『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

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[映画『日輪の遺産』を観た]

2011-09-06 21:03:43 | 物語の感想
☆これは、予告編の時点で「名作」ですね。

 何よりも、予告編で垣間見える、敗戦に伴う、国の隠密作戦に借り出される20人の少女たちの「チンコロねーちゃん」風な顔立ちが、もう作品の成功を約束している。

 まあ、13,4歳の設定なのだから、AKBなどが演じるのは無理なんだろうけどさ、

 そこから、幼い顔立ちの子らをピックアップして、幾らでも「客寄せ」出来たろうに、それをせずに、この作品の作り手は、少女たちの外見にも「時代」を代表させていたと思う。

 いや、若干、<なでしこジャパン>風のワイルドな娘たちもいたので、一回りして現代風なのか?

   

   ◇

 ・・・最近、戦中・戦後を描いたNHK朝の連続テレビ小説「おひさま」を見続けていて、楽しんでいるし、驚くほど巧みな展開にうならせられることもあるのだが、

 最近、ふと我に返り、「このドラマにはテーマがない」ということに思い至った。

 すると、なんか、面白みが全くなくなってしまったのだ。

 前作「てっぱん」、前々作「ゲゲゲの女房」にはあったものが、この作品にはなかった。

 なんか非常に器用に、多くの先行作品から、それと分からぬように「物語的な起伏」をチョイスしているような印象だ。

 土曜日だけ、主題歌(平原綾香)がかかるのだが、その「主語」が誰なのかも全く分からない。

   ◇

 まあ、それはさておき、『日輪の遺産』に話を戻す。

 『日輪の遺産』も、少女たちや、その少女たちを囲む大人たち(4人)に、それぞれ全く異なる「思想」「結末」があり、そこでテーマが拡散しそうにも思える。

 少女たちは、自分らが任された、国の機密作戦に、若さゆえの明るさでまい進する。

 少女たちの引率教師・野口(ユースケ・サンタマリア)は、平和主義者だが、(現代の日教組教師のように)国民の義務をサボタージュするような無責任さはない。

 作戦の責任者のエリート将校・真柴(堺雅人)は、作戦の遂行を坦々と進めるが、短絡的な主戦論には疑問を持っているも、実戦をいまだ知らない。

 機密作戦の主計面での責任者・小泉(福士誠治)は、経済面には強いが、作戦遂行に対しては思想的な視野は持ち合わせていない(作戦終了後、風呂に入った娘たちの背中を流すという「おいしい役」を担う^^)。

 作戦の用心棒として、叩き上げの軍人なれど、足の負傷で内地に戻ってきている曹長・望月(中村獅童)がいて、作戦を遂行しつつ、冷静に状況を見つめている。

 それぞれの考えは全く違う。

 それぞれの行動も、クライマックスに向けて、全く異なる。

 しかし、目的は一つ、「御国の未来の為」、そこで、アンサンブルが奏でられる。

 そして、それぞれの「目的合理性」が、骨太なテーマとなっている。

   ◇

 浅田次郎の初期の作ということで、ご都合主義も見える。

 特に、戦後、一般人となった真柴が、巣鴨プリズンの病棟に収監されている梅津元参謀総長に面会出来ちゃうところや、

 小泉の、マッカーサーの執務室で行なう口上や脅迫・・・、

 作戦終了後、機密保持のため少女たちの殺害命令を覆そうと、真柴が阿南陸軍大臣の元に押しかけると、偶然にも切腹している最中であったり、などなど…。

 しかし、それらは、話の簡略化として許せるかな。

 物語の初っ端のほうで、望月が主戦派を退ける大立ち回りや、

 クライマックスの、真柴による「椿三十郎」的な血飛沫殺陣も、

 唐突であり意外だったが、物語のいいアクセントになった。

     

   ◇

 はぁ…、しかし、戦後、真柴が望月に対して言うのだが、望月、「いい男」である^^

 軍人としての仕事を十全にこなし、作戦にも疑義を挟まず、

 しかし、作戦終了後、パニくって少女に銃口を向けた小泉に、「守るべき者を守らずして、どうしますか?」と、銃口を前に立ちふさがる。

 そして、戦後、訪ねてきた真柴に、「久江を嫁に貰おうと思っています」と頭を下げるのだ。

 格好いいなぁ、おい!

 久江も、童顔の癖して、戦後は、望月の横に付き添い、もう大人の仕草だぜ!(この娘、現代パートでは八千草薫が演じているが、面影がある)

 たまらんなぁ!

 俺も言いたい。「スーちゃんを、嫁に貰おうと思っています」(スーちゃん(土屋太鳳ちゃん)は20人の中で一番の美少女^^)

          

   ◇

 さて、この物語で、一番に優れていると思った箇所を記す。

 『ロミオとジュリエット』の如く、ある意味、「誤解」で、20人の少女が命を絶つ。

 だが、一見、犬死にのように思える少女たちの死こそが、真に占領軍を平伏させた点が素晴らしかった。

 戦後、機密であった「遺産」の隠匿は、あっけなく占領軍に見破られた。

 作戦自体は、それで失敗だった。

 しかし、少女たちの「誤解」による死が、その失敗を帳消しにした。

 そこには、マッカーサーの感傷的な断念がある。

 しかし、マッカーサーには…、アメリカには、そのようなメンタリティがあるので、一概に捨てて置けない結末だし、一抹のリアリティもある。

 また、少女たちの亡骸である。

 本筋では、その亡骸の描写はなく、長い長い現代パートにおいて、骨となって「遺産」を守る少女たちの図、死んだ直後の眠ったような少女たちの図…、がカットインされる。

 こちらの情緒を直撃するような段階描写である。

 そして、老境に入った久江の前に現われる、幻影の教師と少女たち・・・。

 その場では泣かなかったんだけど、それから数日立つ今、思い出すと目が潤んでくる。

                                                    (2011/09/06)
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