「タラーク、タラーク、タラーク」
李耶シャンカール
タラーク(離婚)三言通告すれば、即離婚成立
インドの宗派の内訳で八割近くを占めるのはヒンドゥ教徒、イスラム教徒は十四パーセントと少数派だが、そのイスラム教徒のスンニー派間で、夫の側から一方的に発されるタラーク(離婚 、talaq)三言通告が近年、物議をかもしている。総人口十二億余のインドは多宗教国家。マイノリティにはイスラム教筆頭に、キリスト教、シク教、仏教、ジャイナ教、ゾロアスター教と続くが、宗派ごとに冠婚葬祭の慣習は異なり、ここで取り上げるイスラムの場合、婚姻はシャーリアと呼ばれるイスラム法にのっとり、いわゆるインドの民事法に即したレジスタードマリッジとは違ってイスラム私法になる(卑近例で恐縮だが、インド在住歴三十年の私はヒンドゥ教男性との婚姻に際して、法廷結婚にのっとった)。
そのイスラム法による結婚を解消するにあたって、女性の側の意思を無視した、夫からの一方的な離婚通告が問題になっているのである。「タラーク、タラーク、タラーク」と三言通告すれば即離婚成立、証人不要の安易さから濫用され、ネット隆盛の昨今は、EメールやSMSを使っての簡易メッセージまで流布している始末だ。
ちなみに、三度タラークを繰り返すのは、三回離婚したのと同じ効力を持ち、撤回できない確証になるとのことで、二回までは取り消せるが、三度目を口にしてしまったら取り下げできないということらしい。通告後、三ヶ月の待機(idda)期間があって(妻の生理が三回来るまでの再婚禁止・留保期間。この間に性的交渉を持つと離婚は無効になる)、和解の方向に進まなければ成立、二人の証人を立てて正式に結婚を解消することになる。
いわば、三言通告といっても、1創始、2和解期間、3成立の三段階から成るわけで、離婚後は、結婚時のアクド・ニカー(婚姻契約)にしたがって、慰謝料支払いや財産分与を強いられる。しかし、夫の側にとっては簡便このうえない制度で、女性の被害は跡を絶たない。
すなわち、即座に離婚したい場合は、一度に三言通告してしまえばいいわけで、現実には一気に三言発してしまうケースが多いため、濫用が問題になっており、女性の人権無視と批判されるゆえんともなっているのである。
コーランにも記述があり法にかなったものというが、有名人では、往時辣腕キャプテンとして名を馳せたクリケット選手、モハメッド・アザルディン(現下院議員)が、1996年、9年間生活を共にし二人の息子を設けた第一妻にタラーク三言通告して、女優のサンギート・ビジラニと再婚に走ったケース(2010年別居)が悪名高い。
酔ってタラーク通告、後の祭りの被害続出
一方的な離婚通告の被害件数は跡を絶たず、泥酔した夫が妻と口論になって、うっかりタラーク三言のケースも少なくなく、後悔しても後の祭りという事態も相次ぎ、社会問題化している。
タラーク三言通告は隣国のパキスタンやバングラデシュはじめ、イラン、イラク、トルコ、チュニジア、アルジェリアなどの中東・アフリカ諸国でも禁じられ、各国のイスラム法や慣習によっても異なるが、インドでも、シーア派はこれをハラーム(haraam= 禁忌)として退ける(シーア派は証人を立てての公けの場での離婚宣言を認めることもある)。
なお、クラ(Khula、もしくはクルウ=Khulu)といって、妻の側からの離婚要求権利もあり、夫と別れることを希望する女性はカディ(裁判官)に離婚許可を求めることができる。このほか、タリーク(taliq)とは夫が婚姻契約を破ったとき、妻が離婚申し立てできる制度で、夫が失踪したり扶養義務を怠ったり、精神疾患で結婚継続不可能の場合の離婚希望にはファスフ(fasakh)がある。
ほかに、夫の側の離婚要求で、妻が浮気した場合の方法にはリアーン(lian)があるが、あと、ズィハール(zihal)といってイスラム法では禁じられているが、イスラム教以前(ジャーヒリーヤ、イスラムの預言者ムハンマドによってイスラムが布教される以前の無明時代)は、「お前の背中は私の母の背中だ」と宣言することによって、妻としての権利を喪失させる方法があったという(禁を破ってズィハール宣告してしまった場合は、二ヶ月間断食したり、貧者に施しをしなければならなかった)。
が、イスラムの離婚の7‐8割はタラークといわれ、女性の側からの離婚要求はごく少数に限られるようだ。
復縁には第二夫からの三言通告が必要
仮に泥酔した夫が妻になじられた挙句、かっとなってタラーク三言通告してしまったとしよう。翌朝、後悔しても後の祭り、復縁するには、妻が別の男性と再婚し、その第二夫からタラーク三言通告されねばならないという、タラークを上回るハララ(halala, halalとはイスラム法=シャーリアで容認されたという意味)の奇習がある。
これは、離婚を軽視せず重く見る意図と、三言離婚を減らし女性の名誉を守る理由からというが、現実には復縁を望む夫婦を苦しめる悪法となっている。復縁を求めるカップルは多いため、ネットなどで同じ問題で悩む夫婦を見つけだし、スワップ婚という苦肉の策もあるらしい。
しかし、これも、契約どおりに事が運べばいいが、人間同士の感情の絡むこと、意図したタラークがもらえないと、惨憺たるありさまになる。うまくタラークにこぎつけたとしても、第一夫にこだわりなく、別の男性と再婚した妻を迎える度量があるだろうか。スワップ契約するなら、双方あくまで復縁目的の契約結婚という確証をとっておかないと、あとあとやっかいになる。とはいえ、実はこうした利害のもとに行われる結婚はイスラム法上認められないことになっているのである。つまり、前もって第一夫が第二夫に復縁のため三言通告してくれと相談しておくのは違反ということである。
ハララではないが、イスラムの風習の犠牲になった一例として、過去にパキスタン領で死んだと思い込んでいた兵士の夫が生還、すでに再婚してしまい身重だった妻が村の長老会議で無理矢理第一夫のもとに戻らされる騒動があった。第一夫が乳児を受け入れないごたごたがあった後、それからわずか一年後にこの妻は早死にしてしまった。女性の感情をはなから無視したシャーリア判決で、二人の夫の間をたらい回しにされた苦悩が命取りとなったことはいうまでもなかった。
元々は戦争未亡人救済の意図があったという一夫多妻主義にしろ、今は男性の好都合に濫用されており、21世紀という現代社会に照らし合わせると、イスラム法は時代遅れで現代女性には酷と思うのは、異教徒の同性ゆえの僻目だろうか。
ハララに話を戻すと、インド国内にも、夫が三言通告してしまった後で復縁を図ろうとするカップルが少なくないが、解決求めて右往左往の割にはいっこうに埒が明かず、難航しているようである。
女性の人権を著しく貶めている、男性側からの一方的なタラーク三言通告を規制するところから始めていかないと、ハララの奇習も撲滅されることはないだろう。
*解説はこちら。
李耶シャンカール
タラーク(離婚)三言通告すれば、即離婚成立
インドの宗派の内訳で八割近くを占めるのはヒンドゥ教徒、イスラム教徒は十四パーセントと少数派だが、そのイスラム教徒のスンニー派間で、夫の側から一方的に発されるタラーク(離婚 、talaq)三言通告が近年、物議をかもしている。総人口十二億余のインドは多宗教国家。マイノリティにはイスラム教筆頭に、キリスト教、シク教、仏教、ジャイナ教、ゾロアスター教と続くが、宗派ごとに冠婚葬祭の慣習は異なり、ここで取り上げるイスラムの場合、婚姻はシャーリアと呼ばれるイスラム法にのっとり、いわゆるインドの民事法に即したレジスタードマリッジとは違ってイスラム私法になる(卑近例で恐縮だが、インド在住歴三十年の私はヒンドゥ教男性との婚姻に際して、法廷結婚にのっとった)。
そのイスラム法による結婚を解消するにあたって、女性の側の意思を無視した、夫からの一方的な離婚通告が問題になっているのである。「タラーク、タラーク、タラーク」と三言通告すれば即離婚成立、証人不要の安易さから濫用され、ネット隆盛の昨今は、EメールやSMSを使っての簡易メッセージまで流布している始末だ。
ちなみに、三度タラークを繰り返すのは、三回離婚したのと同じ効力を持ち、撤回できない確証になるとのことで、二回までは取り消せるが、三度目を口にしてしまったら取り下げできないということらしい。通告後、三ヶ月の待機(idda)期間があって(妻の生理が三回来るまでの再婚禁止・留保期間。この間に性的交渉を持つと離婚は無効になる)、和解の方向に進まなければ成立、二人の証人を立てて正式に結婚を解消することになる。
いわば、三言通告といっても、1創始、2和解期間、3成立の三段階から成るわけで、離婚後は、結婚時のアクド・ニカー(婚姻契約)にしたがって、慰謝料支払いや財産分与を強いられる。しかし、夫の側にとっては簡便このうえない制度で、女性の被害は跡を絶たない。
すなわち、即座に離婚したい場合は、一度に三言通告してしまえばいいわけで、現実には一気に三言発してしまうケースが多いため、濫用が問題になっており、女性の人権無視と批判されるゆえんともなっているのである。
コーランにも記述があり法にかなったものというが、有名人では、往時辣腕キャプテンとして名を馳せたクリケット選手、モハメッド・アザルディン(現下院議員)が、1996年、9年間生活を共にし二人の息子を設けた第一妻にタラーク三言通告して、女優のサンギート・ビジラニと再婚に走ったケース(2010年別居)が悪名高い。
酔ってタラーク通告、後の祭りの被害続出
一方的な離婚通告の被害件数は跡を絶たず、泥酔した夫が妻と口論になって、うっかりタラーク三言のケースも少なくなく、後悔しても後の祭りという事態も相次ぎ、社会問題化している。
タラーク三言通告は隣国のパキスタンやバングラデシュはじめ、イラン、イラク、トルコ、チュニジア、アルジェリアなどの中東・アフリカ諸国でも禁じられ、各国のイスラム法や慣習によっても異なるが、インドでも、シーア派はこれをハラーム(haraam= 禁忌)として退ける(シーア派は証人を立てての公けの場での離婚宣言を認めることもある)。
なお、クラ(Khula、もしくはクルウ=Khulu)といって、妻の側からの離婚要求権利もあり、夫と別れることを希望する女性はカディ(裁判官)に離婚許可を求めることができる。このほか、タリーク(taliq)とは夫が婚姻契約を破ったとき、妻が離婚申し立てできる制度で、夫が失踪したり扶養義務を怠ったり、精神疾患で結婚継続不可能の場合の離婚希望にはファスフ(fasakh)がある。
ほかに、夫の側の離婚要求で、妻が浮気した場合の方法にはリアーン(lian)があるが、あと、ズィハール(zihal)といってイスラム法では禁じられているが、イスラム教以前(ジャーヒリーヤ、イスラムの預言者ムハンマドによってイスラムが布教される以前の無明時代)は、「お前の背中は私の母の背中だ」と宣言することによって、妻としての権利を喪失させる方法があったという(禁を破ってズィハール宣告してしまった場合は、二ヶ月間断食したり、貧者に施しをしなければならなかった)。
が、イスラムの離婚の7‐8割はタラークといわれ、女性の側からの離婚要求はごく少数に限られるようだ。
復縁には第二夫からの三言通告が必要
仮に泥酔した夫が妻になじられた挙句、かっとなってタラーク三言通告してしまったとしよう。翌朝、後悔しても後の祭り、復縁するには、妻が別の男性と再婚し、その第二夫からタラーク三言通告されねばならないという、タラークを上回るハララ(halala, halalとはイスラム法=シャーリアで容認されたという意味)の奇習がある。
これは、離婚を軽視せず重く見る意図と、三言離婚を減らし女性の名誉を守る理由からというが、現実には復縁を望む夫婦を苦しめる悪法となっている。復縁を求めるカップルは多いため、ネットなどで同じ問題で悩む夫婦を見つけだし、スワップ婚という苦肉の策もあるらしい。
しかし、これも、契約どおりに事が運べばいいが、人間同士の感情の絡むこと、意図したタラークがもらえないと、惨憺たるありさまになる。うまくタラークにこぎつけたとしても、第一夫にこだわりなく、別の男性と再婚した妻を迎える度量があるだろうか。スワップ契約するなら、双方あくまで復縁目的の契約結婚という確証をとっておかないと、あとあとやっかいになる。とはいえ、実はこうした利害のもとに行われる結婚はイスラム法上認められないことになっているのである。つまり、前もって第一夫が第二夫に復縁のため三言通告してくれと相談しておくのは違反ということである。
ハララではないが、イスラムの風習の犠牲になった一例として、過去にパキスタン領で死んだと思い込んでいた兵士の夫が生還、すでに再婚してしまい身重だった妻が村の長老会議で無理矢理第一夫のもとに戻らされる騒動があった。第一夫が乳児を受け入れないごたごたがあった後、それからわずか一年後にこの妻は早死にしてしまった。女性の感情をはなから無視したシャーリア判決で、二人の夫の間をたらい回しにされた苦悩が命取りとなったことはいうまでもなかった。
元々は戦争未亡人救済の意図があったという一夫多妻主義にしろ、今は男性の好都合に濫用されており、21世紀という現代社会に照らし合わせると、イスラム法は時代遅れで現代女性には酷と思うのは、異教徒の同性ゆえの僻目だろうか。
ハララに話を戻すと、インド国内にも、夫が三言通告してしまった後で復縁を図ろうとするカップルが少なくないが、解決求めて右往左往の割にはいっこうに埒が明かず、難航しているようである。
女性の人権を著しく貶めている、男性側からの一方的なタラーク三言通告を規制するところから始めていかないと、ハララの奇習も撲滅されることはないだろう。
*解説はこちら。