長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

MAマジックエンジェルほたる「魔術天使螢のファンタジックな冒険活劇」小説3

2013年09月25日 06時07分03秒 | 日記
 螢は魔法のお札に驚き、
「なに…これっ?どうなってんのっ?!」
 と、やっとのことで声を出した。息がするのもやっとで、心臓が止まりそうだ。
「あなたは伝説の戦士「マジック・エンジェル」に覚醒したのよ!人類を救うために地上に舞い降りた戦士…その戦士へと覚醒したのよ!」セーラは嬉しそうに熱っぽく続けた。「蛍ちゃん……あなたは伝説の戦士「マジック・エンジェル」!…そのリーダーのマジック・エンジェル・ブルーよ!!」
「え……っ?!」蛍は少し疑問を浮かばせて「でも…リーダーって、ひとりっきゃいないじゃんよぉつ」と皮肉をいった。
「…うーん。」妖精は少し言葉をつまらせてから「そのことは後で詳しく話すから、……とにかく、戦うのよ!!」と大声でいった。
「…うん。わかった!」
 蛍はそううなづくとなんとなくだが戦闘体制に入った。
 ダビデはほんの一瞬、伝説の戦士の覚醒に対して驚いて立ち尽くした。が、すぐに顔をギラリと鋭くして、由香をまるでゴミクズのように路面に投げ捨てると、蛍と対峙し、
「くらえっ!」
 と、両手を前方にかざして、手から光矢を何度も放って攻撃してきた。蛍はなんとかその攻撃を間一髪「うああぁっつ!!」と悲鳴をあげてかわした。その瞬間、彼女の立っていたアスファルトの路面が激しく爆発した。
「蛍ちゃん、必殺技を使うのよ!!」
「え?!…必殺技って……どうすんのっ?!」
 セーラは大慌てで敵の攻撃から逃げ回る蛍に大声で教えた。「レインボー・アタックよっ!!そう叫んで、両手をこうして前に突き出してポーズをとるの!」
「…えっ?!え?レイン……なにっ?!…うあっ」
「レインボー!」セーラは戸惑う蛍に少し感情的になって叫んだ。「レインボー・アタックっ!!」
 わかった!わかった!わかった!!…わかったわよ!やればいいんでしょう!!いいえ、やらなくちゃあ!ーよし!
 蛍はキッと目を鋭く輝かせると、両手を前方に突き出して、
「レインボーっ…」と叫び、続けて「…アターック!!」と大声で全身の力を込めて叫んだ。ビュウウ…ッ。あらゆる精霊たちのオーラが彼女の手のお札に吸い寄せられるかのように集まった。そして、次の瞬間、蛍の両手に輝かしい剣が出現し、まさにレインボー(虹)がダビデに向かってめまぐるしいスピードで放たれた。…七色に輝きつつ、ダビデにむかって空間を走る稲妻・ステロペスと雷鳴・ブロンテス、そして虹色の閃光・アルゲス!
「うああぁぁっ!」
 レインボー・アタックの直撃をなんとかかわしたダビデは衝撃でかなり後方に吹き飛ばされた。そして、倒れ込んだ。掌に血が滲み、激痛で意識を失いそうになった。
「や、やったわ!」
「はやく、封印して!」
 蛍もセーラも声をあげた。強敵を倒した?!だが、そうではなかった。倒れ込んでいたダビデは起き上がった。そして、「覚えてろよ、マジックエンジェル!」と捨て台詞をはくと激しい風とともに魔界へと姿を消していったのだった。しかし、とにかく…たすかった。「これで馬鹿にした連中を見返せる?」「もちろん!」螢に、セーラはいった。

  赤井由香は気を失ったまま道路に仰向けに横たわっていた。ジッとして動かないが、死んだ訳ではない。
「ゆ、由香ちゃん!!」蛍は大急ぎで由香のもとへと駆け寄った。彼女は体裁などぜんぜん気にしなかった。そんなことよりも由香の体のことの方が心配だったのだ。
 蛍はそっと由香の上半身を抱き上げて、
「由香ちゃん…しっかりして…!!」
 と、少し泣きそうになりながら呼び掛けた。そして、ジッと由香の顔を覗きこんだ。とても素晴らしい表情をしている。由香ちゃん!…由香ちゃん!
「うう…ん」しばらくして、赤井由香はそう微かにうなってから、静かにゆっくりゆっくりと瞳を少しずつ開け始めた。
「ゆ、由香ちゃん! だいしょうぶ?!」
「…ほ、蛍…。あなたが…たすけてくれたの?」
 由香は魅力的な微笑みを浮かべて、しぼり出すような声を発した。そして「ありがとう」 と、優しい笑顔で覗き込んでいる親友にいった。
「ううん。いいのよ…へへへっ」
「あ。」フト、そんな風に嬉しさで涙を流している蛍の肩越しにいた妖精の姿を見付けて、由香は控え目な口調で、囁くように
「あなたは妖精?…蛍…の…お友達なの…?」
 と尋ねた。「ーえっ?!」蛍とセーラのふたりは驚いて顔を見合わせた。どういうこと?!普通の人間には妖精の姿は絶対にみえないはずじゃなかったの!?なんで…?
「あ、あの由香ちゃん?!」
 ふたりは由香のほうへ顔をむけたが、彼女は何も答えなかった。疲れと安堵感からか、可憐な笑みを浮かべながら静かに眠りについていたからだ。
「………由香ちゃん」
 蛍とセーラはほっと安堵のタメ息を洩らして、ほんわりと微笑んでいた。



  VOL・2 アーティスト由香、画壇デビューか?!
         マジックエンジェル・レッド覚醒

  夜。月がきらきら輝いて、グレーの雲がゆっくり流れてふわふわ浮いていた。しんと光る月は、もの悲しくさえあった。
 蛍の部屋のド派手なパッション・ピンク色のベットに由香は安らかに眠っていた。蛍は、赤井由香を自分の部屋に誰にもみられずにそっと運ぶのに成功していた。
 蛍は優しい表情のまま、そっと由香の額にあてていた水タオルをとりかえた。そして、「…由香ちゃんって生意気なところもいっぱいあるけど、こうして眠っている顔をじっとみると…なんか可愛らしい顔をしてるわねっ」
 と、ほんわりと控え目な口調で微笑して呟いた。同じように顔を覗き込んでいたセーラも「ほんとよね」となぜか頷いていた。
 不思議な現実と空間と時間の流れが、三人(もしくは二人と一種)を包み込んでいた。 しばらくすると、由香の睫が少し動いた。
「ううん…」由香はやがて、瞳をゆっくりゆっくりと開けて目を覚まし、上半身を起こした。だけど、なんとなく「アタタ…」と頭が少し痛くなって両手でコメカミを押さえた。 いけない!セーラ弾かれたように蛍の背中のうしろへ隠れようと大慌てで飛んだ。
「あっ、いいのよ。隠れなくても…」
 由香がそんなふうに丁重な言葉で妖精に声をかけた。ーえ?なんで?!
「……あ、あのぉ。」
「蛍ちゃん、いるんでしょ?!お風呂冷めちゃうといけないから…早くはいっちゃいなさいね」
 妖精のオドオドとした呟きをさえぎるように、部屋の外の廊下から、蛍の母親「雅子ママ」の透き通る声がきこえた。雅子ママこと、青沢雅子は現在、四十才ではあるがけして「ブヨブヨの醜いオバタリアン」ではない。その美貌たるや、いまは亡きオードリー・ヘプバーンを日本風にしたくらい素晴らしい。
 細身で長身、長い睫に手足…。蛍はこの母親の血を受け継いだのかも知れない。
「あ、うん!わかったわ、雅子ママ」
 蛍は廊下の雅子ママに元気にいった。ちなみに、雅子ママは「蛍のような」馬鹿ではない。青沢蛍の頭の悪さは後天的なものである。
「あ、いけない!」
 由香は何かを思い出したらしく、そう大声で叫んだ。そして、ベットからバッと飛び起きて、
「じゃあ、蛍!私、急いでるから帰るね!!」といって駆け出した。
「あ、ちょっと、由香ちゃん!」
 由香は、蛍の声を無視するように扉を開けて、フト、振り返ってウインクをして微笑んで「じゃあ、蛍。妖精さん。またね!」
 と、駆け去ってしまった。
「妖精さん…だってさぁ」ふたりはそう呟くしかなかった。

  きらきら…。きらきらとした夜。まるで降ってくるような星座…夜空のパノラマだ。その星座の中で、一番輝かしい光を放つ赤い星が、由香の「お気に入り」の星だ。
「今夜も、ルノワールの赤い瞳、が眩しいわ」
 フト、由香は誰もいない道路で立ち止まって、夜空を見上げて呟いた。そして、なんとなく遠くを見るような寂しげな目になった。「ルノワールの赤い瞳」とは由香のオリジナル・ネーミングであって、そんな名前の星は存在しない。だが、「赤い瞳」とは、この少女にとっての「夢」「目標」「希望」そのものだ。赤色だから「情熱」でもある。
 しかし、夢みるのも一瞬で、
「いけないっ!こんなことしてられなかったんだわっ!早いとこ絵を描き上げなくちゃあ!…サロンの締切りに間に合わなくなっちゃうよ!!」
 由香はひとりごとを言ってから、弾かれたように駆け出した。サロン!サロン!サロン・デ・ラート!…締切りは後、数週間後なのよ!!

  由香が帰宅すると、平凡な母親が台所から、「あら、由香、おかえり」と声をかけた。そして「あなた…いったい今、何時だと思ってるの?少しは早く帰って勉強するとか…」 と、小言を言った。「もぉっ、ほっといてよ!」由香は冗談めかしにそう答えるだけだった。それから、彼女は、フト、リビングでテレビを観ている父親の存在に気付いて足をとめ、「パパ、いつスケッチ旅行から帰ったの?!」と、明るい笑顔になった。
 …そう、由香は、「凡人」の母親は嫌いだったが、「天才画家」の父親は大好きだったのだ。
「あぁ、ついさっき火星のコロニー(宇宙空間に浮かぶ人口衛星巨大都市)からスペースシャトルで、ネオ成田空港に着いて帰ってきたばかりだよ」
 由香の父親。少女の誇り。憧れの父は、もの静かな口調でそう答えた。この父親の名前は赤井宝林(ほうりん)という。ルックスは由香の大好きなルノワールのようにも見える。細身、パリジャンのようなスーツ、片手にもったパイプ、そしておだやかな瞳の五十才。 宝林とは、実はペンネームだ。本当は、赤井大という。だい…じゃない。まさる…だ。日本を代表する洋画家であり「天才」と呼ばれているくらい凄いひとだ。
「じゃあ、パパ」
 由香は魅力的な笑顔を父親にみせると、自分の部屋へと駆け出した。
 ちなみに、宝林は、お馬鹿の蛍のように「アニメ番組」をみていた訳でも、アイドル歌手がよく出没する「ミュージックS」という音楽番組をみていた訳でもないし、ましてや低レベルのワイドショーをみていた訳でもない。
「週刊美術」というNHHKの教養番組をジックリみていただけである。…

  由香の部屋は、お馬鹿の蛍のような少女趣味系の部屋ではない。というよりほとんど何もない。あるのは、おおきなキャンバスの山。絵の具箱にパレット…筆…。スケッチ・ブック…それと素朴なベットだけだ。それが彼女らしい。ほんわりした空間だ。
 どこにも教科書や哲学書・参考書などないのはこの少女のイグノランス(無知)さの現れでもある。でも…本は山のようにある。しかし、それらは美術雑誌である。ルノワール特集、ドガ、マネ、アングル、シャガール、ゴヤ、ダリ…著名な作家の名前が並んでいる。「…とにかく、頑張らなくちゃ!パパに負けてられないわ」
 由香は懸命に五十号の大作に取り掛かっていた。かなりにピッチで筆がキャンバス上を踊り狂う。繊細なタッチ、表現力、絵の具の塗り方…。それは、なにか少女らしい可憐さが漂っていて印象的なきらきらと光るような絵だ。
 絵のテーマは、やはり少女である。可愛らしいパリ・ジェンヌの日常の生活と喜び・幸福と夢…。なんのことはない……ルノワール風の絵である!!
 しかし、そんな自信満々の由香も、
「……ううん」と、筆をとめてから少し不安気に瞳を閉じていた。心の中での葛藤。
「サロンで入選できるかなぁ。でも…落ちたら…どうしよう。……私には絵しか…ないのに…さぁ」
 由香は珍しく落ち込んだ口調で呟いていた。

  一方、お馬鹿さんの部屋では、なにやら怪しげな二人組(蛍とセーラ)が真剣な表情で座って話をしていた。セーラが口火をきる。
「やっぱりおかしいわよ!私の姿がみえるなんてさぁ」
「でも…あたしにだって見えたんだから…」
「それは、蛍ちゃんが伝説の戦士だったからでしょう?!」
「…ううん」蛍はそわそわと立ち上がった。そして「あのさぁ。……テレビ観たいんだけどぉ。はやくしないと『セーラ・ムフーン』(アニメ)が始まっちゃうのよねぇ」
 と、馬鹿らしい主張をした。
「………え?」セーラは何とも情なくなったるなんでいつもいつも蛍ちゃんってばこうなのかしら?妖精は深く溜め息をついてから、
「あの蛍ちゃん。あの由香ちゃんって子、気をつけた方がいいわね。もしかしたら……魔界の手先かも知れないわよ」
「あはは…まさかぁ!」蛍はふりかえりもせずに一笑すると、リビングのTVでアニメ番組を観に部屋を出ていった。…なんとも低レベルな女の子である。…

  次の日の朝。由香の自宅の玄関先。
 由香は、元気いっぱいに学校に向かって
「いってきまぁーす!」
 と駆け出した。そんな由香を呼び止めるため、「あ、待って由香」と宝林は声を出した。そして、ニコリと笑って振り返った愛娘に、
「実は、今週の金曜日に、東京銀座四丁目にある画廊で個展を開くんだ。よかったら、友達もつれてみにおいで!」と、告げた。もちろん由香は、
「はーい!」と明るく返事をしたのだった。

  誰にでもなんらかの特技があるものだ。どんな人間にだって平等にチャンスは与えられる。そうしたチャンスを生かせないのは努力をしないからだろう。タレント(才能)などというものはダイヤの原石と同じで、磨かなくては光らないものだ。…そうした努力を、まがりなりにも、赤井由香はしているように思う。…レイジー(怠け者)の蛍とは大違いだ!
 由香は、午後の部活の時間に、学校の美術室で静物をなにやらニヤニヤとしながらスケッチしていた。もちろん椅子に座ってだ。だけど、広い室内には誰もいなかった。
 別に美術部員が赤井由香だだひとり…という訳ではない。単に、他の部員は「無気力」なだけであり、また由香ほどの才能もないだけ。だからサボってるのだ。
 別に美術部員というものは、日本中の学校でもそうであるように五人くらいいればマシな方である。蛍と由香の学校と有紀の通う青山町学園では六人なのでかなりいい方なのだ。そしてどこでもそうなように、担任は「画家になれなかった」美術の先生であり、例によってこの先生もサボッているっていう訳である。
 孤高のアーティスト由香はたった一人で……などと書いても仕方がない。
 いつのまにか蛍が美術室に忍び込んでいて、真剣な表情で由香の背後から「絵」を覗き込んで、
「いやぁ、さすがは、天才画家”赤井たからばやし”の娘だねぇ。上手なもんだわ!」
 と、感心してほめた。
「たからばやし…じゃなくて宝林(ほうりん)よ!宝林(ほうりん)!」
 由香は少し呆れ顔でいった。蛍は、
「…そ、そんなことわかってるわよ。ジョークよ、ジョーク!」なんて言ってる。
 ちなみに蛍は部活動はなにもやってない。幼稚さを生かして「マンガ部」にでも入部すればいいのかも知れない…。
「ねぇ、蛍」由香は、フト、筆を止めて、素直な顔で横にいる親友に「あんたも描いてみる?」と笑顔をみせた。
「うん、いいよ」蛍は自信たっぷりに返事をして「まあー…みててよっ。この蛍ちゃんの才能、才能ってもんをお見せするっしょ!!」
 と、いってサラサラと何かを描きあげた。
「ーどう?」
「どれっ?」由香は絵を覗きみて、思わずズッコケてしまった。…蛍の描いたのは、何と、”トラエモン”というアニメの主人公だったからだ。しかも、随分とヘタクソである。
 ひたすら蛍という女の子は低レベルだ!
   やがて夕暮れになって、蛍と由香はオレンジ色に染まる誰もいない下校道を、自宅にむかってトボトボと歩いていた。仲良しの二人…。オレンジの雲がゆっくりと流れていた。やがて、暗い夜がくる。二人はそれを待ちたい気にもなった。
「…そうだ。今度さぁ、うちのパパの個展があんだけどさぁ。どう?みんなと一緒に行かない?!」
「…あぁ。赤井たから…じゃなくて宝林さんのこてん…?こてん…っていうと古い話の?」「それは古典っ!」由香は静かに「個展っていうのは「個人が開催する展覧会」ってところかしらね」
「へぇーっ…」蛍はなんとなく感心した。そして、「もち(ろん)、その個展にいくっしょ!」と、明るくいった。ちなみに蛍に北海道系の訛りらしきものがあるのは別に北海道に住んでいたからではなくて、『北の故郷から…94初恋』とかいうテレビドラマの再放送を熱心に観ていたら口グセになっただけである。
「でもさぁ。」蛍は少し上目遣いで甘ったるい声で「私は、由香ちゃんが羨ましいよ。だってさぁ、絵の才能ってもんがあるんだもの…」と呟くようにいった。
「あんただって才能くらいあるわよ。例えば、あんたはアニメ・ソングを二百曲暗記しててカラオケで歌えるじゃないの」
「…でも、そんなの才能じゃないもん」
「……まぁ、ね」由香は冗談めかしにうなづいた。そして「まぁ、私の才能…いいえ、天才ってもんを見ててよね!絶対にサロン…つまり官展に入選して…いつかイタリアのパリ(フランスの!)に旅立つんだからっ!!」
「…かんてん…っていうとあのブヨブヨした…」
「ーそれは食べ物の寒天っ!」由香は感情的になって続けた。「私はパリに行ってさぁ。いつかは、日本の天才描家…もしくは日本の女ルノワールって呼ばれちゃったりする訳よ!」と夢を語った。いや、叫んだ。
「……ル、ルノワール……?」蛍はきょとんとして足りない頭で考えてから、「あぁっ!」と考えが浮かんだ。なんだ!ルノワールか!!
「へえーっ、由香ちやん…喫茶店始めるんだぁっ」
「…へっ?」
「だってルノワールって喫茶店の名前のことでしょ?よく、街にあるじゃん」
「なにいってんのよ!ルノワールってのは描家の名前のことよ!!」
 由香は思わず蛍に飛び蹴りをくらわした。

    ・
「……なんか、羨ましいなぁ。由香ちゃんには大きな夢があってさぁ。…私なんて何もないもんなぁっ。」
 由香と別れた蛍は、ひとりっきりの黄昏た街路地を歩きながらそう呟いた。そして、少しだけ遠くをみるような寂しげな瞳になった。確かに、蛍には「大きな夢」はない。「小さな夢」もない。何もないのだ!
 かなりの、自分に対しての失望感、諦めの気持ち、臆病者の気持ち、自分の無能さに対しての嫌悪感……それらは蛍のちいさなちいさな胸をえぐるには十分な程の大きさだった。「…はぁあ。」
 なんとなく蛍は、大きく溜め息をつくしかなかった……。

  赤井宝林の「個展」の準備はなんとかうまくいっていた。彼は、少し楽しそうな気分で、「絵」をどこに置くのかなどをアシスタントに指示していた。
「…あれがターゲットの男か……」
 壁にもたれかかって、遠くから宝林の姿を覗きみていたフィーロスは冷酷な瞳のまま低い声でそう呟いていた。あれが「輝石」の持ち主…?!

「ねぇ、いこうよ個展っ!」
「ーこてんっていうと古い話しの…?」
「まぁ、いいからいいから!」由香は蛍の二度目のギャグをさえぎるように言うと、続けて、「さぁ、早く行きましょうよ!」
 と、元気よく、蛍とあや、良子、奈美にいった。ちなみに、ここは学校の教室だ。そして、もう下校の時間である。
 赤井宝林こと、由香のパパの個展開催の日になっていた。もう、金曜日だ。
 こうして、お馬鹿さんと仲間たちは、教室を抜けて廊下をかっ歩して出した。…すると、 あの「可愛らしくておとなしい文学美少女」こと黒野有紀が、そんな五人とすれ違った。有紀はいつものようにうつ向き加減で、肌は病人のように青白い。しかし、可憐でもある。「お友達がひとりもいないのよ」という噂はじつは本当であって、秀才の美少女「黒野有紀」はいつも孤独だった。誰とも話せない。ダイアローグ(対話)ができない。いや、したくっても「お友達」がいない。
 そんな影響だろうか?有紀の可愛らしい大きなおとなしそうな瞳の置くにはどこか「影」がある。ちいさな淡い桃色の唇は「暗さ」をあらわしているかのように、少しだけキュと閉じている。
 彼女は「お勉強が出来る」「可愛らしい」そして「やさしい性格」……それだけの女の子なのかも知れない。それはそれで素晴らしいのだけれど、自分自身でパフォーマンスできない、もしくは表現できない…という性格はマイナス面が多すぎる。
 誰だって「神」じゃないから、話しをしたり何かを見たりしなければ「そのひとの良さ」などわからないものだ。だから…黒野有紀という少女は他人からは「頭はいいかもしんないけど、なんかあの子暗いのよね。一緒にいるのも嫌って感じよね」といつも思われるのである。
 でも、蛍や由香は違った。彼女らは、
「あ。あのぉ、有紀ちゃん」
 と、少し遠慮気味ではあるけれど、ふりかえって、有紀の後ろ姿にそう声をかけた。
「……。」有紀は少し驚いた様子で、静かに立ち止まって蛍たちのほうへ振り向いた。有紀はちょっとドキドキしていた。なぜなら、そんな風に親しい口調で話しかけられたことがいままでなかったからだ。…私のこと…?
 しかし、有紀はほとんど何の感情も顔に現さなかった。いや、その大きな瞳は、どこか恐怖心と嬉しさが混じったようにきらきらと輝いても見えた。
「……。」有紀は人見知りのはげしい性格を現すかのように、ジッと上目遣いの不安気な視線を蛍たちに向けていた。なんとなく有紀の手足や肩が微かにふるえても見える。
「……あ、あの…」有紀はやっとのことで、微かな声らしきものを発した。と、同時に気の弱い子供がよくやるように細長い両手首を胸元にオドオドと持ってきて…ギュッと両手をにぎりながら、また静かに黙りこんでしまった。……なんとも弱々しい女の子だ…。
 有紀は確かに声を発した。しかし、それは蚊の鳴くように微かで、あまりにも繊細な声であったため、誰も発言したことには気付かなかった。
「あのさぁ、有紀ちゃん。私たち、これから…「絵」をみにいくことになってんのよ。」蛍に続いて由香が「そう。…それでさぁ。どう?一緒にいかない?楽しいかどうかはわからないけど、けっこうボンジョビ……じゃなくてエンジョイできるかもよ」
 と、魅力的な笑顔でいった。
「……」有紀は微かに、ほとんど誰も気付かないくらいに、微かに口元に笑みを浮かべた。しかし、それも一瞬で、すぐに不安な顔になり、
「……あの、その……ごめんなさい…。私、これから塾にいかなくちゃならない…の。だから…そのぉ…」
 と、オドオドと、蚊が囁くように呟いた。
 だけども、やっぱり誰にも聞こえなかった。
「…え?有紀ちゃん、今、何かいった?」
「まさか!幻覚…じゃなくて幻惑…じゃなくて幻想…じやなくて幻々?!…ね」
「ちょっと。何、ゲンゲンゲンゲンいってんのよ。由香ちゃんってぱさぁ、頭悪いんだから…あんまり難しい『英語』使わないほうがいいよっ」
「な、なに言ってんだか、この馬鹿蛍!」
 由香は少しムッときて怒鳴った。そして、気分を落ち着かせてから、おだやかな口調で、「あの、有紀ちゃん。一緒にいくわよね?」
「……あぁ。だから…その…私…」
 やっぱり有紀の声はきこえない。
「ねぇ、いこうよぉ。一緒にさあっ。たいした絵じゃないけどさぁ」蛍は失礼なことをいった。由香は呆れて「ぁんたねぇ…いっていいことと悪いことがあんでしょ…?!」
「…あの…ごめんなさい。その…」
「……え?」
 ほんの微かではあるが蛍と由香の二人組は有紀の弱々しい声を聞いた…ような気がした。「……え?え?え?」ふたりはオドオドと立ち尽くしている黒野有紀の口元に、静かに耳を近付けた。そして…、
「…あのっ。ごめんなさいね。もう一度、いってくれるかしら?」と明るくお願いした。「…あの…」有紀はやっと動揺した声で囁いた。「…だから……ごめんなさい。私…いけないわ」
「…?!何?」
「………いけないの」
「……あ?あぁ。いけない……え?行けないの?!」
「…えぇ。それじゃあ、私、これで……」有紀はそういうと、身を翻した。
「え?何っ?なんていったの?」
「……。」有紀は何も答えずに、そのまま可憐な足取りでゆっくりゆっくり歩き去った。 蛍と由香は、うーん、と頭をひねって「なんていったのかしら…ねぇ?」と思わず呟くしかなかった。

  東京銀座四丁目の画廊「ギャレット・ラ・パームズ」の室内はさほど広くはない。
 広くもない室内にはついたて板が並んでいて、絵は額に入れて吊されていた。その絵とはもちろん赤井宝林の洋画のことである。
 蛍たちは個展会場へ向かって明るく、やはり「無駄話しながら」並んで歩いていた。
「あのねぇ。蛍ちゃん、蛍ちゃん!そんなことしている場合じゃないでしょっ」
 突然、空からひらりととんできたセーラが蛍に近付いてきて、そんな風に呟いた。ほとんど、誰もがその存在を忘れるほどに、この妖精はどこかに姿を消していた。そんなこともあって…、
「…誰?あんたは誰かしら?あんまり姿がみえないんで私忘れちゃったよ」
 と、蛍は冗談めかしにいった。
「あの…ねぇ。もおっ」妖精は少し言葉をつまらせてから。熱っぽい口調で「そんなことより…魔の女王「ダンカルト」の魔の手がこの地上に刻一刻と迫ってきているのよ。特訓とかしてさぁ…戦士としての自覚をもってもらわなくちゃ困るのよねぇ。それに…」
「まぁ、まぁ!」蛍はカラカラと笑っていった。「いいじゃん、今が楽しけりゃ!」
「…あのねぇ」セーラはやたらと呆れてしまった。まったく蛍ちゃんってば…。
「そういう考えだから…!!…あ、ちょっと待ってよ!」セーラは「お説教」を呟き出したが、それは無駄だった。蛍が、何も聞きもせずにスタスタと遠くまで歩いていったからだ。 そして、そんな蛍に付き合って呆れた時に口ずさむセリフ、口癖になってしまったロゴス(言葉)「…あのねぇ。もおっ、知らない!蛍ちゃんなんて大っ嫌い!」を溜め息まじりに妖精セーラはあもわず言ってしまうのである。そして、
「……なによ、何よ、もおっ!妖精だとおもって馬鹿にしちゃってさぁ!蛍ちゃんなんて……馬に蹴られて死んじゃえーっ!!」と可愛らしく癇癪を起こしてしまうのであった。

  画廊「ギャレット・ラ・パームズ」の人気のない会場内の一角にたっていた赤井宝林は戦慄した。冷酷で無慈悲な魔物・フィーロスが襲いかかってきたからだ。
「…うっ」
 フィーロスは「静かにしなさい」と、暴れる宝林を押さえ込んで、左手を宝林の胸元にあてた。宝林の胸元から白い閃光が四方八方に飛び散って放たれていくと、芸術家は「…ぐうっ」といって気を失って気絶してしまった。だが、フィーロスの期待どおりにはならなかった。フィーロスの望んでいたものは手に入らなかった。
「…なによ。もぉ。この男…トゥインクル・ストーンの持ち主ではないじゃないの!!」
 フィーロスは怒りを顔に現して吐き捨てるようにそう言った。そして、しばらくして、「…そうだわ。この男を操って…例のマジックエンジェルをおびきだせば…」
 フィーロスはそう呟いてニヤリと悪魔の笑みをうっすら浮かべると、鷹のような鋭い目をギラリと光らせた。そう、魔術をつかったのだ。
「…ーヴうっ」赤井宝林は悪魔のパペット(操り人形)と化して、控え目な瞳を曇らせ手、ギラリと眼光を赤色に輝かせていた。つまり、エクソシスト(悪魔払い師)の造語でいう「悪魔付き」になったのである…。

 蛍たちは個展会場である画廊「ギャレット・ラ・パームズ」になんとか辿り着いていた。なんとか…とは、着くまでに、例によって「より道」を何度も繰り返したからである。個展会場はけっこう人込みがすごかった。そんな芸術の熱にすこしだけ押される感じで、蛍たちは会場をかっ歩していった。
「…あの…蛍ちゃん…蛍ちゃんってば……」
 妖精はこりもせず「出来そこない」の耳元の近くをひらひらと舞い飛びながら呟いた。「蛍ちゃん…!ちょっと…無視しないでよ!!」
 次の瞬間、蛍はセーラの顔をキッと睨んで「う、騒さいのよ!もおっ」と、なぜかポケットから殺虫スプレーを取りだして、噴射した。
「…ごほっ、ごほっ」セーラは煙りにむせかえってから、
「ち、ちょっと!ちょっと!なにするのよぉ。私はハエじゃないのよっ!!」
 と、激しく憤慨して叫んだ。いや、怒鳴った。もおっ、何を考えてるのよ蛍ちゃんは?

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