーーを眺めるので精一杯だ。
「うん.....」
アルフィンはジョウに背中を向けて彼と同じ姿になる。ジャケットを脱ぐ衣擦れの音さえも、今は妙に艶かしく聞こえてジョウは焦った。
頑なに視線を天井に据え、アルフィンを視界の外に追いやろうとした。
程なくして、アルフィンが傍らにやってくる気配がした。枕元に簡易ランプを灯しているとはいえ、洞穴の中は昏い。絵筆で墨色を重ね塗りしたように、視界を重たげな闇が覆う。
アルフィンはジョウの側に膝をついた。わずかためらう素振りを見せたが、何かをふんぎるように寝袋の中にするりと身を滑り込ませてきた。
……うわ。
腰の位置を決めて、アルフィンもその身体を横たえた。寝袋のファスナーは半ばまで下げておいたので、比較的ゆるりと入り込むことができた。しかし一人使いのところに二人入り込むには、やはり無理がある。ジョウは身体をずらし、何とかスペースを空けてやろうとしたが、それもなかなか難しい。いやでも身体と身体が密着してしまう。
もぞもぞと動いているうちに、下半身のある一部分に、彼女の膝が当たった気がした。定かではないが。
アルフィンは「ご、ごめん」と謝った。
「いや……」
ジョウは、腰の置き所を探しながら答えた。肘や手の位置を探せば探すほど、自分が不審な動きをしていると誤解されるような気がした。
焦る。
「アルフィン、頭を、こっちに」
努めて平静を装い、声を低める。
「あ、うん」
「そう、ここに」
「え、で、でも、あなた、これだと痛くない?」
「大丈夫だ。.…そう、それでいい」
言われるままにアルフィンはジョウの懐にすっぽりと入った。彼は左腕で、その小さな頭に腕枕をしてやる。
この体勢が、ベストだった。お互いに一番深く寝袋に身体を入れることができる。
しかしファスナーは首元まで上がらない。ウエストのところで閉じるのがやっとという感じだった。
それ以上は諦めて、ジョウは耐熱シートを被せた。上体の冷えは、こうやって防ぐしかない。
「...…」
どちらも無言。
場を繋ごうと何か言おうとしても、胸がいっぱいでうまく言葉が出てこない。
アルフィンはジョウの喉のあたりに鼻先を押し当てて俯いている。身体を強張らせて、伏目がちにして。
さっきの威勢のいいのはどこへやら、えらく殊勝な様子である。
一方ジョウはというと、アルフィンの柔らかい前髪が顎に当たって、くすぐったい気分だった。少しでも動こうものなら、唇が彼女の額に押し当たってしまいそうで、妙に緊張してしまう。
声どころか、しわぶきひとつ、出すのがためらわれる密着ぶり。
この体勢で、朝方まで数時間だって?
マジかよ。
ジョウは胃が痛くなる思いだった。身体の奥から何かを甘く煮詰めたような、同時に何か苦い渋味の混じったような、複雑な感情がこみ上げてくる。それを噛み殺しながら、
ーー保たない。
と内心呟く。

4につづく

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3 コメント

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ーー保たない。 (ゆうきママ)
2022-02-02 09:18:22
まるで、修行僧(笑)
下手に眠ったら、凍死の危険もあるから、
ジョウは仕事のことをひたすら考えて、
一晩ガンバレ(笑)
返信する
Unknown (おすぎーな)
2022-02-04 18:46:38
連載投稿ありがとうございます😂
日々忙しく、なかなかこちらに来れませんが、来たときは、こちらは私めのオアシスでございます😍
これからどんな展開になるのか、楽しみでしかございませんっ🎵

高千穂先生、新刊「コワルスキーの大冒険」❗️読みました😆
ネタバレできませんので、私の感想を一言😌
「えええぇぇぇ〰️〰️〰️Σ(Д゚;/)/」
返信する
コメントありがとうございます。 (あだち)
2022-02-06 09:54:15
カメの歩みでの連載です。笑
>ゆうきママさん
確かにジョウにとっては修行でありますな。
忍の一字で耐えてもらいましょう。鬼笑
たぶんジョウの自制心なら大丈夫?

>おすぎーなさん
新刊お読みになったのですね!わたしは時間がなくて、落ち着いてからじっくり一気に読みたいと思います。週末には多分読了できているかな?
サプライズがありそうで楽しみです。
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