緑の館絵画を楽しむ会 愛と平和のメッセージ

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緑の館仙台 絵画展示室



日本画に秘められた深いメッセージ NO.175

2017年06月07日 | 緑の館 絵画と人生

 

 


日本画家 鈴木龍郎氏 (工藤甲人 師匠)

 日本画家の鈴木龍郎氏が緑の館仙台絵画展示室に来られました。

福島県相馬市出身の画家仲間(東京芸術大学・各美術大学)と共に相馬高校OBとその仲間が東日本大震災支援展を立ち上げてチャリティー活動を継続しています。

その一環として相馬市の子育て育英基金に毎年収益の一部を寄付してきました。

東日本大震災の大津波の記憶を風化させないために瓦礫を日本画で描き切っています。

横浜絵画教室では日本画の真髄を生徒に教えています。

鈴木龍郎氏と私は親戚関係にあり深い結びつきがあります。

被災地の芸術振興のメッセージは国境を越えて伝わっていきます。

 


日本画家の人脈の世界 No.149

2016年02月01日 | 緑の館 絵画と人生

芸術魂の継承

 (勝魂 中村兵陵)

 日本画家が歩んできた道を辿っていくと美術館での絵画鑑賞が楽しくなってきます。

さらに、近代日本画の人脈の流れを辿っていくと作品の変遷が理解できて面白くなってきます。

橋本雅邦は狩野派で岡倉天心とともに日本美術院を創立した明治画壇の巨匠です。

橋本雅邦を師匠としていた代表的画家は川合玉堂・下村観山・橋本永邦・横山大観・松岡映丘・橋本静になります。

川合玉堂は昭和15年に文化勲章を受章しました。

川合玉堂を師匠としていた代表的画家は児玉希望・池田輝方・池田蕉園・山内多門になります。

児玉希望は伊藤深水とともに日月社を結成しました。

児玉希望を師匠としていた代表的画家は佐藤太清・奥田元宋・村山径・杉原元人になります。

横山大観は日本美術院を再興させて昭和12年に文化勲章を受章しました。

横山大観を師匠としていた代表的画家は堅山南風です。

堅山南風は昭和43年に文化勲章を受章しました。

堅山南風を師匠としていた代表的画家は松尾敏男です。

松岡映丘は新興大和絵会を結成しました。

松岡映丘を師匠としていた代表的画家は山口蓬春・山本丘人・橋本明治・杉山寧・高山辰雄になります。

山口蓬春は大和絵運動に参加をして昭和40年に文化勲章を受章しました。

山口蓬春を師匠としていた代表的画家は加藤東一・加倉井和夫・浦田正夫・大山忠作・川本末雄になります。

加藤東一を師匠としていた代表的画家は土屋禮一です。

山本丘人は創画会を設立して日本画の革新運動の指導的な役割を果たしました。

昭和52年に文化勲章を受章しました。

山本丘人を師匠としていた代表的画家は加山又三・稗田一穂になります。

加山又三は平成15年に文化勲章を受章しました。

加山又三を師匠としていた代表的画家は小泉智英です。

稗田一穂を師匠としている代表的画家は千住博です。

橋本明治を師匠としていた代表的画家は室井東志生・濱田台児になります。

梶田半古は日本青年絵画協会を創立させました。

梶田半古を師匠としていた代表的画家は前田青邨・奥村土牛・小林古径になります。

小林古径を師匠としていた代表的画家は奥村土牛・小谷津任牛になります。

奥村土牛は梶田半古塾に入門して小林古径の指導を受けました。

昭和37年に文化勲章を受章しました。

前田清邨は昭和30年に文化勲章を受章しました。

前田清邨を師匠としていた代表的画家は平山郁夫・太田聴雨になります。

平山郁夫は昭和10年に文化勲章を受章しました。

東京芸大学長・日本美術院の理事長を務めました。

平山郁夫を師匠としていた代表的画家は野村義照・田淵俊雄・手塚雄二・福井爽人・吉村誠司・村上裕二・倉島重友になります。

結城素明は川端王章に入門し金鈴社を創立しました。

結城素明を師匠としていた代表的画家は東山魁夷・加藤栄三になります。

東山魁夷は昭和25年に[道]を発表して昭和44年に文化勲章を受章しました。

東山魁夷を師匠としていた代表的画家は川崎春彦・川崎鈴彦になります。

竹内栖鳳は優れた指導力を発揮させれました。

昭和12年に第一回の文化勲章を受章しました。

竹内栖鳳を師匠としていた代表的画家は福田平八郎・上村松園・伊藤小坡・西山翠嶂・池田遙邨・金島佳華・西村五雲になります

西山翠嶂は京都画壇をリードして昭和19年に文化勲章を受章しました。

西山翠嶂を師匠としていた代表的画家は堂本印象・西山英雄・上村松篁・中村大三郎・下保昭・嶋谷自然になります。

堂本印象は昭和36年に文化勲章を受章しました。

堂本印象を師匠としていた代表的画家は岩澤重雄・山本倉丘・堂本元次・三輪晃久になります。

川辺御楯は土佐派の画法を極めて歴史画を数多く残しています。

川辺御楯を師匠としていた代表的画家は中村兵陵です。

中村氏陵は土佐派を学び昭和37年に文化勲章を受章しました。

中村兵陵を師匠としていた代表的画家は中村正義・関主税・鈴木竹柏になります。

安田靫彦を師匠としていた代表的画家は小倉遊亀・森田曠平・片岡珠子・郷倉和子・中島清之・郷倉千靭・新井勝利・吉田善彦・鎌倉秀雄になります。

郷倉千靭を師匠としていた代表的画家は庄司福・下田義寛・今野忠一になります。

松本楓湖を師匠としていた代表的画家は速水御舟・田中以知庵・今村紫紅・小茂田青樹になります。

速水御舟を師匠としていた代表的画家は吉田善彦・高橋周桑になります。

小茂田青樹を師匠としていた代表的画家は田中青坪です。

田中青坪を師匠としていた代表的画家は福王寺法林・後藤純男になります。

福王寺法林は平成16年に文化勲章を受章しました。

これらの紹介させて頂いた日本画家は、ほんの氷山の一角にすぎません。

この様に、人脈を辿って作品を鑑賞すると画家の芸術魂が見えてきます。 

緑の館 絵画を楽しむ会ホームページはこちらです。

 


ぶらり絵画の旅 (高島野十郎の生涯)No.136

2015年04月24日 | 緑の館 絵画と人生

 

(雲の流れのような人生)

 福岡は住み心地の良い国際交流都市です。

いつものように福岡県立美術館にぶらりと行ってみました。

今回の旅で特に印象に残ったのが高島野十郎の光と影を感じさせられる絵画です。

花、しだれ桜の描き方は精密で驚嘆させられました。

鑑賞を終えてから館内のハイビジョン画面を見ました。

高島野十郎の生涯が雲のように思えました。

( ハイビジョンの流れ)

リンゴを手にした自画像 

早春 

ろうそくの絵  

ノートルダムとモンターニユ通り 

セーヌ河畔(昭和5年~8年) 

洋梨とぶどう (昭和16年)

春の海(昭和27年)

割れた皿(昭和33年)

有明の月(昭和36年)

睡蓮(昭和50年)

高島野十郎は福岡県出身です。

仏教に深い関心を持って85歳の生涯を閉じるまで独身を貫いて来ました。

高島野十郎は生涯をかけて独学で絵を描き続けています。

老齢期になってからは油絵を描くために起き上がる事すら困難になってしまいました。

一本の蝋燭を数多く描き続ける事によって孤独から光明を見出そうとしていたのでしよう。

最後まで油絵を描き続けた高島野十郎の姿は一本の蝋燭そのものだつたのかも知れません。

高島野十郎は雲の流れを追うように絵画を描き続けたのです。

そして画壇には、あえて知らそうとはせずに無名画家として質素に生涯を全うしたのです。

このように、日本には才能がありながら埋もれたままになっている画家が数多くいます。

福岡の画家 高島野十郎もその一人だと思います。

 


ゴッホとフエルメールの絵画の魅力 連載No.82

2013年05月10日 | 緑の館 絵画と人生

 

【小船からこちらを見ている人がいます】

水平線が目の前に広がっています。

視線が感じられます。

ゴッホとフェルメールの絵画を鑑賞しました。

ゴッホの絵画は勢いよく筆とナイフを使って激しく絵肌を表現していました。

17世紀頃のフエルメールの絵画は微妙に明暗を織り成しており独特の陰影の表現が魅惑的でした。

ゴッホとフェルメールの作品は時の流れを感じさせてくれます。

ゴッホとフェルメールの絵画はこちらを見ているような作者の視線が感じられます。


庭師の願い 連載No.77

2013年04月15日 | 緑の館 絵画と人生

 

【庭師の心】 

安定した心を維持したいと思いませんか。

優先順序を誤ってしまうと心のバランスを失いトラブルを生み出してしまいます。


自分の誤りは自分で修正しない限り他人が変える事は極めて困難になります。

自分のために使うお金は一倍ですが、お金を人を守るために使うと喜びが増幅してきま
す。

何れは人は大自然のふところへ帰っていくのです

第3回東日本大震災チャリティー展の案内が世話人の鈴木龍郎氏を通して届きました。

緑の館絵画を楽しむ会は庭師の心を持って芸術家を側面から応援していきます。


 《遥か彼方は相馬の空に》

【日時 】4月21日(日)~4月29日(月)午前11時~午後7時迄

【場所】 ギャラリー青藍

東京都港区六本木3ー15ー9

【主催】 相馬とその芸術家倶楽部

【共催NPO法人文化芸術振興研究所

【後援福島県相馬市 河北新報社 福島民放社 福島民友新聞社

 馬城会京浜支部

【協力ARTS

募金と売上金の一部は相馬市教育復興子育て基金に寄付されます。

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自分探しの旅 連載No.28

2012年08月05日 | 緑の館 絵画と人生

(絵画による自分探しの旅)

分かりましたかと言われると、ついつい分かりましたと答えてしまいます。

 

誰でも自分の事は自分が一番分かっていると思っています。

絵画鑑賞をしていると自分の心の有り様が見えてきます。

絵画による自分探しの旅をしてませんか。 

緑の館絵画を楽しむ会 代表 鈴木和美

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絵画の魅力 絆 連載No.17

2012年06月10日 | 緑の館 絵画と人生

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樹 日本画 

画家同士の繋がりを知ることにより各々の個性のぶつかりと葛藤を垣間見ることができます。

特に画家同士が親しい友人である場合は対立しながらも協力しあっています。

 

平川敏夫の樹木の絵画は生命力そのものを表現しています。

加藤東一の絵画は色合いも独特で作品の中に引き込んでくれます。

特に花火を描いた絵画は、瞬間、瞬間の花火の表情が出ています。

中村正義は昭和25年頃に加藤東一と交友を結んでいます。

昭和28年頃、中村正義は中日美術教室で平川敏夫と共に子供達や大人のために絵画指導をしていました。


中村正義の黒い木立の描き方は鋭く強い表現で生きている実感を感じさせられます。


平川敏夫と中村正義が共通しているのは固有の孤独感と戦いながら自然そのものの素材を自由に表現していることです。

内面のほとばしるエネルギーをさらけ出すことにより生命力を描こうとしているところが魅力です。

同じ時代を共に駆け抜けた3人の画家はこの世にはいませが描いた絵画には秘められた気持ちが宿されています。

 

自分の内面を描くことはとても困難でイバラの道であったと思います。


ピエロを表現する画家の心 連載No.7

2012年04月20日 | 緑の館 絵画と人生

 

(中村正義美術館の庭先の大樹)

いつものようにぶらりと道立近代美術館に行きました。

北海道出身の画家の作品が中心に展示がされていたので印象に残った作品をお伝えします。

田中忠雄の(夏の空の鳥を見よ)の作品は自然環境が厳しい北海道で農民と子供が素朴に温かく描かれていました。

田辺三重松の(雪の狩勝峠)の作品は厳しい冬景色が大胆に描かれており雪景色の広がりを見事に表現していました。


中村善策の(札幌夏日)の作品は樹木の間から街並みが広がっており夏の一日がゆっくり過ぎていくのを感じました。


岩崎英遠の(道産子追憶之巻)の作品は日の出から日没までの一日の移ろいを30mの絵巻に見事に描いており圧巻でした。


片岡球子の(死火山 妙義山)の作品は火山の怒りのエネルギーを独特の表現で描いており身が引き締まる思いをさせられました。

 

三岸好太郎美術館は道立近代美術館から近いので歩いて行くことにしました。


三岸好太郎美術館はオシャレな建物で親切な受付応待で温かみを感じる美術館でした。


三岸好太郎は北海道・札幌を愛していた事が作品の流れを通して理解できました。

三岸好太郎は札幌市の大通り公園やピエロの表情を独特の表現で描いていました。

ピエロを見ていると数年前に中村正義美術館に行った時のことが彷彿しました。

三岸好太郎と中村正義は内面描写に強い拘りが感じられます。

両者は、見えないエネルギーの表現方法が卓越されており共通点があります。

 

中村正義の作品は強烈な色彩と心に沈む暗い色調の組み合わせが印象的でした。


中村正義が描く数々の顔の作品は自らの心を曝け出していて強烈なインパクトがあります。


中村正義美術館はよみうりランド前駅からゆつくり歩いて25分くらいの距離にあります。


自宅をそのまま使用している美術館です。

 

訪問した当時を思い出したので、お伝えします。

中村正義美術館から外に出ると庭先に樹木が堂々と生い茂っていました。

絵画鑑賞を終えて帰ろうとすると娘の中村倫子さんが庭先に立って待っていてくれました。

自由に伸びきっている大樹のことが気になっていたので聴いてみました。

この大樹は生前の父親の思い出が沢山残っているとの事でした。

庭先の大樹の写真をブログに載せるので撮って宜しいですかと言うと笑顔でどうぞ撮って下さいと話されました。

私は撮影する前からに何とも言えない開放的なエネルギーを全身に感じていたのです。

中村正義は庭先から見える樹木に自分の心の内面を投射して描いていたと直感しました。


中村正義が描く樹木は枝が生き物のように動いています。


誰もが、気がつかない事ですが中村正義の本来の代表作は自宅のアトリエで描いた樹木の作品のように思います。


生き物のような樹木が顔の作品の表情の基礎になっているように思えます。


生命力を表現するために樹木が中村正義の作品の底流にあったのです。

 

中村正義はアトリエのある川崎市を心のより所にしていたのが理解できました。

 

中村正義と三岸好太郎はピエロを通して心の内を描きっています。


ピエロが流した涙と画家の苦悩を重ね合わせる事によって時代の変遷が微かに見えてきます。