みどりの野原

野原の便り

11月19日 しぜんふれあいフェスタ 

2017年11月19日 | Weblog
東成区の公園で行われた「自然ふれあいフェスタ」雨のため今日に変更になった。


早くから子供から大人が大勢参加された。 近所のお年寄りも毎年参加されている。

スタンプカードを持ってコーナーを回り、ゲームに参加し、シールを貼ってもらう。

私は自然クイズラリーの担当の一人。
ビンゴ形式のカードを手に、公園の木を回る。コーナーのお土産はパウチした「木の葉」

この公園には木の種類が多い。ざっと見て20種以上の木が植わっている。これはうらやましい。
一時、人手不足(担当不足)になったこともあったが、無事終了。


平野川の水質検査のコーナーもあり、10年前の水質と今の水質を試薬を使って調べる。

自然工作や葉っぱのカルタ、どんぐりコロコロ。むかし遊び体験、他、15・6あるコーナーすべてのシールを集めていた子もいた。

始まる前、他のコーナーも見学した。

その時、シルエットで当てるクイズのコーナーで、ミサゴが餌をつかんで飛んでいる写真があった。


大きい魚を手で縦につかんでいるミサゴ。

えぇ~っこんな掴み方するの。何となく魚を掴むのは横に掴んでいると思っていので、新発見だった。
掴んだ時の具合にもよるらしいが「縦つかみ」の方が食べやすいのだろう。 かしこくなったわー。
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11月18日 自然史フェスティバル  面白かった展示 ダニのお話

2017年11月18日 | Weblog
長居公園

 
    色づいたイチョウ             アズキナシ 果実

博物館で行われた「自然史フェスティバル」
いろんな団体が出展され、面白い展示がたくさんあった。

 
アオダイショウの骨格(奥)背骨の横にばらばらになったあばら骨(じゃないか・・)
細~い骨を1本1本揃えて並べてあった。気の遠くなるような作業。
 右)「ヘビの卵って見たことがない」というと「これです」 ビーカーに入っていたのは体内にあった卵だという。
棒状につながったものが体外にでると、1個1個外れて楕円形の卵になるらしい。

 
     コウモリのはく製の展示    紙で翼がパタパタ動く工作を作った。

野鳥の巣と卵の展示
 
え~っウグイスってこんな色の卵なの?     イソヒヨドリ ヒスイ色の卵
他にもいろんな鳥の卵。尋ねると卵は作り物らしいが「巣は本物です」

宝石つかみ 「おばちゃんもやっていいですか?」「どうぞどうぞ」ということで・・

緑(オリピン・かんらん石)紫(アメジスト・紫水晶)ピンク(ローズクオーツ・紅水晶)をゲット。
桜井市大峠の黄鉄鉱 香芝市穴虫の鉄礬柘榴石 天川村観音峰山の灰鉄(かいてつ)柘榴石 など、見たことがあったり、拾ったことがあったりする石も出ていた。


アカガシワのどんぐり 木は見るがどんぐりは初めて見た。 ほしいなあ。

前に話を聞いた瀬戸内海の海浜植物
瀬戸内海では砂浜が減って海浜植物は激減しているという。
 
 左)ケカモノハシの根から作った「たわし」     右)コウボウムギの根から作った「筆」

今では超希少になっているケカモノハシも淡路島の吹上浜では昭和の中頃まで根を束ねてたわしにしていたという。

 
かわいい切り紙 見本をひとつ作ってもらった。  
  左)シカの両あごの展示の下の箱に「ご自由にお持ち帰りください」とシカの左あごの骨がいっぱい。
‥どうしようかと迷ったが、やめた。

子供向けの体験にも参加して面白かった。

その後、ダニの話を聞く。
ゴキブリと共にこの世にいなくなってほしい生き物といわれるダニ。

最も古くは紀元前1550年?にはダニがいたらしい。
日本でも「和名類聚抄」にはダニの記録があるのだそうだ。
ダニにもたくさんの種類がある。それは想像がついた。
人に害を与えるダニ・人には無関係のダニがいることも聞いたことはある。
でも人が積極的に使っているダニがいることを聞いてびっくり。
ダニを振りかけて作るチーズもあるのだそう。・・ゾ~ッ。

血を吸うダニはダニ全体の1%ぐらいだそうだ。
ダニの絵を描いてくださいと言われた。
思い浮かぶのは、私も噛まれたことのあるマダニ。
全体の姿に楕円形を描いて、そこに足を8本描いた。(隣の人は6本足・・)
頭部があるのか?どうなっているのかわからない。後で正解の絵が出るのかと思ったがなかった。

南極からヒマラヤにも・温泉の40度の温度にも耐えるものもいること。
在来種と外来種がいたり世界はダニだらけだそうである。

テーマにあった「嫌われダニの愛し方」 う~ん。ダニを愛するには至らないなあ。
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11月17日 平群 尾根の紅葉 

2017年11月17日 | Weblog
再開発真っ最中の平群駅前を抜けて長楽寺~農道~白山神社~尾根道を通って駅前に戻る。

聖徳太子建立と言われる古刹・長楽寺

 
サクラの古木に着生したセッコクに時季外れの花が咲いていた。

低い位置だけではなくて高いところにもシダやセッコクやフウランが着生している。
人が付けたものかと思ったが、自然に種が飛んできて着生した可能性が高いとのこと。
昔はこのあたりももっと自然が残っていたのだろう。

ニガカシュウはいつも見ているところはすっかり枯れていたが、むかごは残っていた。
近くにまだ青く繁っている株もあった。
季節からあまり見るものもなさそうな農道も細かいものを見て結構時間がかかった。

     
鮮やかな花の少ない季節、ヤクシソウ  コウゾリナの黄色がまぶしい。
冬に向って枯れ色になっていく草。一方春の花ホトケノザは寒さに負けず元気。

白山神社の尾根道へ。
ここでは短い距離ながら多くの種類が見れる。

その中で紅葉のきれいだった木

 
       サクラ                ネジキ

 
      リョウブ             マルバアオダモ


     コナラは色づき始め。

その他、ウスノキ・ナツハゼ・ハゼノキ・ヤマハゼ・モチツツジ・・などが紅葉
ソヨゴの赤い実 カラスウリのオレンジ カラフルな秋色。

たくさんの種類の木があるが、モミジやクロモジ(アオモジはある)・コシアブラ(タカノツメは多い)は見られない。
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11月16日 吉野山 紅葉

2017年11月16日 | Weblog
久しぶりの吉野山は黄葉真っ盛り。思ったほど寒くもない日だった。

 
 
   吉野駅前 吉野温泉あたり 如意輪寺周辺の紅葉がきれい。
何とも言えない色合い。秋は好きな季節だ。


上の紅葉下のチリモミジ 両方楽しめるところもある。


サネカズラやフユイチゴ 赤い実物 


センボンヤリの綿毛が目立つところもあった。

珍しい植物も教えてもらったが、小さく地味で花の時期も終わっていて、写真も撮りにくいので省略する。
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11月11日 東山駅 芋ほり

2017年11月11日 | Weblog
東山駅から歩く。

 
     まほろば遊歩道に入る。   モミジが色づいてきれい。      

  
        まぐわ渕            渓谷に流れ込む小滝
少し入っただけなのにこの渓谷風景 昨日の雨のせいか水は濁っていた。 
ここまで来て、前にも来たことがあるのを思い出した。

川沿いに歩き、川向うの椣原山金勝寺に立ち寄る。ここは初めて。

 
                  静かな境内 

ネットによると『最盛期には十間四方の本堂や多数の堂塔のある大伽藍であった。
現本堂は寛文5年(1666)に再建、本尊は平安時代初期の薬師如来座像(町指定文化財)。
寺伝によると開祖である行基菩薩がこの地に密生していた椣の木の一霊木を一刀三礼しつつ創ったもの』とのこと。
椣はシデのこと。

 
    境内の磨崖仏      イチョウ樹上も根元も黄金色

山道から川沿いの道へ。
  
ムラサキシメジで食べられるそうだが、やめておく。     ホコリタケ


 
       イラガの繭            オオミノガの蓑 


田の横の水路にウォーターマッシュルーム どこからか逃げ出したか?

途中でお弁当を食べて、午後はIさんの畑へ。
今日は芋ほりのお誘いなのだった。

 
       金時芋             安納芋
掘ってもらって皆で分けた。大根やニンジンなどもいただいた。

欲と二人連れ・・・うれしい重たい帰り道。
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11月10日 下見

2017年11月10日 | Weblog
もう一人のメンバーと下見

今年は尾根道を主観察地にしようと思う。
9月にも他の会で来たが、季節が少し違うとまた違う景色が見られる。
本番では紅葉や木の実が見られそう。
今日のような晴天を祈ろう。
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11月9日 橿原神宮から新沢千塚周辺 トチノキ アオハダ 今日のミステリー・・

2017年11月09日 | Weblog
橿原神宮前駅を出発
久米寺を抜け、橿原神宮境内を通り抜け新沢千塚古墳群に向かう。

久米寺の手前にある久米御縣(みあがた)神社

 
        丹波佐吉狛犬 (右と左写真が横と縦になってしまった)
みんなに追いついて・・

 
  深田池 ヒドリガモが多い。マガモとオオバンがいた。

 
深田池に枝を張り出すように植えられているトチノキ 冬芽はねっとりとしたもので覆われている。
メンバーの一人が絵本にある「モチモチの木」ってトチノキのことだよ。という。 え~本当?
クロガネモチかモチノキかと思っていたので疑問の声を発してしまったが、調べたら本当だった。知らなかった~。

西門から出て新沢千塚へ。

今日のミステリー
 
田圃の縁に生えていた中に奇妙なものを発見 何かな? 「チョウジタデの菌えい」かもと思うが違うかな?
ネットで調べてみたがそれらしいものはなかった。 正解がわかったらアップしたいと思う。

新沢千塚古墳群
 
総数600基以上もあるという古墳群 4世紀末ごろから7世紀にかけて造営されている。
丘の上にある「こぶ」はみんな古墳なのだ。      右)その中でも有名な126号墳
金銀製の冠飾や耳飾・腕輪・指輪など装身具やペルシャから運ばれてきたらしい透明のガラス椀やコバルトブルーのガラス皿。
他に青銅製の熨斗(古代のアイロン)なども出土していて、被葬者は女性かもという人もあるらしい。

整備された遊歩道を歩く。

 
      アオハダ         午後から見た 黄葉したアオハダ。

新沢千塚ふれあいの里で昼食 

周辺にはフジバカマが植栽されていて、アサギマダラを見た人もいる。

 
宮内庁によると、第28代 宣化天皇陵  身狭桃花鳥坂上陵(むさのつきさかのへのみささぎ)
皇后・橘仲皇女(たちばなのなかつひめのみこ)との合葬墳といわれている。

益田池公園のそばを通って橿原神宮前駅で解散。   
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11月7日 川西町から三宅町 色々見ながら太子道 油かけ地蔵 糸井神社 杵築神社2社 絵馬数々 シャクチリソバ マメガキ? 

2017年11月07日 | Weblog
ファミリー公園から出発。エンジュの並木 メタセコイアの並木 サクラ並木・・秋色だ。
今日歩く川西町・三宅町は奈良盆地の中央部。
聖徳太子が愛馬黒駒に乗って従者・調子麻呂を従えて斑鳩の宮から飛鳥の小墾田宮(おはりだのみや)へ通われたという。
太子道(筋交道)の道標の残る道を歩いた。 

堤防に出る。アキニレ・ナンキンハゼ・オギ・・セイコノヨシが中国の西湖に因む名とは知らなかった。


川の合流点を過ぎて、油かけ地蔵
そばに油のペットボトルが置いてあった。地蔵は油でギトギト。
できものを治してもらうために願を かける日に、油をかける習わし(燃灯供養)があるそうだ。

 
         オギ          カラスが川で何度も水浴びしていた。


堤防にシャクチリソバが群生 薬用植物として導入されたものが各地で繁殖している。


川西町役場 公民館・文化会館など立派な建物が並ぶ。 町木ケヤキの紅葉

式内 糸井神社
 
主神は豊鋤入姫命      右)境内のカキ マメガキ? リュウキュウマメガキ? ヤマガキか?  

 
拝殿には天保年代の太鼓踊り(雨乞いの願を掛ける)などの絵馬がいくつも奉納されている。
奈良県文化財に指定されているものもある。
 

面塚   観世流発祥の地とされる。寺川の氾濫で移転されているらしい。

ここで昼食となった。食べながらふと向こうを見ると、植樹された木に「シラカバ」の名が見えた。
えっ?こんなところにシラカバ? 近づいてみた。
  
シラカバには「新潟県十日町市川西地区」とあった。 こちらは「山形県川西町 クロマツ」
「平成19年度全国川西会議記念植樹」そういうことだったのか。 シラカバ元気に育つかな?育ってほしいな。

午後からはボランティアさんの案内で歩く。
 
白山神社 黒駒に乗る太子像 戦時中金属供出で失ったが、h24年再建されたもの。強化プラスチック製らしい。
 右)太子の腰掛石 村人がもてなし、風の強い日には屏風を立てたところから「屏風」の地名となったとの伝承。


   杵築神社(屏風)近辺に杵築神社が3社もある。(ここ屏風と、伴堂、但馬)
この辺りは川に囲まれた低湿地帯で疫病などから守る願いがあったのか。
                右)ボランティアさんによる忍性菩薩の紙芝居 
屏風生まれで武士の子だった忍性は母の願い通り僧となり、貧民やハンセン氏病など社会的弱者の救済に一生をささげた。

 
ここにもおかげ踊り・なもで踊りなど貴重な絵馬が奉納されている。

 
木抱かれ地蔵 ヨノミ(エノキ)に抱かれていたという地蔵さま。胸まで木に覆われている昔の姿が掲示されていた。
木から解かれてほっとされたか?さみしがられているか?

 
  厳島神社(三宅町伴堂)      株立ちのアラカシがご神木になっていた。


   杵築神社(伴堂 ともんどう) 

 
        なもで踊り絵馬など、ここにも古い絵馬があった。

 
丹波佐吉狛犬 伸びあがったような形  (写真写りが悪い。もっとゆっくり撮ればよかった)


古代衣装髪にアサザの髪飾りのボランティアさんによる万葉集の歌のお話など。 
h26年の太子道イベントの時にはここで天平の舞などを見せていただいた。


万葉集にうたわれるアサザ(万葉名アザサ)希少なものだが、あちこちに植栽されていた。

川西町から三宅町 ボランティアさんも充実しておもてなしの心を感じた。


解散後、石見駅に到着。
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11月3日 榛原の秋祭り 墨坂神社 太鼓台大迫力

2017年11月03日 | Weblog
榛原の秋祭り(墨坂神社の秋の大祭)を見に行った。

昨日は宵宮で、今日は渡御行列や太鼓台が町を巡行して墨坂神社へ宮入するという。
駅前で各町内の太鼓台4台が練り合わせすることや、太鼓台が通る道筋など、たまたまお会いした祭りの役員さんが親切に教えていただいた。

待ち時間に「旧旅籠・あぶらや」を見学することにした。
昭和20年7月24日榛原空襲 弾痕跡の残る近鉄線のガード近くで、町内を巡行する太鼓台を見た後、「旧旅籠・あぶらや」へ

「旧旅籠・あぶらや」

榛原のこの辺りは伊勢本街道と伊勢街道(あお越え道)が分岐する「札ノ辻」と言われ古くから通る交通の要衝として栄えた地。
「あぶらや」は榛原宿の中心にあり、江戸時代、伊勢参りが盛んな頃、旅籠として隆盛を極めた。
元は油業を営んでいた商家で、明治末期まで旅籠を営み、その後、昭和20年廃業するまで料理旅館であった。
中で説明をしていただいた。

 
「旧旅籠・あぶらや」改修も行われているが、江戸後期~末の建築らしい。 
                       右)なつかしい三和土(たたき)土間

  
1階の展示 おぼえ帳(宿帳のようなものかな)        母屋

 
2階の部屋には膳が並び、伊勢参りの旅館の風情が感じられる。  右)うだつもよく見えた。
かつては2階建ての客室も 続いており、1度に7・80人は泊まれたという。大阪を出発してここは2泊目の宿となる。
宿泊費は食事付きで1泊200文(今でいうと約5000円ぐらい) 
伊勢参りは農閑期に行ったらしい。大阪から伊勢までは170キロの道のりの歩き旅。日にちも費用もかかる。
1日8里(約32キロ)を歩いたらしい。昔の人はすごい。なんと芭蕉は1日50キロ歩いたというのだ。へ~~!

 
2階を見せていただいていた時、ちょうど太鼓台が向こうからやってきた。あぶらやの前で右へと向きを変える。
真上から見られた貴重な体験だった。
 
「あぶらや」を辞し、玄関前ですぐ近くぶつかりそうなぐらいすれすれに通る太鼓台の迫力。
4台の太鼓台の内1番古いという東町の太鼓台の来歴や内輪話もお聞きできた。

 
太鼓台の周りに12支を彫った彫刻があるというので、休憩の時に見せてもらった。

昼前に駅前広場で待つ。

太鼓台の練り合わせ
次々と集まってくる各地区からの太鼓台。白・黒・赤・グレイの衣装。上之町・宮本・福地・東町4台せいぞろい。
中の1台(福地 椋下神社)は布団太鼓。他の3台は社型太鼓台。

車は付いていなくて、大勢の人により担ぎあげる。
重労働の担ぎ手をどうやって確保しているのか・・
祭りの日は町の外に働きに出ている人も帰ってくる。そして町の人の友達やその友達もいて担ぎ手になっているらしい。
よそで聞くアルバイトなどはいないというのはすごい。
そして町内を練り歩く時は子どもが太鼓をたたいていたところもあった。
子どものころから祭りになじんで担ぎ手へと受け継がれていくんだなと思った。
「太鼓台で地域がまとまります」とおっしゃった役員さんの言葉が心に染みた。

担ぎ手も重労働なら、中で打ちならす太鼓もそうだし、太鼓台の上で踊る人も、下でウチワを振って盛り上げる人も体力がいる。
時々は担いだ太鼓台を手で持ち上げたりするパフォーマンスも行われ、拍手喝采。

4台がそれぞれにパフォーマンスを繰り広げた後、墨坂神社へ。私たちは先回りして神社で待つ。

>墨坂神社
日本書紀によると崇神天皇ゆかりといい、高皇産霊神など4神を祀る。

 
        墨坂神社          紋は「右離れの立ち葵」というらしい。

 
西峠当たりの御旅所から出て町内を通り神社へと還幸される。
神社の役員さん・氏子総代さんを先頭に、巫女さんなどが続き、後には鎧兜の武者、お稚児さんも続く行列が神社に入る。
そして大祭が行われるのだが、お参りに行った私たちにどうぞどうぞと椅子をすすめてくださり、祭礼に参加することになった。


祭礼は巫女さんの舞や行列に参加した方々が玉串拝礼を行ったり祝詞を上げられたり・・

続いて各地区の3つの太鼓台が宮入する。
(椋下神社の1台は墨坂神社へは入らず、椋下神社に還幸したそうだ)

 
 
そして、境内でお祓いを受けた太鼓台が担ぎを神様に披露。駅前と同様のパフォーマンスが行われる。
賑やかに盛り上がるほど神様は喜ばれるのだそうだ。

うれしいのは、太鼓台をすぐ目の前で時にはのけ反るぐらいの近さで見られること。
見るというより、太鼓が体に響き・一体感がある。


高揚した時間が終わり、最後はごくまき。境内の数か所でお餅が撒かれた。
慣れた人の動きは素早く思うようにはいかないが、ダイレクトキャッチで3個ゲットできた。


まだ体に太鼓の響きを残しつつ駅へ向かう頃にはだいぶ日が傾いてきた。
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