みどりの一期一会

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「野の声よ、廟堂で叫べ」 民社国政権発足(早野透)/辻元清美さん国交副大臣に就任。

2009-09-21 17:24:38 | ほん/新聞/ニュース
新聞のコラムで好きなのが、朝日新聞の早野透さんの「ポリティカにっぽん」。
『市民派議員になるための本』を書いたときに、お電話で取材を受けて、
「ポリティカにっぽん」で紹介していただいたことがある。

9月17日の「ポリティカにっぽん」では、社民党の福島瑞穂さんも辻元清美さんのことを紹介している。

おりしも、福島さんは「消費者行政、少子化対策、男女共同参画、食品安全担当」大臣に、
辻元さんは国土交通省の副大臣になったところ。

タイトルの「野の声よ、廟堂で叫べ」ということばば、
早野さんからお二人に贈られたエールのようだ。

 ザ・コラム ポリティカにっぽん 早野透(朝日新聞コラムニスト)
「野の声よ、廟堂で叫べ」民社国政権発足

(2009.9.17 朝日新聞)
 
 あれは、2000年の夏の初めだった。
先進国首脳が集まった沖縄サミットのときのこと、嘉手納基地のフェンスをぐるり「人間の鎖」が囲んだ。2万7千人が手をつなぐ鎖の中に社民党の福島瑞穂さんも辻元清美さんもいた。
 ジュゴンの擾む美しい海、辺野古海岸ではニライカナイの祭りを催した。
ここに普天間の代替基地をつくるなんて! 歌手喜納昌吉は「すべての武器を楽器に」と叫び、世界の少数民族が歌と踊りを披露した。ニライカナイとは、神々の理想郷のこと。喜納氏は後に民主党参院議員になる。
 2009年の夏の終わりの総選挙で、歴史的な政権交代が実現した。福島さんも辻元さんも喜納氏も野党から与党に変わった。あのとき、炎天下の野外で叫んでいた人たちが、これからは政府を動かし、国家を担う。人々の一票が「選手交代」を命じた。民主主義ってなんておもしろいんだ!
  -------
 「新しい政治」の指針は、民主党、社民党、国民新党の3党の「連立政権合意」である。交渉は1週間かかった。社民党が粘って、意外と難産だった。
 なにぶん、福島さんは選挙戦でこう主張していた。「民主党の一人勝ちは危ない。社民党は、ハムサンドのハムになる。パンじゃありません」。辻元さんは「社民党は新政権の品質保証をする」という言い方をしていた。参院では、社民5議席を加えて与党過半数になるのだから、それをテコに言うべきは言わなくてはならない。焦点は、社民党の「平和主義」をどのように盛り込めるかである。
 社民党は、普天間基地の辺野古移転には絶対反対である。インド洋での給油もソマリアの海賊対策も、自衛隊の海外派遣には反対である。非核三原則も法制化したい。憲法改正発議につながる憲法審査会も動かしたくない。テーマはいっぱいある。
 民主党はといえば、鳩山由紀夫代表がオバマ米大統領と「まず信頼関係づくり」の会談をしなければならないのに、その前に社民党とややこしい合意はしたくなかった。連立の交渉相手の岡田克也幹事長は、どれもこれもほとんどゼロ回答でにべもなかった。
 結論をいえば、連立合意は社民党の粘り勝ちとなる。それをもたらしたのは「福島瑞穂の逆噴射」と「忍者辻元の裏交渉」である。実は、福島さんはもともと社民党の独自路線派で、必ずしも連立志向ではなかった。かつて「自社さ」の与党経験のある辻元さんら、連立の中で政策実現を図るべきだという連立積極派との間で、長く論じ合ってきた。だが、いざ連立が決まると、福島さんは社民党の主張を盛り込むべく、鳩山代表や岡田幹事長にがんがん携帯電話をかけまくり、最後は沖縄問題に絞って譲歩を求めた。「逆噴射」のゆえんである。
 民主党の提案は、「沖縄の心情を踏まえ、沖縄基地のあり方をはじめとする2国間の課題について解決を図る」というもので、無色透明で方向性もわからない。辻元さんは、沖縄選出の社民党の照屋寛徳衆院議員や民主党の喜納昌吉参院議員と連絡、現地から声をあげてもらうよう頼んだ。
沖縄県議会の超党派の議員が上京、各党を回った。連合沖縄も動いた。
 辻元さんは、民主党のマニフェストには「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてあるのに目をつけた。ひそかに岡田幹事長に連絡、「マニフェストに書いてあることも書けないの」と迫った。民主党のある斡部は「連立協議の表向きの交渉の裏で、社民党の忍者のように辻元清美がぎりぎり詰めてきた」と述懐する。これで辺野古基地建設も「見直し」の対象となるはずである。
    -------
 テレビを見ていると、民主党は308議席、社民党はたった7議席で「ごねるな」とコメンテーターがしゃべっている。しかし比例区の得票は、民主党2984万に対し、社民党300万である。得票比例なら、社民覚は30議席あってもいい。閣僚2ポストあってもいい。2大政党の間で、あえて投じられた300万票は「平和」の信念票である。社民党は「ハムサンドのハム」たるべし、「品質保証」を果たすべし。これから民主党は対米配慮の現実主義にぐんと傾くおそれがある。党首クラスの「閣僚委員会」で大声をあげるべし。9年前の「野の声」が廟堂に入るのだから。
連立のゆたかさとはそういうものである。
 連立合意の中では、当初、前文の中にまぎれていた「憲法」が独立項目に立てられた。
 そこには「唯一の被爆国として、日本国憲法の平和主義をはじめ国民主権、基本的人権の三原則の順守を確認するとともに、憲法の保障する諸権利の実現を第一とし、国民の生活再建に全力を挙げる」と書きこんだ。
 いまや憲法にある「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」も「ひとしく教育を受ける権利」も「勤労の権利」も「勤労者の団結する権利」も侵されている。であれば、憲法9条をうんぬんするのは、その先のことですよ。
(2009.9.17 朝日新聞)



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以下は、辻元清美さんが国交副大臣になった関連の新聞記事。

馬淵澄夫氏と辻元清美氏、国交副大臣に
2009年9月18日12時23分 朝日新聞 

 鳩山内閣は18日午前、副大臣の人事を決めた。国土交通副大臣には、道路行政に詳しい馬淵澄夫民主党政調副会長と社民党の辻元清美国会対策委員長が、ともに前原誠司国交相の希望で起用された。他の省の副大臣にも、政策通や国会の予算委で活躍してきた論客を配置している。
 各大臣が指名し、内閣官房で調整して決定した。財務副大臣に野田佳彦幹事長代理、内閣府の国家戦略局(室)担当に旧大蔵省出身の古川元久衆院議員と日銀出身の大塚耕平政調副会長を充てる。
 外務副大臣には、岡田克也外相と党の地球温暖化対策にあたってきた福山哲郎政調会長代理を起用。農水副大臣は農政通の山田正彦衆院議員、文科副大臣は元大学助教授の鈴木寛政調副会長になった。
     ◇
 18日に決定した副大臣は次の通り。(敬称略)
 内閣府=大島敦、古川元久、大塚耕平(参)▽総務=渡辺周、内藤正光(参)▽法務=加藤公一▽外務=武正公一、福山哲郎(参)▽財務=野田佳彦、峰崎直樹(参)▽文部科学=中川正春、鈴木寛(参)▽厚生労働=細川律夫、長浜博行(参)▽農林水産=山田正彦、郡司彰(参)▽経済産業=松下忠洋(国民新)、増子輝彦(参)▽国土交通=辻元清美(社民)、馬淵澄夫▽環境=田島一成▽防衛=榛葉賀津也(参)
(2009年9月18日12時23分 朝日新聞)


辻元清美のつじもとWEB

ドキュメント・政権交代:「人材バッティング」 副大臣人事ずさん調整
 <世の中ナビ NEWS NAVIGATOR>


 実務派をそろえた18日の副大臣人事。だが、決定に至る経過は混乱を極め、人事調整のずさんさが露呈した。
 「社民党の辻元清美衆院議員と馬淵澄夫衆院議員(民主)に副大臣をお願いすることで内定した」
 午前11時15分ごろ、記者会見した前原誠司国土交通相は国交省の副大臣人事を発表。首相官邸から辻元氏の副大臣起用の打診があり、「共にやらせてほしい」と受け入れた経緯まで明かした。前原氏は、社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相も閣議で署名した副大臣人事を発表しただけだが、福島氏は記者会見で辻元氏について「調整中で確定ではない」との認識を示し、食い違いを見せた。
 慌てたのは党国対委員長に就任したばかりの辻元氏。「副大臣は受けない」と民主党幹部に通告し、社民党も重野安正幹事長らが差し替えを協議したが、党首の閣議での署名を覆すのは困難と判断、辻元氏を説得した。
 重野氏は副大臣候補に辻元氏ではない人物を首相官邸に推薦していたが、これが聞き入れられず、国対委員長も「空席」に。平野博文官房長官は夕方の会見で「副大臣は閣議了解をいただいている」とにべもなく語った。
 民主党では小沢一郎幹事長から国会人事を任された山岡賢次国対委員長と、平野氏が綱引きを演じた。先手を打ったのは山岡氏。閣僚が認証式など多忙を極めた16日夜、国対役員を国会に集め副大臣や政務官の打診を受けていない議員を次々に委員長や理事に起用、17日午前には記者発表して既成事実化した。平野氏らは山岡氏に一部委員長内定者らの副大臣への差し替えを求めて直談判したが「すでに発表した」と門前払いされ、政府人事の選択肢は狭められた。
 政府内では人の奪い合いもあった。関係者によると、安保政策通の民主党の長島昭久衆院議員は16日に副防衛相の打診を受けたが、すでに外務政務官の要請を受けていたためやむなく断った。
 その後「防衛政務官でどうか」との声があがり、18日未明に最終的に防衛政務官を官邸から言い渡されたという。同僚議員は「官邸が最初から総合調整していれば副大臣になれる人が(格下の)政務官になることはなかった」とため息をついた。
 平野氏は18日夕の会見で「人材がバッティングしたため調整があったが、良い調整だ」と釈明したが、ある中堅議員は「自民党が築き上げてきたシステムから学ぶべきでは」と苦笑まじりに語った。
(毎日新聞 2009年9月19日 東京朝刊)


産経新聞は、辻元さんの副大臣就任までの経緯をこんな風に揶揄しています。

 副大臣就任に「やだ、やだ、やだ!」 社民ドタバタ劇に民主が溜息
(2009.9.20 17:59 産経ニュース)


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