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連載6 四つの常任委員長は、すべて共産党議員となり、監査委員・議会運営委員長を含め、八人全員が重要なポストにつくことになりました。

2019-11-14 | 市民のくらしのなかで

 ■□議席占有率が三分の一に 4常任委員長すべて共産党に!

   1999年 定数24 8人当選   計6311票 得票率29・19%

 定数二減のなか大橋・松山・丹野・山田・重本・北林・和田廣茂・中島鉄太郎が当選し、議席占有率三三%となりました。

 二〇〇〇年 一〇月、府営水導入

 二〇〇一年 四月、市のホームページ開設

 二〇〇二年 四月、乙訓消防発足

 消防の乙訓二市一町の合併に際しては、「消防行政は自治の原点」の観点から、①適格な業務、②将来の消防体制、③指揮・命令の不備などを指摘し、時期尚早であり現場での活動がうまくいかないと反対しました。合併実施後も、現場の活動の弊害を厳しく追及し、改善を求めてきました。合併後しばらく共産党議員団が指摘した通り、向日神社舞楽殿火災で近くのプールの水が適切に使われなかったり、JR線西側火災で消防車が東側の側道を走っていたり、物集女でもサイレンが鳴らないなどのトラブルが続きました。

 市が財政的理由のみで学校給食の民間委託を強行するのに対し、公教育の一環として位置づけられた学校給食法を守る立場から追及、広く市民の意見を聞くことを主張し、二〇〇一年、議会初の公聴会開催へこぎつけました。

  2003年 定数24 8人当選  計6185票 得票率29・19%

 大橋・松山・丹野・山田・北林・和田・中島・常盤ゆかりが当選しました。

 二〇〇三年 三月、阪急洛西口駅供用

 二〇〇六年 一〇月、大山崎町長に真鍋宗平さんが当選しました。

 2007年 定数24 8人当選  計6446票 得票率30・47%

■□水道料金値下げや市長辞職勧告決議を可決

 初めて三〇%台の支持を獲得。大橋・松山・丹野・山田・北林・和田・中島・常盤が再選されました。

 共産党の役割が増してかつてのような反共攻撃が薄れるなかで、自民党・保守会派とも議会運営について話し合う状況が生まれていましたが、彼らは、自分たちの主張を聞き入れるのなら協力するが、対等平等にはできないと繰り返します。一方で公明党と保守の一部の人から、共産党と協力してもよいという申し入れがあり、共同の基盤を確認する話し合いを行いました。

 共産党議員団は各会派が獲得議席に見合う役職となるよう提案したのですが、自民党・保守会派が拒否し議会運営に責任を果たさないという態度をとったため、四つの常任委員長は、すべて共産党議員となり、監査委員・議会運営委員長を含め、八人全員が重要なポストにつくことになりました。共産党は名実ともに議会の民主的運営に責任を持つ努力をしました。

 請願・意見書・決議・共産党提案の条例改定も一部修正で可決されるようになり、水道料金の値下げが行われました。市長選挙前には、保守系議員が提出した「市長辞職勧告決議案」が可決されることになりました。

 直後、二〇一一年の市長選挙では、民主市政の会から桜田忠衛さんが立候補されました。相手陣営は、京都府知事が後ろで陣頭指揮を執り、野中元自民党幹事長まで動員しての選挙となりました。激戦でしたが惜しくも勝利はできませんでした。

 2011年 定数20  6人全員当選  計5324票 得票率28・03%

 定数四減の中で、松山・丹野・山田・北林・和田・常盤の六人全員が当選しました。

 二〇一一年八月九日、大橋満退任。

日本共産党は、この四四年間、一二回の市会議員選挙で一人の落選者も出しませんでした。市民のみなさんと共産党市議団の信頼関係が厚かった証拠であり、誇りに思っています。


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