みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

ニッポンの女子力<4>挑戦 物言う市民派 育て~母親目線 地方議会に送る(中日新聞)

2012-01-06 16:20:15 | ジェンダー/上野千鶴子

上野千鶴子さんを岐阜に招いての、
WAN上野ゼミ出前編「上野千鶴子さんと語る「女ぎらい」」は、いよいよ明日になりました。
まだ席に余裕があるので、当日参加の方も受け入れる予定をしています。
女性限定ですが、関心のある方は会場にお越しください。

 1/7「WAN上野ゼミ」出前編《上野千鶴子さんと語る「女ぎらい」》案内が中日新聞に掲載

中日新聞のニッポンの女子力<4>に、「む・しネット」の記事がでました。
記事を書かれたのは、上野さんのイベントの案内を書いてくださった稲熊美樹さんです。

丁寧な取材で、東海地方を飛び回り、どんな記事になるかと期待していました。
まず目に飛び込んできたのは、カラー写真。
稲熊さんが撮ってくださったのですが、良い写真になっていたのでほっとしました。

次にタイトル。
「挑戦」「物言う市民派育て」が、目立つ真ん中にどんときていて、
これはお聞きしていたので想定内。

上に目をやって「母親目線 地方議会に送る」の見出しにびっくり。
きっと整理の男の人が、読者受けするようにつけたのでしょう。
わたしも含めて「む・しネット」の女性たちは
ジェンダーまみれの「母親」目線とは違うんだけどなぁ、
せっかくの記事が台無し、と苦笑しながら、記事を読みはじめました。

ニッポンの女子力<4>挑戦 物言う市民派 育て 
母親目線 地方議会に送る 


2012年1月6日 中日新聞


内容はさすがよくまとまっていて、読みやすい記事になっています。
ともちゃんからも、友人からも写真も記事もとてもいい、と言われて、
ほっと一安心。

稲熊さん、ありがとうございます。

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朝刊の記事なので、さすがすぐにブログにアップするのは遠慮して、
お昼前に、webにアップされた記事を見て、あっ、とおどろきました。

紙面の見出しの「市民派」が「異分子」になっています。
記事の本文にも、中日の紙面にはない「異分子」という言葉が二度使われています。

既存の政党や組織とはキョリをおく「無党派・市民派」は、
「異端」とか「異分子」であることは間違いなく、
ある意味「ほめ言葉だ」と思っていますが、
そうならいっそのこと「異分子」とはおよそミスマッチの
「母親目線」も変えてほしかったな(笑)。

この新年企画は、東京新聞との合同企画なので、
ひょっとしたら、中日新聞が「市民派」で、
東京新聞が「異分子」となっているのかもしれません。

とりあえず、わたしの載った記事なので、
まだ当日ですが、紹介させていただきます。

ニッポンの女子力<4>挑戦 物言う「異分子」育て 母親目線 地方議会に送る 
2012年1月6日 中日新聞

 東日本大震災後、初の大型選挙となった昨年四月の統一地方選。「女性を議会に 無党派・市民派ネットワーク」(通称「む・しネット」)の会員同士を結ぶメーリングリストで吉報が飛び交い、電話の声も弾んだ。選挙講座に参加した十人全員が当選したのだ。
 「震災で、市民は日々の暮らしを失うことがどういうことかを見せつけられた。震災前から市民派が訴え続けてきた防災の政策が、有権者に響いたのでは」。事務局の寺町みどりさん(60)=岐阜県山県市=は手応えを感じた。「組織がなくても、市民派としてのメッセージが伝われば当選できる」
 選挙戦では、震災や福島原発事故の被災者への配慮から、自粛ムードもあった。そんな中、会員は一日数十回、街頭に立ち、誰にでも分かる言葉で演説を繰り返した。
 む・しネットは地方議員が集まって、二〇〇〇年に発足。その活動の柱の一つが、新人女性候補の選挙活動の手助けだ。統一選前には、同県旧高富町で町議を一期務めた寺町さんらが、チラシやはがきを使ったメッセージの伝え方や演説の仕方を、手取り足取り指南した。昨年末にも、今年の地方議会選に立候補する女性向けに特別講座を開き、立て看板の文言について助言を重ねていた。
 講座参加者の選挙期間中には、寺町さんらが現場に足を運び、マイクを握って演説の見本を見せることもある。「みどりさんが来てくれて、勢いが出た」。講座に参加し、昨春、三期目に当選した愛知県武豊町議の小寺岸子さん(45)は振り返った。
 もともと、政治の場では少数派の女性議員が党派を超えて集まる場はあった。寺町さんも参加していた。政治の場で活躍する女性は、今より少なく、「女なら皆、手をつないで当たり前」と思っていた。だが、中には政党に所属する議員もいた。「誰にも縛られず、市民としての目線を大切にしたい。女性なら誰でもいいってわけじゃない」と飛び出し、む・しネットを立ち上げた。「女性議員の数だけが増えても社会は変わらない。数も質も大切だ」
 首長となれ合いの関係を築いていた男社会の地方議会では、“異分子”の女性が、埋もれていた問題を取り上げることに意味がある。しかし、地方議会では議会のルールを学ぶ場がない。政党に属さず、議会で一人で渡り歩くためには理論武装も必要だ。議員としての力を付ける場の必要性を感じた。  
「議員って、何もしないでも任期は過ぎていく。でも、ゴールは議員になることじゃない。政策の実現」と寺町さん。議員として底力をつけ、スキルを磨く、一泊二日の合宿勉強会も年に四回開いている。
 母親として関わった学童保育の運動をきっかけに昨春、初めて立候補して当選した同県長久手市(当時は町)の佐藤有美市議(33)も勉強会に参加。その厳しさに「大人になってから、私のことをこんなに本気で怒ってくれる人はいない」と感謝した。
 議会はルールが明確で、男女が同じ土俵で戦える場。議員同士は年齢も性別も超えて対等な関係だ。「権力は使い方次第。弱者のために使えば、社会は変わる」。議会の論理に染まらずに、物言う市民派という異分子で発信を続けていれば、議会のあり方こそが異常と、いつかは市民が「票」という武器で反乱を起こすはずだ。女性はその起爆剤となれるかもしれない。
 ネットの立ち上げから十一年。自らノウハウを模索していた一世代目と違い、今の世代は蓄積したノウハウを簡単に受け取れる。「目指すは、子育て中の女性など、多様な人材が議員となって発言し、社会を変えていくこと。自分たちを踏み台にして、もっと先へと進んでいってほしい」 (稲熊美樹)
●取材を終えて
 社会の一員として普通に仕事をし、結婚をし、子育てをし、社会の壁にぶつかりながら生きてきた彼女たち。憤りや苦しみを行政にぶつけて、問題に取り組む。「自分たちの町をよくしたい」と。全国の地方議会で女性の議員数は全体の11%。女性の声が政策から遠く、生きにくい社会になってしまったのではないか。彼女たちのような議員が増えれば、地域が変わっていくに違いない。


昨日の「ニッポンの女子力<3>」も合わせて紹介しますね。

 ニッポンの女子力<3>主婦友 集団移住で活躍 安堵「一緒に自立」がいい 
2012年1月5日 中日新聞

 茨城県つくば市の公務員宿舎の一室で、福島県双葉町から昨年十月に移り住んだ主婦中村富美子さん(70)が、仲間の女性五人と話し合っていた。「この住宅に入りたい人がいるんだって」「あそこの空いてる部屋の雨もりを直せば大丈夫じゃないか」-。中村さんは東日本大震災後に結成された「双葉町主婦の会」の代表。移住してきた町民の世話役を務めている。
 震災で中村さんの生活は一変した。地元の小学校で一夜を明かすと、その朝、理由の説明のないままに「西に逃げろ」と言われ、夫の希雄(まれお)さん(69)、次男一家と同県川俣町の小学校へ。新潟県内の親類宅を経て三月下旬、知人の紹介で静岡県内の公営住宅に落ち着いた。だが、双葉町民がさいたま市内で集団生活を送る様子をテレビで見てがくぜんとした。
 「行列して段ボールのお膳でお弁当を食べていた。自分たちが茶わんで、温かいご飯を食べているのが申し訳なくて」。町の婦人会長だった中村さんは希雄さんと相談した。「黙って見ているわけにはいかない。双葉の人と共に苦労を乗り越えよう」。四月上旬、次男一家と別れ、町民約千四百人が避難していた埼玉県加須市の旧県立騎西高校(廃校)に合流した。
 教室や体育館に間仕切りはなく、雑魚寝状態。当初は一人一畳半程度のスペースだけ。町民のストレスの蓄積を感じた中村さんは婦人会のメンバーとも連携し、避難生活の悩みや要望を一人ずつ聞いて回った。
 「答えても無駄」「どこに行っても邪魔者扱いだ」。絶望から心を閉ざしたり、涙にくれる町民もいたが、「皆の未来のために手を貸す」と言葉を掛け、根気強く向き合った。別の避難所の町民にも尋ね、訴えを記録したカードは千枚以上に。最も多かった要望は「避難所を出たい」。プライバシーのある住環境を求める声が続出した。
 中村さん自身も「三食とも頂いて、自分ができることは何もない。おんぶに抱っこで心苦しい」と、自立できる住まいを求めていた。仮設や借り上げの住宅の紹介は始まっていたが、最長で二年間の制限。希雄さんは「双葉には十年、二十年は帰れない。二年では…」。中村さんも「町の人たちと一緒に長く住める場所に移りたかった」。
 そんな折、中村さんの中学校時代の同級生で当時町議だった谷津田光治さん(69)が集団移住の可能な公務員宿舎の情報を持ってきた。中村さんは移住を一番に決めた。「自立しないと。全国に散らばった町の人も、私たちの姿を見れば頑張れるはず」。現地見学会を二度実施し、口コミでも賛同者を募った。
 移住者は当初は十数世帯だったが、地道に勧誘を続け、今では約百世帯に。近くに町役場の「つくば連絡所」もできた。中村さんは修理の要望などをまとめたり、名簿を作りながら移住者の生活に心を配る。
 十月に移住した舘林ミヨさん(71)は茨城県内の別の自治体の一軒家で避難生活を送っていたが「知り合いができず、孤独だった」。今は「毎日の『おはよう』『こんにちは』がある」と安堵(あんど)の表情。谷津田さんは「男はいいか悪いかを短気に決めがちだが、母ちゃんたちは困難なときもあきらめず、長くしゃべっているうちに友が友を呼び、仲間を増やす」とたたえる。
 双葉町から南々西へ約百七十キロ。公務員宿舎の周りでは、桜並木が春を待つ。中村さんらは庭に花を植える計画だ。全国に別れた町民を花見に招き、共に暮らす気持ちになってほしいからだ。「いつか帰れる日まで、つくばの『新生双葉町』で一緒に頑張り抜く気持ちを大きく育てたい」。離れていた次男一家も移ってくる。主婦の“ミニコミ力”が、双葉の絆を結び直していく。 (杉戸祐子)
 <メモ> 福島県双葉町 東京電力福島第一原発の5、6号機がある太平洋沿いの町。事故後は町全体が避難区域に。町の集計では、町民7028人のうち3359人が県内、3669人が海外も含めた県外に避難している。町役場の機能は埼玉県加須市の旧県立騎西高校に移っている。 


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1 コメント

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こんばんは (ケンジ)
2012-01-06 20:57:17
興味深く拝読いたしました。

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