mickey3のパラオ便り

わたしの経験した米国研修から12年、第二の人生はJICAシニア海外ボランティア。太平洋の楽園パラオからお便り送ります。

独立記念日に見られた感激の大リーグ観戦

2011-12-13 09:40:35 | わたしの経験した米国研修 それから
大リーグ野球観戦のその日は偶然にも米国の独立記念日7月4日であった。
 
米国での研修も終わりミシガンから一路シアトルまで足を運んだ。インターネットでの購入が間に合わず、入場券は球場前のチケットブースで購入することとなった。チケットは外野の立見席からバックネット裏まで千差万別である。料金は6ドルから40ドルまであったが、一番安い6ドルで十分だったが、売り切れで結局16ドルのチケットを購入した。内野アルプス席の座席指定だった。
 
1964年の東京オリンピックの感動は日本人がこれまで味わった多くの思い出の中で特筆すべきものとして全国民間で人気が高い。沸き返るような熱気と感動的な数々の名場面は今も鮮やかによみがえってくる。オリンピックの開催そのものが敗戦からの復興を世界にアピールする証のようだった。
私には、軍隊の閲兵式だと揶揄された日本チームの入場行進に対比して、烏合の衆がぞろぞろとだらしなく貴賓席の前を通過していくアメリカチームの入場行進が印象的だった。
そんな光景を脳裏に浮かべていたこともあって、大きな国旗を持ち整然とした閲兵隊の入場行進はとても印象深い。規律と厳格さ、調和、一糸乱れぬそのさまは米国のオリンピックでのあの図抜けた実力を思い知らされる根拠となる。

開会行事は米国独立記念日のためか入場から始まった。著名な歌手による国歌斉唱につづいて3時40分に試合が始まった。相手はミネソタツインズで試合はマリナーズが押され気味で最初に得点を入れられた。その後同点に追いつき逆転した。9回には1アウトをとった後、佐々木を投入してマリナーズが逃げ切った。当時佐々木は大魔神Daimajinのニックネームで、登場を告げられると会場は大きく沸きあがった。イチローは5回廻った打席いずれも凡退だった。
 
バッターのイチローは常時出場で見られると思っていたが投手の佐々木が見られて大いに感激した。あれからもう5年以上経った。2004年のシーズンにイチローはとてつもない記録を打ち立てた。84年ぶりとなる一シーズンの安打記録を更新し大リーグの歴史を変えた。私はことのほか嬉しい。イチロー大記録達成おめでとう。


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