ふくはなといっしょ

フレブルふくはなとのナチュラル生活

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田舎ネズミ都会へ行く 2

2017年11月09日 | 旅行

1日歩いた疲れはすっかりとれ心地よい目覚めでした

 

2日目はアディダスくくりで戦地へ向かいます

(前日に買った390円の帽子を喜んでかぶってる私がかわいそう)

 

 

今日はコリアンタウン、新大久保へ!

このイヤリングも前日に買った400円位だったかな?のものです

で、こんな感じのを5つも6つも選ぶから

だったら2~3000円のを1つ買った方がいいんじゃないという私に

 

 

「高い物や、大人っぽい物なんて欲しくないの

こうゆうオモチャみたいなのって中高生がつけるからかわいいんでしょ

今しかつけれなくて今だからカワイイって物が欲しい」

 

 

 

・・・なるほど

 

 

 

今まで、プチプラな物を選んでくれるのはありがたいけど

あまりに安っぽいから、こんなのは着てほしくないとか買えないとか

買い物に行ってはしょっちゅうケンカしてたけど

そうか、私が中学生のころは中学生は子供とみなされる時代だったから

いかに大人っぽくするかみたいなとこあったし

服屋さんでも飲食店でも中学生なんか相手にしてもらえない空気がありました

それに比べて今は小学生だけでも飲食店とかカラオケとか入ってく位だし

中学生でも洋服屋さん食べ物屋さんに、キチンとお客さんとして対応してもらえます

無理していい物を持ったり大人に見られようとしなくてもいいんだ

年相応の楽しみ方をしたいんだ

この時やっと、ああ時代が違うんだと気付きました

(でも透けるようなTシャツは買わないし、Tシャツ生地に近いようなトレーナーも許さんからね)

 

 

新大久保のチーズタッカルビは行列がスゴいと聞いてはいたものの

なんで?まだ10時すぎやで

 

 

とかいってお昼には私たちも食べてたりして 笑

2階にあるお店の誰一人並んでないどころか店内ガラガラのお店で頂きました

だってこれ多分どこで食べても同じ味だもん

美味しかったけど私もユウもひたすら同じ味を食べ続けるのが苦手なので

頑張って半分食べたかなーの感じで残してしまいましたゴメンナサイ

 

 

新大久保では韓国のキャラクターの恐ろしく割高な雑貨や

学校の友達へのお土産

私も調味料や、ハンドクリームなんかを買いました

ここもかなりの人だけど原宿に比べたらまだねえ

 

 

 

なに

 

 

 

も1回

 

 

 

原宿?

 

 

 

いやいや

 

 

 

いやいやいやいや

 

 

 

トホホ

オバサンここで待ってていいかな

 

 

また日が暮れるまで揉まれに揉まれ

もーこれ以上は物理的に何も持てませんっとなった時

東京駅までもどることにしました

 

よし!

とりあえずコインロッカーに荷物を預けて身軽になってから

駅構内を見て回ろー

 

 

 

 

!!!

 

 

 

 

 

「トランプ大統領来日により

コインロッカー全て閉鎖」

 

 

 

買い物ってスポーツだったんだね・・・

 

 

 

 

 

今、ネットで世界中の物が手に入る時代に

こんな身動き取れない中の買い物なんて効率悪いし疲れるだけだと思うけど

そんな時代だからこそ

その場に行って雰囲気を味わいながら

実際手にとって物を買うという体験が逆に貴重なのかもしれません

女の子がオシャレをしたいとか、かわいくなりたいとか思う気持ちがまずかわいいもん

かつて女の子だったハハはやはり応援したくなってしまいます

私には地獄絵図に見えた景色も、ユウにはキラキラ輝いて見えたことでしょう

本物だか分かんないけど

何人かの、芸能事務所と名乗る人から名刺をもらって嬉しそうだったユウ

ホントにここは都会なんだなあ

いつかさえない大人になった時

ああ、あん時一歩踏み出してたらなあなんて

大口叩く時用にこの体験は記憶の片隅に残しとくんだよ

 

 

私の印象深かった事は飲食店でもコンビニでも

外国人のスタッフが多かったこと

今は雇用形式さえこだわらなければ働き口なんていくらもあるけれど

これから確実にどんどん移民は増えていく

英語も日本語もペラペラの外国人と日本人、どっちを雇う?

派遣、契約社員、バイトですらシゴトが見つからなくなる日がくるんだ

深刻な問題に今から考えていきゃなきゃならないんだと。

 

 

 

駅に着いたら旦那さんが車で迎えに来てくれていました

車に乗った瞬間

もうっっ!車ってなんてサイコーなの!!

このまま家までビューンだもん 荷物も一緒にビューンだもん

楽ちんちんちん~

東京に行ったのは過去のものとなり

そこで初めて東京楽しかったーって思えました

 

 

 

「ごめんねー、、原宿でマーシーのお店かのりピーのお店で

おみやげ買ってこうと思ってたんだけど、お店が見つからなくてさ」

 

 

 

「・・・だろうね」

 

 

 

 

「で、どうだった?1人の週末は」

 

 

 

 

「スッゴい自由だったよ!

でもその分フクハナのお世話が際立って

 

 

 

 

 

オレ、、、

 

 

 

 

 

この土日

 

 

 

 

 

うんちばっか取ってた気ぃする」

 

 

 

 

ありがと!笑

 

 

 

 

 

安堵に包まれた田舎ネズミは

やっぱり田舎が1番だと気付きましたとさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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田舎ネズミ都会へ行く

2017年11月07日 | 旅行

ハハムスメ

母子旅行第3弾は

 

 

 

 

日本の首都「東京」でーす!

なんとニホンゴが通じまーす

別に何って用はなく、お年頃のユウに原宿を見せてやりたいと・・・

 

3連休の土曜朝早く岐阜を出て

10時には原宿に着いて、時間も早いしまだ空いてるかもなんて思ってた私は

心折れそうです

これ初詣に向かう参道じゃないんだよね

 

 

 

 

今、中高生の間で絶大な人気の韓国ファッションと韓国コスメ

ユウの1番のお目当てはこのスタイルナンダです

 

1番並んでないとこで買ったクレープ

 

 

原宿、表参道のあたりを1日うろつき、日が暮れかかる頃

渋谷駅前から出てるバスに乗って六本木ヒルズに行くために

渋谷まで歩きます

 

 

途中霧雨がパラついたんだけど

そこまで気温が低かったわけじゃないから

傘もささずに夜の都会をキャッキャ言いながら歩くのも非現実的で楽しかったです

 

 

ヒルズの中までバスが入ってってくれました、電車より楽ちん

 

 

展望台のスカイデッキをお目当てに行ったのに

雨が降ってきたからってデッキは閉鎖です、仕方ないね

 

でもガラス越しだってキレイ!

東京タワーを探してたんだけど見当たらなくて

多分コレだよね(写真左上)いつも赤いわけじゃないのねー。

(しかし帰りの新幹線から見かけた東京タワーは

まさしく「ザ・東京タワー」でテレビで見るように赤く光ってました

うちらが東京タワーだーってゆってたのはなんだったのか・・・) 

 

この後はあんまお腹空いてないし

お惣菜を買い込んでホテルでゆっくり食べたのが

私的にはこの旅で1番楽で楽しかったです 笑

 

 

 

私はいまだにスマホじゃないし

新幹線どころか岐阜の電車だってほとんど乗ったことないのに、

山手線だの地下鉄だの大丈夫かなあって心配でした

でも自分で動く前にとりあえず人を頼るという

生まれ持っての末っ子気質の私は(ホント、、そゆとこね、あるよね)

なんだかんだ助けてもらえて何の不自由もなくどこにでも行けました

私のカタコトの標準語に皆メチャクチャ親切に道を教えてくれ

「気を付けて行ってください」

「楽しんできてください」

「大通りでも1回聞いた方が間違いないかもです」

「きっと15分位で着きますよ」

10人位の人に道を尋ねたけど(おい)みんないい人だったなー

旅先はやっぱり不安だもの、そこでやさしくしてもらえると倍うれしい

 

 

いっぱい歩いた疲れもあって

お風呂に入った後はスグ寝ちゃいました

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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インシャラーモロッコ旅行記 ラスト

2017年04月14日 | 旅行

病院では学校に提出する診断書が欲しかっただけで

薬は飲むつもりがないので貰ってきませんでしたが

出された処方箋に書かれていた薬は7種類にもおよぶものでした

 

たかがインフルエンザでここまで薬が多い医療はおかしい

薬をクレクレ言う患者にも責任はあるが

やはり一言の説明もなく当たり前にこれだけの薬を出す医者の問題が大きいと思いました

 

「インフルエンザはただのカゼです。

カゼに効く薬はありません、どころか薬には必ず副作用のリスクがあります。

それで最悪の場合死ぬことだってありますしね。

若くて健康な方がカゼで死ぬことはないでしょう。

2、3日食べずに寝てれば確実に治ります。

それでも薬だしときますか?」

位の説明をしてくれる良心的は医者はいないのかしら。

 

 

体内に抗体を作るまで熱は下がらない

逆にいえば抗体ができたら熱は下がるんだ

私の体は命を守るために必死で働いてくれている

主である本人が薬でその働きを止めてどうする

私にできることは、自分の治癒力、いわば命を信じひたすら寝る事

 

 

さすがによく寝れるんだけど

それでも1、2時間置きには目が覚め

その都度全身の痛みに心が萎えました

頭では分かっていても、何で体が動かないんだろう

なんでこんなに辛いんだろうとモロッコに帰りたくてたまりません

隣で寝ているユウも私と同様で

全身で耐えている姿が細い体が頼りなく

親として何もしてあげれない辛さも負の要因として

心の中でマイナスの気持ちがだんだん膨れ上がってきました

 

 

ユウと二人きりで旅行したのは去年の上海が初めてで

今回のモロッコは2回目になります

今年はユウが中学生に上がったということで

学校を休んでまで遊びに行く事を周りからは結構批判されていて

子供を引っ張りまわして

子供のことを考えていない

勉強をおろそかにさせている

モロッコなんか危険な場所

学校への影響

まあ、いろいろ

旅行前は何を言われててもうるせー位に思ってたけど

実際ここまでヘロヘロになって帰ってきて仕事も学校も家のことも

全然予定とくるってしまったことで精神的に参り

うるせーと言えていた自信はほろほろとほどけてきて

こりゃざまーだな

言われた言葉だけが自分を責め立て頭の中で繰り返します

 

だんだん

 

やっぱり私が悪かったのか

ユウは可哀そうだったのかもしれない

そう思えてきました

 

それだけではありませんでした

マイナスはマイナスを呼び以前言われたことのあるこんな言葉まで

脳内をぐるぐるかき回します

 

何で薬を飲ませないの?

苦しんでるの助けてあげたいと思わないの?

あー医者に行かないって人たまにいるよね

食材?無農薬?余裕があるんですね 

 

自分で自分が海の底の方の暗ーいところに沈んで行っているという感覚がありました

もう一人の自分が叫んでいます

私は正しい

間違っていないと

でもその声は海の上の陸地から

声はどんどん遠ざかり遥か遠くでぼんやり聞こえる程度になっていました

 

体に支配されていた心は、今度は完全に体を支配するようにまでなりました

その後熱は下がったものの全く心は晴れず

ゴハン作ってお菓子作って仕事してお花に水やって

掃除もしてフクハナ散歩して、、、これ私が毎日してたことなの?

どうやって?ああ無理だわ私

普段失敗するこもあまりないのに何回もお菓子をダメにしました

とにかく憂鬱で自分は母親失格なんだと責め立てる日々が続きます

 

 

今まで私は勉強は大切だと思うけど

学校にあまり重きを置いていないというところがあって。

勉強が出来る子ってスゴいけど

足が速い子だってスゴいし、ピアノが上手な子だってスゴい

人に優しくできるもスゴいし、リーダーシップがとれる子もスゴい

勉強ができることってその子の特技位にしか考えてませんでした

なのでどっからどう見ても勉強が好きじゃないユウに無理やり塾に行かせたり

普通より少しばかりいい高校に行かせること

一流大学卒業したって人聞こえのよい会社に就職できるなんて保証もない時代に

地元の人しか知らないような大学に行かせることに何の意味があるのか分からず

人の倍勉強することよりも、苦手な教科にもそれなりに努力できればいいと思って。

それで毎日無理なく楽しく過ごし、

高校卒業したら小さな会社でいいから働いてよと思っていました

少しでも若いうちに色んな人に叱られて色んな人に育ててもらってよと。

子供を産み育てなくてはならない女の子が

男の人みたいに月に30万も50万も稼ぐ必要がどこにあるの?

そんなことより体が大事

一生懸命働きますとだけ言って雇ってもらえたところで働けばいいの

ユウが子供でいられる期間を伸ばすためだけに400万円もの大金を

2流だか3流の大学に払うつもりはないとずっと前から説明もしていました

そして5年位働いて日本の社会ってのが少し分かってきたら

色んな職業だったりお金の流れだったりを知るだろうから

やりたい事が見つかればそれから勉強したって全然遅くないし

会社なんか辞めて

ワーホリで海外に行ったり、語学留学だっていいじゃない

色んな国の色んな人たちを見て多様性を知って色んな価値観も知って

それを知ることにより寛容になれるよ

そしてその寛容さはきっと優しさに変わり、

その優しさはこの先ずっとユウを助けてくれるだろう

(私の本音であり理想を言えば

韓国人や中国人が自国に見切りをつけるのを見習い

先がない日本に見切りをつけ、国民を守ってくれる国を見つけ

そこで誰かと結婚し子供を産み育てて欲しい)

 

今、学校教育では働く事=将来の夢みたいにされてるけど

自分のすきな事が収入に繋がるってよほど能力に恵まれてないとダメだし

その能力のうち自分の努力で何とかなるものってごくわずかじゃない

まず第一好きな事がお金を稼げるものとは限らないし

だったら収入に繋がらなくても楽しめる趣味があったり

そこで繋がりを大切にできればいいじゃない、それで幸せだと思えなかったらダメだよね

学校ではやたら、やりがいだの仲間だの絆だの言わされるけど

社会にでてそんな仲間や絆、やりがいって意識しないし

結果として気付いた時に振り向いたら

そういうものが出来てることもまれにあるっちゅうだけの結果論であり

そうしようとして作るもんじゃないような気がして

大事なのはあくまでも個だよねと、ずっと違和感を感じていました

もう日本のムラ社会代表みたいな学校という特殊な場は

ひたすら勉強だけを教えてくれりゃいいのに

「そうゆうことになってるんだよね」以外説明のつかない規則やルールも多すぎるし

出来もしない道徳心まで教えようなんてするからおかしくなっちゃって

学校が余計なこと言い出すから親もなんだかおかしくなって

何でも学校や先生のせいにするようになっちゃうんだって

今の時代、その子のペースでただ勉強を教えてくれ

しかもお客さんと割り切ってくれる塾なんかの方がよっぽど時代にあってるわ

だから私はユウに中学校はいつ辞めてもらってもいいと言い

部活動に関しても消去法で決めようとしているユウに

やりたいものがないなら入らないでと言いました

授業でもなく、やりたくもないのに

専門家でもない人に時間を拘束され叱られたりまでしてアホらしいじゃないと。

いろんな体力の子が集まってるのに

成長期の大切な時期にみんな一律の練習量では体壊す子出てきたらどうするの

だったらきちんとした所でやりたいことを習いなさいと。

 

 

ユウが小学生の時、私にこう言った事がありました

「ママがゆうことってさ、友達やそのお母さん、学校の先生

周りの人みんなが言ってる事と正反対なの。どれが正しいのか分からなくなる時がある」

 

結局私の意見はいつだって少数派でしかなく

自分だって傷つく事が多いから弱った時にはとことん引っ張られてしまう

それを母親の影響がどれほど大きいかを分かった上でユウに伝えることは

やっぱり良くなかったことだろうか、ユウを傷つけていたのかな

私は毒親なのだろうか

今までよそのお母さんを見てよく思っていたのは

人間的だな、お母さんらしいな

それに比べ私は

私が死んだ後ユウが幸せに暮らしていけるか

ただそこだけに重点を置いていたような気がする

私は自分の中でリアル母親像なんてものは最初から持ってなくて

ただ頭の中で考える理想の母親を演じていただけだった

だからそこには人間味もなくお母さんらしくもなかったのだろう

理想を求めて上を見ることは間違ってはいないけれど

足元にいるユウのことを全然見ていなかったように思います

理想も宝もいつだって私の足元にあったのに。

 

インフルエンザの熱が下がってから普通の状態に戻るまで半月かかりました

心のカゼも結局は自然治癒力で治るんだなあと思いました

そしてその治癒力に加勢してくれたのも周りの人からの言葉で

ユウちゃんはとても幸せだね

羨ましい

大人になってきっと感謝されるよ

この感性が分からない人には言わせておけばいいよ

 

中でもこの言葉は私の中にずっととどまりました

ウチに通ってくれているご高齢の女性は

結婚して嫁いだ時、お姑さんの相当な嫌がらせにあわれたそうです

それでも今はあの時は辛かったけど今、息子がいてそのお嫁さんがいる

自分がされて辛かったことが分かるからお嫁さんにやさしくできる

今ではお姑さんに感謝すらしてるよと言っていました

私が意地悪く

「逃げ出そうと思われたことはなかったんですか」と聞くと

 

 

そりゃ何回もあったよ、でも子供がいたからね

私が自分で産んだんだもん

こーの責任は大きいと思った

 

 

今ある環境のほとんどは私が自分で選択したもの

その私が自分に自信を持てずにどーすんじゃいって話

やっぱり私は自分が正しいと思う事をしたいし、それをユウに伝えたい

その上でユウは自分で選択していってもらわなきゃいけないし

それが正しいかなんて結局のところ判断するのも自分でしかない

私は人が自分と考えが全くの真逆でも

それぞれ考えがあるのは当然と人を責める事なんて一度もしたことがなかった

なのに何で私は責められにゃアカンのだ、アホか!

 

スティーブジョブズがスタンフォード大学で行った伝説のスピーチ

「人は未来を通して点と点とをつなげてみる事は出来ない

出来るのは過去を振り返ってつなげる事だけだ

だからこそ点と点とは将来それらが何らかの形で繋がっていくと信じなくてはならない

点と点とが自分の歩んでく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく

そう信じることで人は確信をもって己の心のおもむくまま生きていくことができる」

 

今はユウの感性が育ってないのでモロッコに行ったことも

キレイだったー面白かったー位なもんかもしれないけれど

いつか大人になった時、あの時母親が見せたかったこと

伝えたかったものはこれだったのかと

パズルが合わさるみたいに突然分かる日がくればいいななんて思ってます

 

でもユウは旅行から帰ってこう言いました

「またいつか偶然でもいいからあの添乗員さんや、このツアー参加者の人たちと一緒に旅行したい

向こうは覚えてなくたっていいの。でももう一度会いたい」

誰かとの別れを惜しむような旅が悪い旅なわけないじゃない!

 

 

 

全然淋しそうじゃなかったらしいけど留守番ありがと!

 

 

帰りを指折り数えて待っていてくれてありがと!

 

 

どこまでも美しく厳しいモロッコの自然は

私というちっぽけな存在の意味を教えてくれました

私が最悪だと思ったインフルエンザ、責めの言葉、というマイナスの体験も

私に知恵を与えてくれました

私が足りなかったものが分かった今、

少しずつハハとして成長していきたいと思ってます

 

 

 

こんなおかしな母親に育てられてユウはどんな大人になるのか心配だって?

それは

 

 

 

 

インシャラー(神のみぞ知る)!!!

なんてね

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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インシャラーモロッコ旅行記 13

2017年04月11日 | 旅行

関西空港に着いたのは夕方5時

それからうちに帰ってきたのは夜の11時位だったかなあ

岐阜駅まで旦那さんに迎えに来てもらいました

 

思えばカゼを発症してから丸一日以上横になれてない

これでお布団で寝れるんだ

明日の朝には今よりも確実によくなっているだろう

飛行機でもバスでもずっと寝ていたので眠くはないけど

とにもかくにも横になりたい

 

 

 

しかし眠りについても何回も何回も目が覚め、

その都度体調も気分もすこぶる悪く

それでも、疲れもあるんだ一晩寝れば大丈夫だろうと思いまた目を閉じます

 

そして次の日の朝

 

私の期待とはうらはらに

よくこれでサーモセンサー引っかからんかったな

よく電車に乗れたなとゆう位の全身のだるさ

熱は39度近く、ユウにいたっては40度超えてます

 

これ、ホントにただのカゼかな

 

だとすると週明けの学校は休まなくちゃいけないし、

私も予約のお客さんにキャンセルの電話を入れないといけない

最悪だ

学校の欠席届のために病院で検査を受けに行きました

 

結果はやはりインフルエンザA型

 

そりゃモロッコの暖房がガンガンかかる乾燥したバス車内で

皆勢いよく感染してったハズだわね

結構学校をお休みしていたにもかかわらず

まだプラス休まなくちゃいけない事

お客さんに迷惑かけることも

荷物をなくしてしまったこと

10日間も家を空けさせてもらっていたのに、家のことがやれないこと

どうしようもなく情けなくて

気力でカバーするだけの気力こそがなくて

つい一昨日にはあんな幸せだったのに

いや、きっと幸せすぎだったからこそ

今の現状がいきなり水を奪われ干からび

どん底に沈んでしまったような、黒くて重たい鉛を飲みこんでしまったような

もう何とも言えない最っ低な気分でした

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

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インシャラーモロッコ旅行記 12

2017年04月10日 | 旅行

そして出国の朝

 泣いても笑っても最終日

今日でモロッコともお別れです

 

 

夜中、帰りたくないと何度となく目が覚めたので体が重い

 

ん、、、

 

喉が痛い、少しだけど頭痛もある

 

・・・

 

・・・

 

実は旅行の3日目あたりに同じツアー客の1人がカゼでダウン

バス移動が長いので移りやすかったのか

まーみるみるうちに皆同じ症状ノドの痛み、咳、熱でダウンしていき、

最後は半分以上の方がカゼをひいてる状態でツアーが続いていました

私とユウは全然大丈夫で、やっぱ若いからかなーなんて高をくくってたところの

今朝のこのいやな感じ

カゼだ。

私は平熱が36度7分から37度

今はきっと37度5分くらいだな、でも間違いなくこれ絶対上がるな

 

目が覚めた後もしばらく動けずボーっとしていると

寝ていたユウが激しく咳きこみました

見ると顔が少し赤い

喉も腫れ、私と同じ、カゼのようです

 

 

今からカサブランカの空港までバスで3時間

帰りに飛行機は行きより若干短く17時間くらい

寝てればいいんだもんダイジョウブ

 

 

ホテルを出発し1時間もしないうちに

熱がどんどん上がってっているのがわかります

多分ユウもそうなのだろう 赤い顔で遠くの景色を眺めています

この最後のバス移動ですらもっともっとなごり惜しみたいのに。。

私もユウもお互いあまり口をきかないままバスに揺られます

 

カサブランカ空港では

航空会社の方なのか2人の女性が、そのあたりにいる女性皆に

バラの花をプレゼントしてくれました

嬉しい!

けどただでさえお土産でスーツケースに1つのボストンバッグが増えて

暖かかったのでコートを手に持っていたところに生花は・・・

(結局ずっと手に持ってないといけないうえに長い飛行時間でしなるうえに

日本に持ち込みできないっちゅう 笑)

 

空港はそんなに大きくないのに人がたくさんいて座る場所が全くなく

しかも30分以上の遅れで待たされ

もう本当に立っているだけで辛く立ってることが辛くて

あんなにモロッコから離れたくなかったとゆうのにしんどさの方が勝って

やっとこ飛行機の座席に座れた時は嬉しかった位です

後ろも前もツアーで同じだった人たちばかり

「すみません、倒させてくださーい」と声をかけ

堂々と休ませてもらいました

そこから関空まであまり記憶がありません

 

 

関空に着いたら半分以上の方とここでお別れ

 添乗員さんともいっぱい話したけど、絶不調すぎて何話したかあまり覚えてません

ただいつも大口を開けてにゃははと笑い出しそうなイメージの、明るい添乗員さん

女性ならではの気遣い、たくさん旅してるならではの物怖じしない頼もしさ

トイレの故障に中々来てくれないホテルスタッフの代わりに

添乗員さんが直してくれたこともありました

移動中の楽しいお話も素敵だったと感謝だけ伝っていればと思います

 

旅行中ではとにかく人の多いフナ広場で

ユウと二人きりでいる時ホンのちょっと怖い思いをした時があって

丁度そんな時遠くから「おーい!蛇使いどこらへんにおったー?」

とツアー参加者の関西のご夫婦に声かけられて、どれほど私とユウは安心したか

抱きつきたかった位でした 笑

リュックのチャック開いてるよ、ウエストバッグ前に持った方がいいよと

何度も皆に注意してもらえ(いや、しっかりしろよ私)

まるで小学生の遠足や修学旅行かのように、

この人たちといれば安心なんだと

何も不安を感じず子供みたいにただ笑って旅を楽しむことができました

 

皆さんとお別れした後、私たち名古屋方面の人たちはお迎えのバスに乗り込みます

そのバスに荷物を載せようとしたとき気づきました

・・・ボストンバッグとユウのジャケットがないと。

バスの出発まで10分あります

急いで直前まで座っていたベンチに戻りましたがそこにはもう別の人が座っています

盗まれちゃったのかな

でもそこ以外に当てがなく、走り回る体力も時間も残っておらず

泣く泣くバスに戻りました

もうとにかく体がダメ、頭も回らなくて、、熱がさがってから考えよう

明日の朝にでも関空に電話をいれよう

うん、それしかない

 

起きてしまったことは仕方ない、自分に言い聞かせようにも

体も心も折れそうで

しかも熱はまだまだ上がっていってる感じです

もうすぐ布団に横になれるんだとだけをイメージしてバスの揺れに耐えます

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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