みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

沖縄「慰霊の日」~沖縄に思いを寄せて(6/23)

2007-06-24 05:14:06 | ほん/新聞/ニュース
 沖縄をはじめて訪れた日、さいしょに、沖縄戦の激戦地となった
本島南端の「摩文仁(まぶに)の丘」にタクシーで行った。

糸満市の「摩文仁平和祈念公園」には、
24万383人の犠牲者の名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」がある。
沖縄を案内してくれたタクシーの運転手さんは初老の男性で、
「摩文仁(まぶに)の丘」を一緒に歩きながら沖縄戦の話をしてくれた。
戦争のとき、彼は小学生だったとのこと。

「摩文仁の丘」には、全国各県の慰霊碑があり、
丘の端は絶壁になっていて、目の前に青い海が続き、
足元は緑の生い茂るジャングルのようだった。

彼の言ったことばが忘れられない。

「この下でたくさんの人が死んだのです」。

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慰霊の日 沖縄戦の記憶は”平和の砦”(2007.6.23 琉球新報社説)

きょうは「慰霊の日」。鎮魂の思いを込め「沖縄忌」とも呼ばれる。六十二年前、二十万人余が犠牲になった沖縄戦が、事実上終結した日とされる。戦後沖縄の原点となるこの日に、戦争と平和について考えたみたい。
 きのう午後、県議会は、文部科学省の高校教科書検定で沖縄戦の「集団自決」への日本軍の強制などの記述が修正・削除された問題で、検定意見の撤回を求める「意見書」案を、全会一致で可決した。
 「慰霊の日の前に、可決されて本当によかった」と、安堵(あんど)の声が上がったのは、直前まで揺れた県議会の対応があった。
 「軍命の有無が検証されていない」との声が、県議の中から出て、全会一致どころか、決議自体が危ぶまれていた。
 県議会の内輪もめをよそに、県内四十一市町村中、三十六市町村議会が検定意見撤回を求める意見書を可決している。二十八日までには全議会が可決の見込みだ。

改ざんに手を貸す政府
 県議会は意見書で「沖縄戦における『集団自決』が、日本軍の関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実」と指摘し、「今回の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものである」と強く批判している。
 県議会の意見書可決で、名実ともに県民世論は「検定意見の撤回」の要求を政府に突きつけた。
 だが、政府の壁は依然として厚い。意見書への見解を求められた久間章生防衛相は二十二日、「防衛省は日本軍のことを引き継いだ訳でなく、防衛省が答える話ではない」と、どこ吹く風だ。軍命の有無にも「そんな昔のことは私は知りません」と、はねつけている。
 久間防衛相は、自衛隊と「日本軍」は異なる。そう言いたいのであろうか。だが、自衛隊はまぎれもなく「日本の軍隊」である。日本軍と違うと強調することで、過去の日本軍の犯した過ちを、忘れようとしている。歴史に学ばない軍の責任者は、また過ちを繰り返しかねない。見識を問いたい。
 十五年ほど前、東京で沖縄戦を指揮した第三二軍の高官・神直道航空参謀に会った。なぜ、住民を巻き添えにしたのか。なぜ軍は住民を守らなかったのか。その問いに「軍隊は敵のせん滅と戦争遂行が役目。住民を守るという命令は無かった」と、淡々と語った。
 「軍は民を守らない」。沖縄戦で生き残った多くの県民が経験で学んだ教訓である。
 戦後六十二年を経て、ことし五月、沖縄では大砲を備えた海上自衛隊の掃海母艦が、米軍基地建設の支援のため、沖縄に派遣された。国民を守るべき自衛隊は、基地建設に反対する市民と対峙(たいじ)し、「民を威圧する行為」との批判を受けた。

体験者の声を聞こう
 自衛隊情報保全隊による「国民監視」の実態も明らかになった。 「軍は民を守らない」との沖縄戦が残した教訓を超える「軍の論理」がそこにある。
 沖縄戦は遠い昔の話ではない。山積する戦後処理問題は、戦争の傷がいまだ癒えない沖縄の現実を冗舌なまでに物語っている。
 沖縄戦での直接の犠牲者のうち、ことし三月末までに十八万三千九百三十五柱が収集された。しかし、四千柱を超える遺骨が、地中深く、あるいは野ざらしになり、収集を待っている。
 県内では二〇〇六年度だけでも八百七十六件もの不発弾処理が行われている。だが、毎年三十㌧を超える処理を続けても、今なお地中には二千㌧を超える不発弾が残る。
 一方で、遺族年金の受給者はこの十年で九千五人(一九九六年)から約四千人(〇六年)と半減している。沖繩戦の実相を知り、戦争体験を語り継いできた「語り部」たちがこの世を去っていく。
 「歴史の目撃者」たちが少なくなり、新たな歴史観による教科書の書き換えが進む。教科書検定問題で「集団自決」での軍命の有無を争点にしているが、本質はまぎれもなく存在する政府の開戦責任も含めた「戦争責任」である。
 歴史の見直しを理由に、政府に都合のいい教科書を書き上げることを考える前に、歴史に何を学ぶかを考えるべきであろう。
 沖縄には、文科省の検定を受けない゛生きた教科書゛たちが、まだまだ健在だ。沖縄戦の体験を直接聞ける。慰霊の日を、戦争と平和を考え、歴史と向き合う節目の日としたい。

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検定撤回は県民の総意(2007.6.23 沖縄タイムス・社説)

軍官民共生共死の論理
 文部科学省の教科書検定で、高校用歴史教科書の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」をめぐる記述から日本軍の関与を示す記述が削除された。県民の間に沖縄戦の歴史歪曲への強い懸念が広がる中で、「慰霊の日」を迎えることになったのは残念である。
 沖縄戦では「軍官民共生共死」の論理の下で多くの非戦闘員が死に追い込まれた。各地で住民証言が収集され、「集団自決」は軍による強制・強要・命令・誘導等によって引き起こされたというのが戦後蓄積されてきた沖縄戦研究の成果である。
 なぜ今になって日本軍の関与が削除されるのか、私たちは沖縄戦の実相を踏まえ、考えなくてはならない。
 「集団自決」は県内の激戦地で起きた。渡嘉敷島、座間味島、慶留間島では住民が肉親に手をかけた。手りゅう弾やカミソリ、かま、棍棒などが使われ、阿鼻叫喚の地獄絵が広がった。多くの子供たちも犠牲になった。
 渡嘉敷島での「集団自決」で両親と弟妹を失い、生き残った金城重明さんは、「母親たちは嗚咽しながら、迫りくる非業の死について、子供たちに諭すかのように語り聞かせていました。恐ろしい死を目前にしながら、髪を整え、死の身支度をしていた婦人たちの様子が忘れられません」(「『集団自決』を心に刻んで」、高文研)と、犠牲者らの最後の姿を伝えている。
 沖縄戦から六十二年。世代交代が着実に進み、沖縄戦の体験者も年々減少していく。後世に生きる人々が沖縄戦の記憶をどう継承していくかが重い課題として浮上している。こうした問いに正面から向き合うことなしに沖縄の将来を切り開くことはできない。
 県議会は「慰霊の日」の前日、検定意見を撤回し記述を元に戻すよう国に求める「教科書検定に関する意見書」を全会一致で採択し、文部科学省などへの要請行動を展開した。
 「『集団自決』が、日本軍による関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実であり、今回の削除・修正は体験者による多くの証言を否定しようとするもの」という批判は、与野党を超えた県民の総意である。政府は県民の声を重く受け止めるべきだ。

日本軍の残虐性薄める
 沖縄戦に関する教科書検定の経緯を振り返ると、政府にとって都合の悪い沖縄戦関連の記述を歴史教科書から消し去りたいかのようだ。研究者らが同様に指摘するのは、日本軍の残虐性を薄める方向での修正の動きである。
 一九八二年度の教科書検定で、沖縄戦での日本軍による住民殺害の記述が削除された。しかし、県民の抗議の高まりなどを受けて記述が復活した。
 そして今回は「集団自決」に関する記述について「沖縄戦の実態について誤解する恐れがある表現」として、日本軍による命令・強制・誘導等の表現を削除・修正するよう指示した。
 文部科学省が、教科書を審査する教科用図書検定調査審議会に対し、日本軍の関与を示す記述の削除を求める意見書を提出していたことも判明した。
 伊吹文明文部科学相は「軍の関与があったことは認めている。ただ、すべての集団自決について軍が関与したという記述は必ずしもそうじゃないんじゃないか」と述べ、大臣として検定には介入しない考えを示している。
 文科省の審議官は検定調査審議会の中立性を強調し、今回の削除・修正は審議会の判断だとしている。
 軍の関与は認めつつ、軍関与を示す記述の削除についても理解を示す。これは一体どういうことなのか。

首相の歴史認識を問う
 安倍晋三首相は「戦後体制からの脱却」を掲げ、憲法改正、教育問題を重視してきた。「愛国心」重視の教育基本法を改正し、従軍慰安婦問題で「狭義の強制性」を否定した。靖国問題など首相の歴史認識が問われている。
 今回の検定で「軍の関与」が削除されれば、住民は自発的に死を選んだという意味合いになる。そこには審議会による判断だという説明だけでは済まない大きな論理の転換がある。
 沖縄戦研究者は政府は「集団自決」という言葉に靖国思想を意味する「殉国死」のニュアンスを込めていると指摘する。「今回の検定には文部科学省だけでなく政府筋の介入を感じる」という声さえ出始めている。
 沖縄戦の記憶は今試練にさらされている。「慰霊の日」に犠牲者を追悼していくために、今回の検定問題を契機に沖縄戦の実相を究明し、沖縄戦についての認識をさらに深めていきたい。
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【社説】
慰霊の日 沖縄県民の怒りに耳を

2007年6月23日 中日新聞

 基地の島、沖縄には国際的な軍事情勢を映し出す現実がある。軍と住民との間の不幸な過去がある。県民の怒りに耳を傾け、軍事組織を国民の目で厳しく監視し、統御する重要性を確認したい。
 沖縄は二十三日、戦没者を悼む慰霊の日を迎えた。太平洋戦争末期の一九四五年三月二十六日、米軍の慶良間(けらま)諸島上陸で始まった沖縄戦は、六十二年前のこの日、日本軍が組織的抵抗をやめたことで終結した。
 この戦いは女子学生も含むほとんどの住民が動員され、激しい地上戦に巻き込まれた。二十万人の日本側死者の七割近くが住民である。
 その傷がまだ癒えきっていないのに、沖縄県民にとっては傷口に塩をすり込まれるような出来事が相次いだ。高校の歴史教科書検定で、集団自決の記述が修正させられ「軍の強制」が消されたのは代表例だ。
 軍の関与、強制についてはたくさんの証言がある。事実を無視する文部科学省に対し県民の怒りと不信の声があがったのは当然だろう。
 それだけではない。政府は、米軍普天間飛行場を移設する予定海域の調査に、住民の反対行動に備えて海上自衛隊を出動させた。自衛隊が市民運動や報道陣の取材活動を「反自衛隊活動」と敵視し情報収集していたことも明るみに出た。
 これらの事実で、避難した壕(ごう)から軍人に追い出されたり、方言を使ってスパイ扱いされた経験を想起した県民もいる。自衛隊の行動が、味方のはずの軍から銃を向けられ、軍事優先の意味を身をもって知らされた体験と重なって見えたのだ。
 日本の復興、発展の陰に、沖縄におけるそうした厳粛な事実があったことを、いまなお過重な負担を沖縄に強いていることを、多くの日本人が忘れかけていないだろうか。
 国土面積の0・6%しかない県内に在日米軍施設・区域の75%が集中し、県面積の10%は米軍施設だ。自衛隊の基地、施設も多い。憲法改定が声高に語られ、自衛隊の海外派遣が常態化し、日米の軍事一体化が進む中で、沖縄は太平洋の“要石”として前面に立たされている。
 他方、日本社会の世代交代に伴って、戦争体験の風化が指摘され、戦争の悲惨さに対する想像力の欠如が目立つ。半世紀以上も続いた平和を持続できるか、不安も語られる昨今である。
 いまこそ、最後の激戦地、摩文仁(まぶに)の丘に並ぶ平和の礎(いしじ)に名前を刻まれた犠牲者の無念を胸に刻み、沖縄県民と怒りをともにしたい。沖縄戦の歴史と、沖縄のおかれた現実に正面から向き合いたい。
(2007.6.23 中日新聞)
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沖縄慰霊の日―集団自決に見る軍の非情(朝日新聞社説)

 沖縄は23日、「慰霊の日」を迎えた。太平洋戦争末期の沖縄戦で、日本軍の組織的な抵抗が終わった日である。
 今年の慰霊の日は、昨年までとは趣が異なる。沖縄戦で犠牲になった人たちを悼むことにとどまらない。沖縄戦とは何だったのかを改めて考えようという動きが広がっているのだ。
 きっかけは、「集団自決」についての教科書検定である。文部科学省が「日本軍に強いられた」という趣旨の記述を削らせた。軍の強制を否定する資料が出てきたというのだ。
 沖縄では一斉に反発が起きた。各地の市町村議会に続き、県議会でも検定の撤回を求める意見書が全会一致で可決された。意見書は「日本軍による関与なしに起こり得なかった」と主張する。
 保守、革新を問わず、憤ったのはなぜか。集団自決が日本軍に強いられたものであることは、沖縄では疑いようのない事実とされてきたからだろう。
 集団自決が主に起きたのは、米軍が最初に上陸した慶良間(けらま)諸島だ。慶良間諸島だけで犠牲者は700人にのぼる。
 多くの悲惨な証言がある。例えば、元沖縄キリスト教短大学長の金城重明さん(78)は集団自決の現場で、手投げ弾が配られるのを見た。手投げ弾は自分にまで回ってこず、母と弟妹を自ら手にかけて殺した。「手投げ弾は自決命令を現実化したものだ」と語る。
 集団自決に直接かかわった人たちだけではない。沖縄の人たちが「集団自決は日本軍に強いられたものだ」と口をそろえるには理由がある。
 沖縄の日本軍は1944年11月、「軍官民共生共死の一体化」の方針を出した。足腰さえ立てば住民を一人残らず動員し、生死を共にさせようというのだ。
 子どもから老人まで駆り出された住民は、食糧や弾薬の運搬などだけでなく、戦闘員として敵に突入を命じられた。
 陣地の構築にも動員されたため、住民は軍事機密である日本軍の配置まで知ることになった。そこで日本軍は住民が捕虜になることを許さず、「敵に投降するものはスパイとみなして射殺する」と警告し、実行していった。
 一方で、「鬼畜米英」軍に捕らえられたら、女性は辱めを受け、男性は残忍な方法で殺される。日本軍はそう住民に信じ込ませた。
 迫りくる「鬼畜」の敵軍。背後には投降を許さない日本軍。そうした異常な状態が集団自決をもたらしたのだ。
 沖縄戦の3カ月の犠牲者は20万人を超える。本土から来た兵士より住民の犠牲の方が多かった。日本軍の任務は本土決戦の時間をかせぐため、米軍をできるだけ長く沖縄に足止めすることだった。
 沖縄の人たちは「捨て石」にされ、根こそぎ動員されて日本軍と一緒に戦い、そこで集団自決が起きた。いまさら「日本軍は無関係」と言うのなら、それは沖縄をもう一度裏切ることになる。
(2007.6.23 朝日新聞)
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文科省「関与」鮮明に 修正前提の審査求める
「集団自決」検定(2007.6.23 沖縄タイムス)

 
【東京】二〇〇八年度から使用される高校歴史教科書の検定で文部科学省が、教科書を審査する教科用図書検定調査審議会に提示した調査意見書の決裁資料に、教科書会社から提出された記述通りに検定の合否判定をせず、修正後に審査するよう求める具体的記述があることが二十二日、分かった。民主党の川内博史衆院議員(比例・九州ブロック)が入手した文科省の原義書(決裁書)で明らかになった。局長、審議官、課長、教科書調査官ら検定に関係する主要な事務方の決裁印があり、審議会への文科省側の「関与」があらためて浮き彫りになった。(吉田央)
 原義書は教科書調査官がまとめた調査意見書を、所管の初等中等教育局が決裁した内部資料。調査対象の教科書を提出した会社別に受理番号、教科、種目などが記されている。
 それぞれの教科書の「調査結果」の項は、「上記の申請図書(教科書)は、別紙調査意見書のとおり検定意見相当箇所がある」と指摘。
 その上で「合格又は不合格の判定を留保し、申請者(教科書会社)によって修正が行われた後に再度、審査する必要がある」と記述し、調査意見書に沿った検定意見を付すよう求めている。
 調査意見書は日本史教科書に対する指摘事項で、沖縄戦「集団自決」への軍関与を「沖縄戦の実態について誤解する恐れのある表現である」と記述。
 これとまったく同じ表現が、審議会での審議を経て教科書会社に示された検定意見書に記載された例があることが明らかになっている。
 伊吹文明文科相は国会で「文科省の役人も、私も、安倍総理も一言も(=口出し)できない仕組みで教科書の検定は行われている」と答弁しているが、調査意見書の作成段階で文科省が容喙「口出し」し、検定の方向性を決めていた構図が鮮明になっている。
 川内氏は「はんこ(決裁印)は文科省の意思として押されており、記述を変えさせた判断が文科省側にあったことは明らかだ」と指摘している。
 文科省初等中等教育局の山下和茂教科書課長は二十二日、沖縄タイムス社の取材に「これまで述べてきた通り調査意見書はあくまで審議会の参考資料で、審議会の決定を強制するものではない」と説明した。
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