今日、一人暮らしの父のところに行った。
76歳になる父から、亡くなった母の7回忌の法事について話があった。
その中で、父が、弟の嫁のこと「○○子さん、好きじゃない。」と言った。
「○○子さん、嫌いだ。」というのではなく、「好きじゃない」と言ったのが、少し遠慮しているのだと感じた。
よく世間の人も、「悪くない」ということがある。「良い」とは言わない。
「悪くもなく、良くもない。」
日本人らしい曖昧模糊とした表現。
振り返ってみれば、見合い結婚の私も、夫のことが「好きじゃないとけど、嫌いでもない。」と先輩や友人に相談した。
そしたら、「好きでないなら、やめれば。」と言った人と、「嫌いでないなら、いいんじゃない。」と言った人がいた。
結局、決定的な判断が自分ではできなくて、後者のアドバイスに従って現在だ。
積極的な肯定ではなく、消去法というとこか。
私の人生、選択のしかたは。
76歳になる父から、亡くなった母の7回忌の法事について話があった。
その中で、父が、弟の嫁のこと「○○子さん、好きじゃない。」と言った。
「○○子さん、嫌いだ。」というのではなく、「好きじゃない」と言ったのが、少し遠慮しているのだと感じた。
よく世間の人も、「悪くない」ということがある。「良い」とは言わない。
「悪くもなく、良くもない。」
日本人らしい曖昧模糊とした表現。
振り返ってみれば、見合い結婚の私も、夫のことが「好きじゃないとけど、嫌いでもない。」と先輩や友人に相談した。
そしたら、「好きでないなら、やめれば。」と言った人と、「嫌いでないなら、いいんじゃない。」と言った人がいた。
結局、決定的な判断が自分ではできなくて、後者のアドバイスに従って現在だ。
積極的な肯定ではなく、消去法というとこか。
私の人生、選択のしかたは。