みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

大雪山系トムラウシ山遭難事故から1年~現場を歩く(上・下)/低体温症にならないために

2010-07-20 19:50:06 | ほん/新聞/ニュース
きょうは、群馬県伊勢崎市で38度、岐阜県多治見市と前橋市で37.3度と
今夏最高の気温を記録、熱中症で倒れる人が相次ぎました。

熱中症もこわいのですが、夏山でこわいのが低体温症。

ちょうどわたしたちが、大雪山黒岳に登った日がトムラウシ山の遭難事故から1年。
現地の北海道では、大雪山系遭難事故のニュースをやっていました。

帰ってきたら、各紙に大雪山遭難から1年が載っていました。

 生活ナビ:大雪山系遭難事故1年 現場を歩く/上

 ◇霧雨と泥道、積もる疲労
 北海道の大雪山系で10人が死亡した遭難事故から、16日で1年。ツアー会社主催のパーティーは19人中8人が命を落とし、気軽に挑戦できると人気の「ツアー登山」に警鐘を鳴らした。アイヌ語で「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」と呼ばれる美しい山で、なぜ惨事は起きたのか。日本山岳ガイド協会の事故調査にかかわった認定ガイドの大橋政樹さん(58)とともに、ツアーパーティーと同じ行程をたどった。【今井美津子】

 ◇乾いた服、十分な食事…「体力回復に必須」実感
 私(25)は大学時代に山登りを始めた。基本的な装備は持っているが、大学山岳部のような本格的な経験はない。最近は年に3~4回、日帰りか1~2泊の山登りをする程度だ。今回は参院選取材に追われて事前トレーニングができず、若さだけが頼り。

 一方、遭難事故で生還した50~60代のツアー客たちは、月に1度以上の山行をしていた。今回のコースは、ツアー会社の評価では体力度が5段階中4番目の「やや健脚」だ。

 ■1日目
 6月29日早朝、大橋さんとロープウエーの旭岳山麓(さんろく)駅で合流し、姿見駅へ。駅の掲示板によると、旭岳山頂の最高気温は19度。天気は良く、風も強くない。ストレッチをし、午前6時20分に出発した。大橋さんから「3日間あるので、ばてないよう、ゆっくり歩こう」とアドバイスを受けた。
 息が上がらない程度のペースで登る。周りは大半が中高年だ。レジャー白書によると、08年の登山人口は前年より20万人多い推計590万人で、過半数が50代以上。一方、警察庁統計で09年の山岳遭難者は過去最多の2085人(死亡・不明317人)に上り、40代以上が77%を占める。
 午前8時40分、北海道最高峰の山頂に到着。王冠のような形のトムラウシ山が遠くに見えた。
 1時間に1回程度の休憩を取りながら歩き、午後2時半に白雲岳避難小屋に着いた。体力にはまだ余裕がある。炊き込みご飯と焼きサケを食べ、午後7時に寝た。遭難したパーティーも6時ごろには就寝したという。

 ■2日目
 午前4時起床。インスタントラーメンを食べ、5時20分に出発した。天候は曇りで、次第に悪化するとの予報だ。雪渓を下ると平原のような道が続く。眼前に広がる山々の緑と残雪の白のコントラストが美しい。高山植物の女王、コマクサが咲き乱れる。ヒグマの足跡を発見。キタキツネも顔を見せた。
 忠別岳周辺からは、登山道の両脇に生い茂るハイマツをかき分けながら進む。枝や葉で足元が見えない。「ザックが引っかかって左右に振られ、通常より体力を使う」と大橋さん。やがて霧雨が降り始めた。登山道はぬかるみ、ハイマツに触れる腕や足もぬれる。途中で雨具を着た。
 当時も2日目は雨で、生還した女性客は「泥んこ道を長時間歩き、皆へろへろだった」と話した。
 平原でキタキツネに出合った=大雪山系の高根ケ原付近で2010年6月30日、今井美津子撮影 パーティーが省略した化雲岳にも登頂し、午後2時15分にヒサゴ沼避難小屋に到着した。20分ほど休むと疲労は抜けた。
 幸い衣服はほとんど乾いていたが、遭難した客の中には荷物のパッキングが悪くて寝袋をぬらしてしまったり、服を着たまま乾かす「着干し」の状態で寝た人もいた。「ぐっすり眠って体力を回復するには、乾いた服に着替えるべきだった」と大橋さん。私もそう感じた。インスタントカレーを夕食にし、7時に就寝。
 そして3日目。事故の日と同じように、朝から雨が降っていた。お茶漬けを食べ、雨具を着て、遭難現場へ向かった。

 ◇ツアーの装備、縦走に不十分
 今回持参した荷物の重さは約14キロで、生還したツアー客は平均12・5キロ。6食分の食料が必要だった彼らと違い、大橋さんと一緒の私は3食分とアメなどの非常食しか持たず、シャツやズボン、下着、靴下の着替えを余分に入れた。
 ツアー会社のパンフレットには最大荷重の目安として50歳女性で12キロ、60歳女性で8キロとあった。だが8キロでは縦走に必要な装備は無理というのが実感だ。荷を軽くするために食料と着替えを減らした結果、ぬれた服を着替えられなかったり、カロリーを十分取れず体力が低下したのではないか。避難小屋で一緒になった別のパーティー参加者はガイド協会の調査に「(遭難したパーティーの)食事の量が少なく思えた」と証言した。
 また、ツアー会社がライターや地図、コンパスを必携でない「便利物」に分類していたのには違和感を持った。ガイド付きツアーでも、遭難時に必要な最低限の装備は持たせるべきだろう。
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 ◇09年大雪山系遭難事故

 東京都のツアー会社が昨年7月13~17日の日程(登山は14~16日)で企画した旭岳-トムラウシ山の縦走ツアーに55~69歳の15人が参加。3日目に強い風雨で遭難し、男性1人、女性6人とガイドの男性1人が低体温症で死亡した。同じ日に単独登山中の1人と別のパーティーの1人も死亡。日本山岳ガイド協会は今年2月、ガイドの判断ミスやツアー会社の危機意識の低さを指摘した事故調査報告書をまとめた。
毎日新聞 2010年7月14日 東京朝刊



  生活ナビ:大雪山系遭難事故1年 現場を歩く/下 
毎日新聞 2010年7月15日

◇ぬれた体、急速に冷え 吹きさらし、悪い足場…風雨下の移動厳しく
 ■3日目
 午前5時25分。私(25)はヒサゴ沼避難小屋を出発した。登山ツアーの8人が死亡した1年前と同じ本格的な雨で、霧も出ていた。雪渓を登り主稜線(しゅりょうせん)に出ると、急に風が強くなった。
 遭難が起きた日、稜線では台風並みの風速20メートル以上の風が吹き荒れていた。生還者の一人は「(しゃがんで)木道の端を持って強風に耐えた」と証言し、実際に転んだ人もいたという。今回、縦走に同行してくれた日本山岳ガイド協会員の大橋政樹さん(58)は「ガイドは弱い人に合わせて行動するのが基本。強風下の対応を、出発前にガイド間で打ち合わせておくべきだった」と指摘する。
 7時40分、ロックガーデンに着いた。直径50センチ以上の巨岩が積み重なる上り坂だ。10メートルの風に逆らって歩くと、消費エネルギーは5割増しになるとされる。足場が悪い中、強風を受けて歩く難しさは容易に想像できた。低体温症のためか、当時この岩場からふらつく客が出始めており、ガイド協会がまとめた事故調査報告書は「ロックガーデンの前が、引き返す決断のリミットだった」と結論付けている。
 登り切って広い平原を抜け、8時43分に北沼に到着。動けなくなった女性客(当時68歳)と、一緒にビバークした男性ガイド(同61歳)が亡くなった現場だ。登山道西側に沼、東側には水たまりがあったが、当時は沼の水があふれ2メートルほどの川になっていた。ここまでで一行は通常の2倍の時間を費やしていた。
 川を渡り終えると、意識がもうろうとしたり、奇声を発したりする客が相次ぎ、ガイドが対応を決める間、パーティーは1時間以上待機した。私は歩行中は寒くなかったが、撮影などをしているうちに、汗と雨でぬれた体が急に冷えていくのを感じた。長時間の待機など、とてもできない。大橋さんの勧めで、魚肉ソーセージなどの行動食を意識的に取るようにした。
 低体温のまま急に体を動かすと、冷たい血液が体内を巡って機能障害が一気に進むという。再び歩き始めた一行は、北沼から通常30分で着くトムラウシ分岐までの間に散り散りになり、結果的に6人が死亡した。
 私はトムラウシ分岐でフリースを着込み、パーティーが迂(う)回(かい)したトムラウシ山も登頂した。その後、足に負担がかかる下りが続くと、疲れがどっと出た。岩場で足がおぼつかなくなり、雪渓で滑って転んだ。短縮コース登山口に到着したのは、出発から約10時間半の午後4時5分だった。
 今回の縦走は急傾斜地のくさり場などはなく、技術的には難しくないと思う。一方で1日の行程は長く、特に3日目(12・5キロ)は体がぬれたこともあり、2日目(16・5キロ)よりきつく感じた。回避ルートも少ないため、疲労がたまると厳しい。
 美しい景観の縦走コースは北海道内でも屈指の人気を誇り「最後の登山に」と家族に話していたツアー客もいたという。「厳しさも含めて山の魅力だ」という大橋さんの言葉が、重く響いた。【今井美津子】
毎日新聞 2010年7月15日


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トムラウシ山事故から1年 夏山の低体温症、防ぐには
「忍び寄るように」悪化 風よけ食べ物を口に
 
2010.7.16 朝日新聞


 悲劇から1年、トムラウシ山に夏 遭難の教訓生かす動き
2010年7月17日 朝日新聞

 北海道大雪山系のトムラウシ山(2141メートル)で、東京の旅行会社が主催したツアー登山客ら18人が遭難し、8人が凍死した事故から16日で1年を迎えた。事故原因の究明に向けて道警の捜査が続く一方で、同山には全国から大勢の登山者が訪れ、夏らしいにぎわいが戻っている。
 道警は昨年、ツアーを主催した「アミューズトラベル」を業務上過失致死容疑で家宅捜索。生還したガイドを伴い登山ルートの実況見分を行うなど、ガイドの判断や同社の安全管理に問題がなかったか調べている。今月21日には、ツアーの生存者に遭難現場への立ち会いを求め、当時の状況を聞き取る予定だ。
 道警がまず重視するのは、遭難当日の朝、強い風雨の中で出発し、参加者の体調に異変が出ても引き返さなかったガイドの判断だ。生存者の証言では、前日も雨の中を16キロ歩いた一行は、ヒサゴ沼避難小屋で衣服がぬれたまま眠るなど疲れ果てていた。
 昼前には北沼付近で動けなくなる参加者が相次ぎ、「遭難だと認めて救援要請しろ」という声さえ出たのに、110番通報まで4時間以上かかったことも判明。遭難の連絡も警察でなく、まず同社に入れており、緊急時にガイドの判断で中止することができたのか、なども調べている。
 また道警は、悪天候などを想定した予備日を設けていないなど同社の安全管理が適切だったかにも着目。後続ツアーのため、避難小屋にテントやコンロなどを置いてきた事実も明らかになっている。
 北海道では1999年に2人が凍死した羊蹄山の遭難事故で、ガイドとツアー会社幹部が書類送検されたが、幹部は不起訴となった。国内の登山ツアーの遭難事故で、会社幹部の刑事責任が問われた例はこれまでにない。

■保温・携帯食…備える登山者
 一方、夏を迎えたトムラウシ山には全国から登山者が訪れる。山岳関係者の間では教訓を生かす動きが広がる。
 今月2~4日、北海道山岳安全セミナー代表の松浦孝之さん(63)ら4人が、昨年のツアーと同じ2泊3日で四十数キロを縦走するコースをたどる登山をした。
 苫小牧東病院の船木上総・副院長も参加。メンバーの体温を定期的に測り、天候がよくても疲れなどで体温が低下することを確認した。昨年の事故当日、遭難者の中には朝食をとらなかった人もいたといい、これも低体温症を招いた原因の一つとみられている。「夏山でも油断せず、意識的に保温し、携帯食を摂取する必要がある」
 低体温症や熱中症に備える重要性を訴えようと、日本山岳ガイド協会(東京)は全国4カ所で講座を開催。9月にかけてさらに2カ所で開く予定だ。(高橋淳、近藤幸夫)
     ◇
 〈トムラウシ山遭難事故〉
 昨年7月16日、東京の旅行会社「アミューズトラベル」が主催する登山ツアー(客15人、ガイド3人)が遭難し、客7人とガイド1人が凍死した。客は55~69歳の中高年。2泊3日で四十数キロを縦走する予定だったが、暴風雨の最終日に事故が起きた。


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