長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

沙弥(さや)AKB48大島優子主演NHK朝ドラ原作小説アンコール7

2013年11月07日 07時09分29秒 | 日記
         沙弥のボーイフレンド



  また、夏休みになった。
 ぎらぎらと太陽が照りつけてきて、外気がむっと暑かった。私の通う大学はけっこう休みが長い。7月の終り頃から9月中旬くらいまである。でも、アメリカの学校の夏休みは4ケ月あるわけだから、そんなに長いって訳でもないか。
 東京の夏はお祭りのようなにぎやかさだ。夏休みにはいった田舎の子供たちが親といっしょに『東京見物』に来るから、ますますひとでいっぱいになる。『東京タワー』『原宿』『東京ディズニーランド』。でも、それと同じくらい東京周辺の人は、外国にいったり、海にいったり、田舎へ帰省したり、ってこともあるから東京の街は観光地以外はガラガラになったりもする。
 かくゆう私も、田舎に帰省するひとりだ。沙弥と約束したのであの土地に戻る訳だが、実際には父の店が忙しいのでそんなに長く帰省するわけにはいかない。少しでもながくあの土地で生活していたいという気持ちもあるが、そういう訳にもいかない。むずかしいところだ。
 どうしてなんだろう?
 なつかしい山々や湖やらを汽車の窓越しにみると、昔から自分が外国からきたような気分になる。まったくこの土地を知らない人間のような、そんな気持ちだ。
 その街にずっと住んでいて、少し遠出して帰ってきた時なども、そんな気持ちになったりした。きっと、誰でも人間なんてひとりなのだ、ということがわかっていたせいだろう。
  私は新幹線であの懐かしいあの土地へと帰っていくところだった。
 田舎の県とはいえ、なんと、すでに新幹線が通っている。東京からはざっと2時間で着く。便利になったものだ。そして、その新幹線は「つばさ」と呼ばれていた。

 駅につくと、もうすっかり夕方だった。
 夕日が落ちようとしていて、空や山々をセピア色に染めていた。外は暑いのだろうが、新幹線の中はクーラーがききすぎているためか、寒いほどだった。ひさしぶりの田舎だ、そう思って駅のプラット・ホームにでた。すると、
 外気がむっと暑かった。
 この米沢という街は明らかに避暑地ではない。『夏暑く、冬寒い』という最悪の場所だ。なんと前まで日本で一番の『暑さ』を記録した地方の近くであり、冬には雪がたくさん積もる、という所なのだ。
 しかし、『住めば都』、とはよくいったもので、私は住んでいる時にはそんなに不便だとは感じなかった。それはそうだろう。ずうっとこの土地で暮らしてきたのだから。たとえ不便でも「これくらい当然よね」などと思うだけだったのだ。
  ゆっくりと歩いていって駅からでると、沙弥がすたすた歩いてきて、やぁ、よくきたなとも、何もいわずに
「遅いぞ、ブス」
 と言う……のだと思っていたが、違った。
 なんと!また、誰も迎えにきてない…。がっかり。
 まぁ、それも仕方ないのかも知れない。今日行く…とは電話でいったが、何時に着く…とは伝えなかったからだ。
 それで、仕方なく私はひとりで歩き始めた。
 もうすっかり辺りはセピア色だった。
 暮れ行く夕日が、山の間に見える。夏の雲も朱色に染まり、なんとなく静かな感じだった。ミンミンと蝉がうるさく鳴き、むっとした暑さだが、どこか心地好い感じもあった。これが私の故郷だ……そう思った。
 すぐに辺りは暗くなっていっていった。
 空には月がぽっかりとみえてきた。
 かなり暗い、上杉神社にむかう道を、沙弥と犬のルーカスが歩いていた。ルーカスは白くて大きいセントバーナードのオスだ。ペンション『ジェラ』の前のジャリ道は、やがてちいさな森にぶつかる。その右向こうには上杉神社が開け、月明りが青白くきらきらと輝きながらそんな夜の上杉神社を光らせ、それはどこまでも続いているようにも見えた。きらきらと幻想的な上杉神社。 私はちょうどそんな時、ペンション『ジェラ』に向かって歩いているところだった。なんとなくだが、あの沙弥とまた逢えるのはうれしくもあった。また、沙弥の妹のまゆちゃんにも逢えると思うと嬉しくもなった。
「なつかしいなぁ」
 道の横に向日葵や白い花がたくさん咲いていて夜風に揺れていた。なんとも幻想的な風景だった。私は、こんなに美しい光景を見るのもひさしぶりなこともあったので、つい言葉が口をついてしまっていた。
 蒼白い月明りが辺りを包み、少し淋しい感じもするが、私はなんとなくいいことがありそうな予感がして、少しばかりドキドキしていた。
 …それから「あ」と、私は息をのんだ。
 沙弥の真っ白いスカートが夏の風にはためく。
 そして、ニコリとも微笑まず、相変わらず無表情の彼女は闇にまばゆいばかりに浮かびあがってみえた。
 なんという偶然だろう。私は沙弥とバッタリであってしまったのだ。
「遅いぞ、ブス」
 と、私が考えていた通りに沙弥はニヤリとしてそう言った。
 父の仕事の関係で、私は東京へと引っ越し、それから、この土地を離れてしまってからは、彼女に逢うのは彼女が東京にきて以来だった。
「ひさしぶりね、沙弥」
 私はにこりと微笑んで言った。
「あぁ。なつかしいな。……元気だったか?」
「うん。そりゃあもちろん。沙弥は?」
 私はそう言って、すぐに「いうんじゃなかった」と心の中で思った。最後にあった頃にくらべると、沙弥はだいぶ痩せて元気がなかったからだ。どうも病気が進行しているようだ。
 それでも沙弥はニヤリと幸せそうに微笑んで、
「まぁな。元気さ」
 と、答えてくれた。最近涙もろくなっていた私は、淋しい気持ちを隠すかのように、
「きれいだねぇ」と言った。
「あ?何が?」
「あれよ!」
「なんだよ」
「あの月よ……蒼白く夜空にぽっかり浮かんでいてきれいでしょう」
「どこが?バカじゃないの?」
 と沙弥は言った。しかし、私には素敵な月に見えたのだ。
 暗い夜空にゆらゆらと浮かぶ月は、銀色に輝き、雲に隠れたり出てきたりする。なんともいい光景だった。蒼白い月明りが、夏の花や道や、沙弥の頬をいっそう青白く見せていた。
 すぐに私たちはペンションに向かって歩き始めていた。
「ねぇ、沙弥。小説書いてるの?」
「書いてるにきまってるだろう、作家なんだから」
「で?認められそう?」
「う~ん。まぁ、難しいところだ。出版がなかなか決まらないんだ」
「そう?」私はきいた。「売れないの?」
「まぁ。日本では活字離れがすすんでいるからな。なんたって一か月に一冊も活字本を読まないなんていうバカが大勢いるからな。それが一番ガッカリするね」
「ふ~ん」
 私は同情気味にいった。
 それから二人はしばし無言だった。しんとした寂しい気持ちで私は歩きつつ、沙弥のことについて考えていた。病弱なくせに作家になりたいって夢をもち、それにむけて努力し夢をかなえた沙弥。私が彼女と同じようだったら、私も努力できただろうか?そんな風に考えてしまった。それからペンションにつくまでなにを話したのかよく覚えてないけど、その夜の月や道に咲く花々ばかりが胸にしみついてくる感じは覚えている。
 やがて、ペンション『ジェラ』の看板の明りが光っているのが見える。私はなにか懐かしさと何かしっくりこないような感じを覚えた。それは、あまりにも昔のままだったからかも知れない。そう、なにもかも。だけど永遠なんてどこにもない。そう私が知るのはそんなに時間がかからなかったように思う…。
「おーい!ブスがついたぞ」
 沙弥は玄関を開けて言った。
 彼女がそういったとたん、私は現実に引き戻されたような気がした。犬小屋につながれたルーカスがワンワンと吠え、奥からは良子おばさんが、まぁひさしぶりありさちゃん、といい微笑みながらやってきた、まゆちゃんも顔を出して、あ、ありさおねえちゃん!と笑顔になった。なんとなくハーブくさいような、森の匂いをかいだら、なんだかドキドキした。
「良子おばさん、何か手伝いましょうか?」
「ううん、いいわ。ありさちゃんはお客さんだもの。沙弥たちとお茶でも飲んでゆっくりしてて」と私に微笑みを残して、良子おばさんは忙しい厨房へと去っていった。
 奥の部屋では、まゆちゃんがお菓子をパクつきながら、夕食を食べているところだった。「おい、まゆ。そんなに食べてるとブタみたいになるぞ」
 沙弥はニヤリと皮肉な笑みを浮かべていった。
「いいよ。そんなの」
「へん」まゆちゃんの言葉に沙弥は鼻を鳴らした。
「ねぇ、まゆちゃん」
「なあに?ありさお姉ちゃん」
「お土産があるの。まゆちゃんの大好きな、甘い甘いショートケーキ…。食べる?」
「わあっ!うん、食べる!」まゆちゃんは満天の笑顔になった。沙弥は、
「おいおい。そんなに食べると『トド』になるぞ、まゆ」と言った。
「トド?」
 まゆちゃんは目を点にした。
 私はフト窓の外を見た。星がきらきらとまばたぎ、月が暗闇にぽっかり浮かんでいる。その月明りをうけて、上杉神社の堀水がきらきらと波うつ。森や風の匂い、それらすべてがいつもと変わらない気がして、ぽーつとなっていた。ここで、この土地で生活していた毎日なんて、平凡そのものだった。朝起きて、夜眠って、食事をして、学校いって、森や上杉神社をみて、沙弥や友達とおしゃべりをして、そんなことの繰り返しだった。でも、そんな平凡な毎日がひさしぶりにかえってきたようで、私はなんともいいようもない幸福な気持ちになった。 こうして、私の帰省の第一日目は終わった。

  はるか上杉神社の彼方で、鳥の鳴き声がして、私はベットから出て窓の外を見た。朝もはやくて、辺りには白い霧がかかっている。ーすべてがあまりにも静かだった。
「起きたか、ブス」
 そんな声がきこえたので見下ろしてみると、沙弥がルーカスの首輪のひもをもったところであった。私は微笑んで、「おはよう、散歩にいくの?」と言った。
「みればわかるだろ」
「あ。待って!私もいくわ」私はそう言って素早く服を着替えると階段を降りていった。 それにしても沙弥はそんなに丈夫じゃない。散歩なんてして大丈夫だろうか。私はそっちの方が心配になったりもした。外はだいふ明るくなり、夏っぽさが満ちてくるようだった。「よし、いいか…」
 沙弥はルーカスをなでながら、なにやら語りかけているようだった。
「沙弥、ずいぶんと早起きね。いつもこんなに早いの?」
「まぁな。老人と同じさ。朝はやく起きるってのはな。後は『ゲートボール』でもやれば完璧だな」と彼女は笑った。
  散歩にでて歩き始めると、空はよりいっそう明るくなった。そして、みんみんと蝉の声もきこえた。それにしても、沙弥とルーカスは妙に仲良くなったものだ。私は感心した。 沙弥はあいかわらずルーカスに引っぱられながら、
「今日は疲れてるから、そんなに遠くにいかねぇよ」
 などと話しかけていた。
「沙弥、ずいぶんとルーカスと仲良くなったのね」私は歩きながら言った。
「仲良く?」彼女は皮肉な笑みを口元に浮かべた。「冗談じゃねぇよ。犬っころと仲良くなんてなるもんか!」
「なにそれ?照れてるつもり?」
「バーカ。そんなんじゃねぇよ」
 沙弥は横顔のまま言った。
 きらきらとした上杉神社のはるか向うで、まるで爽やかな夏のメロディのように鳥や蝉が鳴いていて、そよ風が頬に当たった。それはあまりにも神聖なもののように思えた。そう、あの頃とまったく変わらないように思えた。
 しかし、ちょっとその日は違っていた。
 私たちが人通りのない上杉神社の堀ぞいの道を歩いていたある瞬間、不良かチンピラを絵に描いたような男たちが、私と沙弥の方をジッとイヤらしく見て話しているのに気付いた。確かにそいつらはあまり感じのいいとはおもえない。とてもチンピラ以外には思えない。見るからにいやらしい感じだった。性欲まる出し、って感じだ。
 私は一瞬、また?、いやだな、と思った。それは沙弥も同じだったようで、危険な気配を察知するように一瞬ビクっとして、それから平静をよそおって歩いていった。私たちはかなりいやな予感がして、無言のまま足速に通り抜けようとした。その時、ニヤニヤとしていた男の一人が急に踊るように近付いてきて、その後に同じような仲間が三、四人続いた。
 派手なシャツにサンダルばき、サングラスなどかけたりして、いかにもいやらしい。そいつらはスタスタやってきて、私たちの行く手を遮った。「へぇ。結構いけるやんけ」髭の男が言った。関西弁だった。
「なぁ、君たち地元の娘?」
「俺たち、車できたんや。一緒にドライブでもどうや?」
「いやだね!」
「…沙弥…。あの……もうし訳ありませんけど…けっこうです」私も沙弥もそいつらとあまり目をあわせないようにして足を速めて逃げようとした。が、チンピラたちはニヤニヤと私たちの前に踊り出て、本当に行く手を遮ってしまった。
「…なぁ、俺たちと茶でもせぇへんか?なんならホテルでもええけど…」
 私はここで弱腰になったらダメだと一瞬考えて、かなり動揺しているのにもかかわらず、平静をよそおってまっすぐに相手の目を見据えて、「どきなさいよ」とぃった。
「どきなさいよ……かぁ。へへへ…可愛いねぇ」男がいやらしく笑った。
「もう一度いいまっせ。俺らとドライブにいかんか?」
「いやだっていってんだろ!ルーカス、噛みつけ!」沙弥は怒鳴った。しかし、さすがにルーカスは男たちに噛みつかなかった。ただ、わんわん、と吠えただけだ。大事な時に役にたたない犬だ…。私はそう思った。
「やめなよ!嫌がってるじゃないか」ひとりの青年が不良たちの前にわってはいり、沙弥の肩にふれていた不良の手をはらいのけて言った。
「なんやてめえ!かっこつけやがって」不良たちはそう怒鳴った。そして、その青年とこ突き合いになった。私たちは心配そうに見ていた。本当に心配でどきどきした。
 しばらくすると、遠くから駐在さんが自転車に乗ってやってくるのが見え、不良たちは「くそっ!覚えてろよ」とほぞをかんだ後、あわてて逃げ出した。
 青年は微笑んで「大丈夫?怪我はなかった?」といった。私はそれから青年の顔を見て、どきりとなった。かっこいい。年は私たちと同じくらいか。すらりと細い長身にがっちりした肩、彫りの深い顔に、浅黒い日焼けした肌は爽やかで逞しい。短い髪も白いシャツも一分のすきもなくきまっていた。「あの…」
 私が声をかけようとする前に、沙弥が「ありがと。お前、名前なんていうの?」と聞いた。彼は、「俺は小紫哲哉っていうんだ。君たちは?」
「あたしは緑川沙弥。こっちのブスは黒野ありさ…だ」
「そう。よろしく。……あ!ごめん、俺急いでるんだ!またね」哲哉はそういって微笑んで遠ざかっていった。沙弥がしばらく上の空の様子だったので、私はふざけて、
「あの男の子に目をつけたんでしょ?」ときいた。それにたいして彼女は平然と、
「あいつ、ただ者じゃない」と言った。
「どこが?」
 私は尋ねたが、沙弥はそれっきり答えることもなかった。
 しかし、こうして沙弥は、その後、小紫哲哉と付き合うようになるのだった。
 しかし、それはまだ先の話しだ。





  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする