自然、世の中、の不思議

この世の中には、人間に理解不能な事がとても多い、そんな事に興味を持って生活しています、一年に一度はアジアを歩き。

漢方薬でシンガポールへ 10

2007年01月15日 | 漢方でシンガポールへ
お昼は、ピープルズパークセンターの食堂街で
にんにく風味のチャーハンと北京ダックのSサイズを食べた。
食堂街の周りは小さな店がひしめき合って、アラブ街や
リトルインディアとは違った活気がある、(商売熱心、金にシビア?)
商店街をぬけて道沿いに、タクシー乗り場が有り、あまり込んで
いなかったので乗ってしまった。
ブギスと言ったのだが、通じないようなので、ラッフルズと言ったら
わかったようで、首を振った。

ラッフルズホテルの正面に横付けされてしまった。
お金を払い、でかいドアボーイ二人に挨拶されて
とても降りにくかった。
インド綿のだぼシャツとだぼぱんつ、つっかけで降りたら
気まずく、ドアボーイも理解できたそうで、どーもどーもと
手で会釈をし、頭をぺこぺこしてその場を離れた。
これほど場違いな雰囲気はやたら無いのでは?。

ブギス駅の傍のデパートに入り地下街に、そこで餃子をみつけ
店の奥で食べることにして二人前注文した、ここにも酢漬けの
唐辛子があり、小さな瓶全部使ってしまい、隣の瓶からも
半分(遠慮して)使ってしまった。

ホテルで目覚ましをセットし、ひと寝入り。

フロントに鍵を返し、バス停に、10分ほど前に着いた。
時間になっても一向にバスが来ない、20分たったので
近くにいたドアボーイに聞いてみたら、
乗る人がいないので、バス来ないよ、
そんなことがあって良いのか。
もう時間が無いので、ドアボーイの兄ちゃんに
タクシーをお願いした、すぐに呼んでくれて、空港に
15分遅れて到着、無事帰国できた。

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漢方薬でシンガポールへ 9

2007年01月14日 | 漢方でシンガポールへ
最後の日、朝、フロントでチェックアウトの時間の延長を頼んだ。
夜中の1時のフライトで、11時の集合、ウエスティンスタンフォード
ホテルの横にバス停があり、10時に空港行き最終があったので
9時までのお願いをした、すると一泊分を請求された、
私は今日泊まらないから、半額にしてよ、とねばった。
いや、一部屋つぶれるから一泊分だよ。
いやいや、泊まらないから半額だよ。
だいぶ粘って、S$15で手を打った。

ブギスの食堂街で遅い朝食(9時)、肉団子入りのラーメン、
麺が5種類あり、きしめんのよう、うどんのよう、
幅の広い日本のラーメン、細い日本のラーメン、
そーめんタイプ。
細い日本の黄色いラーメンをたのんでみた。
ラーメンの風味があまりしなかったが、スープが美味しくて満足。

ブギスから地下鉄に乗り、シティーホールで乗り換え、
タンジョンパガーで降りる、チャイナタウンでも外れのほうで、
少し寂しい街だ、小さな公園のわき道で、路上市が開かれていた。
30ほど店があり、端からのぞいてみた、それでも買いたいような
物はなく、そこにいる人たちと時間つぶしで付き合っているようなもの。

通りから奥まった所に小さな店を見つけた、皮のスリッパが売っていた
ので、値段を見たら250円くらいで形もデザインも気に入った、
店の女の人を見て、値切るのがかわいそうになり定価で買った。

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漢方でシンガポールへ 8

2006年12月03日 | 漢方でシンガポールへ
アラブ通りから、運河を渡ると、公園の路上市の所だが、
もう夕方で散歩の人しかいない。
ベサール通りを横切り、インド人街に入るとその通りいっぱいに
真っ黒い人が屯していた、何故そこに集まっているのか理解に苦しむ。
人々をかき分けて、一つ右の通りに移動する。

セラングーン通りの手前に以前入ったことのある、ベジタブルカレーの
店に寄った。
バナナの葉にご飯を山にしてその周りに六種類のカレーを盛り付けて
くれる、そしてヨーグルトを湯飲みの半分くらいのステンレスの入れ物に
入れてくれた。
テーブルに置いてあるフィンガーボールで指先を洗い、ご飯とカレーを
混ぜて、三本か四本指で口へ入れる。
周りを観察してみると、カレー2~3種と混ぜてる人や、六種類全部と
ご飯を混ぜてその上にヨーグルトを掛けて食べる人様々だ。
感じたことだが、
日本人は、熱いものを食べるのは平気だが、かき混ぜるのは苦手、
インド人は、かき混ぜるのは熱くても平気な顔をしているが、
混ぜながら冷めるのを待って食べる。

カレーが無くなると、すぐに追加してくれる。
断らなければいつまでも追加する。
外人用にスプーンを付けてくれるが、スプーンより手で食べたほうが
美味しいような気がした、インド人に聞いたら指先も舌と同じように
味を感じるのだそうだ。
ヨーグルトを混ぜて食べるとカレーの辛さがまろやかになる。

食べ終わったら、バナナの葉を丸めて、自分で奥の箱の中へ、スプーンは
店の人へ、そこに水道があり手を洗う。
約、100円だった。

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漢方でシンガポールへ 7

2006年12月01日 | 漢方でシンガポールへ
アラブ通りは他の街並みに比べると地味に見える。
住んでいる人々も派手さが控えめで、商店に入って
値段の交渉をしても粘られるのが嫌いらしい。
サルタンモスクの屋根が目立つぐらいかな。
イスラム教は、偶像崇拝を禁じているからかもしれない。

乾物の店が多い、そこで貝柱の乾燥した物が安いので
味見をしながら吟味、二センチ位あるとさすがに高いので、
一センチほどのを一キロ買った。
歩きながらいくらでも食べれてしまう。
安くて美味しい食べ物がどこででも食べれるので、
つまむのもほどほどにしないと。

籐のかごや椅子の店、革製品の店、文房具の店
どの店も商売っ気がないようで、ゆっくり見れて
何か買わないと申し訳ないようだ。
手作り風の全て皮で出来たセカンドバックを約3千5百円で
買った、もっと粘ればよかったが、嫌そうな顔を見て
あきらめた。
文房具の店でかわいいノートを10冊買ってまたインド人街へ。

この町を出てから気が付いたが、女の人に会っていなかった。
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漢方でシンガポールへ 6

2006年11月28日 | 漢方でシンガポールへ
ホテルを出て路上市を通り過ぎ、住宅街の中に入って行く。
ごみは目につかないのだが、花の時期なのに花が見られない、
緑はあっても土はあまり目立たない、なんだか無機質な感じがする。

学校(中学?)の横に体育館くらいの大きさの倉庫が有り、その
天井に届く位の高さまで中古家具、テーブルや椅子が無造作に
積んである、その前で60歳くらいのおじさんが一人で、椅子の
背もたれの部分を紙やすりで磨いている、これは私の仕事より
のんびりではないか、まさか一人で全部やろうとしているのでは
ないだろうが、一生かかっても出来ないような量だ。
しばらく見ていたが、あまり進展が無くそこを後にする。
すぐに道が突き当たり、右に曲がると大きな通りに出た、
そこに地下鉄の駅、ラベンダー入り口があった。

市街方面にもどると建物の雰囲気が少し違う、アラブ通りだ、
アラブ人街でサルタンモスクに向かう。

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漢方でシンガポールへ 5

2006年11月27日 | 漢方でシンガポールへ
広場の市から、リトルインディアへ。
早速両替所があった、レートを見るとやはり最高だ。
昼前に頼んだ薬を取りに行くので、2万円を両替。
両替所の先がインド人街のメインストリートの
セラングーン通りで、貴金属の店や、生地を専門に
卸しているような店が多く、衣服の店は歩道まで商品を
出したり吊るしたりしている。
歩道は店により高さが違い、段につまずいてしまう。

バス停の横のビルに、一階には、食品市場と食堂街、
二階には、8割の衣料と2割の日用雑貨。
食品市場には豚肉が吊るしてあったり、北京ダックに
タレを付けて焼いていたり、煮物の匂いや、ドリアンの
香りが充満している。
以前2回来ているが、においに辟易していた。
今回は、日本にいるときにタイ料理を何回も食べに行き、
パクチーや臭くて辛い料理に挑戦したせいかドリアンの
臭いや市場のにおいが気にならなくなっていた。
帰るまでにドリアンを食べてみよう。
食堂街でアサリの酒蒸しみたいなのと焼きそばを食べた、
隣のテーブルで、男の人が一人で食べていたカレーが
とても美味しそうだ。
二階に上がってみると、店の外、壁から頭の上まで、
衣服など顔に当たるくらいぶらさがっている。
ここで、インド綿のシャツ(丸首で前に三つボタン付き)
を探したがどこにも無く、一軒だけ、タイ綿で首の所に
付いた布にインディアンの絵が描いてあるミシェルジャクソン
というのがあった、だぶっとしたのが欲しかったのだが
雰囲気が気に入ったので買おうとしたら15Sドルから
どうしても値引きしない、根気で負けてしまった。

ベンクーレン通りに戻り、薬屋に。
薬は届いていた、勘定は約9千円、(5000粒)。
日本では700粒で8600円。
ホテルに戻り荷物を置いてもう一度インド人街へ。

                つづく


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漢方でシンガポールへ 4

2006年11月20日 | 漢方でシンガポールへ
長い朝のお勤めのためにホテルを出たのは9時半。
ベンクーレン通りを東へ、河の手前を右へ曲がるとロコールセンターがある、
一階全部が小さい店舗だ、その一階部分が道路より1メートルほど高い、
土地の形に建てられ、中庭がありその回りにも店舗が並んだ変わったビルだ。
その中にも漢方の店があった、近所の奥さんたちに頼まれた、バラのパッケージ
のクリームと田七人参、クリームはすぐに見つかった、田七人参は、黒い丸薬、
粉を固めたタブレット、粉薬、カプセル、と、四種類有る、クリーム5個と
黒い丸薬をそこにあった8個購入。
ロコールセンターを出て、少し東に橋があったので渡り、インド人街へ、
そこにはシンガポールに似合わないバラックと言うか木造の倉庫を店にしたような
ところで、機械の部品や機械をバラして油の付いたままの部分など、誰が買うのか
首を傾げたくなる。
その先の公園では路上市が開かれている、端から全部覗いてみた、レトロな物は
わかるが、理解に苦しむ物が多い、靴やスリッパの片方だけ、ラジカセの蓋が
ない物、スイッチがない物、缶の蓋だけ。
日本人がレトロカメラを売っていたが価格が高いような気がした。
買う物が無いが、見るだけでも楽しい。
市場を後にして、インド人街の中へ。

                    つづく

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漢方でシンガポールへ 3

2006年11月12日 | 漢方でシンガポールへ
7時頃だろうか、工事現場の音で目が覚めた。
窓の両側を少しづつ開けていたので朝の喧騒がダイレクトに飛び込んでくる。
フロアーに一つしかないシャワー付きトイレは開く間がない。
一時間ほどして、オーストラリア人と思われる女の子二人がトイレの洗面所で
楽しそうに話をしながら洗濯を始めた、そして、廊下にロープを張り
洗濯物をそこに干してしまった、歩くのに邪魔になるところに可愛い
下着も平気で。
ようやくトイレが開いたので、中に入り鍵をかけたが、覗く穴が開けられては
塞ぎが繰り返され、もうどうでも良い状態で、どうぞ見てください。
着替えやタオルを掛けておけば良い。
水洗は本当の手洗い水洗、流すのは手動、タンクから手桶のような入れ物で
水を汲み自分で流す、大物は一回では流れない。
ホースの水で、左の手で洗うのは初めての経験で、出口の状況がよくわかり
冷たくて気持ちの良いもんだ。

残りのマンゴーを食べて出かける、エレベーターに乗るときアラブ系の男が
一人乗り合わせた、何の臭いか、体臭か、鼻に付いた。
「ジャパニ?」‥ 聞いてきたので 「イエス」‥
すると、腕をさすってきた、このやろー何するんだ気持ち悪い、と言ったか
どうか覚えていないが、何か日本語で(あたりまえだが)言って振り払った、
何か気まずい思いで外へ出た。

                      つづく

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漢方でシンガポールへ 2

2006年10月09日 | 漢方でシンガポールへ
ホテルを出て、ベンクーレン通りを東に100Mの右側に一階が
食堂や商店の入ったビルがある、両替屋もあった、インド人だ。
覗いてみると今までで一番の換金率の良さだ、一万円を換金、
細かい硬貨までくれた、当たり前と思うが、中国人だと10Sドル
以下はカットされる。
ビルに入ると一番初めに漢方の店があった、目的の薬は2個しかない、
値段は今までで一番安いのと同じ、もっとたくさんほしいと言うと、
ちょっとまてと言って電話をした、電話をしながらどのくらい欲しいんだ?
50個ほしい、OKだ。
夕方だったので明日の昼までには用意しておくと言うことで、
予約と値段を書いた紙をもらい店を出た。
ブギスの駅から続く小道には屋台が連なりすごい人並みだ、脇に
ホーカーズがあった、店が20ほどある、ありました、バクテーの店が。
お爺さんに一杯お願いしたら、オー、ジャパニ? イエス、
そこに座って待つとすぐにご飯付きで持ってきた、そのとき3Sドル払う。
プラスチックのスプーンでスープを飲むと、安心するような美味しさ、
酢醤油に漬けたような唐辛子を入れてみるとこれまた美味しい。
汗をかきながら骨付き肉をしゃぶり、すぐに食べてしまった。
お爺さんの顔を見てもう一杯注文してしまった。
うれしそうな顔に、また明日来るからね。
屋台でマンゴーを買う、熟したのを選び、五個購入、一個1Sドル。
ホテルに持って帰り2個食べて寝た。

                      つづく
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漢方でシンガポールへ

2006年07月23日 | 漢方でシンガポールへ
三回目のシンガポール。
ある旅行会社が名古屋に新店舗を開店した、そのキャンペーンで
香港10,000円、シンガポール20,000円、ハワイ30,000円で、先着
各10名が売りに出た、発売日の10時にリダイヤルで用意して待機、
3秒前から掛け続けた、努力むなしく約15分、気持ちが抜けかけたとき
突然つながったものだからびっくりしてしまった、駄目だと思ったが
申し込んだら、「一名様、はい、まだ大丈夫です」気持ちはもう跳び
上がってしまった。(航空券のみ)

6月6日月曜日の出発だったが、4日5日の土日と地元の高原でクラフト
市が開催され出品したのだが、どうも力が入らない、日曜の午後1時頃
雨が降り始めたので、シートを掛けて家に帰ってしまった、昼寝をして
3時半ごろ片附けに行ったら、東京の婦人が待っててくれた。

搭乗口で待っていたのだが、時間になってもお客があまり集まらない、
不安になってきたが、搭乗が始まった、人数を数えると45人ほど、
後ろ半分に15~6人の団体が二組、残りが前半分にパラパラと、
3m以内に人がいない状態でなんか申し訳ないような気持ちになる。
雲の上に出ると、蔵王の樹氷の中を飛んでいるような素晴らしい景色に
神聖さを感じ、食事のときは専属のメイドさんが付いたような気持ちに
なり、フィリピン上空でスールー海に浮かぶ天使の輪のようなトゥバタハ
リーフを見ることが出来、とても満足できるフライトであった。
空港を出るとき、空港内で一万だけ換金して30分ほど時間をつぶし、
客が退けた頃、空港前のタクシーと交渉した、安宿が沢山あると言う
ベンクーレン通りまで20Sドル、中でホテルを紹介すると言われたが
断り、ベンクーレン通りのバス停前で降りた、10歩も歩かないうちに
お兄さんが寄ってきた、「ホテルか?」「そう、安いホテルね」「見てくれ」
ついていくと目の前のビルの裏へ、裏口にエレベーターがあり6階へ
その階全部がホテルであった、LEEホテル、トイレ、シャワー、共同
ドミトリー6人と10人部屋8Sドル、一人部屋が有るか聞いたら、鍵
を持ってきて見せてくれた、セミダブルのベッドで四畳半位、机一つと
扇風機、エアコンなしの中庭向き、値段は25Sドル、2日お願いして
街へ。
つづく。
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